魔都聖杯奇談 fate/Nine-Grails【中国史fate】   作:たたこ

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何故だ、何故なのだ。俺が統治する王朝こそが、至上で最も尊く祝福されるべき皇帝であるはずなのに。

何故皇帝となったのに勝てぬ。何故皇いなる帝たる朕に従わぬ。
何故――朕の元から去っていく。

『天生万物与人、人無一物与天、鬼神明明、自思自量』――慈悲深い神は全てを与え、人は天に何も返さない。神は全てを知っている――ゆえに、自ら考え自ら反省せねばならない。

この四川は朕のものであるがゆえに、朕は神にも等しく。
朕は全てを与えようとするのに、民は何も返さない。

ならば、そのような民など害悪。
そして、自分のモノは自分がどうしようと勝手ではないか?


1月22日 野望の裁定者

「――アサシン」

「……」

 

夜が明けてから租界の徘徊をやめ、この屋敷に戻ってきてからは血濡れの講堂の台座に乗り、どうしたものかと思案していたのだが少し眠ってしまったらしい。アサシンが目を開くと、そこには右腕のない壮年の男が立っていた。

何やら険しい顔をしている。戻ってきたときになにやらわめきたてていた男であることは覚えているが、それだけだった。

返事をしないアサシンに、男――雷建良は気を決して口を開いた。

 

「アサシン、お前は九鼎に願いはないのか」

「……?ない。俺はただ、人を殺し続けたいだけだ」

 

そうだ、(おれ)に何もなさぬ害悪をひたすら殺して回りたい。幸いにも自分の宝具は人殺しには向いている。しかしアサシンというクラス上の制限もあり、サーヴァント戦では弱い部類に入る。

 

「人を殺したいというのならば、そんな殺し方ではなく九鼎を手に入れて好きなだけ殺せばいいと思わないか」

「ほう、なかなか見どころのあることを言う。だが、仮に俺が九鼎を手に入れる立場にたったとて、最後にはルーラーは立ちはだかる。あれは俺の願いを聞き届けまい」

 

召喚した瞬間に叩き込まれたルーラーの法。――九鼎を得ようとする者は、その前にルーラーの裁定を受けねばならない――しかし、それは建良にとっては知らぬことであったが。

 

アサシンと共になんとか戦争を続ける腹の建良は、恐れながらもアサシンの態度に内心首を傾げた。召喚したての時は九鼎に興味などない様子だったため、建良は説得にあたりどう九鼎に興味を持たせるかを気にしていた。

だが今話したところ、九鼎に興味がないことはないが、手に入らないから諦めているという雰囲気を感じた。九鼎を手にできなくとも、それまでに殺せるだけ人間を殺したい。狂っていながら諦めているような、そういう意思を感じるのだ。

 

「……お前の宝具はある意味破格のものだ。それにアサシンの気配遮断はマスターにとって脅威な上に、ルーラーの特殊スキル「知覚能力」をもかいくぐるだろう。むしろお前というサーヴァントだけが、ルーラーの目をすり抜けうる可能性を持っている!」

 

アサシンの宝具――その名は定かではないが、おそらくマスターが不在でも魔力供給を可能とするものだ。アサシンがマスターが殺されたと認識しないかぎり、マスターを存在し続けていると誤認して魔力の供給と憑代を得る。サーヴァントはいくら強くとも霊体であり、憑代のマスターなしには肉体を保てない。

ゆえに極端な話「マスターを護る必要がない」アサシンは異常なサーヴァントだ。

建良は一歩前に踏み出し、血濡れの男へ左手を差し出した。

 

 

「もっと人を殺したいんだろう!ならば、俺と共に九鼎を取るのだ!八大王!」

 

建良がアサシンの返答を聞く前に走ったものは、悪寒だった。この講堂の扉は閉じられていた筈だが、いつの間にか開かれていてそこから一条の光が差し込んでいた。アサシンの視線の向こう、建良の背後から声が響く。

その声自体は変声期を終えたくらいの、下がりきらない少年の声でありながら――恐ろしく冷淡な色を含んだ声だった。

 

 

「――人を殺したいとな?魔術師」

 

逆光の中で立っていたのは――黒い僧衣に赤頭巾、金の錫杖を持つ少年だった。

 

 

 

 

 

 

 

