自分の自分による自分の為の物語   作:悪役好き

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第二話です。ややホラー描写・グロ描写が含まれます。なので苦手な方はご注意を。


渋い趣味のいい男かと思いきや、下手なB級ホラーのような……

 紫煙をくゆらせる。ゆっくりと。肺に染み渡っていくニコチンやタール。……体に悪いことは重々承知している。

 携帯が震える。それを取り、着信を確認するとボタンを押し、耳に当てた。

「Hello? This is Steven.」

 流暢な英語で答えれば、電話の向こうの主も英語で何やらまくし立てて来る。それに淡々と答え、わずかに口角を上げるだけの、笑みとも呼べなさそうな笑みを浮かべると、彼は電話を切った。

「買い付け成功、と。後は期日通りに届きさえすれば文句はないんだがな」

 ふぅ、と吸った煙を吐き出し、短くなったタバコを金属製のポケット灰皿に押しこむと、吸い殻を閉じ込めた。一旦出ていた店へと戻ると、今度は店用の電話が鳴った。

「はい、古谷ですが」

『あっつながった! もしもーし!』

「って、またお前か」

『またお前か、はないでしょー!?』

 電話の向こうから響き渡った甲高い声に、古谷は少し受話器を耳から離した。

「……何の用だ。また雑用か」

『雑用じゃないわよ! 立派なお仕事よ! おーしーごーと!』

「俺に頼んでばっかりで、何が探偵だ。たまには自分でやってみろ」

『ところがどっこい、って奴よ!』

「勿体つけるなら切るぞ」

『ああああ待ってぇぇ! 切らないでよぅ!』

「……こっちだって暇じゃないんだ。店もあるしな。お前と違って閑古鳥も鳴いてないし……」

 そう続けようとした古谷の話を遮って、電話の向こうは言った。

『殺人事件よ。それも人間の力で出来るようなことじゃない』

「……ほぅ」

 呆れて緩んでいた古谷の表情が、すぐさま鋭く冷徹な物に変わった。

「……事情は後で詳しく聞く。今から行けばいいか?」

『そうねー。どうせ暇だしおいでなさいな♪』

「分かった。今からそっちへ行く」

 それだけ言うと、古谷は受話器を置いた。店の奥へと一旦向かい、革製のジャケットを羽織り、財布や携帯などの貴重品に加え、何かを使えるかどうかの確認をしながらジャケットの内側にいくつか仕込んだ。ズボン越しに足に触れ、太ももの辺りを何かを確認するように押して頷くと、古谷は店の鍵を持ち、店内の電気を消した。

 店に鍵をかけ、古谷はガレージに停めてある愛用のバイク、XL883Lの、ビッグブルーパールカラーのボディを一撫でし、濃い青のヘルメットをかぶり、鍵を差し込んでエンジンを一吹かしして調子を見てからガレージからバイクを出した。

 さて出発、という時にふと店の扉を見て、一度扉の鍵を開けて、内側にかかっていたコルクボードをひっくり返した。

『臨時休業中 お急ぎの方はネット通販も承っております』

 

 

 バイクを30分ほど走らせ、とある雑居ビルの近くの駐車場にバイクを止めると、古谷は慣れた様子で雑居ビルの階段を上りはじめた。二階には、「呼戸探偵事務所」とすりガラスの上に白い文字が踊る扉があった。

