魔都聖杯奇談 fate/Nine-Grails【中国史fate】   作:たたこ

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理想が、あった。

それは、あまりにも庶民的な理想ではあった。
だが青年にとってそれが叶えば、人生は事足りるほどの理想だった。

そして、青年はその理想を遂げる。ただし、彼の想像をはるかに超える形で。


1月20日 至仁の皇帝

 ――上海に住まう人々は噂する。

 

 ――イギリス租界には、とある買弁――欧米列強の貿易を支援した中国人商人――の屋敷があり。

 

 ――その豪勢な屋敷の地下深くには、始皇帝陵もかくやといわんばかりの兵馬俑の如き――

 

 

 

 死体の軍団があるのだと。

 

 

 

 

 

 *

 

 

「――ッ、は、――!」

 

 少女が闇の中をひた走っている。年のころは十代後半、長い黒髪を左右で団子にしており、白い旗袍をはためかせている。少釣り目で気が強そうではあるが、顔立ちが整った少女だった。

 ここは上海の南市。有名である地域は豫園、大本は明代に作られた庭園であり、今は中華風の高層建造物が立ち並ぶ風雅な区域だ。少女は疾うにそのエリアを通過し、貧しい中国人が暮らす民家ひしめき合う区域を疾走している。馬桶(おまる)を蹴り飛ばすことも構わず、とにかく全速力で疾走する。

 

 このように騒がしく走っているにもかかわらず、民家からは誰一人として姿を現さない。人払いの魔術がいつのまにか一帯にかけられている。それは少女としても有難いのだが、術者は誰なのか。今自分を追いかけているサーヴァントの主ではありえない。

 

 

「――ッ!!」

 

 彼女の顔のすぐそばを風が斬る。彼女の頬を掠めそのまま前方へと飛んでいき、どこかしらに突き刺さる音がした。

 

 彼女は今まさに身体強化の術を以て――アサシンのサーヴァントから逃走しているのだ。

 否、逃走しているのではなく、逃走させられていると言った方が正しい。魔術師という人間相手に、マスター殺しに特化したサーヴァントがそれを殺せぬはずはない。にもかかわらず彼女の首が今もつながっているということは、あちらが本気で殺しにかかっていないことを意味する。

 

「―――ひひひひひ、モット、モットニゲロ――!!」

 

 蟲が蠢くように耳障りな声が、念話でもないのに直接頭に響いているような錯覚を起こす。冷や汗を流しながら、少女は歯を食いしばる。彼女は今、迷っていた。

 

 少女――名を楊潤華(よう じゅんか)。彼女の左手の甲には、まだはっきりとした形を取らないものの赤い痣が浮かびかけている――令呪の兆しである。

 

 九鼎戦争。どんな願いをも叶えるという万能の釜たる鼎を巡り、七人の魔術師と七騎のサーヴァントが殺し合う戦争。手の甲の痣は、彼女がその魔術師の一人となる資格を得ていることを意味する。

 つまり、彼女は今襲い掛かってきているアサシンのサーヴァントに対抗するサーヴァントを召喚することができるのだ。そのうえこの召喚自体は九鼎が行うため、魔術師――マスターは大仰な儀式をする必要もない。魔法陣さえなくともできる可能性もある。

 

 

 ならばなぜ、潤華はこの状況において召喚を行わないのか。

 それは、彼女がすでに自分の屋敷に第一級の触媒を得ているからである。それを使って召喚を行えば、間違いなく超一流の英雄を召喚できる。

 しかし今、触媒なしで召喚を行えば呼び出される英雄は完全にランダム。酷い言い方をすれば、どこの馬の骨ともわからぬ戦いに不向きなサーヴァントが召喚される可能性もある。

 

 ゆえに彼女は迷っていた。屋敷にて正式な召喚を行うために、本気にならないアサシンをやりすごす方法はないものか、と。

 

 ――ダメそうね。礼装があっても――サーヴァントに通用したかはわからない。

 

 基本的に冷静な彼女の頭は、この非常時にもその冷静さを失わなかった。屋敷に戻ろうにも、今イギリス租界の方向とは全く逆に走らされている状態で、戻れる見込みは薄い。アサシンのマスターが何を思っているのかはわからないが、アサシンは自分を生かす気などない。弄ばれた末に殺されるビジョンしかない。

 

「……う、ぐぅっ!!」

 

 鋭い刃が、潤華の右太ももに突き刺さる。彼女は思わず受け身も取れぬまま、冷たい地面の上に転がった。走る激痛に歯を食いしばるが、呻きが漏れる。決して強化の魔術は緩んでいない、ことはつまり。

