自分の自分による自分の為の物語   作:悪役好き

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第三話です。


黒猫は害さえ与えなければ目の前を横切っても……

「にゃー」

 白っぽいホコリで汚れてしまった黒猫が、檻に入れられていた。

「んにゃー」

 猫はただ鳴き続ける。それを見た若い男性がしゃがみこんで、猫と目線を合わせた。

「……あぁ、なるほど」

 ここは保健所だった。数日前、とある一家の殺害現場にいた猫で、なまじ黒猫だったこともあってか、一度警察で保護されたにもかかわらず、そんな不吉で曰くがついていそうな猫の引き取り手がいるはずもなく、結局は保健所へとたどり着いたというわけだ。

「人間の愚かさを呪っているのかい」

「にゃああ」

「何、違う?」

 男性はまるで猫と会話しているかのようだった。猫が話したら男も話し、男が喋れば猫も鳴く。

「……敵討ちかい」

「にゃあ」

「なるほどね。犬畜生ならぬ、猫畜生の身でよくも、まぁ」

 男性は着ていたツナギの胸ポケットから、丸い玉のついた首輪を取り出した。

「これが欲しいかい」

「にゃー」

 黒猫は前足を檻の隙間から出し、男の膝をかりかりと引っ掻いた。

「いたたたた。こらこら、そうがっつくな」

「んにゃ」

 男は首輪を猫につけてやった。

「ああそうそう、名前は?」

「にゃーにゃ」

「くろた、か」

 首輪には「KUROTA」とローマ字が彫ってあった。先ほどまで皮紐はつるんとした物であったのにも関わらず、だ。

「後はお前さん次第」

「にゃ?」

「檻からまっすぐ行って、すぐ右の、あそこの角を曲がったらまっすぐ。外は近いよ」

「にゃあ!」

「じゃ。幸運を」

 男はひらひらと手を振ると、どこかへと去っていった。

 黒猫、くろたは檻の隙間に体を押し付け、するりと抜けると男の言った通りのルートに従って走っていった。

 

 

 くろたは見事、職員たちの目をすり抜けて外に出ることが出来た。ところが、くろたは空腹を覚えた。すでに日も暮れかかっている。ひとまず腹を満たそうと、食べられるものをくろたは探し始めた。

「ほらほらぁ、おいでぇな」

「にゃ?」

 ふと見ると、たくさんの野良猫たちに餌をやっているおばさんがいた。猫たちはこぞっておばさんが寄越す鰹節飯をぱくついている。

「なー」

「おや? ……アンタ、首輪してるじゃないか。飼い猫ならもっと美味しいもん食べれるだろうに」

「にゃーあ」

 くろたはおばさんのしっぽをピンと立てながら足元にすり寄った。とにかく腹を満たしたくて仕方なかったのだ。

「飼い主のところで食べなっ! しっしっ!」

「んにゃああ!!」

 くろたは軽くはたかれたのに驚き、慌てて逃げていった。

 宛があるわけでもなく、ただひたすらあちらこちらを歩いては、くろたはいたずらに時間を消費していった。いつの間にか、辺りは暗くなっていた。

 これからどうしよう。くろたは途方に暮れててくてくと歩いていった。

「あ、猫だ」

「にゃ?」

 誰かに猫だ、と言われた。何だかちょっと嬉しそうな声で言われたということは、ネコ好きな人間だろうか。ご飯が欲しいな。

 くろたが見上げると、目線を自分くらいまでに下げようとしてちょうどしゃがんだ人間が見えた。

「……」

 じーっと自分を見つめてくる視線。くろたもそれと視線を合わせる。

「……あれ、首輪してる……人に慣れてるかな。おいでー」

 手をそっと伸ばして指をうねうねと動かしている人間も、くろたと同じくらいに真っ黒な格好をしていた。黒い帽子に黒いウェーブのかかったロングヘア、黒い目に黒い模様の白シャツに黒いズボンに、それだけ何故か真っ赤なゴツい靴を履いている人間だった。 

「にゃー?」

 くろたが反応しないからか、とうとう首をかしげられながら猫語で話しかけられてしまった。道のど真ん中で黒ずくめの格好をした人間が猫語を喋っているなど、一発で通報物だろう。くろたはとりあえず反応を返してやることにした。