 扉を開けると、来客を知らせる鈴がちりんちりん、と音を立てた。

「来たわねぇ。いらっしゃい♪」

「……邪魔するぞ」

 真剣な表情をしている古谷とは対照的に、探偵事務所を営む女、呼戸普はごきげんな様子だった。

「こーんな大口案件が来るのも、さっすがウチの事務所よね?」

「……今までの大口の依頼、全部俺の手柄だろうが」

 若干むくれたような表情で、古谷はそう呟いた。

「まぁまぁ。こんな『化物相手』の仕事、相手にするには並の人間じゃ務まらないでしょ? 古谷垂?」

「……化物で悪かったな」

 完全にムッとした古谷は、構わずタバコに火をつけ、くゆらせ始めた。

「ッゲホッ! ちょっとぉ! 来て早々にタバコ吸う!?」

「さっさと話せ。俺はとっとと買い付けの予定と商品陳列とネット販売の対応とバイクの洗車全部終わらせてCDでも漁りに行きたいんだ」

「もー……いっつも報酬は出してるでしょ?」

 ほっぺたをふくらませながら、普はファイルをごそごそと取り出し、ファイリングしたA4サイズの紙を何枚か古谷に渡した。

「これが被害者の様子。……っていうか、現場の遺体の様子?」

「……何だこりゃ」

 渡された紙の一枚には、2枚の写真がプリントアウトされていた。片方はぐにゅぐにゅと曲がった棒が、棒状にした粘土を巻きつけ、その隙間から紐のような物でまとめた土器のような様相を成していた。もう片方は、ちょうど真ん中から観音開きにされた、赤黒い何か。なんとなくアジの開きを連想させるような形だった。

「前衛的芸術か?」

「遺体、って言ったでしょ。そっちのツボもどきは、人間の両腕と両足。観音開きのアジ開きの方は、骨と内臓を全部取り出された人間の胴体と首部分」

「……あー。なるほどな」

「ついでに言うと、取り出された内臓と骨はツボもどきの中に順番に収められてたってさ」

「順番?」

「上から順に、鎖骨、肩甲骨、食堂と肺の合間に肋骨、胃、肝臓、脊柱、脾臓……ってな感じ」

「……カノープスの壺か? 骨よく入ったな」

「さぁ? ……ああ、骨はバッキバキに砕いたりしたみたいよ。あとその紐っぽいのは腸だってさ」

 事も無げに二人は会話しているが、プリントアウトされた写真は一般人が見たらとてもではないが落ち着いてしげしげと見ていられるような代物ではない。まず間違いなくR-18指定のZ指定は確実につくだろうレベルだ。人によっては拒否反応を起こして吐くかもしれない。

 古谷垂がこういった「依頼」を取り扱うのは今回が初めてというわけではない。そもそも、一般人で部外者であろう彼が、何故わざわざ探偵事務所に来てまでこんな恐ろしげな依頼を受けているのか?

 呼戸普という女は、探偵事務所は完全に趣味で営んでいると公言している。曰く、「幼い頃からの夢だったから」だそうだが、真面目に輸入雑貨屋を営んでいる古谷からすれば、「大金持ちのお嬢様の御道楽」でしかない。事実、呼戸普はわざわざ探偵事務所など設立し、金を稼がねばならないほどに家計が逼迫しているとは言い難かった。というか間違っても言えない。

 ではそんな道楽女にどうして古谷垂が付き合っているのか。何のことはない。二人は幼馴染同士であり、今の今までずっと腐れ縁で過ごして来ただけで、親友ではないにしろ、ほとんど相棒と言えそうな距離関係を保っていただけのことだ。

 そして、この依頼を、今までの「大口の依頼」を、何故「古谷垂」が解決しているのかというと。

「で、これが今回の報酬額と、被害者身辺の情報」

「……ほー、なかなかはずんでくれるんだな」

「いつもみたいに、頼りにしてるんだからね? 正義のヒーローならぬ、ダークヒーローさん?」

「ダークヒーロー言うな。たまたま見た目がちょっとアレなだけだ」

「アレはやっぱりゾンビだって」

「ゾンビじゃない。意識も理性もある」

 ……たった今交わされたおかしな会話の通り、古谷垂も「化物」なのであるからだ。

 

 

 夜。

 港の倉庫街に古谷はいた。

「あ……アンタが古谷垂……サン?」

 そこには待ち合わせをした、ひどく怯える男がいた。金色の髪に、やたらめったら開けられたピアス、しゃっきりと立とうとしない足腰、黒のジャケットにスカルTシャツにダメージジーンズ、極めつけは両腕にぎっちりと彫られた刺青。どう見てもカタギの人間には見えないであろう男だった。

「そうだ」

「マジ……マジ助けて下さい……!! 俺、このままじゃアイツみたいに……!」

「まぁ待て、少し話をしようじゃないか」

 古谷は買ってきた缶コーヒーを開け、ぐびっと一口飲んだ。程よく安っぽい苦味と酸味が舌を、喉を通って行った。

「まず、アンタの名前は高田聡……聡そうかどうかはともかくとしてだが。フリーターであり、先日殺害された中上剛とは先輩後輩の関係にある。……間違いないな」

「は……? はぁ」

 高田聡という男は、要領を得ないと言う顔で曖昧に返事をした。

「ところがフリーターと自称しているが、実際はドラッグの売人をし、組織に売上を納め、なおかつ未成年をバーと称した風俗店で働かせている……しかもご丁寧に売上はピンはね当たり前、更に売上が悪けりゃ平気でSMクラブやロリコン専門のクラブに売り飛ばす……家出少女ばっかりだからってひどい話だな」