 

「ああ、佳い声だ」

 

 刃を抜かぬまま、潤華は上を見上げた。アサシンのサーヴァントは、潤華を見下ろしている。その姿はぼんやりとした霧に覆われていて、姿かたちがうかがえない。それでももし顔が見えたのならば、喜悦に歪んでいるのだろうとたやすく予想できた。

 

 じりじりと這いずりながらアサシンから距離を取る潤華は意を決した。いくら立派な触媒を持っていようと、ここで殺されては意味がない。

 

 自分には、絶対に成し遂げなければならぬことがある―――!!

 

 

 あらゆる詠唱を破棄し、魔法陣もなく、女の魔術師はただ簡潔に詠唱を紡ぐ。本来呪文とは己に働きかけるものであり、意味が通じればそれで成る。

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 

 ただ一つの目的の為に、今ひとたび少女は自分の力を信じてこの世ならざる場所に接続する。紫色の輝きが周囲に散る。

 そうして言葉に答えたのはどこの馬の骨か――少女とアサシンの間に眩い光が満ち溢れ、黒く閉ざされた世界を白く染め上げる。

 

「!?」

 

 驚愕はアサシンと潤華も同時。アサシンは様子から喜悦を消しさり、彼女から距離を取った。すさまじい魔力風が吹き荒れ、潤華は思わず目を閉じた。だが、成功かは不明なまでも人ならざる強大な魔力の塊が現前していることはたやすく理解できた。

 

 光と風が終息した時、月明かりを背後にそこに立っていたのは――一人の青年だった。

 

 赤を基調とした甲冑に、具足を纏った二十代半ばに見える青年。鎧と同じく柄が赤い、一メートル程度の刀身の剣が腰につられている。

 背は高くなく、筋骨隆々とした偉丈夫ではない。膨大な魔力を秘めている以外は、体格や人相は何処にでもいそうな、英霊というにはあまりにも普通な青年だった。

 その上名乗る言葉も、あまりにも気が抜けていた。

 

「――召喚に応じ参上しました。どうも、セイバーです」

 

 現代から見れば時代錯誤そのものの衣裳を纏った青年は、なんの神秘も驚きもなく、道でも尋ねるかのようにあっさりと問いを口にした。

 

 

「あなたが僕のマスターですか?」

 

 

 一瞬ぽかんと呆けてしまった潤華だったが、そのような場合ではないことをすぐさま思い出して闇へと向かって指差した。

 

 

「え、ええそうよ!だからあいつをやっちゃいなさい!」

「はい?……!!」

 

 呑気な空気を醸していた青年ことセイバーは、にわかにその雰囲気を変えて赤い剣を強く握りしめて引き抜いた。そして目にも止まらぬ速さで身をひるがえすと、闇に溶けたアサシンへと刃を向けた。

 

 愉悦の気色を押し隠したアサシンの技、潤華を襲った飛剣――しかし彼女を襲った時より遥かに鋭さと速度を増したそれが十本、道の奥から飛び出してくる。潤華の前に立ちはだかったセイバーは、それを全て見切って己が剣で叩き落とした。甲高い音と火花が飛び散り、光が走る。

 

「……感じとしてはアサシンのサーヴァントですか。闇に隠れては恐ろしい敵ですが、一度戦いの姿勢を明らかにした以上、そう怖くはありません」

 

 そう笑って潤華に話しかけると、セイバーは一足に地を蹴った。潤華には闇にまぎれて見えぬアサシンも、セイバーにはっきりと形がわかっているようだ。

 

「……!」

 

 赤黒いアサシンの剣と、セイバーの炎の剣が交わされる。その剣は赤く燃え輝きながら、炎の尾を引いてアサシンを襲う。全く並みの体躯から繰り出されるとは思えないほどの重い斬撃が、アサシンの剣を容易く弾き迫る。その動きは荒れ狂う暴力というよりは、的確に隙をついていくものだ。

 

 このまま戦い続ければ、セイバーがアサシンを殺すことは明白。

 

 金属同士が打ち合う高い音が響いている。上段から叩きつけられたセイバーの剣は、その威力だけでアサシンの剣を地面に落とさせた。そして間髪入れず赤い剣の切っ先がアサシンの首に突き立てられようとしたその時、二つの声がとどろいた。

 

「降参する気はありませんか?」

「……サーヴァントに用はない!!」

 