蘭々(らんらん)は徐家匯の林の中を、白い息を吐きつつ急ぎ走っていた。中華民国の学生らしい服装――上着は中華風で、縦襟に布ボタンで留め、下は紺のスカート――をしていた。靴は功夫シューズのため、整備されていない林はさぞ歩きにくかろうと思われるが、彼女は簡単な身体強化でそれを苦にしていなかった。

彼女は建良から狗――雷剣英を迎えに行けと命じられたため、今急いで彼の元へと急いでいるのだ。ただ、仮に剣英に来てほしいと言ったところで、彼が断わればそれまでではある。戦闘力でいえば、圧倒的に剣英が上なのだ。

 

彼女は雷家の戦争が危機に瀕していていることに対し、大いに焦っていた。しかし、彼女の心は焦燥一色に染まっていなかった。

 

雷剣英。彼女はただ剣英に十年振りに会えるということに、踊っていたのだ。

 

蘭々が生まれたのは十五年前の上海。剣英が二歳ほど年長で、年かさも近いこともあってお互いに遊び相手だった。

剣英も本家の人間ではないが、その特殊な事情ゆえに特別待遇、言い換えれば腫物扱いに近かった。しかし剣英自身は知らないのか気にしていないのか、ごく普通に蘭々に接していた。その友達が、前回の九鼎戦争が始まるや否や日本に行かされてしまったのだ。

 

蘭々はその理由がわからない。しかし、彼が十年後に絶対戻ってくることは知っていた。彼はそのために生み出されたから。

だからこの二回目の九鼎戦争を待っていた。上海で戦うはずの剣英に再会し、彼を助けて戦い、九鼎を無事に手に入れることを。そうしたら彼はお役御免で、自由に生きることができるから、自分と――

 

できるから、何だ?蘭々はかぶりを振った。ぱちぱちと自分の頬を叩いて、スカートのすそを払って再び走り出した。

 

剣英を強制的に操ることは不可能でも、雷家の術の残滓まで消え去ったわけではないため居場所の特定はできる。蘭々は首から下げた特製の魔力針――魔導器では簡素なもので、魔力の強い方向を指す道具だが、これは剣英のいる方向を指す――を見て、息をのんだ。

 

魔力針が少しもぶれることなく一定の方向を指して固まっている。

 

「……まさか、すごく近い?」

 

その時、樹間から影が二つの影が飛び出してきた。相手も蘭々に気付いて、その足を止めた。

 

 

「……?」

 

焦げ茶色の髪を後ろで三つ編みにしているのは、十年前と変わらない。鋭い目つきも変わらない。ただ体は成長期の青年らしく、蘭々より遥かにたくましく男らしくなっていて……

 

「お前誰だ」

 

声変わりした低い声にあっさりとそう言われて、蘭々は少なからず衝撃を受けた。しかし仰せつかった役目の第一段階を超えることはできて安堵した。

 

「……わ、私は雷蘭蘭と言います。剣英さんですよね」

「おっ、なんか知らんがあっちから迎えに来てくれたみたいだな」

 

剣英の後ろからひょっこり姿を見せたのは、年の頃は蘭々と同程度の少女だった。これまた彼女は衝撃を受けたが、視線を剣英に戻した。

 

「前……いえ、現当主の建良様がお呼びの為、お迎えにあがるところでしたが……あの、こちらの方は?」

「劉鈴季だ」

「それでわかるか!そこのカワイ子ちゃん、わしはセイバーのサーヴァントだ。マスターはこいつ」

「は……?」

 

あまりのことに、蘭々は間抜けな声を漏らした。何故剣英がサーヴァントと契約しているのか、そもそもマスターではないと召喚できないはずでは、などと彼女の思考は一気に混乱に突き落とされた。

……しかし、あの狂ったようなアサシンよりは、正体は知れないもののまだまともそうなこのサーヴァントの方が良いのではないか。それに、うまくいけば二騎の使役が可能なのではないか。短い間に蘭々なりに考えてはみたが、自分の役目は剣英を連れてくることであり、考えることは建良の仕事であると思い直した。

 

 

「……セイバーさんも一緒にご案内します。ついてきてください」

 

 

