「こっちは俺一人で十分だが、奴らのアジトの方には?」
『問題無い、そっちにはヴェルゴを向かわせておる』
「ヴェルゴ?」
『管理外世界出身で数年前から頭角を現してきた地上部隊の局員でな。魔力は無いが代わりに六式や覇気という独特の術を使い、噂では殉職したゼストとも互角がそれ以上の実力があるとも言われておるんじゃ。それに荒くれ者の一部の局員からの信頼が厚く、少しずつじゃがお前さんの仕事の表側の事後処理や補助を頼もうと思っての』
「はぁ~ん…」
野郎には興味が無いと言わんばかりにレンは煙管を吸って紫煙を吐き出した。
「まぁそっちはそっちでしっかりやってくれや、こっちもそろそろ始める」
レンは煙管の雁首を灰皿に打ちつけて灰を全て落とすと、フェイトの分も合わせて会計を済ませ喫茶店を出た。
そしてレンはフードに白いファーがついた黒いコートを羽織った。
† † † † † † †
「ああ、Drジャックジャガーようこそ」
人気の無い空港の貨物庫エリア。いくつもの倉庫が並んだ中に指定された倉庫があり、中に入ると車椅子に乗ったサーカス団の専属医師が待っていた。
「例の物は?」
「こちらに」
専属医師はケースを開けた。
「………」
レンは収められた義手を持上げた。
「何度触れても滑らかだな」
「ええ、特別な材料を使ってますから」
「………そろそろか」
レンは義手をそっとケースに戻した。と、同時に専属医師の下に通信が入った。
「おっと失礼…、私だ………何!?研究所に管理局地上本部が?どういうことだ!」
レンは悠々と喧嘩煙管を咥えると長い羅宇の部分でマッチを擦って火を付けた。
「………あなたの差し金ですか?」
「俺はどっちかっつーと差し向けられた方だぁ~」
レンは紫煙を吐き出した。
「はぁ~、まったくこの機能美と様式美が理解できないとは。あなたは良き理解者だと思っていましたよ、Drジャックジャガー」
「俺も最初は感心したぜぇ…、材料が解るまでは、なぁ~」
「何かいけませんでしたか?」
「…ッチ」
確信犯の専属医師の言葉にレンは舌打ちした。
「動物の骨を砕いて灰した物では滑らかさに違和感が生じてしまう、そこで人間の骨で同じ事をしてみました。しかしこれも上手くいかない。カルシウム含有率が高すぎるんです。なので…、」
専属医師はレンが予想した通り、最悪の結果を口にした。
「まだ未発達な子供の骨を使ったらこんなにも素晴らしい作品ができたんですよ」
「………」
レンは喧嘩煙管の吸口を噛んだ。
「てめぇんとこのボスはこのこと知ってんのかぁ?」
「あぁ、我がパトロンは研究の詳しい内容までは知りません。興行に招いた孤児を帰す時に何人か見繕ってもあの人は全然気付いていませんし」
「…もういい」
レンは喧嘩煙管の灰を落とすと始末を付けようとコートの内側に手を入れながら専属医師に近付いた。
「どうして僕がここまでペラペラ喋ったと思います?」
「…ッ!」
レンは突如飛んで来た貨物の巨大な木箱の直撃を喰らってそのまま倉庫の壁に激突した。
さらに頭上には無数の木箱が不自然に浮いており、何処からとも無く投げられたナイフと鞭が木箱に当たると一気にレンに落ちてきた。
† † † † † † †
レンが木箱の下敷きになると、物陰からサーカス団の怪力芸の大男、ナイフ投げの男、猛獣使いの女、それにピエロの男が出てきた。
「ご苦労様。“あの人”の忠告通り、君たちを連れてきて正解だったよ」
「ドクター、ここは自分が」
「あぁ、それじゃあ頼むよ。他の皆はこの後の“あの人”との取引の準備を頼むよ」
専属医師と幹部3人が出て行くと、大男は木箱の瓦礫の山に近付いた。
「…よぉやく一人になったかぁ…」
「…!」