 高田の目付きがすっと変わった。

「そして事件当日……。お前、何をしていた? あの場所で、殺された中上という男と何をしていてこのような結果となったか、知らないとは言わせない」

 突然、高田が古谷に向かって走り、いつの間にか手に持ったナイフを顔面に突き立ててこようとした。が、さも予想済みと言わんばかりに古谷はジャケットの内側から拳銃を取り出し、高田の顔面に向けた。銃口は高田の額にぴったりとくっつけられ、高田は動けなくなった。動かざるを得なかった。

「……んで、そんな、モン……!!」

「化物に普通の装備で立ち向かえると思ってるのかお前は。おめでたいな」

 古谷も厳しい目をしたまま、「続けるぞ」と言って話を続けた。

「お前らがあの時、この汚くて暗い場所で何をしていたか……。……女性を、暴行しようとしたそうだな」

「っからアンだよ!! あの女が何時まで経ってもヤクの金払わねーからだよ!!」

「女性の甲高い悲鳴を聞きつけたのか、ソレは現れた……」

 そう言った途端、高田はひっ、と情けない声を漏らし、地面にぺたんと尻もちをついた。足がガクガクと震え、体中を震わせるまでに至っていったのを古谷は見た。

「あ……ああああ……あの、三角が…………!!」

「……三角?」

 残念ながら、暴行されかけていた女性は気絶してしまい、加害者の顔は見ていないらしい。唯一の目撃者は、ビビって依頼をしてきたこの高田というわけだ。これだけの悪逆非道を尽くしていると分かってなお依頼を引き受けたのは、単に普が「ウチの名を上げるために」だそうだが、古谷にとっては悪い意味で目立ちたいだけなんじゃないだろうかとしか思えなかった。

 先ほど古谷がわざわざ細かい所まで話し、高田を激昂させたのは、最初からいきなり加害者のことを聞いて怯えさせ手間取るよりも、一度頭に血を上らせた方がよく思い出せるんじゃないかと思っただけのことだった。

「分かんねぇ! あいつ……あいつ……!! まるで剛の腕を紙みてぇに引きちぎって……!! うあああ!!! 剛、剛が人形みてぇだった!! 濡れた厚紙みてぇにびいいいいいいいいってえええええ!!!」

 ガクガクと怯え、恐れる高田を見ても、古谷は何も感じなかった。元々こうまで古谷は感情表現が希薄ではなかった。以前の古谷は喜怒哀楽はそこそこに表現していたが、今はほとんど感情を表さず、それ故冷徹と勘違いされることも多かった。ある時から、感情を置いてきぼりにしてしまったのが今の古谷だった。

「……?」

 ふと、生臭い臭いが古谷の鼻をかすめた。

「……来たか」

「ひいいいいいいいいいい!!! この臭いは!! あの時のぉぉぉぉぉ!! う、うわああああああああああああ!!!!!」

 高田は放っておき、倉庫街の方から強く臭ってくる異臭の元を暴き出そうと古谷は睨みつけた。

 そして……。

 ゆっくり…………。

 ゆっくりと…………。

 コツン、ズズー。コツン、ズズー。

 重たそうな何かを引きずりながら、向こうから姿が現れた。

「……あー、なるほどな。三角ってそういう……」

 現れてまず第一印象は、確かに「三角」としか形容出来なかった。強いて言えば、鉄製の巨大なパイロンを頭に被った半裸の男、とでも言えばいいのだろうか。引きずっていたのは、巨大な鉄の塊にしか見えない、大きな大きな肉切り包丁だった。その上半身もまた、包丁を振り回すのにふさわしいであろう筋肉の鎧で覆われていた。