蘭々はくるりと踵を返して、今来た道を引き返し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

建良は思わず息を殺していた。初めて見る少年にもかかわらず、己は彼に体の芯から恐怖していることを認識した。それでもみっともなく取り乱すことがなかったのは、彼とて一端の魔術師であり、十年前の戦争を潜り抜けた戦士だからでもある。

 

土足のまま、少年は悠然とした態度で建良とアサシンに近づく。この部屋にこびりついた惨劇の跡――色褪せた血液の跡と乾いた臓物の欠片に、眉ひとつ動かすことなく。

 

少年が建良の隣を通り過ぎる時――建良はその横顔をまざまざと凝視した。十年前の戦いを思い出し、あの恐ろしい狂戦士の面影を見る。

まさか、との思いがよぎる。その時、こちらも態度を変えないアサシンに対し、少年が口を開いた。

 

 

「生前も今も、アサシンとは実に不愉快な存在だ。気配遮断とはほとほと煩わしい」

「――ならばなぜ、お前は俺を突き止めた?」

「皇帝にしてルーラーである俺に不可能はない」

 

元々穏やかな雰囲気とは程遠い場ではあったが、一瞬にしてこの講堂は殺気に満ちた。これがルーラー……此度の戦争を支配する管理者。憑依顕現によって、ルーラーは本来の外見で現界していないとすると――建良の背中に、冷や汗が溢れた。

 

「言い残すとは何の話だ、ルーラー」

「存外察しが悪い。お前にはここで消えてもらう」

「俺はお前の法に触れていないが」

「知っている。だが、明らかに法を犯すと判っている者が法を犯すまで待つ道理はあるまい」

 

正直殺すだけならここに来る必要もなかったが、と嘯いてから、ルーラーはいきなりその目を建良に向けた。「このような英霊を呼び出した道士(あほう)を罰するべきかとも思ってな」

 

建良は自分が腰を抜かさなかったことに感動した。疑念は既に確信に変わっていた。このルーラーという英霊は、十年前の九鼎戦争におけるバーサーカーの英霊に相違ないと、彼の全感覚が訴えていた。

なぜあの英霊がいまここに、しかもルーラーとして顕現しているのか。

 

「さて、八大王。何か言い残すことはあるか」

 

サーヴァントに対して圧倒的優位を持つルーラーに対し、それでもアサシンは動揺を見せない。仄暗い声で答える。

 

「俺は九鼎にも召喚された英霊との戦いにも興味はない。ただただ、(おれ)に何も報いぬ民を殺して殺して殺しまわりたいだけだ」

「奇遇だな。俺も英霊の戦いに興味はない。ただただ、無関係な民に被害を加えたくないだけだ」

 

八大王――その名を張献忠(ちょう けんちゅう)。明末、反乱軍の首領の高迎祥(こうげいしょう)の下に投じ、李自成(りじせい)とともに反乱軍を率いた流賊である。しかし李自成が北京を占領した後に袂を分かち、長江流域へ攻め込み湖南、江西から四川に侵入して独立勢力を形成したが、その地において多数の臣下と民を殺戮した。

 

彼の残虐には枚挙に暇がない。虫の居所が悪かった時に、部下に命じて自分の息子や妻妾たちを皆殺しにし、あまつさえ次の日にはそれを忘れている。さらに部下に「何故止めなかった!」と叱り皆殺しにしたなど。

役人を集めその前に犬を連れ出すと、犬が臭いを嗅いだ者を殺し、これを「天殺」と呼ぶなど。

科挙を行うとの触れを発し、集まってきた知識人のうちで身長百二十センチ以上の者を殺した。数万人の学生のうち、助かったのは子供二人のみだった、など。

 

何故彼がここまでの暴挙に走ったのか。粛清に次ぐ粛清は何のためにあったのか。ルーラーは淡々とした声で語る。

 

「天生万物與人、人無一物与天、殺殺殺殺殺殺殺――天は万物と人を産み、人は皆天の恩恵を受けた。だが人は何も天に返さない。そんなモノは殺してしまえ、か。お前の言う天とはお前そのもの。自分の国であるのに、自分の意にならない民であり四川ならば自分で壊してしまえと思ったのか――」

 

元々歪んだ性癖を持っていた彼が、追い詰められて自らの破滅へと走った。かつては民を慈しみ慈愛する心があっても、戦争で追い詰められ彼は「自分のモノ」である「国」ごと道連れにしようとしたのか。

 

(おれ)のものが他のモノになるくらいなら、(おれ)は自分で壊す。その方が民も幸福であろう――(おれ)に殺されるのだから」

 

アサシンの瞳は何処までも真っ直ぐで澄んでいた。己の思いに一かけらの疑いもなく、絶対のこととして信じている。

ルーラーは舌打ちをして、蔑むように口を開く。

 

「……お前では駒にすらなら「七殺碑・(チーシャベイ・)殺殺殺殺殺殺殺(シャシャシャシャシャシャシャ)」」!!

