「……もう一度だけ聞くぞ。い・え・は・ど・こ・だ?」
「だーから、ねーっての!」
古谷は、ほとんど赤に近い茶色の髪の少女を睨み合っていた。
「家がないってそんなわけないだろうが」
「だからねーって言ってんのに! わっかんねーおっさんだなあ!」
「……一応まだ俺は32だ」
「アタシから見たら十分おっさんだよ。二倍以上あるじゃん歳の差」
はぁ、と盛大に溜息をついた古谷に、「こっちがため息つきたいよ」と返した少女。
何故こんなことになったのか。時は遡って三時間前。
たまたま夜、古谷の愛吸しているタバコがなくなってしまい、仕方なく彼がコンビニまでカートン買いに出向いたところ、買った帰りの路地の奥の薄暗がりで、今目の前であぐらをかいて座っている少女がいかにもといった不良少年に取り囲まれており、その上少年たちは鉄パイプやナイフを持っていた。少女は平然としていたが、古谷がこれはいかんとすかさず警察を呼んだフリをすると少年たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。なんとか少女の安全を確保し、そこで家まで送ってやろうとしたところ、何度聞いても少女は「家なんてない」の一点張りで、とりあえず外は寒いだろうと古谷は自宅に連れてきて暖かいお茶を飲ませてやったはいいが、彼女はガンとして口を割ろうとしない。そうして三時間が経過して今に至るのだった。
「……親御さんが心配するぞ」
「だからいねーって」
「は?」
古谷が思わず聞き返すと、少女はしれっと答えた。
「親父が無理心中仕掛けてきて、アタシ以外家族はみんな死んじゃったんだってば」
「……なら今までどうやって生活してきたんだ」
「え? ホームレスのおっちゃんたちが意外と優し」
「よし分かった。今日はウチに泊まっていい」
古谷は話を打ち切るようにわざと途中で割り込んだ。これ以上聞くととんでもない単語を聞きそうだったからだ。
「え? マジでいいの?」
「というかこんな寒空の下、しかも深夜に未成年を一人で放り出せん」
古谷は一人暮らしにしてはやけに大きなソファを引きずって持ってくると、背もたれの部分を引き、押してベッドへと変形させた。
「おー、そのソファかっこいいな!」
「えーと毛布毛布……ほら掛け布団と毛布、あと枕」
押入れからしまい込みっぱなしだった布団一式を出してソファベッドの上に置くと、布団をぽんぽんと叩いた。
「あー、そういえば名前を聞いていなかったな」
「アタシ? 響。神野響」
「俺は古谷垂だ」
「分かったよおっさん」
「古谷だと言ってるだろうが」
わざわざ彼女のためにベッドメイクをしてやっていて、ふと古谷の動きが止まった。
「……ところで、神野」
「響でいいって」
「……響。お前、風呂はどうしていた?」
そう言うと、響はきょとんとしていた。
「別に数日風呂入らなくたって死なねーし」
「……仮にも女の子なんだから少しは気を遣った方がいいぞ。シャワー浴びてこい、ほらそこ風呂場だから使え」
「いいの!? おっさんマジお人好しだなー」
「世話になってる身で言える台詞か」
「へへ、サンキュー!」
そう言うと、響は喜んで風呂場に姿を消した。
ふぅ、と溜息をつきながら、古谷はベッドメイクを終えた。思わずタバコを吸おうとパッケージを開けようとカリカリ爪で引っ掻いていて、ふとやめた。
「……そういえばパジャマがないな……」
結局、古谷は響の服を洗濯機に入れて回し、適当にジャージを出してやった。案の定、風呂から上がった響は自分の服を勝手に洗濯されたことに腹を立て、あまつさえ出されたジャージにシブシブながらも袖を通したところ、細身とは言え長身男性専用のサイズのジャージが少女に合うはずもなく、それでも他に着る物がない響が無理やり着てみると裸にだぼだぼのジャージの上だけを着るという、どう見ても犯罪的な絵面が出来上がった。
「おっさん、アタシを襲いに来たら容赦しねーからな」
