翌日、クロノとユーノはレンに呼び出された。ホテルの部屋に入ると優雅にテーカップを傾けているレンが顎で2人にも座るように促した。
「あのなのはって奴の手術をしてやる。」
「…は?」
「いや、昨日の今日でまだ報酬が払える目処は…」
「それはこれだけでいい。」
レンが提示したのは、高度な高額医療を保険無しで受ける時の3倍程度だった。それでも高額には変わりないが、最初の額よりは下げられている。クロノを始め、はやて達も管理局でそれなりの働きをしているので、全員で集めればなんとかなる額だ。
「…なんだか詐欺にかけられたみたいな気分だ…」
クロノの呟きをレンは聞き逃さなかった。
「これが不満なら手術は無しだ。」
レンは眼鏡のブリッジを右中指で押し上げた。
「なら…」
「お願いします…」
クロノとユーノは頭を下げた。
「手術費用は当日の朝まで、現金で用意しろ。」
†
クロノとユーノが最上階から降りてくると、ロビーでフェイトが待っていた。
「あ、クロノ、ユーノ」
「フェイト、あの男に何をしたんだ?」
「あ~、女の最後の武器というか…」
「武器?」
「泣き落とし」
フェイトはニコっと笑ったが、クロノとユーノは笑えなかった。
「…まぁ、いいさ。まずははやて達を呼んであの男への報酬を集めないと。」
「それにシャマルさんにもお願いしないと。」
ユーノは疲れ切った顔で眼鏡を一旦外すとハンカチで拭いた。
「え?なんでシャマル先生に…」
「それがあの人…、色々と条件付けてきてさ…」
~数十分前~
「まず執刀医は俺だが、助手を1人貸してもらう。長時間手術にも耐えられる女医を1人」
「待て待て、何故女医?というか1人でいいのか?」
「あぁ、足手まといは1人で十分だ。あと密室に男と2人きりなんて俺が術中に死ぬ」
レンの上から目線な態度にユーノはクロノに耳打ちした。
「…おいクロノ、だいじょうぶなのか…?」
「…事ここに至ってはもうこの男に頼るしかないだろ…。助手は…、」
「…シャマル先生しかいないよね…」
「…と、いうことがあってね。」
「なにそれ…」
「僕とユーノはこれからはやて達と手術費用について話し合うが、君はどうする?」
「あ…、私はなのはのとこに…」
「わかった。ならユーノは高町家への連絡を頼む」
「了解」
†
「なのは…」
ICU(集中治療室)で未だに眠る親友の枕元に立つフェイト。すると…
「………フェイトちゃん……」
「なのはっ!?」
顔に機器が繋がったなのは、その目が徐に開いた。
「待ってて、今先生呼んで来るから!」
「で、俺か…」
要領を得ないフェイトからの連絡を受けて押っ取り刀で駆けつけたレンは眼鏡のブリッジを右中指で押し上げた。外ではクロノが主治医へ頭を下げて事情を説明していた。
「…あの…、」
「初めまして、だな。まぁお前の意識が無い時に一度診てはいるんだがな。」
レンはベッドに横たわったなのはの手に触れた。
「レン・ジャックジャガーだ、今回お前を診る事になった医者だ」
「あ…、高町なのはです…」
「自分の状態は分かってるか?」
「……何と無く…、わかります。」
器具が外された顔でなのはは頷いた。
「なら、準備が出来次第手術をする、いいな?」
「はい…、お願いします」
†
「なのは…」
「あ、ユーノ君…」
レンが準備のため外出し、フェイトもなのはの入院生活に必要な物を取りに行って1人きりでICU(集中治療室)の天井を見上げていたところに、ユーノが入ってきた。
「手術の話、聞いた?」
「うん…」
「怖い…?」
「まぁ、初めてだしね…」
「…なの、」
「今…自分が魔法を教えなかったら私がこんなことにならなかったのに、って思ったでしょ?」
「なん…」