 

ルーラーが言い切る前にアサシンの怒声と共に、世界は深紅に染まった。アサシンの背後に血で染まった――否、血そのもので製造されたと思える剣が百、千、数え切れぬほどに浮かんでいた。宝具は当然ルーラーを指向しているが、場所柄建良もそのレンジ内に置かれてしまっている。その時彼は、強烈な欲望を抱いた。今すぐアサシンの足元にすがり、己が首を撥ねて殺してほしいという奇怪な欲望を。その甘美な欲望に絆されて、建良はふらふらと殺気渦巻くサーヴァントの間に割り入ってしまう。

 

その建良になんら気をかけることなく、ルーラーは手を横に振った。

すると背後に、公園での争いの時の如く――いくつもの紅い波紋が広がり、アサシンと負けず劣らずの数の剣が顔を覗かせた。

 

 

「――三千刀(サンチェインダオ)

 

 

静寂は一瞬だけだった。刹那――ルーラーの剣とアサシンの剣が、一斉に空を駆った。講堂内を埋め尽くすほどの剣、剣、剣の嵐。耳を劈くほどの甲高い金属音が途切れることなく続き、耳を聾するほどの轟音となった。剣は相手の剣に弾かれ弾き、それが無数に繰り返されていく。

しかしその終わりを待つルーラーではなかった。アサシンの宝具につきあってやったのは戯れとばかりに、彼は手を伸ばした。

 

 

「令呪を以て命ず――アサシンよ、己の目を繰りぬけ」

「!!」

 

その瞬間、アサシンはその言葉の通り、己が指で己が目を繰りぬいていた。さらにルーラーは告げる。

 

「重ねて令呪を以て命ず――アサシンよ、己の首を撥ねよ」

 

令呪の強制力に逆らうことはできず、アサシンは己が剣で己が首をあっさりと撥ねた。胴を離れた首はそのままぼとりと紅い床に落ち、それと同時にアサシンの飛剣は形を保てず、立ち消えた。すでに床に落下していた紅の剣も次々と雲散霧消し、ルーラーの剣だけが散らばっていた。

ルーラーは赤い波紋から突き出た剣を一振り掴むと、つかつかと胴だけのアサシンに歩み寄り、剣に首を突き刺して台座の上に置いた。それから抉り取られた眼球を――神経がひも状につながっているそれを剣でひっかけて放り投げ、天井から釣られている橙色の電燈にぶら下げた。

 

 

「――殺した友人の首を眺めて楽しんだお前も、己の首を眺めて楽しんだことはなかろう?」

 

ルーラーは手を振って無限に出した剣を消し、笑みさえ滲ませた声で、最早聞いてはいないであろうアサシンに優しく声をかけた。

 

「お前では駒にさえならぬ、粛清(ころ)すしかない。――さて、魔術師」

 

やおらルーラーが振り返った先には、汚れた床にひっくり返っている建良がいた。あちらこちらに飛び交っていた剣による擦過はあれど、致命傷に至る傷はない。手練れとはいえ魔術師にサーヴァントの攻撃が防げるはずはなく、彼が今存命しているのはルーラーが自分の剣を以て建良に当たる剣を弾いていたからである。

 

 

「貴様は粛清(ころ)すが、選ばせてやる。俺の問うことに正直に答えて死ぬか、答えずに九族もろとも死ぬか」

 

高みから見下ろしてくるルーラーに対し、建良は答える術を持たなかった。驚愕と恐怖、状況の余りの唐突さに完全に狼狽えていた。もしこれがルーラーでなければ、彼はもう少しまともな顔で「問いに答える」と口にしていたはずなのだ。

 