「降参をしないか」――その暇を与えた瞬間に、アサシンは突き付けられた剣からその俊敏さで逃れた。そして、あっという間に闇にまぎれて消えた。

 残ったのは剣を首に突き付けていた格好のセイバーと、そのマスターである潤華だけである。

 

 南市の、貧しい中国人たちが暮らす区域でありながらこの騒ぎに誰一人起きてこない。その静寂の中、彼女は足を串刺しにされた痛みも忘れて己がサーヴァントを凝視していた。当のセイバーはため息をつきながら、てくてくと潤華の元へと戻ってきた。

 

 

「振られちゃいました」

 

 やはり、どう見てもその様子は普通。英霊であることはわかるが、もしただの一般人が彼を見たら本当に一般人だと思うだろう。召喚できたことは幸いだが、おそらく大した知名度もない英雄か、と少々落胆していたのもつかの間――今や潤華は目を怒らせてセイバーを見ていた。

 

「……あんた、さっきアサシンに向かってなんて言ったの?」

 

 しかし潤華の心境を知ってか知らずか、セイバーは全く違うことを言い出した。

 

「あ!マスター、怪我してるじゃないですか!」

「そんなことはいい!それよりあんたさっき「怪我の方が大変です!」

 

 

 セイバーの妙な剣幕に押され、潤華は一度怒りを押しとどめた。それに剣が腿に突き刺さったままなのも、我慢はできるが痛いことには変わりない。

 突き刺さった剣を引き抜き、途端溢れ出した血を、セイバーが潤華の旗袍の袖を破いて止血した。それでも場所が場所だけになかなか止まらず、急ぎ屋敷へと向かうこととなた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 南市には人払いがかけられていたようだが、共同租界は違った。ちらほらと行きかう人々がいる。しかしそれゆえに実体化して時代錯誤な鎧を身に着け、女を背負っているセイバーは目立った。それでも騒ぎにならないのは、ここがありとあらゆる人種と階層の人間が入り乱れる混沌の街ゆえだろう。

 

 イギリスとアメリカの共同統治する租界に、潤華の屋敷はある。銀行などの重厚なビジネス建築が連なる場所からは少し離れ、低い建物が増える書店・文具の問屋が軒を連ねる場所にある。

 構えはイギリスと中国の様式を折衷した館である。九百平米の敷地に広く庭までつけた、買弁の屋敷だ。現在の主人は潤華であり、使用人も帰らせているためにセイバーを誰かから隠す必要もない。

 

 明かりをつければ、それなりに年代の入ったテーブルなどの家具が迎える、しかし誰もいない屋敷。外は暗闇に包まれているが、租界の屋敷は電気が当然の如く通っており、夜でも明るい。

 

 怪我の手当てを優先して譲らないセイバーのため、リビングに設置した四人掛けのソファにて手当てをさせた。潤華としてはこのサーヴァントに聞き、問いただしたいことが山のようにあったため、正直怪我はどうでもよくなっていた。

 

 太ももに包帯を巻き、しばらく動いちゃだめですよとまるで母親のように言う青年に対し、潤華は厳しい目を向けていた。

 

「……あなた、セイバー?」

「はい、そうですよ」

 

 大して有名でもない英霊を召喚してしまったことはこのさい仕方がない。むしろあの急場でセイバーという最優の札を引けたことは幸運というべきだ。

 

「さっき、あんたアサシンを追い詰めてたわね。結局令呪で逃げられたけど、あのときなんて言ったのかしら」

 

 何を思われていることを知ってか知らずか、青年はあっさりと答えた。

 

「降参しませんかって言いましたよ?」

「あんた、何言ってるの!?」

 

 もし壁が近くにあれば、彼女が壁を殴る音が轟いたろう。だがソファという場所柄、響いたのは潤華の怒声だけだった。

 

「召喚に応じたんだから、知らないとは言わせないわ。この戦争において勝者は一人と一騎だけ。他は全部殺さなくちゃ――少なくとも、サーヴァントは殺さなくちゃいけないの」

「知っていますよ」

「じゃあ、「降参しろ」っていうのはどういうことなわけ?マスターに向かって剣を突き付けて「サーヴァントを自害させ、残る令呪も放棄しろ」っていうならまだわかるわ。だけどサーヴァントに向かってそんなことしたって無意味。むしろあっちだって叶えたい願いがあるから召喚されているんだから、聞くわけないじゃない。何がしたいワケ?」

 