衰弱して弱々しい声がユーノの心の奥にじわりと響いた。
「私はユーノ君の弟子だし、フェイトちゃんより付き合いが長いんだよ…」
なのはは震える手をベッドから伸ばしてユーノの手を掴んだ。
「ユーノ君が魔法を教えてくれこと、ユーノ君と出会えたこと一度も後悔なんてしたことないよ…」
「…、…、」
ユーノはなのはの言葉に俯いてしまった。
「だから…、ね。泣かないで、ユーノ君…」
ユーノが握られたなのはの手を両手で包み、自分の額に当てた。現役執務官や提督、今では管理局すら一目を置く魔法を使う手は、小さく、弱々しく、今にも壊れてしまいそうだった。
「手術…、成功率はあんまり高くないんだ…」
「……」
ユーノは自分となのはの手で目元を隠したまま話し出した。なのはは黙っていた。
「僕だって、なのはとは一番長い付き合いなんだ…、僕の前…、2人っきりの時くらい…」
ユーノはベッドに横たわるなのはを上から自分の体で覆い包んだ。
「弱さ…見せてもいいんだよ…」
耳元で囁かれた言葉に、なのはは目から大粒の涙が流れた。
「…こわいよ…、もぅ飛べないんじゃ…ないかって…、私、まだ飛びたいよ……」
「うん…」
ユーノは優しく、しっかりとなのはを抱きしめた。
「なのは、もし…、今回の手術でなのはが死んじゃったら…」
ユーノは一度顔を上げて、真っ直ぐなのはを見つめた
「僕も一緒に死ぬ。君が僕を見つけてくれた時から僕の命は君と一緒なんだ。君と僕は一心同体、なのはが死ぬ時は、僕が死ぬ時だよ。」
「ユーノ…くん…」
なのはは目を閉じた
「なのは…」
ユーノは自分の顔をなのはの顔に近づけて・・・・・・・
ガシッ
「は?」
「ふぇ…?」
なのはが目を開けると、痛みと驚きが入り混じった表情のユーノと、そのユーノの頭を鷲掴み上げている、レンの姿が映った。
「手術前になに病室でいちゃこらシリアスラブコメしてんだ、死亡フラグ立ててんじゃねぇよ、勝手に命かけんな」
ユーノのこめかみにレンの指がぎりぎりと喰い込む。
「…ったく」
レンは乱暴にユーノを放り投げるとカルテ片手になのはに繋がれている機器を操作した。
「手術は明後日、所要時間は24時間±1時間だ。執刀医は俺、助手はシャマルって女医らしい」
「あ、シャマル先生了解してくれたんだ……」
頭をさすりながらユーノが起き上がった。そのユーノにレンは水の入ったコップと脱脂綿を載せた盆を押し付けた。
「手術前で飲食は出来んが、これで口を湿らせるくらいはOKだ。おい小僧、やってやれ。」
「…ユーノ・スクライアです。今さらですけど…」
ユーノは若干ムスっとした表情で応えた。
†
それから、フェイトが戻り、ユーノを一旦退場させて、フェイトはなのはの身体を拭いていた。
「あ、なんかこのお湯いい匂い」
腕と病衣の前を開いた一部しか清拭できないが、フェイトが当ててくれたタオルからは温かいお湯の温度と柔らかい香りがした。
「うん、レン…先生が年頃の女子がずっと消毒液の匂いさせとくのもあれだろ、って香油くれたの。あのね、レンってぶっきらぼうで顔怖いけど細かいところに気が付くし髪とか梳くのも丁寧だし上手なんだよ。」
「…フェイトちゃん、のろ気?」
「へ…?」
「レン先生紹介してくれたの、フェイトちゃんなんでしょ?どうやって知り合ったの?」
「あ~…」
レンとの出会いを話すと、必然的に執務官試験の失敗談になるので、フェイトは迷っていた。
「じゃあ手術終わったら、お話聞かせてね」
「うん…、絶対に」
香湯の清拭でなのはの表情はずいぶんとリラックスしていた。仕上げにフェイトはなのはの髪を梳いて、レンが自分にやってくれたように三つ編みに結った。
†
本局病院のカンファレンス室