十年前の戦争の悪鬼。最強のサーヴァント・バーサーカー。建良の右腕を奪い、九鼎に最も近付いた英霊。

中華史上最強の皇帝独裁の実行者にして、臣下を官吏を殺戮し尽くした英雄。

その真名は朱元璋。初代明王朝皇帝にして、洪武帝と呼ばれた皇帝である。

 

 

十年前を想起し、建良は必至で声を出そうとしたが叶わなかった。自分は死ぬのはまだいいが、九族殺されるとあっては、揚州に残った雷家の人間も全滅する。この英雄の宝具は、魔術を家業となす者にとっては自身の死よりも辛いものを与える。

 

ルーラーの背後に赤い波紋が広がるのを見て、建良はなおさら焦った。その時――彼にとっては僥倖というべき天の使いが現れた。

 

 

「な、なんじゃこりゃあ!?」

 

場にそぐわない間抜けな声が、暗い行動の中に響き渡った。開かれたままの出入り口には、二人の少女と一人の少年が立っていた。声の主である黒髪に赤い旗袍の少女は口をあんぐりとあけていて、もう一人の青い女学生服を着た少女はあまりの光景に顔を蒼白にし、最後の少年は得に興味もなさそうに部屋の惨状を見回していた。

 

建良はまたしても驚愕に包まれていた。少年と女学生服の少女はわかったが、赤い旗袍の少女が、何故ここに居るのか。彼女もまた、十年前の戦争のサーヴァントではないか。

 

ルーラーは赤い波紋を消して、機嫌悪げに闖入者たちの方を向いた。「貴様ら、何をしにきた」

「それはこっちのセリフだ!一体お前は何を……うぉっなんかサーヴァントが消えた!?」

 

ルーラーたちの背後で台座に首だけ乗っていたアサシンが、いま消滅を迎えた。学生服の少女もびくりとして驚いていたが、少年の方は無反応だった。

 

「おいルーラー、そこのオッサンに何しようとしてんだ」

「マスターとしてサーヴァントを召喚したにも関わらず、御せずにサーヴァントが危うく関係のない民を殺害しようとした咎で粛清(ころ)す」

 

この屋敷にたどり着く道すがら、学生服の少女――雷蘭々から雷家のいきさつを聞いていたセイバーはうむ、と一度黙った。

 

「理屈はわかった。でもさぁ、わしそのオッサンに用があるんだよ!一日……いや半日だけ処刑待ってくんない!?そのあとちゃんと渡すからさ!」

 

今度はルーラーが黙った。しばし難しい顔で黙考したのち、何を思ったのか殺気を消して僧衣の裾を払い、かつかつとセイバーたちの方へ歩み寄った。じっと背の低いセイバーの目を見据え、簡略に言い捨てた。

 

「……好きにしろ。適当な時に粛清(ころ)しにくる」

 

ルーラーは頭巾を目深に引き下げ、そのまま外へとでていく。ぶつかりそうになった蘭々は怯えたようにさっと身をよけた。一触即発の場ではなくなっているが、重苦しい空気は変わることなく、沈黙だけがルーラーを送るはずだった。

 

しかし、セイバーは振り返ってひとつ尋ねた。

 

「おいルーラー、一つ聞くが、お前の目的は何だ?」

 

その問いに、彼は足を止める。そしてゆっくりと振り返り、頭巾の奥から深く暗い笑みと共にはっきりと答えた。

 

 

「皇帝たるもの、願いなど決まっている――――人民の、そして世界の平和だ」

 

 

 

 

 

 

 

「うへぇ」

 

ルーラーがいなくなった後、溜息をつきながらセイバーは改めて講堂の中を見回した。

 

「てっきりルーラーがはしゃいだよーな光景だけど、蘭々の話を聞くにアサシンの仕業らしい」

 

講堂内を染め上げる朱色は色褪せ乾いており、唯一新鮮さを保つ赤は台座の上――先程までアサシンの生首が乗っていた――と、その周辺だけだ。徐家匯の林の中で蘭々と出くわしたセイバーと剣英は、この屋敷への十数分間の間に、ここ数日で雷家に起こった出来事を聞いていた。

 

アサシン・八大王張献忠のために、上海に来ている雷家の者がことごとく殺されたこと。ここで生き残っているのは、蘭々と前当主の建良だけであること。

しかし、ルーラーがここにやってきていることは蘭々にも寝耳に水だった。

ルーラーの気配を察知したセイバーたちが講堂にたどり着いたときには、全てが終わった後だった。

 