 そう、あのセイバーの言葉はまるで「できれば殺したくなんかない」と、潤華には聞こえていた。潤華とて人殺しをしたいわけではない。だがこの戦争において、マスターならともかく「サーヴァントが望みも諦め、降参する」という図は絵空事にも等しい。むしろ殺せる時に速やかに殺さねば、逆にこちらの窮地を招くのだ。

 

「そもそも、あんた何を望んで召喚に応じたの!?」

「僕ですか?まず現代の世界を見てみたいなぁって思ったのが一つですけど、もうひとつは」

 

 昔からお忍びとか好きだったんですよねぇと、まこと能天気に語るセイバーに怒りを禁じえない潤華であった。語気荒くその続きを迫る。

 

「もうひとつは!?」

「七人のマスターと七騎もサーヴァントが殺しあうって、危ないじゃないですか。できるだけ殺しあわないで終われないかなぁと思って」

 

 

 怪我をして血が足りないせいだと信じたい、この眩暈。あまりに斜め上の回答を得て、潤華は言い返す気力もなくそのままばたりとソファに沈み込んだ。そんな甘いことで旨く行くわけがない、何が何でも殺してもらわなければならない――どう言い聞かせればいいものか。

 大きなため息をつきながら、かつどれだけ平和な世の坊ちゃんなんだと思いながらも、潤華は未だ尋ねていなかった大事な質問を口にした。

 

「……聞き忘れてたけど、アンタの真名って何?」

「すみません!名乗っていませんでしたね。僕の真名は」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 この世にたった一人の天子となること――皇帝になるは、人間を辞めるということ。

 しかしそれは人間であるがゆえに、人間を止めざるを得なくなることである。

 

 ただの人が、己の一声で大勢が死ぬ重圧に耐えきれるか。

 ただの人が、己の一声で全てが灰燼に帰す事実に耐えきれるか。

 己以外の全てに、お前の失策が招いた悲劇とののしられ続ける事実に耐えきれるか。

 

 そう、耐えきれるはずがない。

 そんなことをまともに受け続けていれば、人間の心は崩壊してしまう。

 

 ゆえに皇帝は人を辞める。己は他とは違う、至高にして無上の隔絶した存在となることで、その重圧に耐えようとする。人より格上の存在である自分が成したことは間違いではない、たとえ大勢が死のうと仕方のないことだと思える。

 

 

 逆説的な話ではあるが、皇帝たる者は、人間の心を護るために――人間で居続ける為に、人間を辞めるのだ。

 

 その行いを誰が非難できようか。必死で己の心を護りながら、万民の為に政治に、現実と戦い続ける天子を非難できようはずはないのだ。

 

 

 しかし、一人の青年は思った。「それはいやだなぁ」

 

 

 元来聡明な性質である青年は、皇帝になるとはそういうことだとわかっていた。皇帝にならずとも人の上に立つ立場となり、率いる軍が多くなればなるほど、それは如実に感じられていたからだ。

 

 彼は、乱世の人間には当然のようにあらゆる人の姿を見てきた。飢えゆえに人が人を食らう悲惨を、権力を求めて殺し合う人を、裏切りとその報復の凄まじさを。乱世とはこの世の地獄であり、戦場に救いはなく、人を畜生に落とすもの。

 

 それを見て――それでも彼は、人は尊きものだと信じていた。

 たとえ乱世ではなくとも、人はそれぞれ己の目的のために生きており、その為に人を蹴り落とすことも日常茶飯事である。多くに裏切られ、多くが死に絶え、なんてひどい世界だと思ったこともある。

 しかし世界はうまくできているというのか、最高の飴と鞭の使い手とでもいうのか――その酷い世界にこそ、人間の尊さを見つけてしまうのだ。

 

 結局。

 この青年はどこまでもお人よしであり、人間が大好きな一般人でしかなかったのだ。

 

 

 人が好きだ。人は、人であることこそが尊い。だから皇帝なんかになりたくない。

 彼は本気でそう思っていたのだが、それを押して皇帝となった理由は二つある。

 

 一つは今まで彼について戦ってきた仲間や部下は、青年が皇帝となることで地位や富を手に入れることを願っていたことだ。まだ中華は乱れているが、とにかく帝位につけば好きにそれらを部下に与えることができる。

 美しい志だけでは誰も生きてはいけない。つまり青年がここで「皇帝に絶対ならない」ということは、仲間の離散を招き今まで積み上げてきたものを崩壊させることも意味していた。物惜しみをしない青年も、流石にそれはためらわれた。

 

 

 そして二つは、とんでもないことに、彼はこう思ったことによる。

 

