翌朝
瞼の裏で差し込む朝日を感じ、フェイトは目を覚ました。
「ん、ん~」
昨夜とは比べものにならないくらいぐっすり眠れたフェイトの顔は血色もよかった。
「おぉ…起きたか…」
「え?!」
フェイトがベッドサイドを見ると昨夜と同じまま、レンが安楽椅子に座っていた。
「まさか…、ずっと起きてたんですか?」
「あぁん?んなわけねぇだろ、ついさっき座ったんだよ」
ぶっきらぼうな口調のレンだが、その目の下には分厚い隈が浮かび上がっていた。
「そろそろ歩けるだろ。床上げだ」
「あ、はい」
フェイトはベッドの足元にあったスリッパを履くとレンに続いて部屋を出た。
ウッドハウスらしい木の温もりを感じる温かい空気、窓からの日光、そして消毒液特有の鼻をつく臭いがあった。
「ここ…、手作りですか?」
「あぁ、まぁな。この世界は無人だしほとんど手付かずだったから材料は取り放題だったしな」
レンはフェイトをテーブルに座らせるとお茶を淹れた。酸味のあるハーブティーは病み上がりのフェイトにも飲みやすく、添えられた蜜を垂らすと優しい甘さが口中に広がり五体にエネルギーが満たされていくのを感じた。
「………美味しい」
「煎じたものを飲めばあっという間に体調がハイになる滋養強壮効果がある『highビスカス』のハーブティーだ。甘さはひっそりと生っているから探すのが困難な果実、『密柑
』の花の蜂蜜だ。まだ飲みたいならあとはポットに入ってるぞ」
レンは陶器製のティーポットにカバーを被せると白衣を脱いだ。
「ちょっと一服してくる、大人しくしてろよ」
そう言うとレンは外へと出て行った。
†
白衣を脱いだレンの格好は黒一色だった。
黒のスラックスに黒のベストに黒の革靴、シャツだけが唯一白だった。
レンはベストの懐から煙管を出した。通常の物よりかなり太く長く、羅宇(雁首と吸口を繋ぐ管)だけで40cmはある代物だ。雁首に煙草の葉を乗せるレンはフィンガースナップで火を付け大きく吸った。
「フ~…」
紫煙を吐き出したレンはついでに薬草を補充しようとウッドハウスを取り囲む森の中へと入っていった。地表に顔を出している大木の根や鬱蒼と茂っている雑草を上手く避けつつ歩を進めていくと・・・・
「……ん?」
レンは森の様子がいつもと違うことに気が付いた。木々のはや枝の状態や地面の草、空気の流れが常の感じと比べても怯えているように感じた。
「誰か来たってのか?」
レン自身は魔力がないので転移魔法など魔力に対する感知能力も当然無い。
レンは大きく煙管を吸い込むと乗せていた煙草を全て吸い切り、羅宇を叩いて雁首の吸殻を落とした。
レンは神経を研ぎ澄ませた。
「………」
†
果たして、そこにはマントを被り顔や体型は分からないが人が1人立っていた。
「…お前、誰だ?」
「………」
「一応、ここら辺は俺が占めているんだが、そこに勝手に入って来たんだ、理由くらい聞かせてもらおうか」
「………」
「だんまりか」
レンは両足の重心のかけ方を変えた。
「…!」
それを感知したマントが一変。手に片刃直剣を握り襲撃者と化した。
真っ向から振り下ろされた剣をレンはバックステップで躱し、同時に、襲撃者の右側頭部目がけ、煙管を振り下ろした。
レンの煙管は吸口と雁首だけでなく、それを繋ぐ羅宇まで鋳鉄製の代物で、並の刃物では太刀打ちできず、振るう人間が振るえば立派な打撃武器にもなる、俗に喧嘩煙管とも言われる代物なのだ。
しかし、襲撃者はいつのまにか左手に鞘を持ちそれで煙管の打撃を弾いた。
「チッ…」
レンは剣の鍔元にあるカートリッジの排出口を見ると。襲撃者の次の1手を見抜いた。
レンの見抜いた通り、カートリッジがロードされ、膨大な魔力が一気に膨れ上がった。レンはその止まった一瞬に一気に迫った。
襲撃者は片手で剣を持っていた。その分、柄頭から拳一つ分空いていた柄目掛け、喧嘩煙管を振り下ろした。
「ぐっ…」
一点集中の衝撃は柄から襲撃者の手に伝わり、さらにその衝撃は全身に伝わり、一時的麻痺を引き起こした。
「さて、その面見させてもらうぞ」
跪いた襲撃者のフードを喧嘩煙管の雁首で捲ると・・・・
「…女っ!?」
レンを見据えるツリ目の奥の眼光は鋭く研ぎ澄まされた刃の様だった。薄い赤紫色の髪を黄色い紙紐で一つに結っている襲撃者の女はその場に膝をついてしまった
「さて、とりあえず質問に答えて…、」
レンが言いかけた時、左側の木々の間から新手が飛び込んできた
小柄な体躯をローブに包んだ新手は先端が尖ったゲートボールスティックのようなハンマーを振り下ろし、レンを襲う。
レンは素早く喧嘩煙管とは別の黒光りする物をベルトから抜き、ハンマーの側面に当てるとベクトルを変え逆方向に飛ばした。
こちらも喧嘩煙管と同じ金属でできた頑強な一品、鉄扇だった。
新手の襲撃者は木に激突した。しかしハンマーは手放さなかった。地面に落ちる時、フードが機に引っかかり破れてこちらも素顔が見えた。やや丸顔ではあるが、その目はまるで野獣の様に荒々しい光を放っていた
「…何なんだよ次から次へ…、とっ!」
レンは背後に振り向きざま、背後から飛び掛ってきた前後の足に鋭い鉄爪甲を装着した青い毛の狼の顎を喧嘩煙管の雁首で突き上げ、間髪入れずに鉄線による打撃を首に、最後に右足での蹴りを喰らわせた。
「女剣士にハンマー幼女、極めつけは猛獣か…。お前ら何が目的だ?まさかとは思うが、金髪小娘か?」
「「「!!!」」」
2人と1頭の目つきが変わった
「図星か」
「おいてめぇ、あいつはどこだ…」
ハンマー幼女が切った唇の端から血を吐きながら立ち上がった
「さてな」
レンはすっ呆けた。
「隠し立てするようなら、こちらもそれ相応の対応をさせてもらうぞ」
青い狼が人語を介したことに驚きつつ、レンは油断無く3人とその周囲を視界に収めて警戒していた。
「はぁっ!」
女剣士は剣を上段に振りかぶると、レン目掛け振り下ろした。
「ダメぇっ!!」
突如、音速の速さでフェイトがレンと女剣士の間に割って入った。レンを庇うように両手を広げ楯になるように女剣士と向き合った
「…ッ!、テスタロッサ!!」
女剣士の剣はすでに弧を描いて迫っていた。女剣士は驚愕したが、もはや本人にも剣を止めることが出来なかった
バシュンッ!!
「ガぁっ…!!」
刹那
電撃のような音が響いた。
「…レン?」
ぽた・・・
フェイトが目を開けると、身体のあちこちを焦がしたレンが覆い被さっていた
ぽた・・・・・・
その背中は、分厚い、頑丈で、重量のある、両手持ちによる渾身の力で振り下ろされた片刃直剣により右肩から左脇腹まで斬られていた。そこから流れる血でレンの衣服はみるみるうちに黒くでもわかるくらい赤くなって行った。
「やっ………べぇ……………」
そのままレンは力尽き、フェイトを下敷きに倒れてしまった。