「誰がお前みたいな子供に欲情するか。さっさと寝ろ、不良少女」
夜遅くに響を寝かしつけ、自分もベッドに入ると、古谷はもう一度、深く小さなため息をついた。
その翌日、古谷はいつもどおりに6時に目を覚まし、未だ響が気持ちよさそうな寝息を立てているのを見て、なるべく起こさないようにと静かに歩き、台所へ向かった。
「……簡単な物でいいか」
ぼそりとつぶやき、トーストを電子レンジで焼いている間に、手早く卵をボウルに開け、かき混ぜ、ミルクも足してから油を引いたフライパンの上でスクランブルエッグを作る。もちろん、これだけではなんだからと水洗いしてちぎったレタスと適当な大きさにカットした魚肉ソーセージをサラダにして、上からオリーブオイルとレモン、黒胡椒のドレッシングをかける。ややもするとついうっかり一人分で作ろうとしてしまうから、普段の量よりも多く、多くと心がけて料理をした。焼きあがったトーストには先にバターを塗っておく。古谷はこの上に更にラズベリージャムを塗るのが好きで、酸味とバターのコクが口の中で混ざるのがたまらないと思っていた。
「うん……なんかうまそーな匂いする……」
さすがに料理中はうるさくしないように、などという気を遣ってはいられないが、それまでどれほど物音を立てようとぐっすり眠っていた響が、朝ごはんの匂いに釣られたらしく、起きてきた。
「おはよう。朝飯出来てるぞ。とりあえず顔洗ってこい」
「んー……」
眠そうな目をこすりこすり、重たそうに足を引きずりながら洗面所へ向かって響は姿を消した。しばらく水を出す音がしたかと思うと、すぐに「おっさん、使っていいタオルどれー?」と声がしたので、「上から三番目の引き出しのタオルならどれでもいい」と古谷は返事をした。
冷たい水で目が覚めたのか、響はニコニコしながら戻ってきた。どうやら朝ごはんが楽しみなようだった。
「すげー、ウマそう!」
「ほら、席着け。椅子の高さは大丈夫か?」
「んー、平気平気」
さて食事と行こうとした時、二人共同時に両手を合わせ、口を開いた。
「主よ、あなたのいつくしみに感謝して、この食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、わたしたちの心と体を支える糧としてください。わたしたちの主、イエス・キリストによって。アーメン」
古谷がそう言い終わると、響は額の中央位置で右手中指で軽く触れ、次に胸へ、左腕の付け根へ、そして右腕の付け根あたりで止め、両手を合わせてから「アーメン」と言った。
「……カトリックなのか」
「……十字切んないってことはおっさんプロテスタント?」
二人とも祈っている最中に、お互いの声がハモっているのに驚いていたが、祈りを中断するのも気持ち悪いから、ということで最後まできっちり祈りを終えた。
「教会の知り合い以外でキリスト教の信者に会ったのは初めてだな」
「アタシもー。何、おっさんって家がそうだったの?」
トーストにストロベリージャムを塗りながら響は聞いた。
「いや、俺は大人になってからだな。信仰始めたのは」
「へー、なんで? 結構珍しくないか?」
「……実は一目惚れした女性が信者で」
「マジで!?」
「嘘だ」
さらっと古谷は言うと、レタスを頬張った。
「アタシは父さんが神父でさ」
「うん? カトリックで神父は妻帯不可じゃなかったか?」
「んー、よくわかんないけどウチは大丈夫だったみたい。そんで自然と、かな」
響はあっという間にトーストを平らげ、サラダを胃におさめ、スクランブルエッグを頬張り尽くした。すでに牛乳すらも飲み干し、満足気な表情で食後の祈りを唱えていた。
「はー、ごっそーさん。おっさん料理うめぇなぁ!」
「それはどうも」
古谷はもうおっさん呼ばわりを訂正するのも諦め、トーストを黙々とかじった。
「あ、空いた皿はアタシが洗うよ。世話になってるしこれくらいはね」
「そうか。なら任せるぞ」