「よくよく考えれば、皇帝になってすることって別に今までと大差ないよね?」

 

 挙兵する前は、先祖の劉邦にかぶれて遊侠で家財を傾けた兄の為にせっせと家で農業に励んでいた。周囲の畑も見てくれと言われたら喜んで見に行く。税金に困った叔父の代わりに減免交渉を行ったり、兄の付き合いで知り合った遊侠の徒をかくまったり逃がしたり。そもそも挙兵自体、その兄に引きずられて「ええいままよ」になってしまったがため。

 

 要するにずっと「人のしりぬぐい」――よく言えば「世話を焼いて」生きてきたようなものである。

 

 

 そして仮に皇帝となり他の勢力を下した際にしなければならないことは、続いた戦乱により荒れ果てた国土の復興になる。思想も何もなく自分の命を守るためだけに立ち上がった農民と、覇を競い争った各地の勢力が暴れて荒廃した土地の後始末である。

 

 

 だから、彼は「天下を取ろう」と思ったことは一度もない。

 彼が皇帝となったのは、ただただ人間の出来うる限りの最大規模で「人の世話を焼く」――即ち「天下の世話を焼く」ためだったのだ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

「……頭が痛いわ」

「やっぱり血が足りてないんじゃないですか?水、持ってきます」

「ああ……うん……」

 

 

 喜ぶべきか、悲しむべきか。いやおそらく喜ぶべきではあるのだろうが、潤華は予想外の混乱の中にあった。

 急場の召喚ゆえに、知名度のない英雄が呼ばれたのだろうと思っていた。だが召喚したセイバーの真名は、確かに多少マイナーかもしれないが、間違いなく大英雄のそれであった。そして真名を鑑みれば、先ほどの究極に平和ボケした答えも納得がいく。

 

(……いや、本当に心からそれを望んでいるんだろうけど)

 

 すうと思考が落ち着いてくる。真名を知ることにより、色々納得がいったこともある。本気で「戦っても殺す気はないのか」と先程まで危惧していたが、おそらくそれはないと潤華は結論づけた。

 

 斃すべき敵にも辛抱強く降伏を勧め続け、統一後も功臣粛清をせず、内政に力を注いだ――中華史上指折りの名君とされる、至仁の皇帝。

 しかし、並み居る群雄を下し国を統一したということは、相手が降伏しなかった場合、戦闘し殺していることを意味する。さらに彼が軍を指揮しただけでなく、皇帝となってからも自ら剣をとり先陣を切って敵を切り捨てている記録もある。

 

 乱世や戦争を知らぬからあの血迷ったことを言っているのではない。知っておいてなお、誰一人死なない方がいいと本気で思っている。そして、それが絶対に成就しない願いであることも、知っている。

 

 絶対に叶わないと知りながら、それでも本気で願っている。

 

 要するに「セイバーはいざとなればきっちり殺す」サーヴァントである――潤華はそう理解し、平静を取り戻した。少々優しすぎる嫌いはあるものの、むしろセイバーを召喚したことは大成功に近い。彼自身、武勇伝には事欠かない英雄なのだ。

 

 

「……よし。とにかく明日は上海を案内するわよ。九鼎から得られた知識はあるでしょうけど、実際に目で見て確認しないとね」

「あの、マスター。僕も聞きたいことが三つあるんですけど」

 

 セイバーから水の入ったコップを受け取ると、潤華は寝転がった状態から座った姿勢に移って、土や血で汚れた服をつまんだ。

 

 

「何?」

「……この屋敷、なんか死体のにおいがするんですけど、何ですか?」

 

 

 緩んだ空気が瞬時に引き締まる。何気なく空いた隣に座ったセイバーの様子は、先ほどまでと変わらず、穏やかなままだ。それでも潤華は息をのみ、心して返答しなければならないと感じていた。

 

「よくわかったわね」

「職業柄です。ただ放置されているのとは全然違う感じがしますけど」

「……あんた、死霊魔術(ネクロマンシー)って知ってる?」

 

 

 死霊魔術(ネクロマンシー)。読んで字の如く、何がしかの死体を材料として神秘の研究を行う魔術である。わかりやすい例として、死者を食屍鬼に作り変え、死体を継ぎ接ぎして生み出した怪物を蘇生させて使役するものがある。

 また、魔術師の死体から礼装を作りだし手軽に持ち運べるようにする術者もいる。

 この魔術は研究する上でも大量の死体を必要とされる。ゆえに、死霊魔術師は大量虐殺や紛争戦争があると聞けば、快哉を叫んで狂喜乱舞しながら死体を漁りに行くことが宿命である。