「ん、さて。ちょうどコーヒーも飲み終わった。小手調べと行くか」

 空になった缶コーヒーを、わざと三角男に向けて投げる。すると、それに応えるかのように、三角男は包丁を振り抜き、缶を真っ二つにしてみせた。

「おー。職人技だな。……ああ、缶は帰りに持って帰って捨てるから横に寄せといてくれ」

 古谷の言葉は聞こえなかったのか無視したのか、三角男はゆっくりと古谷の方へ向かってきた。

「まずは……さて、新しく買ったから試させてくれ」

 ジャケットの内側から先ほど取り出した拳銃を構えると、胴体部分に向けてタンッ、と一発放った。

 三角男は避けるでもなく、腹の真ん中に赤い点が一つついた。衝撃を食らって一瞬足が止まったものの、すぐに足を速めて近づいてきた。

「なるほど化物だな」

 そう言うと、古谷はすかさず、ズボンの内側に仕込んでいたナタを取り出し、三角男に向かって走りだした。

 古谷が突然近づいてきたというのに、三角男はすでに包丁を振り上げていた。古谷は手元をよく見つつ、横っ飛びに振り降ろされた刃をかわしながらナタを勢い良く脇腹に叩きつけた。ぱっくりと割れた傷口が三角男の脇に現れたが、三角男は怯むことなく古谷にその頑丈な腕で一撃を叩きこもうとする。

 間一髪で古谷がしゃがんで避け、古谷は再びナタの一撃を、今度は足首に食らわせた。これにはさすがに三角男もわずかによろめいた。すかさず銃弾を何発か、包丁を握っている手や、傷ついた足首に食らわせると、三角男は横に薙ぐように腕を振った。古谷の防御がやや遅れ、古谷の脇腹に「非常にいいパンチ」が入ってしまった。決して軽くはない成人男性の体が、軽く宙を舞い、倉庫にたたきつけられた。

「……ッハ、ダンプカーに跳ねられたかと思ったぞ……!」

 しかし、三角男も貰ったダメージは決して少なくない。銃弾を五発、ナタによる打撃と斬撃が二度だ。おかげで三角男の体は赤く染まり始めている。だが、それでも三角男は再びしっかりと立っていて、退いてくれそうな様子はなかった。

「……仕方ない。……ああ、いたいた」

 古谷は痛む脇腹を抱えながらも出来るだけの速度で高田の元へ向かった。それを見た三角男も、ゆっくりとだが古谷の後を追ってきた。

 高田は、港の縁ぎりぎりのところで腰を抜かしていた。

「なッ……なんだよ!? 早く、早くアイツをぶっ殺せよッ!?」

「まぁそう慌てるな。俺一人でアイツの相手は荷が重いんでな」

 古谷の顔は、後ろから照らされる強烈な港のライトのせいで逆光になっていて、暗く、見えなかった。それ故、高田も古谷に不信感は抱かなかった。

「まっ、まさかテメェ依頼人の俺に戦わせようってのか!?」

「発端はお前にも一因あるだろう?」

「ふざけんなっ! 出来るわけねぇだろっ!?」

「ああ大丈夫だ」

 ぐ、と古谷が腰を落とし、高田に顔を近づけたその時、高田は目を大きく丸く見開き、声を失った。

「すぐに自分から食いつきたくなるだろうからな」

 古谷の凛々しい顔立ちはそこにはなく、代わりにあったのは腫れ物が顔の左半分に出来、白く濁った目で高田を見つめる化物がいた。

「ヒッ…………!?」

 古谷は高田を抱きしめるようにすると、その首筋に食らいついた。高田は一度だけ短く叫んだが、すぐにぐったりとなった。

「さて。二対一なら少しは状況もマシになるか?」

 古谷が振り返ると、三角男はゆっくりと包丁を引きずりながらこっちへ向かってきていた。古谷はスタスタと歩いて高田から離れると、両腕を組んで三角男を見つめた。

 高田はぐったりとしたまま倒れている。三角男は離れた古谷に一瞬戸惑ったのか、歩みが止まったが、すぐにまっすぐ高田を目指して歩き始めた。

 高田は相変わらず動かない。いよいよ三角男が近づき、包丁を振り上げ、降ろした。

 ガチン! という音がしたそこには、高田の姿はなかった。三角男が包丁を持ち上げると、後ろから何者かが飛びついてきた。

「アアアアアアアアアア!!」

 そこには、涎を垂らして三角男の背中の肉を噛み裂こうとする高田の姿があった。三角男が振りほどこうと暴れると、振り落とされた高田はくるりと宙返りをして綺麗に着地し、強靭な脚力で倉庫の屋根まで跳んだ。そこにはすでに移動していた古谷の姿があった。

