魔都聖杯奇談 fate/Nine-Grails【中国史fate】   作:たたこ

5 / 11
1月21日 最弱の剣士

 ……しかし勝手なモンだ。

 

 少年のつぶやきは、そのあとに続く「どうでもいいけどよ」という言葉で締めくくられた。

 

 彼が立っているのは、船の甲板だった。日華連絡船・長崎丸――一九二三年から日本郵船によって運行が始まった、上海・長崎間を結ぶ国際連絡船である。従来の貨物運輸優先の船とは異なり、客船としての設備を整えた長崎丸は、遠目に見える中国人のジャンク船と比べれば同じ船とは思えない。総トン数五千二百トン、一等定員百五十五名、三等定員二百名の堂々たる客船だった。

 

 長崎から出発して丸一日が過ぎ、東洋のパリ・イエローバビロンと仇名される自由都市の姿が、肉眼でとらえられるほどの距離に迫っている。音に名高い自由都市が迫っているということで、特に寒い甲板にもぞろぞろと人が顔を出している。

 ただ彼は上海が見えようと見えまいと関係なく、甲板で風を受けて広い海を眺めていたのだが。

 船が波濤を切り裂き、近づく自由の都へと期待を募らせる者ばかりのためか、寒々しい甲板も不思議とそれほど寒くはない。それにも拘わらず、少年はほかの乗客と比べて明らかに不機嫌だった。いや、不機嫌というよりは気持ちが悪かった。

 

 何のことはない、少年がこの寒い中にわざわざ甲板に出てきたのは単に船酔いをしていたからである。船は丸一日海を走り続けていたが、決して海が荒れていたわけでも船が小さいわけでもない。船とは相性が悪いのか、くらいしか原因は思いつかなかった。

 されど吐き戻すほどでもなく、地味に不快な状態で丸一日過ごし続ければ誰でも不機嫌になる。

 

 やがて外灘(バンド)の重厚な建築群が目前に迫り、人々はその威容に息をのむ。船が波止場に停泊し、アナウンスが流れると乗客はぞろぞろと船を下りていく。少年は面倒だったため、周りに人がいなくなってから最後に上海の地に降り立った。

 上海租界はその性質上、旅券(パスポート)やビザが不要とされる地域である。長崎から来た少年も、煩雑な手続きなしにあっさりと船を降りることができたのだ。

 

「ほお」

 

 旅券(パスポート)が不要ということは、良くも悪くも誰でも来れる場所だということだ。上海で商売をしたい西洋人、もしくは犯罪人や、自国の革命から亡命してきたロシア人、ドイツから逃げてきたユダヤ人、内乱を避けてやってきた中国人、そして各国の軍など実に様々な人間が群れあつまっている。

 そして港という場所は、それらが全て織り交ざる場所でもある。海風のにおいはもとより、人口的香料と生臭い魚、生活臭とが混ざりえも知れぬ気体となって漂っている。

 

 この寒い季節に薄着で貨物船から黙々と荷卸しをする中国人労働者の苦力(クーリー)、旅行か移住か、輝かしい噂にひきつけられてやってきた日本人、少年が乗ってきた連絡船よりもはるかに豪華な客船へ乗り込む白人。外国からの商船、中国内地からのジャンク船などで波止場はすし詰め。とにもかくにも、港ならではの活気は同じ――と、少年はあたりを見回した。

 

 連絡船は公式に政府が運営しているため、上海においても船着き場が決まっている。そこへ迎えに来ると、雷家の使用人は言っていたのだが影も形もない。そもそも少年は雷家の使用人の顔などもう覚えていないから、わかりようもないのだが。

 

 少年は五分ほどその場でじっとしていたが、早くも待ち飽きてしまったらしく大股で歩きだした。幸いにも雷家の地図は持っており、かつ地図を読むのは得意だった。目の前を横切る大通りが中山東一路、今右手に見えている緑地はパブリック・ガーデン……と確かめた時に、目の前を一人の少女が横切った。

 

「……っ!?」

 

 赤い旗袍(チーパオ)と茶色のコートがよく似合い、黒髪を頭の上でまとめた少女だった。少年と同系統のアジア系の顔立ちで、健康的な白い肌ををしていた。近くに住んでいるのか、荷物を持たずに歩いていたのだが――「おい!」

 

「えっ、私?」

「そうだ、あんた、これ落したぞ」

 