なのはの術前ケアをフェイトに任せ、レンは助手を務めるという女医と会っていた。フェイトとは違う柔らかくゆるい金色のショートヘアの女医は管理局医務官の制服を着ていた。
「レン・ジャックジャガーだ。」
「シャマルです、よろしくお願いします。」
「……お前、あの3人の仲間って聞いたが?」
「はい、ヴォルケンリッター湖の騎士シャマルです。」
「ふぅ~、ったく、女医って指定したのは俺だが…」
「あの、今は…なのはちゃんの手術を全力でやります。色々シグナム達とあったのは、一先ず…」
「あ~、皆まで言うな。あの時の事はこっちにも非があったんだ」
レンは掌をひらひらさせながらシャマルの言葉を遮った。
「手術は俺主体で行なう。お前は器具出しとバイタルチェク、麻酔を頼む」
「はい。」
「手術は24時間±1時間の超長期戦だ」
「あの…、もう少し人数増やした方が…」
「俺の手術は我流だ。それに合わせられる奴はそうそういない。今回は流石に所要時間が時間だからな、助手を1人だけ入れることにした」
レンはカルテと医学書を交互に読みながらシャマルにさらに説明を続けた。
「…と、これで一応説明は終りだ。何か質問は?」
「いえ、大丈夫です」
2人がカンファレンス室を出ると、車イスに乗った管理局の制服を着た少女が待っていた。
「あ、はや…」
シャマルが口を開いたのを茶髪の少女が手を挙げて遮った。
「管理局地上部隊二等陸尉八神はやてです」
一礼したはやてを、レンは静かに見下ろしていた。
「第119管理外世界ではうちの者が大変失礼しました」
はやては先程より深く頭を下げた。
「非礼は幾重にもお詫びします。その上で図々しくお願いする無礼をお許しください」
はやては顔をあげると真っ直ぐレンの顔を見上げた。
「なのはちゃんを、どうか助けて下さい」
「………ったく、あのなのはってのはずいぶんモテるみたいだな。」
レンは銀髪をガシガシ掻いて眼鏡を一旦外した。
「貰うもんの契約は済んでる。あとは明後日、実行するだけだ」
レンは眼鏡をかけ直し、右中指でブリッジを押し上げると、その手を下ろしはやての頭を撫でた。
「明後日は10時には開始する。最終カンファは8時だ、遅れるな」
レンは白衣を翻し、廊下を歩いて去った。
†
翌日、カンファレン室
レンの前にはクロノとシグナム、ザフィーラがいた。
「約束の手術費用だ」
ミッドではほぼ電子マネーが普及しており、現金を用意するのは銀行か管理局、大手企業くらいだった。そのため、今回の報酬を用意するに辺り、クロノ達はかなり時間がかかった。当初よりは減ったが、それでもかなりの高額を現金で用意するに辺り、シグナム達はその護衛を担当した。
「…確かに、」
レンはアタッシュケースに収められた札束を確認した。
「明日の手術、確かに承った」
†
レンとシャマルは薄緑色の手術衣を着て手洗いも済ませ、準備は万端。レンは巨大なゴーグル状の手術用眼鏡に架け替えた。
「なのは…」
「いってくるね、フェイトちゃん…、ユーノ君…」
一日近くの手術、フェイト達は交代で手術室前に待機するローテーションを組んだが、この2人だけは頑なにずっといると言い張った。ヴィータもそうしたがっていたが、なのはの穴を埋めるため今は臨時で武装隊に出向していた。
見送る二人に小さく手を振るなのはを乗せたストレッチャーはシャマルに押されて手術室に運ばれた。
「心配すんな、手術は成功させる」
2人の後ろから声をかけたレンは手洗い消毒済みの手が不潔にならないように肩の高さに持上げたままの状態で歩いてきた。
「俺の術技は絶対だ」
パチィン
気障にフィンガースナップを鳴らすと、レンは手術室に入っていった。
そして、手術開始を告げるランプが灯った。