「ルーラーは一体なんの用でここに来たんだ?おい、そこのオッサン立ちな」

 

セイバーはひっくりかえったままの建良に向かい手を差し出したが、我に返った建良はルーラーを見た時ほどではないが、目を丸くして言葉につまった。

 

「おまえは……十年前の、セイバー!何故お前までもがここに!?」

「あーもーめんどくせーな。その点も含めて話したいことがあるから、とにかくここから移動しようや。蘭々、来客用の部屋でもなんでもいいから案内してくれ。ここは生臭すぎる」

「……なんであなたがしきってるんでしょうか……?」

 

セイバーの方針に異論はないが、他人の家で妙に図々しく仕切る彼女に向けて蘭々は首を傾げた。セイバーはそれに取り合わず、剣英を引き連れてそそくさと講堂から出て行った。

 

 

 

 

 

ルーラーは雷家の屋敷を一顧だにしなかった。今は屋敷を取り囲む林を最短距離で走りぬけ租界へと戻る途中である。

アサシンは、気配遮断のスキルでルーラーさえもその座標はつかめていなかった。しかし、一昨日――アサシン召喚の暫く後、租界の外れで攻撃に移ったアサシンは、気配遮断を切ってしまった。アサシンの気配遮断は、影に徹する限りは存在を隠しおおせるが、攻撃する場合はその精度が大きく落ちる。その瞬間ルーラーはアサシンの座標を特定したのだが――近くに錦衣衛がおらず、かつアサシンは再び気配遮断をしたために本拠は突き止められなかった。

 

――しかし、面白いところからアサシンの正体は割れた。

 

雷家はルーラーの面会を協会を通じて求めていた。仮にその申請がなくとも、ルーラーは戦争に参加しうる魔導の家は錦衣衛を送り込んだり、自ら足を運んだりして調べる予定だった。しかし租界の地理の把握に多くの錦衣衛を割いており、まだそちらは完了していなかった。

そして地理調査が済んだ昨夜、公園における激突の後に錦衣衛を雷家に飛ばしたが――明らかなる異常を目撃した、という成り行きであった。

 

 

(陛下……いいんですか?)

 

林の中を疾駆するルーラーの頭の中に、元々の肉体の持ち主の声が響いた。その問いの内容は明白――何故建良を殺さなかったのかということ、それに建良に聞くべきことを聞かないまま、女のセイバーに引き渡してしまったということだ。

 

(……聞きだせるのはアレだけでもない。別の人間でも十分だろう――それに当初の目的はアサシンの抹殺だ)

(でも、建良というひとは生きています)

 

仲は建良をルーラーに殺してほしいわけでも、止めてほしいわけでもない。建良が死のうが生きようが、仲には何の影響もない。

ただ純粋に、「自分で英霊を召喚しておいて御すことすらできない愚かな魔術師など情状酌量の余地なし」と切って捨てたルーラーが、あっさり処刑を辞めたことが不思議だったのだ。

ルーラーは暫し黙考した後、口を開いた。

 

(あのセイバーも、何か目的があり魔術師から何かを聞き出したかったのだろう。あれはアサシンのように、法を破ることはすまい。善人ではないが、いいたてるほど悪人ではない)

 

仲はその言葉を聞き、少し驚いた。大体においてこのルーラーは、馬鹿にしているというか、下に見ているというか、とにかく疑ってかかるのだ。特に魔術師に関してははなから毛嫌いしている向きもある。その彼が、多少なりとも肯定的なことを述べるのは珍しい。

 

(あの人のこと、信頼しているんですね)

(痴れ者が。信頼してはない。信用はしているが)

(……?どう違うんですか?)

 

仲の会話に付き合うのが億劫になってきたのか、ルーラーは「辞書でも引け」と言い捨てて、それっきり仲の呼びかけを無視した。辞書も何も、この体はルーラーの支配下にあるわけで、ルーラーが引いてくれなければ仲も読めないのだが。

 

その時、再びある疑問が仲の中に浮かんだ。

 

-―ん?……建良さんを生かしておくんだったら、聞きたいことはあのセイバーさんと一緒に聞けばよかったんじゃないのかな……?