 彼が差し出したのは、自分で持っている自前の地図だった。勿論それは彼の私物であり、少女のものではない。当然少女は不思議そうな顔をして首をかしげた。

 

「……?それ、私のじゃないよ。ここ人多いし、他の人のだと思う……だけど、この人ごみじゃ見つけるのは無理だねぇ」

「そうか、それは悪かった。ところであんた、今ヒマか」

「まあ暇っちゃ暇だけど。何か用かな?」

 

 警戒心なく、素直にまっすぐ黒曜石のような瞳で少女は少年を見上げている。少女の百五十と少し程度の身長に対し、少年は優に百八十を超えている。その少年から見れば、少女の小ささは少々不安を覚えるほどだ。

 

「行きたいところがあるんだが、案内してくれないか」

「いいよ」

 

 思った以上にあっさりと了解されて、少々面食らったものの少年は内心拳を突き上げる。言葉づかいは令嬢らしい見た目と似合わずざっくばらんだが、むしろ人懐っこさを感じさせる。

 

 少年が行きたい場所は共同租界の商務印書館だ。彼自身はそれが出版社ということしか知らないのだが、彼女曰くビル自体は大きくないが、有名な出版社でシンガポールにも支社があるという。

 そこへ行くためには、右手に石造りの各国の銀行、左手に濁った川面を視つつ大通りの中山東一路を南下し、福州路を右手に入ってまっすぐ歩けばすぐで、歩いて二十分くらいらしい。

 

 自前の地図で大体そんなもんだろうなと把握していた少年は、少女の話にそれらしい顔をして頷いた。

 

「よし、じゃあ行こうか!ねえ君、名前は?」

雷 剣英(らい けんえい)

「どこから来たの?」

「日本だ。長崎」

 

 上海租界が作られて真っ先にやってきた支配者はイギリス人、フランス人、アメリカ人である。しかし第一次世界大戦が終結してからは、被害の大きかったイギリスやフランスを差し置き、アメリカ人――そして新興国である日本人が増えつつある。大戦中に日本が中国に突き付けた対華二十一か条から、反日運動、むしろ帝国主義へと反対する運動がおこった経緯はあるが――まだ各国の小康状態は保たれていた。

 そして、中国どころか現世からすれば客人であるセイバーにとっては、こだわるところではなかったのである。

 

「ん?でも名前は」

「ああ、……生まれは上海で、十年前まではここで暮らしてた。それから今までは東京にいた」

「ほうほう。じゃあ少年、いや雷くんは上海は久々なんだね。十年前とはずいぶんかわったし、道すがら名所教えてあげよう!」

 

 むん、と少女は年の割に成長の見える胸を張った。

 

 少年――雷 剣英は観光しにここへやってきたわけではない。父親の本家、雷家は表向き蘇州における名家である。国内は内戦状態のために雷家も今は上海の別邸で過ごしている――というのは建前で、この地で行われるとある戦いに参加する為に、雷家当主がこの地に屋敷を構えているのだ。

 

 キュウテイセンソウ。剣英はその戦いのなんたるかを知らないが、雷家はその戦争を始め元凶――御三家の一であるという。剣英はその雷家当主をサポートして優勝へ導くというよくわかるんだかわからない役目をさせられる。

 本人としては全く興味もなくやる気もなく、雷家当主が死のうと生きようとどうでもいい。この土地において食事と寝床をくれる存在という認識しかない。どうせ行くのならばいっそ中国内陸の方が――とぼんやり考えていた時に、この少女に出会ったのだ。

 

 艶やかな黒髪、透き通るような白い肌に赤い旗袍が見事に嵌っており――宝石のように輝く黒目が、まっすぐ見つめてくる。小柄なものの、体つきはしっかりしており健康的でもあり。どこぞのお嬢様のような顔立ちを裏切って、言葉はざっくばらんであったがそれもまた悪くなく。

 

 

 要するに――少年はこの少女に一目ぼれをしていたのだった。

 

 

「剣英でいい」

「はい?」

 

 とはいえ彼はナンパに長けているわけでもなく、勢いしかなかった。そして今も勢いのみであり、いきなりの申し出に少女が首をかしげるのも当然であるが――正直少女の方も、あまり深く気にする性質ではなかった。

 