古谷も朝食を食べ終え、響は皿を重ねて台所のシンクへと次々に持っていく。皿洗いは響に任せるとして、古谷は店の方の管理に向かおうとしたその時だった。古谷の携帯が機械的な音声を鳴らし始めた。画面には「ハンツ」と表示されていた。
「どうしたハンツ」
『てめぇどこにいやがる!?』
「家だが」
『ボディーガードするんじゃなかったのかよ!? あいつらが来てやがんだぞ!』
「! ……そうか、今どこにいる?」
『分かんねぇよ!! なんか記憶トンで気づいたら路地入っちまってて、小せぇ店ばっかり並んでやがるとこにいんだよ!!』
「……近くに輸入雑貨屋はあるか?」
『ああ!? あー、あるよ!』
「分かった」
それだけを言うと、古谷は電話を切った。
「すまん、響。ちょっと出てくるから適当にくつろいでいてくれ」
「うん? わかったー」
洗い物をほとんど終えかけている響にそう言って、古谷はさっさっと装備を整えると、店の外へ出ていった。
電話で話していた内容と、ハンツの帰巣本能ならぬ帰主本能から、古谷はすぐ近くに高田がいると思った。案の定、その想像は当たっていた。そこには服が汚れ、破れているボロボロの状態の高田がいた。
「テメェ!?」
「よしよしハンツ。よくここまで来れたな。偉い偉い。お手」
「……ハッ!? ってこんなことしてる場合じゃねぇってのぉ!?」
言う通りにちゃんとお手をするハンツを見て、古谷はうんうんと満足そうに頷くと、ナタを取り出した。
「で、どっちから来た?」
「いや……それが、途中から違う奴が攻撃してきたんだよ! しかもカラスとか黒猫とかまで攻撃しに来て……」
古谷がそれを聞いて眉をひそめた途端、上空から何か黒い物が古谷の視界を遮った。思わずナタで叩き落とそうとしたが、当たらずに空を裂いただけだった。空を見ると、そこにいたのは電線に綺麗に並んで止まった、たくさんのカラスだった。
「カラス?」
そのつぶやきに答えるように、空から一斉に黒い艶めいた羽音が鳴り響いた。
「うわっ!」
古谷はとっさに飛び退き、ナタを振りカラスを叩き落とそうとしたが、数が多すぎてとてもではないが対処しきれていなかった。カラスの鋭いくちばしが何度も腕や体、頭を抉り、ナタと共にもう片方の腕も振り回していたが効果は見られなかった。一方の高田は、すでにハンツになって跳び回り逃げていたが、カラスたちの一部は一つの意志を持ったような群れになりハンツを追い掛け回していた。いかにハンツが素早いといえども、肉体がある以上疲労が筋肉に溜まるのは避けられない。じわじわとハンツの体にも傷が増え始めていた。
このままではジリ貧だと、なるべく目をやられないように顔を重点的に守りながら戦っている古谷だったが、不意にカラスの黒い体に混じって何か見えた気がした。危機感を覚えた古谷はとっさにその方向にナタを構えた。間一髪、思い切り振り下ろされた金属を古谷のナタは受け止めた。
「……よく分かったな」
何の感情もこもっていない声が聞こえ、カラスの猛攻が止んだ。目の前には、黒く長い髪をさらりと流した長身の男がいた。肌の色はほとんど白に近いくらいで、本当に血が通っているのか疑わしくなるような色だった。
「随分と物騒な得物じゃないか。特注品か?」
その男は、手に赤い大鎌を持っていた。金属で出来ていることには間違いないが、その赤さはメッキしたような安い色合いではなく、金属そのものが、まるで血が染みこみきったような朱に染まっていた。
「……作ってもらった」
「……そうか」
幼い子どものような返事に、古谷は若干脱力しながらも警戒は怠らなかった。
「ゥルルルルル……!」
ハンツが突如唸り声を上げた。何かに向かって威嚇するような、あるいは怯えているかのような、両方がないまぜになったような声だった。
「……奴か」
遠くの方向に、いつぞやの三角頭がのしのしと歩いてきているのが見えた。それを見て、古谷は必死に頭を働かせた。