 

仲はそれを問おうかと思ったが、ルーラーは完全に集中し始めて仲のことを全く蚊帳の外においていたため、無視されるのがオチである。彼はまあ、いいかとその疑問を心の片隅に追いやった。

 

 

危ういアサシンを始末し、ひとつ事案は片付いた。しかしルーラーにやるべきことは山積している。居場所を特定できないのはアサシンだけではなく、ライダーもだった。

否、正確に言えば特定はできるのだが、あまりにも動きが早すぎて、特定した場所がすぐ無意味になってしまうのだ。ただその移動の記録を集積して解析すれば目的や行動パターンを掴めるだろう。

しかし、ライダーは正確な真名は不明だが、間違いなく「中華の敵としての何物か」――アサシンのような危険な気配は現在ないが、何をしうるか不明である。

 

――全く、背中の令呪を以てすべてのサーヴァントを自害させられればいいものを。

舌打ちをして、ルーラーは誰に言うでもなくひとりごちた。何もなければ、ルーラーはルーラーとして上海にたどり着いた瞬間に、それぞれサーヴァントに自害を命じて戦争を終わらせている。こんなバカげた戦争を企てた魔術師もろとも皆殺しにして終わりにしたいのだが、十年越しの戦争はそれを許さない。

 

たとえルーラーが何もしなくとも、各陣営は殺しあい数を減らすだろう。時間は限られている。急がなければならない。

 

「――」

 

キュ、とルーラーは足を止めた。徐家匯の林を抜け、租界の南端へと戻ってきた。既に日はのぼり、フランス租界の美しい街路樹の歩道には人がちらほら見かけられた。

ライダーの動向を追いつつ、さしあたってルーラーが向かっているのは上海租界内、フランス租界のここからさらに北、バンドにほど近い屋敷。

 

 

上海裏社会を牛耳る男、杜月笙の本拠にして――アーチャーのマスターの本拠である。




ルーラー「俺の目的か?…………世界平和だ」(ニタァ……)
女セイバー「ッ世界征服とはいいよる……ってえ?平和?」

ルーラーの三千刀はバビロン風イメージだけど、アサシンの方は東方の咲夜さんのナイフ的イメージ
【CLASS】アサシン
【真名】張献忠【時代区分】明末
身長:180cm/体重:71kg
属性:混沌・悪

クラススキル

気配遮断:B
 サーヴァントとしての気配を絶つ。
 完全に気配を絶てば発見することは非常に難しい。

固有スキル
精神汚染:A
 精神が錯乱している為、他の精神干渉系魔術を高確率でシャットアウトする。
 ただし同ランクの精神汚染がない人物とは意思疎通が成立しない。

加虐体質:B
 戦闘において、自己の攻撃性にプラス補正がかかるスキル。プラススキルのように思われがちだが、これを持つ者は戦闘が長引けば長引くほど加虐性を増し、普段の冷静さを失ってしまう。バーサーカー一歩手前の暴走スキルと言える。

無辜の怪物:C
 生前の行いから生まれたイメージによって、過去や在り方をねじ曲げられた存在。 能力・姿が変貌してしまう。ちなみに、この装備(スキル)は外せない。
四川にて大殺戮をしたとされるが、明末の混乱の出来事のため、後々史書で清の殺戮を押し付けられた可能性がある。

適合クラス:バーサーカー アサシンの素質、あんまない


【宝具】
誰が家族を殺したか(シェイシャースラ)
ランク:C
種別:対魔術宝具
レンジ:―
最大補足:1人

自分で部下に妻や子を殺せと命じながら、次の日それを忘れ「家族は何処だ」と聞いて殺したことを思い出したことによる逸話の具現。たとえマスターが殺されたとしても、アサシンが「マスターは生きている」と誤認することで、変わらず魔力供給と憑代としての役目を死んだマスターに負わせることができる。アサシンが「マスターは死んだ」と認識した瞬間に宝具の効力は失われる。
実質、マスターを護らなくても戦争続行が可能なある意味凶悪な宝具。

七殺碑・(チーシャベイ・)殺殺殺殺殺殺殺(シャシャシャシャシャシャシャ)
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:1~10
最大補足:1~???人