「名前。剣英でいい」

「?じゃあ剣英で。私鈴季。劉 鈴季(りゅう れいき)。好きに呼んで!」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 セイバーが外灘を歩き回っていたのは、確かに暇――時間が空いていたからである。上海にて二度目の九鼎戦争が始まる――そして、この戦争が終われば結果がどうであれセイバーは消える。ゆえにこれまで十年間過ごして築いてきてしまった店の経営や引き継ぎをしなければならなかった。つい先ほど、フランス租界の大世界近くに位置する店に顔をだし、最後の引き継ぎを終えたばかりだった。

 店を始めた時からいた青と玉祥はいまだに名残惜しげにしていたが、こればっかりはどうしようもない。

 

 

 さて夜まですることもなく、発展をつづける混沌の街も見納めだと思うと、流石に名残惜しくもなりなんとなく外灘をふらふらしていた。

 仮初の肉体とはいえ、十年も生き続けていれば色々なものが惜しくなる。いつかは消えると知っていても、やはり自然に思ってしまう。

 

 死にたくないな、と。

 

 そうして外灘を北上して、パブリックガーデンが近くなってきたときに、一人の少年に話しかけられた。

 何人かまでかはわからないが、中国人か日本人か。背中の真ん中まである焦げ茶色の髪を、後ろで一本の三つ編みにしている、精悍な顔立ちをした少年だ。しかし特筆すべきはその黒い功夫服の上からでもはっきりと見て取れる、鍛え抜かれた肉体である。僅か十六、七で成長途上にありながら、完成と未来の可能性も同居させている摩訶不思議な体だった。

 

 落し物をしたと声をかけられたが、その地図はセイバーのものではない。どうやら上海に到着したばかりのこの少年は、行きたい場所があるのだが行き方がわからず困っている――らしいが、何か違う気がする。漠然とした印象だが、迷って困っている感がないのだ。

 しかしセイバーは「どうせ暇だし」という理由で彼の頼みを二つ返事で了解した。

 

 

「けど、何かどっかで見た顔なんだよなぁ……」

 

 セイバーは話しかけられたとき、初対面にもかかわらず妙な既視感に襲われていた。じっと彼の顔を視てみるが、記憶に引っ掛かるものはなかったのだが。気のせいと済ませ、セイバーは外灘に立ち並ぶ豪壮な建物を指さしながら歩き始めた。中山東一路は大きな通りで、幅二十五メートル超の道路がとおっている。

 

「あの灰色で石づくりのでかい建物が中国銀こ……ってわ!?」

 

 唐突に腕を引かれ、セイバーはたたらを踏んだ。かと思えば剣英はいつの間にかセイバーの右側――車道側に立って歩き始めていた。車道側でもう少し近くで建物を見たかったのか、と首を傾げた。

 

「どうした。行くぞ」

「……?うん。っていうか君、やたらとエラそうだな!」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 冬の短い昼は終わりをつげ、長い夜が訪れている。既に日は暮れて星がが美しく瞬いている午後九時過ぎ。エリーと共にくらす瀟洒なマンションに、セイバーは走り寄り鍵が開くのもまたずに霊体化で通過して堂々と侵入する。

 

 

「遅くなったごめ……あばばばばば!!」

「だから実体化しなさいって言ったじゃない。前も同じことやってなかった?」

 

 再び迎撃用の術で黒焦げになりかけたセイバーは、既に半泣きの状態でよろよろとリビングに入ってきた。

 

「忘れてた……」

「……っていうかアンタ、酒臭いんだけど」

 

 ソファに座り読書をしていたエリーは、顔をしかめて立ち上がった。丸いテーブルの上に本を置くと、這っている状態のセイバーの首を締め上げた。

 

「で、出来心で!あっでも平気さっきの雷撃で目覚めたし!!」

「というか今日から偵察を始めるって言ったでしょ~~~~???そして早く帰ってこいって言ったはずだけど~~~~??念話は聞こえなかったのかしら???」

 

 グエーと奇っ怪な悲鳴を上げながら、セイバーはエリーの拘束を解除させるべく必死の弁解――ただの言い訳を紡ぎ始める。

 

「ちょ、ちょっと散歩してたらヘンな男の子に路聞かれて、案内したあとに流れで料理屋でごはん食べてただけだって!!料理にお酒つかったんじゃないかな~~?」

 

 ちなみに剣英の目的地であった商務印書館はの福州路は、外灘近くになればなるほどビジネス街・出版社書店が多いが、離れて奥まっていくにつれて歓楽街の色彩を帯びる。そのうちの上海料理の名店「老正興(ラオヂョンシン)」で、上海炒麺(やきそば)や小籠包に舌鼓を打っていたのであった。