――相手はどちらも大振りな得物を所有している。一撃の威力は相当なものだろう。一方、自分もハンツも残念ながら火力に欠ける。自分の主力は拳銃とナタくらいで、それほど威力の高い武器は持っていない。せめてショットガンの一丁でもあれば話は別だが、あいにくここは日本だ。銃規制の厳しすぎるこの国ではショットガンなど手に入らない。ナタも悪くはないが、三角頭と目の前にいる長髪の男の持つ得物に比べるとリーチが短すぎる。懐に入れればいいが、相手が二人一組なのもあって隙が生まれにくい。相方としてはこちらもハンツがいるが、ハンツは素早さにすぐれる反面、武器が爪と牙くらいしかない。仮に自分が化けて舌で拘束を図っても、相手はどちらも切断の可能な武器だ。あまり効果はないだろう。なら、逃げるか? だがすぐ後ろが自宅だ、それに家には響がいる――
「……ハンツ、素早さで撹乱しながら少しずつ削るぞ。長期戦を覚悟しておけ」
「……グルル」
二人が身構えた、その時だった。
「おっさーん? そんなとこで何やってんの?」
響が家から出てきてしまったのだ。古谷はひどく焦った。
「馬鹿! 家の中にいろ!!」
その声とほぼ同時に、目の前の男は素早く動いて、響の喉元に鎌を突きつけた。
「形成、逆転だな。その男さえこちらに引き渡せば、お前とこの娘の命は助ける」
「クッ……!」
古谷が苦い顔をし、ハンツはどことなく不安そうな顔をしていた。
どうすればいい。どうしたら響を傷つけることなく救える。
今すぐにゾンビ化して、舌で鎌を除けるか。いや、おそらく鎌の鋭さに舌が切り裂かれるだけだ。それに、ゾンビ化したことで響が驚いて、隙を作ったところで逃げることも出来ないかもしれない。おそらくハンツの素早さでも無理だろうし、銃を撃ったところで、銃を撃つアクションから弾丸が奴の額に届くまでに、響は喉を掻き切られるだろう。
ハンツを渡すしかないのか。依頼人を。確かにこいつは外道だ。それでも、普の事務所への数少ない依頼人だし、何よりもう目の前で人が死ぬところは見たくない。
俺は一生忘れられないだろう。血に塗れ、小さく震えて、俺の服を弱々しく掴んだ。白い手を。
「……んー、なよなよしてるアンタさ。人質に取ったのはいいアイデアだけど、あたしが普通の女の子だったらよかったね」
「な」
途端に、響は喉元に迫る刃を全く物ともせず、強烈なアッパーカットを男の顎に食らわせた。男が拘束をわずかにゆるめた隙に響は見事にするりと抜け出し、男の腕を軸に乗り上げるようにすると更にブーツの踵で勢い良く連撃を顎に食らわせ、綺麗に着地してみせた。
「……グル?」
あまりのことに、古谷もハンツも驚いていた。そして、同時に古谷はどうして不良たちに囲まれていながらにして響が平然としていたのかも理解した。あれだけの身体能力と格闘技術があれば、確かに生半可な相手では敵とすらみなさないだろう。
「おっさーん。冷や汗かかせてごめんよー」
何事もなかったようにてってっと走ってくる響に、ホッとして気が若干抜けた古谷は何も言わずに響の頭にげんこつを落とした。
「痛ぇ!? 何で!?」
「……こっちの身にもなれっ……寿命が縮まるような思いだったんだぞこっちはッ……!!」
「うー、ごめんてば……」
「それに、見ろ」
響が振り返ると、そこにはもう立ち上がっている男の姿があった。一連の騒ぎの間で移動時間を稼いだらしい、三角頭もすでにその横にいた。
「うげ、あたしのアッパー食らわして立ってられる奴初めて見た」
「……普通じゃない奴が相手のようだな。響、もういいからあとは逃げ……」
「じゃ本気ださねーとな!」
古谷が思わず響を見ると、響は何やら涙の雫のような形の宝石を取り出した。何をやっているのかと見ていると、目も開けていられないほどまばゆい光が宝石から溢れ、赤い光が彼女を一瞬包んだかと思うと、響は赤いふりふりした、かっこよさと可愛さを両立させたような衣装を身にまとっていた。手にはいつの間にか槍まで握られている。