 さらに言えば、乱世ならそれでいいが、太平の世の場合の死霊魔術師はその点で苦労することになる。他国に赴きせっせと死体を集めるならよい。だが手間を惜しんで手近なところで自ら大量殺戮を成す者も、他の魔術流派より圧倒的に多い。

 

 死霊魔術師としては幸いにも、楊潤華は恵まれていた。中華民国が成立したが、軍閥割拠するこのご時世――彼女は生まれてから、死体に困ったことはなかった。

 

 我が楊家は伝統ある死霊魔術の家系。道術師にして人形師であり、得意とするのは人形(キョンシー)と礼装構築――の一族。

 この屋敷が都市伝説的に、死体が埋まっているだの言われているのは根も葉もなき噂ではない。実際、潤華とその手の者が中国各地から収集している死体が夜な夜な運び込まれているのだから。

 

「私はそういう魔術師だから、死体を魔術的に改装した人形や礼装がこの屋敷の地下にはずらりと並んでいるわ。始皇帝の兵馬俑とまではいえないけど、それのミニチュア版みたいなものよ」

「なるほど」

「言っておくけど、私は死体を集めていてもそのために人を殺したことはないわよ」

 

 セイバーな何か考えている様子であったが、特に魔術についてコメントすることはなかった。潤華はそれをいぶかったが、彼はあっさりと話を続けた。

 

「じゃあ、二つ目です。マスターの願いって何ですか?」

 

 どうも、このサーヴァントとは少し方針が合わない気がする。潤華は渋い顔をしたが、それでも己が願い――否、目的をはっきりと口にした。

 

 

「……ある男を殺すこと。もう一つは九鼎を勝ち取ること。それが私の目的」

「?九鼎に願いがあるんじゃ?」

「九鼎に願うことはないの。この十年間、その男を探してきたけど見つからなかった――でも、戦争が始まるとなればそいつは、十中八九戦争のマスターとして現れる。だから殺す」

 

 

 九鼎戦争。どんな願いをもかなえる万能の釜を巡る戦い――第一回は十年前に開催され、詳しい経緯はわからないが、その時には九鼎に貯められた魔力は使われなかったらしい。そのため、通常は五十年周期とされている戦争がわずか十年で再開にこぎつけてしまったそうだ。

「らしい」「そうだ」という推測と伝聞しか情報がないことが潤華には腹立たしい。十年前にその戦争に、父が参加していた。表向き買弁――欧米列強の進出に伴い、その貿易を支援した商人――として働いていた父は、その戦争によって敗れ死んだ。それどころか、敵サーヴァントに放たれた宝具のせいで――彼女以外の九族は皆殺しにされた。

 

 

「戦争によって殺されたなら、戦争で殺す。そして今は亡き父様と母様、ひいては祖霊の為に私は九鼎を手に入れる。それに、九鼎を手に入れないとどうせ私は死ぬ」

「はい?」

「私、十年前の戦争の時にとある呪いにかかっているの。その呪いはもう術者本人でも解けない」

 

 滅九族の宝具。十年前に彼女の父にそれがかけられたというのなら、潤華が生きている筈はない。その宝具から彼女だけが逃れられたというわけではなく、単に遅らされているだけである。何故遅れているのか、そしていつそれが彼女にたどり着くのかは彼女にもわからない。

 十年前のあの日から、いつ己が死んでもおかしくないと知りながら生き続けてきたのだ。

 

「私は楊家最後の一人。なんとしてでもこの戦争に勝って生き残り、我が家の血を残すという使命がある。絶対に負けるわけにはいかないの」

「ふぅむ……」

 

 セイバーは神妙な顔つきをして黙り込んだ。流石にこのセイバーも中華の人間だけあって、親類の仇討ちまで否む性質ではないのか、それはよくないとは言わなかった。彼女はそっと彼の顔を窺ったが、「滅九族……」と、なにやらぶつぶつとつぶやいて考えていた。

 

 

「ところでマスター、この戦争にルーラーがいるということは知っていますか?」

「?教会から話は聞いて知ってるわよ。見たことはないけど」

 

 裁定者(ルーラー)のサーヴァント。戦争による結果が未知数なため、人の手の及ばぬ裁定者が聖杯から必要とされた場合に呼ばれる特殊なサーヴァントである。想像以上に人口が増えてしまったこの過密都市上海において、『九鼎戦争』という枠組みを護るため、戦いに秩序を与えるべく召喚されたマスターなきクラス。