 

「ど~せあんたのことだから二人で茶飲んでてもぞろ人が集まってきて、そのうち流れで昼間から宴会になったんでしょ。そして変なナンパにひっかかってんじゃないわよ」

「あ、なんか変だなって思ってたらそっかあれナンパか。美少女は罪だな!」

「時々あんたのその顔ひねりつぶしたくなるわ」

 

 文句はつけるものの、最早セイバーのその癖についてはあきらめの入っているエリーはセイバーを開放した。先程言った通り、今日の夜は忙しいのだ。

 

 

「ちゃんと店のことはやってきた?」

「そっちは大丈夫!みんなエリーにも会いたがってたぞ」

 

 この十年、セイバーがオーナーとなり経営してきた店にはもちろんエリーも一枚も二枚も噛んでいた。自然店の従業員とエリーも気心の知れた仲である――しかし、生きるか死ぬかの戦争に参加するにおいて、彼女も上海を去ると彼らには告げていた。

 

 

「……そう。ならいいわ。あと少ししたら外に出るから、あんたも準備しときなさい」

「うん。あ、貯めこんだ宝石持ってかなくていいかなぁ」

「十年かけてためたからかなりの量でかさばるし、いきなり使うこともないだろうしまだいいと思うわ」

「そっか」

「私たちは強くないんだから、基本は偵察だけ。明らかに敵わない相手なら、全速力で逃げるわよ。そもそも目的は九鼎じゃないんだから」

「うん、わかってるよ。とりあえず同盟できる奴を探すんだしね」

 

 最優のクラス、セイバー。どのパラメータも安定して高く、使いやすいサーヴァントであるが、彼女の場合は当てはまらない。英霊の格としては大英霊に値するが、生前の彼女の生きざまを反映してか、ことサーヴァントとしての戦闘能力は著しく低い。

 ゆえに戦争を生き残る方法で現実的なものは、他陣営と共闘しながら戦うか、それとも徹底的に影に潜んで姿を現さないかである。

 後者も不可能ではないが、アサシンのクラスでもなく気配遮断のできない彼女はいつしか他陣営に補足される可能性が高い。前者は共闘は基本、互いに利益があってこそ成り立つものである。そしてこのセイバーは、共闘者を強化できるスキルと宝具を持っている。

 ゆえに前者の方が可能性は高いのだが、同盟するにあたり相手を慎重に選ばないとひどい目に合う。あまりに強い陣営であれば「お前の力などいらない」と指一本で粉砕されかねず、また人殺しを良しとする陣営は論外である。つまり「そこそこ強いが不安があり、かつそこそこ善良な陣営」を探さなければならない。

 目的は九鼎でないのだから、良い陣営と共闘してその中で「相手に九鼎を譲る」と信じてもらえるほどになればベストだ。

 

「で、どのへんから探ってみる?この辺、共同租界?」

「……それが微妙なのよね。そもそもこの十年で上海は発展しすぎて人も増え過ぎた。戦場としてはあまりにもふさわしくないのよ……まともな魔術師にとってはね」

「じゃあ、主戦場は租界中心よりも、もっと北――蘇州河のずっと向こうとか、フランス租界のずっと南とかになるかもってこと?」

「……かもね。でもとりあえず初日だし、地盤の確認にしましょう。この共同租界、フランス租界を見て回りましょ」

 

 

 

 不思議と、夜はもう静かだった。否、上海租界の夜に静寂は存在しないのだが、いつもと比較して、ネオンの明かりや繁華街の喧騒も薄暗く空寒く見えるのだ。それが九鼎に満ちた魔力のなせる技なのか、それとも血みどろの戦いに参じようとする彼女たちの心の状態を反映しているものなのか、まだわからない。

 

 エリーは普段の青い旗袍の上から黒のコートを羽織り、セイバーは黒を基調とした戦闘用の服に、鎧を身に着けている。

 

 二人がいるのは、フランス租界東部。フランスというとお洒落な印象を受けるかもしれないが、租界内部はそうとも言い切れない。特に東部はむしろ猥雑であり、漂う空気まで黄色く淀んでいる印象をうける場所だ。フランス租界の運営は共同租界とは全く異なり、租界を束ねる行政機関「工部局」から早々に離脱して、フランス流にやり始めたのである。