「よーしおっさん、助太刀するぜー。いっしゅくいっぱんのおんぎ? って言うんだっけ?」
「……あ?」
「見たところ、おっさんもわんこもパワータイプっぽくないしな。力ならあたしに任してよ。よーし行くぞー」
古谷が呆けていると、あっという間に彼女は突進していってしまった。我に返った古谷とハンツはワンテンポ遅れて彼女のアシストに入ったが、彼女のスピードは凄まじく、ハンツがようやく目で追えるかどうかと言うほどで、なかなか支援に入れなかった。
鎌を持つ男に向けて槍で一撃牽制したかと思えば、すでに三角頭の膝の関節の裏側から蹴りを入れて体勢を崩させ、槍で突き刺している。鎌で薙ぎ払うような一撃を軽くいなして、鎌を持った男の胸を槍の柄で鋭く突いてよろけさせると、三角頭の頭の部分を踏み台にして、上空高く舞って勢いを付けた槍を思い切り打ち下ろす。響のスピードとパワーに、敵二人はひどく翻弄されているようだった。
「グ……グルル」
ハンツがどうしたものかと攻めあぐね、仕方なく今相手にされていないらしい三角頭の方へと向かっていった。足止めくらいなら役に立てるだろう。
しかし一方の古谷は、ゾンビ化しなければ所詮ただの人間である。多少身体能力は高めとはいえ、それは一般人を基準にした場合だ。人外4人では何の役にも立たないどころか足を引っ張りかねない。古谷は落ち着いて一旦4人を観察することにした。
響の動きは、変身前と比べて格段に違う。どこぞの流派の動きというより、ほとんど我流で身につけたようなものらしい。動き方や瞬発的な思考をトレースして見るに、戦いの中での自分の行動によるリスクとリターンまで完璧に熟知し、即座に計算して動いているらしい。そんな芸当はとてもではないが、古谷にだって出来ない。おそらく、もう数え切れないほどの場数を踏んできたのだろう。また、言い換えるならそれほど常日頃から戦わざるを得ないほどの壮絶な人生を歩んできたのかもしれない。あっという間にズタボロにされていく三角頭と鎌男を見て、出番のない古谷はタバコを吹かす暇さえあった。
「これでおしまいだよっ!」
槍を広範囲に向けてひと薙ぎ、ともすれば隙だらけに見える一撃であったが、鎌男が好機を見つけたと言わんばかりに鎌で受け流そうとした瞬間、槍の柄がぶつぶつに切れたようになり、鎖でつながり伸びていった。これはさすがに相手も予想出来なかったらしく、受け流そうとした鎌ごと縛られてしまった。
「よしっ、後一人」
もう一人の三角頭は、ハンツのスピードにもついていけず撹乱され、蓄積されたダメージに耐え切れなくなったらしく、とうとうどうと倒れた。
「お、ちょうどよかったな」
「ぐるる」
「……うわ、お前大型犬かと思ってたら人間なのかよ、気持ち悪いなぁ」
「……きゃうん」
今の今までハンツが一応人間だと気づいていなかったらしく、響はあからさまに嫌そうな顔をしていた。そんなことを言われたハンツは悲しそうだったが。
「結局俺は最後まで蚊帳の外だったがな」
「おっさん人間だししょうがないだろ」
古谷が近づいて言うと、響はしれっとそう言った。
「……じゃあお前は何なんだ」
「あたし? うーん、まぁここまで来たら隠すのもなんだしな。あたしは魔法少女だよ」
「……は?」
古谷の脳裏には、日曜朝にやっているようなアニメや、夕方くらいになると子供向けのチャンネルでやっているアニメが浮かんだ。
「……おっさん、おい、あたしを可哀そうな子を見るような目で見るのやめろ」
「……いや、魔法少女と言われても」
「ほらおっさん、ちょっと後ろ向いて」
そう言われて古谷が素直に後ろを向くと、響はしゃがんで古谷の膝の裏と頭を半分投げるようにしてから抑えてお姫様抱っこをしてみせた。
「おー、おっさん意外とウェイトあるのな。身長高いからかな」
「……下ろせ」
自分よりもずっと年下の少女にお姫様抱っこされるなど彼にとっては初めての体験以前に、屈辱以外の何物でもなかった。