「いいぞハンツ。よくやった」

 高田をハンツと呼び、彼の頭を撫でると、彼はまるでネコのようにぐるると喉を鳴らして撫でられるがままになった。

「次は俺が動きを止める。そしたらもう一回飛びついて自慢の牙と爪で引き裂いてやれ」

「ウルル」

 喉をひとならししてハンツが応えてからすぐに、古谷は舌を伸ばした。何mもある舌が古谷の喉の奥から際限なく現れ、三角男をぐるぐる巻きにして動きを止めた。特に三角男が包丁を持っていた腕をぎゅうぎゅうに締め上げると、三角男は身動きが取れなくなり、やがて包丁を落とした。

 それを見たハンツはすぐさま三角男に飛びかかった。高い位置から思い切り重力を利用して、自分の体を三角男に叩きつけるように飛びついた。さすがの三角男も足まで縛られていては突然荷重と衝撃が加わった自分の体を支えきれず、地面に倒れ、ハンツは嬉々として三角男の体を切り裂き始めた。その際、古谷の舌も巻き込んでしまっていたが古谷は痛みを感じていないようだった。

 このまま三角男がゆっくりと肉塊に変わっていくのも時間の問題であったが、突然どこからともなく黒猫の大群が湧きだした。にゃあにゃあと鳴きわめく黒猫たちは揃ってハンツに噛み付き、引っ掻いた。

 邪魔されたハンツはイライラが抑えきれず、黒猫たちを蹴散らしに行ったが、一部の黒猫たちは古谷の舌を噛み、引っ掻き、三角男を助けようとしていた。

「ハンツ、やめろ、そいつらに構うな! 三角男を早く仕留めろ!」

 しかし頭に血が上ってしまったらしいハンツは、古谷の言うことを聞かずネコを追い回し、ついに三角男は自由の身となってしまった。

「ハンツ、戻れ!」

 ハンツはようやく三角男に気づいたのか、慌てた様子で古谷の隣に戻ってきた。体中ネコの引っかき傷だらけだった。

 三角男は古谷とハンツを見上げたが、すぐに来た方向へと戻っていった。どうやらこれ以上は戦えないと判断したらしい。

 ハンツは名残惜しそうに喉をならして威嚇していたが、古谷の「やめ」の合図に従った。

「……これ以上深追いすることもないだろう。とりあえず撃退は成功したな。あとはもう懲りて来ないでくれると嬉しいんだがな……」

 古谷は胸元から仕舞ってあった金色の玉が嵌めこんであるロザリオを取り出すと軽く握った。すぐに古谷は元の切れ長の目の男に戻り、「ハンツ」も高田に戻った。が、気絶していて危うく屋根から落ちそうになった高田を古谷が見事に捕まえ、二人で下に降りた。古谷はバイクの後ろに高田を乗せると、呼子探偵事務所へ戻ることにした。

「……まぁ最悪店番は頼めるし、しばらくは用心棒生活も仕方ない、か」

 

 