 だから共同租界とはインフラから異なるのだが、それは規律も同様だった。外見よりも実利を取ったフランス租界において、店の営業許可は共同租界よりもおりやすかった。ゆえに娼館やら阿片窟が表も裏もなく林立し、混沌とした空間を生み出していたのだ。

 

 共同租界との境目の道路である延安東路に沿った建物の屋根に立ち、エリーとセイバーは注意深くあたりを窺っていた。屋根伝いに東から西へ向かって移動する。

 

「エリー、なんかあった?」

「いまのところはなにも。魔術的結界も感じない。あんたは?」

「サーヴァントの気配は感じないねぇ。そーいやこの近く、旦那のお屋敷もあったな……!?」

 

 セイバーは急に足をとめ、今来た建物をを振り返った。

 

「どうしたの」

「……いや、なんか……!!」

 

 瞬間、セイバーは背中に背負った剣を抜いて飛来した何かを叩き落とした。剣とそれがかち合ったときに高い音が鳴り響き、次に小さくセイバーの足元に何かが落ちていた。

 見ればそれは銃弾だった。

 

「……セイバー、向こうを見なさい!」

「!?なんだあれ!?」

 

 エリーに促されて先を見れば、自分たちが渡って来た建物の屋根から屋根へと、数十人もの人間がやってくる。全員がなぜか高級ダンスクラブにでも行くようなスーツを着込んでおり、かつ手には拳銃を持っているという不可思議な集団だった。その弾を受けたセイバーにもエリーにも、拳銃には何の礼装でもないことがわかった。

 

「あれ、魔術礼装じゃない!私が先に行くよ!」

 

 神秘のない攻撃ではサーヴァントに傷はつけられない。しかし生身の人間であるエリーは違う。セイバーは先に立って武装集団を迎え撃とうとする。

 

「全部の銃がそうだとは限らないわ、死体人形(キョンシー)……!!」

 

 エリーは右手を突出してキョンシーを指さした。発射される黒い弾丸――ガンドの呪いが屍たちに襲い掛かる。全く無意味というわけではない、当たった箇所の動きが鈍ってはいるが、病の呪い如きで進軍を止める人形ではなかった。

 

「セイバー、いつものスキルちょうだい!」

「わかった!」

 

 何者の手によるキョンシーかはわからないが、こちらの命を狙っていることは明白だった。そしてキョンシーたちは、後から後から建物の屋根を飛び越えて迫り、仮借なくその銃を抜き放つ。耳を聾する破裂音と硝煙の臭いが爆発し、二人を襲った。

 しかしただの銃ごときに殺される二人ではない。セイバーは剣で銃弾を叩き落とし、エリーは豹の如き素早さでそれらを回避し、そのままキョンシーの群れの中に飛び込む。

 

 本来、エリーは宝石使いである。今も秘蔵の宝石を旗袍のポケットに忍ばせているが、この程度の敵にいちいち使っていたら、すぐになくなってしまう。だから本当にここぞという時にしか使わない。

 

 だから今彼女がとる戦法は、セイバーのスキル「皇帝特権:EX」を使った戦闘法だ。望むスキルを自分以外の誰かに最大3つまで付与するという、特異なスキルだ。

 

 スキル:「直感:A」「中国武術:A+」「無窮の武練:A」

 

 

「……ッハァ―――!!」

 

 

 彼女の体から魔力が発散される。無色のそれはキョンシーたちを覆い、彼らの動きを鈍らせる。すぐに撃ち殺せるほどの至近距離にありながら、キョンシーたちは引き金を引くことさえできない。

 

 ――気を呑む。周囲の空間を自分の気で満たし、自分の領域とすることで相手の感覚をマヒさせる、中国武術の粋の技である。そこへ片っ端から魔力を込めた掌底を叩き込んでいく――!

 

 魔力のこもった掌底はキョンシーの魔術回路を直接破壊し、そのショックで行動不能に陥らせる。一発当てれば彼女を無力化できる拳銃は、何の意味もなさずにキョンシーの手を離れる。二十体近くのキョンシーを始末したが、来た方向を見ればなんとまた同じような武装キョンシーが現れているではないか。

 

 遠くから放たれる銃弾を叩きおとしながら、セイバーは叫んだ。

 

「エリー!次から次へと来てきりがないよ!」

「……、こういうのは本体をたたかないといけないんだけど、それがどこにいるやら……」

 