 

「ルーラーはもう現界しています。召喚された瞬間に、ルーラーがこの戦争において敷いた法が叩き込まれましたから」

「法?」

「まずは戦争に関係ない人間に危害を加えないこと。神秘を秘匿すること。最後の一騎となったサーヴァントとマスターは、九鼎に触れる前にルーラーの前に裁定を願い出ること。遵守しない者は殺す。簡単に言えばこんな感じです『あと』」

 

 いきなり会話が念話に切り替えられて、潤華は面食らった。

 

『あまり人に聞かれたくない話は、念話を活用しましょう。既にルーラーの手の者が、張り付いてこちらを監視している感じがします』

『……!?あんた、なんかルーラーの気に障る事でもしたの!?』

『もう、僕はさっき召喚されたばっかりですよ?だから僕のせいではなくて、ルーラーの人柄というか、方針なんでしょう。手の者は気配は近くにあるってわかるんですけど、具体的な場所までは特定できません。ただ、害意は感じないので見ているだけです』

 

 ルーラーには現界したサーヴァントの位置を把握するスキルが備わっているという。しかし監視を張り付けるとは念の入った英雄である。それでもセイバーに叩き込んだという法の中身は、最後の一つ以外は魔術師としては妥当なものである。

 

『にしても、本当にルーラーというか裁定者気取りな英雄みたいね』

『まあまあ。そういうわけなので、ルーラーとはいえ知られたくないことはこっちで』

 

 まだ見ぬルーラーに対して微かな敵意をにじませる潤華に対し、セイバーはなだめるようにしてから念話を打ち切った。

 

 

「じゃあ、最後の質問です。マスター、お名前を教えてください」

 

 

 

 

 *

 

 

 聞くところによれば、潤華はこの大きな屋敷で一人暮らしだそうだ。十年前に呪いで九族を失った、わずか七歳の少女が一人で生きていけるはずもなく、他人に等しい遠縁が彼女を世話した。潤華にとっての幸いは、彼が善良な人間だったということだ。俗世での処世をわきまえていた両親が作った財を奪うことなく、楊家の家督を正式に潤華が継ぐ年になるまで育ててくれたそうだ。

 ただ、その男は楊本家が魔術の家とすら知らなかったため、屋敷の地下室の存在を知らず、また決して潤華の魔導の師となりえることはできなかった。そのため、潤華の修行は著しく遅れてしまうことになったわけだ。

 

 

 セイバーにあたえられた屋敷の一室は、他の部屋と比べて明らかに主人と目される人間が使う部屋であった。焦げ茶色の板張り床に絨毯が敷かれ、二人でも寝れそうな西洋寝台がある。壁は多くが本棚で埋められていて、セイバーにはなじみのない書名がずらりとならんでいた。

 

「今なら英語もフランス語もなんでも読めますし、ちょっと読んでみよう」

 

 そんなことをつぶやいて、セイバーは与えられた黒の上下の寝巻に着替えつつ窓から外を見た。ぽつぽつと燈る街灯が幻想的に見える。

 

 

 ――潤華さんは、勁草だなぁ。

 

 先程までのマスターとの会話を反芻し、セイバーはしみじみとそう思った。七の年に親族をほぼすべて失い、さらに己がいつ死ぬのかわからない恐怖にさらされ続けながら十年間生きてきた。彼女が抱いている願いは、セイバーとしては手放しで賛成できるものではない。しかし、彼女が十年間抱き続けた強固な思いであり、数時間前に初めてであったばかりの自分が易々と違うと言っていいとは思えない。セイバーはマスターのことをまだ、よく知らないからだ。

 

 それでも、その十年前の呪いから逃れる術が九鼎にしかないのならば、九鼎を手に入れることも吝かではないのだが。

 

「……滅九族の呪い、いや、宝具」

 

 セイバーは潤華に伝えるときにはあえて言わなかったが、既にルーラーの真名を把握している。頭に叩き込まれた法を聞けば、誰だってすぐにわかるのだ。

 順当に考えれば、ルーラーはあくまで裁定者で敵ではない。

 十年前の九鼎戦争における敵サーヴァントの宝具、滅九族。そしてルーラーの真名。

 

 いい予感がしない。いっそ監視をしているルーラーの手の者から、ルーラーに逆に連絡をつかむことができはしないか。しかし問うても、ルーラーがほんとうのことを話すのかはわからない。

 ただあのルーラーは、あまり裁定者として危険が発生した時だけ出てくるようなタイプではなく、もう少し主張してきそうなイメージだ。ただ、これはセイバーのイメージである。どちらにしろ、ルーラーには一度会ってみたほうがよさそうである。

 

 

 ――ま、全部それからですね!