「……にゃあ」

「! にゃーにゃー!」

 ……残念ながら目の前の人間には逆効果だったらしい。しかもよく見るとじりじりとにじり寄ってきている。くろたは一瞬逃げようかと思ったのだが、腹拵えをしてからでも遅くないと判断した結果、とりあえず近くに寄ってみることにした。

「にゃ、わ、来た来た……♪」

 なんだか眉根を下げてとても嬉しそうにしている人間は、くろたの頭を大きな手でよしよしと撫で始めた。くろたは久しぶりの撫でられる感触を楽しんだが、人間が指にしている金属の輪っかが撫でられる度に頭にこすりつけられるのが気になって仕方がなかった。

「飼い猫なんだ……あれ、紙が挟まってる?」

 人間が首輪に手を伸ばした瞬間、くろたは大事な首輪を取られそうになっていると判断し、すぐさま飛び退き、体勢を低くして威嚇した。

「シャー!!」

「あ……ち、違う、首輪じゃなくて、紙を見ようと思っただけ……」

 とても困ったような顔と声で両手を広げてひらひらさせる人間は、猫相手に通じると思っているのか何なのか、人間の言葉そのままでくろたに弁解した。幸いなのは、ある程度ならくろたは人間の言葉も理解は出来ることだろうか。

「……猫にまで嫌われたか、ハァ……僕、猫に好かれたいのに……死んだらまたたびに生まれ変わりたい…………」

 急にずーんと空気を重くしてしょんぼりしてしまった人間を見て、くろたは威嚇するのを少し緩めた。

「今日も仕事でやらかしたし……きっと今年限りなんだろうな…………本当僕ヘタレだし弱っちぃし、何も取り柄がないし…………」

 何故だか落ち込みだした人間を見て、くろたもさすがに少し放っておけないにゃ、と思った。今はまだ車が来ていないからいいものの、このままではこの落ち込んでいる人間は間違いなく交通の邪魔になる。というか最悪轢かれるだろう。

「……にゃー」

「ん、あれ、来てくれた……」

 くろたが近くにまた寄ると、優しげな顔をして人間はくろたを撫で、そっと首輪に絡まっていた紙を引きぬいた。

「……『この猫は首輪はしていますが捨て猫です。可愛がってやって下さい』……?」

「にゃ?」

 くろたがじーっと人間を見た。

「……お前、ウチに来る? もう二匹先輩がいるけど」

「にゃあ」

 くろたにとって願ってもないことだった。

 

 

「ただいま」

「おかえり陸……何、また猫拾ったの」

「……ダメ?」

 陸、と呼ばれた人間は目の前にいた人間にくろたを見せながら飼ってもいいかと許可を求めていた。くろたにとって、それは懐かしい風景だった。

 

――ねぇ、お願い! ちゃんと毎日世話するから!

――そんなこと言ってあんた金魚も猫も結局世話してないじゃない!

――今度はちゃんと面倒見るからぁぁ~!!

 

「……にゃー」

 懐かしい元飼い主たち。あんなことさえなければ、今でも自分はあの家で母や兄弟たちと暮らしていたのだろうか……。

「まーいいんじゃない。ああ、動物病院連れてかなきゃね」

「一応元飼い猫みたいだけど」

「それでも診てもらった方がいいでしょ。……で、ポチとジョンは大丈夫なのその子」

「多分大丈夫だと思う」

「……にゃ?」

 どうやら予想よりもここの家の人間は放任主義者だったらしい。あっさりと居住の許可をもらったくろたは、今二階にいるらしい先輩猫たちに挨拶することになった。

「……にゃー」

「にゃ?」

「にゃにゃー」

 先輩猫たちも家主に似たのかマイペースなようだった。まぁ自分の領分を侵さなければ何をしてもいいとのことで、何事もなく一緒にいる許可をもらったくろたは、さっそくご飯のおねだりをすることにした。

「にゃー」

「ああ、ご飯かな。ちょっと待ってて今持ってくへぶしっ!!」

「にゃ?」

 自分を拾ってきた人間は、くろたが近づいてきた途端盛大なくしゃみをした。

「ちょ、待っくしゅんっ!! ごめん今すぐぅぅぇっしょん!!!」

 くろたがあまりのことに固まっていると、ポチと言うらしい先輩猫がこっちに来るようにと鳴き声で促した。その言に従うと、ようやく人間はくしゃみが止まったようだった。

「あああ……うー、ごめんね」

 そう言うとご飯を取りに行ったのか、鼻をすすりながら人間は一階へと降りていった。

「にゃ?」

「にゃにゃ」

 先輩猫に今のは何事かと聞くと、どうやらあの陸という人間は猫大好きでありながらの猫アレルギーらしく、外だと空気の流れもあることから猫に近づいても比較的すぐには症状も出ないが、家の中のようにこもった場所だと近づいた途端にくしゃみや鼻水が止まらなくなり、下手をすると熱まで出して寝込むらしい。