 エリーは肩を回して体の調子を確認して、唇をかんだ。セイバーから与えられるスキルはあるが、いくら高次のスキルを与えられていてもそれを行使するのは生身の人間の体である。彼の李書文クラスの八極拳など、それにこたえるだけの肉体と素質がなければ、連続で使い続けて自滅するのは己だ。

 

「セイバー、逃げるわよ!」

「よしきたーー!!」

「そこで元気を出すんじゃない!!」

 

 襲いくるキョンシーの群れを背に、セイバーはエリーの白い手を掴んだ。そして一気に魔力放出による加速で逃げようと、右足で地を強く踏んだその瞬間、エリーが目を見開いた。

 

「危ない――!!」

「えっ」

 

 背を押されたセイバーが次に見たのは、頭から血を撒くマスターの姿だった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 あたえられていた直感Aは、戦闘における最適な展開を“感じ取る”能力であり、研ぎ澄まされた第六感はもはや未来予知の域に手をかけている。それゆえに、それを持ってしまったがゆえに、エリーは逃亡を決めた時に気付いた。

 どこからか遠い場所から飛来する、魔力の矢を。

 しかし、その事情をさっぱり知らないセイバーにとっては全く何が起こったのかわからず――彼女の前に現出したものは、脳を太い矢で貫かれたマスターの姿だった。貫通した矢はコンクリートの屋上に突き刺さり、どろどろとした血と薄茶色の半固体物に塗れていた。

 

「お、おいエリー!?しっかりしろよ!何能天気に脳みそぶちぬかれて」

 

 セイバーは気づく。ここで呑気にエリーのことを気にかけている場合ではないことに。今エリーを打ち抜いた魔弾の射手は間違いなくこの光景を見ており、そしてセイバーを狙ってもおかしくない。そして今もなおキョンシー軍団は近づいてきていて。

 

 そこからのセイバーは早かった。剣を持っていない左腕でエリーの体を抱えキョンシー軍団に背中を向けて、一気に魔力放出で加速して逃げだしたのだ。後ろを振り返ることなく、ビルからビルへと戦闘時の動きからは想像できないスピードで疾走する。どこへ逃げようと当てが歩けでもなく、ただひたすらに逃げやすい方――ビルの在る方へと突っ走る。

 

 

 

 流石にサーヴァントの魔力放出に追いつける速度を持つキョンシーではなかったため、セイバーは周囲に人気が無くなったことを確認してその足を止めた。

 

「……復興公園かぁ……」

 

 戦闘を始めたのはフランス租界東部だったが、いつの間にか中央部の公園にまで逃げてきてしまっていた。元々は中国人は入園を許されていなかったが、一昨年入園を許可されるようになったのだが、この夜中には関係ない。

 暖かい季節になればプラタナスの並木が美しいのだが、今は一月の上に夜中である。月明かりだけがしんしんと降り注ぎ人気もなく、ただ恐ろしいほどに静かだった。

 

「……どうしよ」

 

 セイバーは徐々に体温が失われていくエリーを抱きかかえなおしつつ、途方に暮れていた。元々燃費のいいサーヴァントであるが、逃走の為に魔力放出を駆使したせいで魔力が足りなくなりつつある。そして霊体であるサーヴァントは、この世に肉体を保つために憑代が必要なのである。単独行動スキルを持つアーチャーのクラスでもあれば話は変わるが、憑代無きセイバーは数時間で消え去る運命に在る。

 

 

「まだ数時間あるし、がんばって次の「よう、セイバーかお前」

 

 石畳の奥――暗闇から、よく響く低い男の声が聞こえた。この気配は、サーヴァント。月明かりの下に姿を見せた男は、全身から闘気をまき散らしていた。

 

 肩にかけているのは槍――というよりは矛だろう。銀色に鋭く光る菖蒲の葉型をした穂先に、赤い房飾りがついている。

 百九十センチはあろうかという立派な体躯に、黒い鎧と具足を身に着けている。赤茶色の長い髪を一つにまとめ、一つに結んでいる。その眼光は鋭く、声音は笑っているにもかかわらず殺気に満ちていた。

 

 

「さっき、延安東路で戦っていたの見てたぜ。まだ生きてたんだな」

 

 男の様子は覇気に満ち溢れていながら、態度自体は恬淡といっていいほどあっさりしていた。しかしセイバーは気が気ではない。

 