張献忠は民衆の虐殺をしたのちに『天生万物以養人、人無一物以報天、 殺殺殺殺殺殺殺』と刻んだ石碑を建てたとされる。四川を無人に帰すほどの殺戮の具現。
張献忠は科挙を行う、宴会をするなど標的を呼び出して殺すことが多く、かつ斬殺が多かった。
血で製造された無数の剣が、一斉に放たれ襲い掛かる。またレンジ内にいる者は理由もなく張献忠に殺されたいという強烈な願望を抱き、彼に自ら近づいていく。(Bランク以上の対魔力で抵抗可能)
ルーラーは混沌の魂でレジストしてる感。

七殺碑の方はノッブの三千火縄銃みたいなものだから、ウザイけど対魔力さえあればどうにかなる可能性がデカイからやっぱりマスター殺しをすべきなアサシン。

【補足】だいたい本文でしてたけど
八大王。明末、反乱軍の首領の高迎祥の下に投じ、李自成とともに反乱軍を率いた流賊である。しかし李自成が北京を占領した後に袂を分かち、長江流域へ攻め込み湖南、江西から四川に侵入して独立勢力を形成した。
その四川統治時代、内部の引き締めのために多数の臣下を粛清した。だがこれが大きな反発を招き、さらに大きな反乱を呼んだ。そうして張献忠はさらに粛清を続け、それはいつしか意味あるはずの粛清から粛清の為の粛清となり、四川は無人の荒野に帰したという。






【CLASS】ルーラー
【真名】朱元璋(洪武帝)【時代区分】元末明初
明王朝初代皇帝。生まれは貧農(流民のホームレスまがい)、かつ飢饉と疫病で肉親兄弟をあらかたなくすという中華史上、最も底辺から皇帝に成り上がった人物。紅巾党の乱に参加し、そこで頭角を現し江南を統一し呉王を称する。その後各地の群雄を下したのち、元朝を打倒すべく北伐を成功させ応天府(南京)で即位し、明王朝を創始した。
即位後は重農政策を行い農民を養う一方、官吏や知識人の大弾圧を行った。さらに自分の亡き後を心配してか、二十年近く死の間際まで建国の功臣を粛清し続けた。大粛清において連座した官吏・商人の数は五万~一〇万とも言われる。
(乱世で敵軍十万二十万を殺すことはしばしばあるが、統一後の粛清でここまで多くを処刑したのは朱元璋が初)



【宝具】
皇帝は全てを見ている(ジンイーウェイ)
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:1~999
最大補足:1~10人
生前の皇帝直属の特務機関(秘密警察)。ルーラーの魂を半分に分け、『錦衣衛』の一員として自由に動かし、戦闘をも可能な『皇帝の手足にして目』。生み出せる錦衣衛の数に限界はないが、多く出すほど一体一体の能力値が下がっていく。(錦衣衛一体の時、その錦衣衛の魂量はルーラーと同等(二分の一)。二体の時は、四分の一の魂量となって二体……となる)『百の貌のハサン』のように生前から多重人格・分裂した魂の持ち主であったわけではないのに、力づくで魂をカチ分って生み出しているため、負担が大きい宝具。ルーラードカ食いの主原因。
また錦衣衛を一体でも出している時、ルーラー自身の魂量も半分のため全力での戦闘ができない。
現在10体前後出している。


天網恢恢・大明律(ダーミンリュ)
ランク:A
種別:結界宝具
レンジ:1~999
最大補足:1~???人(というか、レンジ内全て)

ルーラーと生前の臣下が作り上げた明王朝の基本法の具現。
張った結界そのものにルーラーが後述した法律(ルール)を刻み込み、それに違反したサーヴァントをルーラーの宝具で即座に滅殺する。ルーラーは現在三つのルールを刻んでいる。
ルールはルーラーが持つ聖諭を記す布に自動筆記されている。「法より皇帝が上」論でルーラーのさじ加減でいくらでも書き直しができる。
この宝具はルーラーとして呼ばれたから付随した&使用できるものであり、そうでなければあまり意味がない&燃費だけが悪いクソ宝具。そもそも「ルールに違反した者を即座に罰することができる」のは、ルーラーのクラススキル「知覚能力」に依っている。場合によってはアサシンにはうまく働かない可能性がある。
また対象は『此度呼ばれたサーヴァントと、召喚したマスター』に限られる。


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