「……んにゃあ」

 自分を拾ってくれた、若干お人好し、いやお猫好しな新飼い主が少し心配になりつつも、くろたは世話になることにした。

 

 

 その後、飼い主の陸という人間は結構忙しい日を送ったりしているようだった。その飼い主についてくろたが理解したことは、どうやらこの家は母親と息子という構成の家族のようだと言うことと、陸という息子はテレビに出るお仕事をしていること。そして、深夜こっそり陸が起きて何かしているということだが、何をしているのかはまだ分からない。

「あ、くろおいでー」

 くろたに近づいてくしゃみを出しまくったあの事件以降、飼い主は何故か猫への拒否反応が出なくなった。飼い主はもちろんとても喜んでいた。

「なんで急に大丈夫になったんだろうね?」

「にゃあ?」

 飼い主はよくくろたの肉球をふにふにと揉んだ。それはもう一心不乱に真顔で揉み続けるので、前の飼い主たちに喜んで肉球を揉まれ続けていたくろたも少し困惑した。

「……にゃあ?」

 楽しい? とくろたは聞いてみることにした。

「……楽しい」

 どうやら楽しいらしい。今の会話は偶然成り立っただけなのかもしれないが、とりあえず意思疎通出来たからよかったとくろたは思った。

 ふとくろたが肉球を揉まれながら部屋の隅を見ると、そこには鍵のかかった箱があった。

「……気になる?」

「にゃあ」

 くろたの視線に気づいたのか、陸は鍵のかかった箱をずりずりと引き寄せて、本棚の後ろに手を突っ込んで隠してあったらしい鍵を使って箱を開けた。

「くろ、母さんとかには内緒だから」

「んにゃ」

 箱が開いた。外は硬そうなつるつるした木で出来ていて、内側はふわふわして滑らかな紫の生地が貼ってある箱だった。箱を大きな辞書を広げるようにすると、箱の上側と下側だった部分の内側にはそれぞれベルトで止められた五本のナイフが出てきた。

「すごい? これ全部お気に入りなんだ」

「にゃ」

 陸はナイフを一つずつ開けてはくろたに見せていった。

「これがライオンの彫刻が入ってるやつ。かっこいい? これはちょっと刃の部分が厚めで、広く強く切れる」

「にゃああ」

「で、こっちが蛇の彫刻入り。一番細いけど、ここの溝の部分に毒薬とか流して乾かすと毒を仕込める」

「うにゃ」

 その後も陸はキラキラした目でナイフの説明をくろたにしていたが、くろたはこんな物騒な物持ってて大丈夫なのかな、と飼い主を心配していた。

「あとちょっと関係ないけど、これ知らないお姉さんに貰った」

 そう言うとくろたにはめていた指輪を見せる陸。その指輪には青い綺麗な石がはまっていた。

 それを見たくろたは、その石が自分の首輪についている玉と同じものだと気がついた。何故、と言われてもいわゆる動物的勘としか言いようがなかった。

「トークショーに出て、イベント終わって帰ろうとしたら出待ちされてて、

『好きです応援してます! これ貰ってください!』ってなんか押し付けられて、びっくりして思わず受け取っちゃったけど……綺麗だけど高そうだから返そうとしたらもういなくて、仕方ないからつけてる。気に入ったし」

 陸は少し嬉しそうに指輪をさすった。くろたも小ちゃな前足をぽふ、と指輪に置いた。

「お、くろも気に入った?」

「にゃあああ」

 くろたは、自分の触れている陸の指輪と、自分の首輪の石がじんわりと熱を持ち始めたのを感じ取った。

「ん? ……なんか指輪が熱い?」

 次の瞬間、耐え切れないほどに二つの玉が熱くなったと思った途端、くろたの脳裏に映画を再生したかのように見たことのない光景が流れた。

 

――ささなかりく、5さいです

――おまえウザいんだよ! しね!

――わたし、きみとはつきあえない。ごめんなさい。

――テレビのおしごと、ですか?