「……見てたの?」

「そこのお前のマスターが、脳天ぶち抜かれるまでな。俺は限界まで遠目で見てたからな、お前らが気付かなくてもおかしかねぇよ」

「……じゃあ、何しに来たの?」

「アーチャーがお前を殺すのを見届けてから、矢の飛んできた方向からアーチャーの居場所を割り出して殺そうかと思ったんだが」

 

 ――武人の中にはたまにいるのだ。乱世に生きたはいいが、それが終わったのち、平和な時代に慣れることができずに乱世を引きずり続ける者が。そういった者が現界すると、とにかく熱い戦いだのどうのを言い出すが、この堂々たる武人はどうやら違うらしい。

 

 アーチャーがセイバーを殺してくれるならそれでいい。そのあと、接近戦でアーチャーを手早く殺す。敵を簡単に、かつ手早く葬り去ろうとしている。

 

 ――こいつ、純粋に願いがあるんだな。セイバーは冷や汗を流しながらもそう思った。

 

 

「だけど、ついたらもうトンズラこかれた。で、お前を見つけたって具合だ」

 

 しかしそうはいっても武人は武人である。このランサーがやたらとやる気に満ちているのは、まさにアーチャーを殺そうと思っていたからだろう。しかし早くも逃げられて、その闘志を持て余している。

 

「アーチャーを追ってったってことは、私のこと放っておこうとしたんでしょ。じゃあ放っておいてもらってもいいかな?ほら、マスターも死んじゃったし、数時間で消えちゃうし、見逃してよ」

 

 セイバーはそういいながらも、おそらく逃がしてくれることはないだろうと思っていた。ランサーの雰囲気がはっきりと語っている。土下座でもなんでもして見逃してくれるならそうすることにやぶさかではないが。

 

「まーそのつもりだったんだが、こうせっかくやる気になったところに逃げられてな。それに色々イライラもしてるしな……こちとら願いがあるもんで、お前に新たなマスターを見つけられちゃめんどうでもある」

 

 長身の男――ランサーは肩にかけていた矛の柄尻を、強く石畳に叩き付けた。覇気が地面を伝い、セイバーをも覚悟させた。

 

「最優のセイバー。さっきまでの戦いが、お前の全てとはいわせねぇ!お前も英雄なら、戦って終わって見せろ!!」

「とんだ脳筋野郎め!!」

 

 ランサーが矛を構え、一閃に突撃するのとセイバーがエリーを前方へ投げつけるのはほぼ同時だった。前方へ投げつける即ち、ランサーへと向かって投げるのと同義である。しかしそれにためらう英雄ではなく、彼は過たずマスターごとセイバーを貫くべく走る。

 

「―――!!」

 

 セイバーは己が剣で、マスターを串刺しにしてなお勢いを失わぬ烈槍を受け止めるが力を殺せず、そのまま後ろへ吹っ飛ばされて石畳の上を転がった。休む間は与えられず、矛を振り回した遠心力でエリーの死体を脇に投げ飛ばしたランサーが地面を砕き、突進してくる。

 

 しかし矛は、先ほどと同様にセイバーの胴体を狙ったものではない。僅かに穂先が下を向いており、立ち上がる前に刺そうとする。だが、間一髪反応の間に合ったセイバーは飛んで地面に突き刺さる槍をよけた。しかし槍は地面に突き刺さったのち、引き抜かれるのではなくそのままガリガリと石畳を砕き――穂先が地面から抜けた瞬間、ランサーは曲芸師の如く胴体を軸に槍を一回転させ、滞空して動きのとれないセイバーの脇へと長い柄を叩き込んだ。

 

「ッぁ―――!!」

 

 セイバーは受け身もなく脇――胸の下に金剛の一撃を受けて横なぎにされて転がった。左の肋骨あたりは何本か折れたのだろう。それでも剣を手放さなかったが、力の差は判然としていた。筋力も、素早さも、魔力の量も、一対一での経験値も、ランサーの方が圧倒的に上なのだ。

 

 逃げるしかない。

 

 マスター不在の状態で、これ以上魔力放出を駆使すればそれこそ消滅が早まる。しかし、このままだと殺されることもわかりきっている。急いで起き上がり魔力放出を目論むが、既に体を痛めているセイバーと無傷のランサーでは、それさえも叶わなかった。

 

 セイバーが立ちあがったその時に、目の前には黒い甲冑があり――その矛が腹の真ん中に突き刺さった。

 