「えーっ? 捕り逃しちゃったのぉーっ!?」

「……特級レベルの化物を一朝一夕でどうにか出来るわけないだろう」

 事務所に傷だらけの高田を連れて戻ると、案の定普のアニメの如き声が響き渡った。

「何やってんのよ! しかも依頼人傷だらけだし!?」

「ああ、最後まで一応用心棒はやるつもりだが」

「当たり前でしょ!?」

「俺がいない間の店番は頼むぞ」

「いいから早くぶっ倒してきなさいよっ!」

 ハァ、と出された緑茶をすすりながら古谷はため息をついた。

「そんな言葉遣いをしていると令嬢の名が泣くぞ」

「黙ってなさい!!」

 イライラと事務所内を歩き回っていると、別の部屋から体中絆創膏と包帯まみれになって薬臭くなった高田と、アシスタントの霍香が姿を現した。

「てめぇ!?」

「んー。あぁ、協力ご苦労だったな。これからも頼むぞ」

「いや、違っ、ど、どうなってやがんだよ!? あの時の顔、てめぇまるでゾンビじゃねぇか!?」

「……そこら辺は事情があるんだ。聞いてくれるな」

「古谷さんもお疲れ様です」

「ああ、香。ありがとうな」

「い……いえ……」

 高田の傷の消毒や包帯巻きなどをしていたのは、この事務所唯一のアシスタントの霍香だった。古谷に礼を言われ、ほんのりと頬を赤らめた霍香に普が脅かしをかけた。

「……かーおーりー? 古谷は危険な男よぉぉ?」

「え? ……あの、でも、私、いいんです……」

「ん?」

「私……古谷さんのこと、尊敬してますし、それに……」

 もじもじとしだす霍香。ところがこの空気から置いてけぼりにされた高田は半ばキレかかっていた。

「て、てめぇら本当に俺を守る気あんだろうな!?」

「あー、まぁ安心しろ。さて、俺もお見送りと行くか。家はどの辺りだ?」

「こっから30分くれぇだよ。……ってお前も来んのか!?」

「用心棒だと言っただろう。あくまでボディーガードとしてだから四六時中一緒というわけには行かない。何かあったら連絡を寄越せ」

「ふ、ふざけんなよっ!? 俺に何かあってからじゃ遅いんだよ!?」

 再び激昂しそうになった高田に、古谷は冷静に手のひらを差し出して言った。

「ほらほら、ハンツ、お手」

 高田は一瞬激怒するかに見えたが、素直に丸く握った手をぽんと古谷の手のひらに乗せた。

「……!? な、ち、ちげぇぞ! これは体が勝手に!」

「体が勝手に、ということはちゃんと定着したということだな。何かあって襲われても逃げ切れるだろうから大丈夫だ」

 古谷は高田を送るべく、扉を開けて高田と共にビルを降りていった。「大体お手って俺は犬じゃねぇし……」などと言う高田のひどく不満そうな声も遠ざかっていった。

「……古谷さん、かっこいいですね」

「ああ、言いそこねたけど香、古谷のことはそっとしておいてあげて。……多分、まだ引きずってると思うから」

 香が不思議そうな顔をして振り向いた。

「どういうことですか? だって、確か古谷さんって独身じゃ……」

「……婚約者がいたのよ。それはもうベッタベタに甘やかしてたわ」

「え」

 香が、想像もつかないと言ったような顔で固まった。

「喉が渇いたって言えばすぐに飲み物出して、お腹空いたと言えばすぐに美味しいご飯作って、寂しそうな素振りを彼女が少しでも見せようもんならすぐさま抱っこしてキス。正直あの時の古谷は恋人ラブすぎてどっかイカれてたわね」

「……それで、どうしちゃったんですか?」

「……ええと、確か事故で亡くなったんじゃなかったかしら」

「それは……」

 お気の毒に、とでも続くのであっただろう言葉を飲み込んで、香はひどくバツの悪そうな顔をした。

「それ以来、ずっとあいつ塞ぎこんでるのよ。……あんまり表には出さないけど。古谷、笑わないでしょ?」

「……そう言えば、笑顔って見たことありません……」

「古谷、あれ以来感情がどっか行っちゃったのかもね……。帰ってくるといいんだけど」

「……古谷さんが依頼受け始めたのっていつから何ですか?」

「……確か、事故から二週間くらい経った時だったかな? 急にココに来て、『大口の戦闘依頼はないか、引き受けたい』って。……今思えば、後追いするつもりだったのかもしれないわね」

「あ、後追い?」

 香がひどく目を丸くしているのに対し、普は事も無げに言った。

「ほら、あいつ曲がりなりにもプロテスタントだから自殺はダメなのよ」

「え? 古谷さんってキリスト教信者なんですか?」

「え? いつもロザリオ下げてるじゃない。金色の針が入ってるようなな宝石がついた奴。あと食事前も頂きますじゃなくて主よ~なんたらかんたら~って言うし」

 香は、いつも見知っていたはずの男について何も知らないことを改めて認識し、本人がいないうちにいろいろ聞いておこうと思ったのだった。

 

 

 

 

 

 




今回は二人います。私が好きなキャラ、でなく元ネタがあるキャラ、というくくりですと三人いますけども。まぁ一人は物凄く分かりやすいと思います。
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