――っていうかアイツマジキモいよね! 超ウケるんだけどぉー!

――仕事は……高校入っても続けようと思ってます。

――陸、受かったって? やったじゃん!

――どうも、笹中陸です。よろしくお願いします。

――今ブレイク中の笹中陸くんです! どうぞー!

 

 そうして最後の映像は、自分のはめている指輪とくろたを見ているような映像が流れ、くろたは長い旅行から帰って来たような錯覚に陥った。

「……にゃ?」

 ふと陸を見上げると、陸は真っ青な顔をしていた。くろたは気づいた。今自分が見たものが、もし陸の見てきた光景だというのなら、陸もまた見たのだろうか。

 くろたを飼っていた、前の飼い主たちとくろたの家族が殺されていった瞬間を。

「…………ッ!」

 くろたを放り投げるように下ろすと、陸は慌てて部屋を出て走って行ってしまった。くろたが慌てて後を追うと、トイレに駆け込む陸が見えた。直後に、何かを必死に吐いているような音が聞こえた。

「……にゃ?」

 ジョンが何事かと様子を見に来た。くろたはひとまず、飼い主は体調が悪いようだ、ということを伝えた。

「にゃあにゃ」

 いつものことよ、あの子は体弱いしね、とジョンは言うと、多少心配そうな顔を見せつつもすたすたとどこかへ行ってしまった。

 何度も水を流す音と、吐き戻す苦しそうな声とが重なって、ようやく陸は青い顔をしてトイレから出てきた。くろたがにゃー、と一声かけると、陸は心なしかふらふらしながら部屋へと戻っていった。くろたも後に続いた。

「にゃー……」

 くろたは心配して陸に声をかけた。陸は力なく布団に横たわり、ぐったりとしていた。仰向けになり、腕をアイマスクの代わりにして息を整えようとしている陸の傍でくろたは丸くなった。

「……なんか、すごいもの見た」

「にゃーう」

「……僕ホラーとか好きだけど、あれは、駄目だ」

「……にゃー」

「……あの金髪のおじさん、なんなの」

 そう陸が呟いたのを聞いたくろたは確信した。くろたは陸の、陸はくろたの、それぞれがこれまでに歩んできた生の記憶を見たのだと。

「……んにゃーにゃ」

「……ひょっとして、あれって、……あの、幸せそうな方、あれって、くろたの前の飼い主?」

「うにゃう」

「そっか…………あ、くろたも僕の記憶見た?」

「にゃー」

 陸はため息をつき、相変わらず仰向けのままゆっくりと胸を上下させた。

「……くろたも苦労してたんだ」

「……んにゃー」

 くろたは陸がいじめにあっているらしいシーンもたくさん見ていた。失恋も何度も経験していたみたいだし、慣れない仕事と先輩に気を遣うことで疲れているような陸の姿も見ていた。

 陸も大変だね、という気持ちをこめて、くろたは陸の頬に親愛のすりすりをした。陸は腕マスクをしたまま、もう片方の手でくろたをぽふぽふと撫でた。

「……今の、僕の指輪とくろたの首輪についてる石が原因かなぁ」

「うにゃん」

「というかさっきから気になってたけど僕とくろ、会話出来てる?」

「なうぅ」

「だよねぇ」

 くろたも陸も互いに驚いていた。まさか普通に会話出来ているなんて、と。だが陸はくろたが何を言っているか分からなかったし、くろたも完全に陸の言葉を理解しているわけではなかった。それでも、肯定や否定の意志くらいならお互いに感じとれていることに気がついた。

「すごいね」

「にゃ」

 その割には陸はあまり驚いた様子ではなかったが、元々感情表現がそこまでオーバーでもなくマイペースな陸のこと、くろたも一緒に過ごしてみて、陸の喜怒哀楽はわかりやすくはないけれど、普通に表現していると受け止められる程度には出ていると思っていた。

「この石、なんか特別だね」

「うにゃーん」

 天に手をかざすようにして指輪をながめる陸、指輪は相変わらずつやつやと青くきらめいていた。深く優しい緑色をしているくろたの首輪の玉も、光を柔らかく反射していた。

 




犬より猫派です。にゃんにゃん。

一応、登場人物たちの持つ「玉」はちゃんとした宝石です。主に石言葉を参考にして各々の石を決めております。

それと笹中陸くんですが、mixi連載の時とは名前や職業が少し違っております。大人の事情というやつです。ご了承下さいませ。
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