瓦礫の中からほとんど無傷のレンがおもむろに起き上がった。
「何故…、」
「お前らが潜んでいたのは入った時から気付いていた。職業上、気配には敏感な方だからなぁ」
レンはコートの汚れを払いながら立ち上がった。
「流石にお前ら全員を同時に相手するのは骨が折れそうだったんで、ちょっと死んだふりしたら、見事に一人だけ残ったってわけだ」
レンのコートには紋様が浮かび上がっていた。ミッド式でもベルカ式でも見たことの無い防御魔法だった。
「………レン・ジャックジャガー、闇医者で魔力は無いという情報だったが…」
「あぁ、魔力はねぇよ、これは魔法じゃなくて」
レンは懐から白い山猫の面を取り出して被った。
「陰陽術、だからなぁ」
「オン、ミョウ…?」
「古代ベルカ時代でも希少だった極一部の一族しか使って無かった魔法、いや、呪法だ」
「………何でもかまわん。俺の役目はお前を始末すること」
大男は倉庫の3~4mはある巨大な角材を持上げると、フルスイングでレンにぶつけてきた。が、角材はレンの胴体に当たって粉々に砕けてしまった。
「無駄だぁ…、金剛符・鎧包業羅はその程度じゃびくともしねぇよ」
レンは茫然としている大男のどてっ腹に拳を叩き込んだ。
「…っ?!なんだこの手応え…」
「無駄だ、ドクターの投薬により常人を遥かに越える筋力を手にした…」
「だったら…」
レンは新たな呪符を取り出した。
「豪腕符…、砕岩獅子、急急如律了」
両腕に呪符の紋様が浮かび上がると、レンは再び拳を振るった。
「何度やっても無…、だ…ッ………!」
レンの拳は手首まで深々と男の鳩尾に減り込んだ。
「がは…」
大男はそのまま倒れて動かなくなった。
「まず一人…」
腕力強化の呪符を使ったレンはさらにもう一枚の呪符を取り出した。
「韋駄天符、飛天瞬脚…、急急如律了」
呪符に描かれた紋様が両脚に浮かび上がると、レンは一瞬でその場から消えた。
† † † † † † †
「見つけたぜぇ…」
隠していた車に専属医師が乗り込むと同時に、突如レンが現われた。
「…お前、どうして!?ジャイアントは?!」
ナイフ投げの男は両手にナイフを構えた。
「説明が必要かぁ?」
レンは気だるげに答えた。
「………どうやら魔力無しという情報を鵜呑みにし過ぎたようですね」
「ドクター、ジョーカー、ここはアタイとダガーに任せて先に」
「ビースト…、気ぃつけや」
専属医師とピエロのジョーカーは用意していた車に乗り込むと急発進した。
「くらえ!」
レンに十数本のナイフが投擲された。が、レンは全て見切りナイフを指で挟んで受け止めてしまった。
「はっ!」
猛獣使いが振るった鞭がレンの手首に巻きついた。が、豪腕符で膂力が強化されているレンが軽く腕を振るうだけで逆に振り回されてナイフ男と激突した。
「くそ…、」
「なんてでたらめな…」
(一度の仕事でこんなに使うことはないが…、しゃぁねぇか…)
レンは指を二本だけ立てた刀印で五芒星(セーマン)を描くとその頂点から白い呪符を放った。
「金行符、太白破軍金神符呪、急急如律了」
白い呪符は飛翔半ばで無数の針山となり、二人に迫った。
「姐さん!」
ナイフ男が猛獣使いの前に飛び出した。そして、そのまま全身を針に貫かれた。
「あ…、あんた…、どうして…っ?」
「姐…、さん…、に、げ、て…」
顔面まで刺し貫かれ血みどろになったナイフ男はそう言うと、事切れた。
「…~ッ殺す!」
猛獣使いの女はナイフを掴むと刺し違える覚悟でレンに飛び掛った。
「………」
レンは先ほど受け止めて手元に隠していたナイフを猛獣使いの眉間目がけ投げた。
「あっ…!」
一瞬だけ全身を痙攣させた猛獣使いはそのまま倒れて動かなくなった。
次回後編でまずは二章のイントロ終了です