 

 

 そう適当に結論付け、セイバーは明日に備えて眠るべくベッドにもぐりこんだ。サーヴァントとなった今睡眠が必要ないことは承知だが、どうも霊体化は落ち着かず、実体化するなら生前と同じように生活を――と、そこでセイバーは跳ね起きた。

 

 

「まずいっ!!明日の上海観光に向けていきたい場所をリストにしないと!!」

 

 そう叫ぶと、彼は本棚を上から下までくまなくチェックし始めた。観光ガイド、なければ地図を探し出して面白そうな場所を調べ上げるつもりである。

 一つ言っておけば、潤華はセイバーに「上海の地理をじかに把握してほしいから、上海を案内する」と言ったのであり、観光するとは一言も言っていない。しかし太平楽なセイバーの頭はすでに「案内=観光」のご都合変換をしていたのであった。

 

 結局彼は地図とガイドを片手にリストを作るだけでは飽き足らず、近くの本にまで手を付けて流れで読書タイムに突入してしまったために、不眠で朝を迎えることになった。

 

 

 もちろんサーヴァントである彼は、翌朝も元気溌剌にマスターをげんなりさせることになる。




★11/22 アサシンを当初の予定と変えちゃったので、序盤のアサシン描写修正

功臣粛清は完全ゼロかと言われたら微妙だけど、基本失点が少ないやつ。卒なし。

男セイバー「理想つってもあれですけどね。こう近所の美少女と結婚してカッコいい職業についてキャーキャー言われたいっていう理想ですけど」
女セイバー「超個人的な妄想じゃん」

女セイバーがなぜか常識系ツッコミ人に見えてきたけど別に常識人ではない。


リアルチート現る。スイーツ皇帝☆男セイバー。人助けと世話焼きが趣味で娯楽。
欠点はギャグが寒い。朝廷に吹き荒れるブリザード。でも皇帝だから奥さんの皇后くらいしかつっこんでくれない「アンタのギャグは寒い」。

身長:170CM 体重60KG
アライメント 秩序・善


パラメータ
筋力:A 耐久:B 敏捷:B 魔力:A 幸運:A+ 宝具:A++

クラススキル
対魔力:A
 A+以下の魔術は全てキャンセル。事実上、魔術ではセイバーに傷をつけられない。

騎乗:B
 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
 魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

固有スキル
カリスマ:A―
 大軍団を指揮する天性の才能。 人間で獲得できる最高峰の人望。だが、本人にカリスマを発揮する気がないため-。

魔力放出:B
 武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、 瞬間的に放出する事によって能力を向上させる。

皇帝特権 :A
 本来持ち得ないスキルも、本人が主張する事で短期間だけ獲得できるのが本来の定義。しかし彼の場合、元々どの分野でも超一流に達する才能を持っているためにその実「百科専般」スキルに近い。
 該当するスキルは騎乗、剣術、芸術、カリスマ、軍略、等。ランクA以上ならば、肉体面での負荷(神性など)すら獲得できる。本来EXランクで所持する筈が、本人が皇帝権力を振りかざす気のないためAとなっている。

聖人:D 
 聖人として認定された者であることを表す。彼の場合、聖人ではなく「聖王」。
 本来はCだったが、彼自身が「聖王」と呼ばれることを全力で拒否しているので、
 ランクが落ちている。聖人の能力は“HP自動回復”のみに限定される。

人助け厨だけど士郎と違って強迫観念みたいなもんではなく、最早娯楽・趣味の域。
皇帝スイッチがどこかにあるはずだけど、自分じゃ押せないらしいので誰か押してあげてください。本人にやる気がないせいで「カリスマ」「皇帝特権」「聖人」スキルがランクダウンするという。

女セイバーと男セイバーはパラメータがマスターに左右されにくい。呪いのパラメータ。
男セイバーは「皇帝特権(その実専科百般)」の影響を受けて、高パラメータで固定。士郎がマスターでもBBBAA+くらいになる。
逆に女セイバーはマスターが凛でもEDEEA+くらいにしかならない。

マスターはピンイン読みだと潤華は楊潤華(ヤゥ ルンファ)
歴史ある魔術師の家、イメージ的には凛より時臣 才能はやや秀才くらいだけど努力と克己を惜しまない。ちなみに始皇帝呼ぼうとしてた。
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