「はいはい。で、信じた?」
確かに普通の少女では、180cmを優に越える長身の古谷を抱き上げるなど出来るはずもない。古谷は渋々ながら響を魔法少女らしき物だと認めた。
「おっさん悪かったって。そんなに機嫌悪くすんなよー」
「……」
古谷はタバコを吸いながらぷいと顔をそむけた。若干子供っぽい振る舞いだと自分でも思ったが、思った以上にお姫様抱っこをされるというのが本人の身には堪えたのだった。
「で、おっさん。こいつらどうすんの?」
響が指さしたのは、襲ってきていた鎌男と三角頭。本来なら警察に突き出すなりなんなりすればよかったのだが、今回こいつらはどう見ても警察には荷が重そうだ。最悪実はお偉いさんの何か、ということでもみ消されかねない。
「……とりあえず普に連絡してみよう」
古谷は携帯を取り出すと、普に電話をかけた。
『はいもしもしこちらはいつもニコニコあなたの味方、呼子探偵事務所でーす!』
「俺だ」
『なんだぁー。高い声出して損した。で? 何?』
「捕まえたぞ。三角頭とその共犯者」
『っうぇ!? 本当!? 分かったわ今すぐ迎えの奴ら寄越すわ!』
二転三転と感情をくるくる変えた声を出しながら、普はぶつっと電話を切った。
「すぐ来るそうだ。よかったなハンツ。お役御免だぞ」
ハンツはいつの間にか元の人間状態の高田に戻っていた。
「痛っ……また全身筋肉痛じゃねぇかぁぁ!」
「運動不足だな。ちょうどよかったじゃないか」
「ふざけんなぁぁ!?」
高田はぎくしゃくとロボットのような動きをし、しかもどこかの筋肉を震わせる度にひどく顔を歪めていた。やはり生身の人間の体が元である以上、体にかける負担は相当なものだ。ハンツである時の動きは、元来人間が30%程度に抑えている脳のリミッターを、無理やり解除しているからこそ出来る動きなのだ。
「チクショウ……てめぇ覚えてろよ…………!」
「ほぅ。なら今すぐ死ぬか? 助けてもらっておいて図々しい」
「こっちは金払ってんだよ!?」
「悪どく稼いだ金でか。ちょうどいい。これを機に人生まっとうにやり直せ」
古谷と高田が掛け合い漫才をしている間、響は三角頭のマスクを剥いで中を見てみようとしていた。すると、縛られていて動けないはずの鎌を持った男が何やらもぞもぞと動いているのを見つけた。
「おい、何やってんだ」
響がそう威圧的に声をかけた途端、どこからともなく大量の黒猫たちが集まり始めた。
「えっ?! な、何だこれ!? ネコォ!? お、おっさーん!!」
猫たちはにゃーにゃーと喧しく鳴きながら、何匹も何匹もするりと三角頭の下に潜り込むと、猫で絨毯を作り、あっという間に運んでいってしまった。古谷が気づいた頃には、地面を滑るようにして猫に運ばれていく三角頭の姿があった。
「……何だありゃ。って呆然としてる場合じゃなかったか……」
「おっさん!? 逃しちまったけどいいのか!?」
「んー……まぁ、その仲間と思しき奴は捕らえたからいいだろう。そのうち仲間を助け出しに向こうから来るだろうさ」
「そんなゆるくていいのかよ」
「まぁ焦っても仕方ないだろう」
響は呆れ顔だったが、古谷は全く意に介さなかった。むしろ、囚われの身となった鎌男が、安堵したような表情をわずかに見せたことの方が気になった。
「(よほど大事な仲間だということか? 何にせよ、罪人は即殺す、なんて思考のサイコパスのお仲間だからな。こちらの常識は通じないという覚悟で扱った方がいいかもしれない)」
鎌を持った男は、再び無表情に戻っていた。何を考えているのか底知れない様子だった。
古谷は、行ってしまった三角頭のことは仕方ないと諦めて思考を切り替え、今はただ新たな戦力となるかもしれない響と共に普を待つだけだった。
第八話です。もうストックがほぼないです。
響ちゃんが珍しく女の子で嫁です。まぁ誰かは多分すぐ分かるかと。
女の子成分がないんですよねこの小説……。どっかで増やしたいが、性転換させるのはなぁ……。