「あ……」

「これはお前が弱いのか、それともマスターのいないサーヴァントってのはみんなこうなのか?今の俺(・・・)でも楽勝だな」

 

 呆れた、むしろ弱い者いじめをしていてばつが悪いという顔をしているランサーが、セイバーの目に映っていた。槍がうずまった自分の腹を、まるで他人事のように見ながら、セイバーは血を吐いた。最早抵抗の方法すら失ったとみたランサーは、冷ややかな目で、彼女を見下ろしていた。

 

 

「他はもっと強いといいけどな」

 

 セイバーはその冷めた声を聴きながら、激痛を自覚しながらぼやける視界で思った。

 

 ――――流石に一人だときついな。

 ――――別に今死んだところで、国を背負ってるわけでもなし、誰も困らんし。

 ――――そもそも楽しくやれればそれで無問題、十年間現世楽しかったで今終わってもいいんだよなぁ。

 ――――助けたい奴がいるのは本当だけど、あいつ自体は儂に助けてほしいなんて思っとらんし。別に本人がいいつってんだし、勝手にさせりゃいいがな。

 

 

 それでも、集中力のない自分がエリーの助けを借りてまで、この戦争を待っていた理由がある。一人じゃ何もできない己でも、数少ないいいところがある。

 

 

 ――百回負けても、投げ出すことはしなかった。

 

 

 セイバーは槍の柄をつかみ、自分の胴体を動かす形で勢いよく槍を引き抜いた。最早痛いのか痛くないのかすらよくわからなかったが、そのまま素早く後ろに下がり身をひるがえすと、渾身の力で魔力を振り絞った。

 最早魔力放出を使おうと、ランサーに追いつかれる公算が大きいことは承知である。それでもあらんかぎりの力で逃げることに決めた。背後にすぐ、死の気配が迫っていることを感じる。あの矛は、今度は必ずこの命を貫くだろうとわかった。それでも、力尽きるまで逃げる。

 

 

 

 ――人は、卑賤の身から皇帝になったことを奇跡や運命と呼ぶ。だが、それを成してしまったものからすれば、それは奇跡でもなんでもない。既にただの現実である。

 ――だから、今見ている光景を、セイバーは奇跡とは思わなかった。

 

 

 知らぬ気配を感じた。ランサーの殺気も急激に薄れ――代わりに動揺している。セイバーはつい、何事かと一瞬だけ背後を振り返った。

 

「何!?」

「テメェ、そいつに何してやがる――――――!!」

 

 闇にまぎれそうな黒い功夫服。鋭い眼光に鍛えられた肉体の少年が、サーヴァントもかくやの速度で、セイバーとランサーの間に割り込んできたのだ。

 

 




男セイバー「同盟?いいですよ!(あっさり」
女セイバー「ああああ持つべきものはチートな子孫んんんんん!!!!」

☆セイバースキル

魔力放出:A-
 武器ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。魔力によるジェット噴射。竜の子として強い竜の因子を持つたことによるスキルだが、通常は逃走時の加速ブーストにしか使えない。生前、逃走時に無意識に使っていた程度らしく腕力には全く反映されていない。素の因子自体は騎士王と同格。

エリーに付与したスキル

中国武術:A+
中華の合理。宇宙と一体になる事を目的とした武術をどれほど極めたかの値。
修得の難易度は最高レベルで、他のスキルと違い、Aでようやく”修得した”と言えるレベル。+ともなれば達人レベル。
(セイバーのスキルをもってすればA+++を付与することも可能だが、エリーの肉体がついていかないためにこのランクにしている)

無窮の武練:A
 ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。心技体の完全に近い合一により、いかなる地形・戦術状況下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。

☆女セイバーイメージ「補助呪文とマダンテしかつかえないスライム」 
鯖として弱いだけで大英雄なんだから(震え


☆エリーのガンドはガチ弾丸レベルには至っていない、というかそっちの専門ではない。ちなみにエリーの外見は大人化させた艦これの伊8に青いチャイナ服着せた感じ。
あと黙とう。

☆「戦って終わって見せろ」とかいいつつランサーは戦場で死んでいなくて、女セイバーの方が反乱鎮圧時の矢傷がもとで死んでいるというアレな感じ。これだけじゃランサー誰かわからんな 次回を待て(いつだ)

☆バンドバンドっていってるけど要するに埠頭でウォーターフロント
ついでに地図があったほうがいいなって思ったので、タンブラーにクソ雑な地図を入れたので見たい人はどうぞ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。