魔都聖杯奇談 fate/Nine-Grails【中国史fate】 作:たたこ
「道を教えてくれ」と言った少年、雷剣英を無事商務印刷館へと連れて行ったセイバーは、そのまま別れようとしたのだが――手を思いっきり掴まれて阻まれた。何かと思い振り返れば、本人も何故引き留めてしまったのかわからない顔をしていた。
鈍くもなく、かつ自分の容姿も自覚しているセイバーは、少年が何を思っているのかうすうす感づいていた。しかし少年がどう思おうと、これからセイバーは九鼎戦争なる戦いに身を投じ、結果がどうなろうと消える。
だからお互いを知りあうことに意味はない――と考えるセイバーではなかった。
それを言ってしまえば、人間いつかは死ぬのだから全部が無意味となってしまう。
だから、セイバーは掴まれた腕を一度振り払ったうえで、今度は自分から握り返した。「剣英、もしかしてヒマ?」
「……時間はある」
「よし、なら飯でも食べよう。せっかく上海に来たんだ、おいしいもん食べさせてあげよう」
セイバーは意気揚々と再び雑踏の中へ足を踏み出したが、今度は剣英の方が困惑した。「おい、俺あんまり金ないぞ」
「金なんか気にするな。私だって持ってないし」
「?」
わけがわからないと顔に書いていた剣英だったが、食事自体はやぶさかではないためひかれるままにセイバーについていった。
セイバーは十年上海暮らしをしているだけあり、馴染みの店も多い。商務印刷館は福州路にあり、その中で上海料理の名店「
セイバー、此処での名前は劉鈴季だが――彼女が上海を去るという話は、既に誰もが知っている。ゆえにここでも別れのあいさつや話をしにくる者が次から次へとあらわれて、剣英と二人でまったり食事をするという状態にはならなかった。
セイバーと剣英よりも周りが宴会状態になっていた。しかし剣英はセイバーの隣から席をはずそうとはしなかったし、セイバーも元々剣英の相手のつもりで来ているから彼を放置することはしなかった。
この街において、隣の人間が殺人鬼であっても何ら不思議ではない。旅券いらずの混沌の街では、あらゆる経歴の人間が集まる。犯罪を犯して自国から逃げてきた者、自国の革命から逃れるためにやってきた者――ゆえにいきなり根掘り葉掘り過去の経歴や行状を聞くことは、不適切な行為である。長い付き合いをしていきたいのならば、なおさらだ。
しかし、セイバーにとって剣英はそういう存在ではない。たまさか行き会っただけの相手であり、この後別れれば二度と会うことはない。
それにもまして、剣英は自分のことを悪く思っていないとわかっているセイバーは、割合あっさりその手のことを聞いた。
案の定、酒も手伝ってか剣英はあれこれ喋っていたのだが――。
「六歳くらいまでは上海にいた。それから日本に行かされて、ずっと山の中で生活してた。してたことは、日々の生活と八極拳とかいうやつの修行。今日上海に来るまでずっとだ」
特に面白そうでもなくぼつぼつと語るが、セイバーが思った以上に妙な経歴を持った少年である。楽しかったかと聞いてみると、「多分」と真顔で返ってくる。
「本当に十年間山籠もりしてたの?」
「……一歩も出なかったか、って言われたら違う。一年に一回くらい外に出されたな」
「?何かやることでもあったの?」
「詳しいことは俺も知らないが、人を殺すためだな。大体こいつを殺せって言われて、殺す」
周囲が騒がしくて、まともに剣英の言葉を聞いたのはセイバーだけだった。剣英の顔は赤くなっており酔っていることは明白だったが、意識ははっきりしている。幇の若い下っ端は軽挙でそう言いまわる者もいるが、剣英の口調に自慢の色はなくただ単に事実を語っているように聞こえる。
セイバーは勢いよく剣英の首に腕を回し、顔を寄せた。
「おい剣英、それが事実かどうかはしらんが、あんまりそういうことを軽く言わん方がいいぞ。ハッタリは大事だが、時と場合を考えんと逆効果だ」
「俺はお前に嘘をついてない」
「ホントかどうかが問題なんじゃねーっつの。むやみに敵を増やすと早死にするぞ」
「長く生きることが大事か?それに俺より強い奴はいない」
剣英の黒い瞳が、酒のせいでうるんでいる。酔ってはいるが、正気を失うほどではなく意志を持った視線の強さがセイバーの目を縫いとめている。言うまでもなく、二人の距離はかなり近く、息がかかるほどで――だが、そこでセイバーはものすごいため息をついた。
「お前頭の痛くなるコト言うな……つーかいつの時代もいるのか?最強マニア」
「強い男は嫌いか」
「あ?好き嫌いじゃなくて、昔お前と同じこと言ってた知り合いがいたことを思い出してげんなりした」
「じゃあ強い男は好きなんだな」
「お前人の話聞いてる?」
「よし、じゃあその知り合い連れてこい。そいつを倒す」
「……ああそいつ口だけだったから言ってただけで全然強くないから」
全然強くないというのはウソだが、強さ議論に持ち込むと剣英が拘りそうなことは目に見えていたので、セイバーは適当に話を終わらせた。剣英は満足したのか緋色の紹興酒をぐびぐびと飲んでいる。
小籠包をつつく剣英を眺めながら、セイバーは思った。ずっと山籠もりしていたというのだから、世間知らずで意思疎通に慣れていないことは間違いない。自分の力を見せたがるのも、十代後半という年齢を鑑みれば納得できる。
しかし一番外れているのは「人を殺した」ことを悪いと思っていないことだ。度胸があることを示そうと「殺した」と言っているのではない。かといって、快楽で殺しをしているのとも違う。最も近いのは、幇の組員や中国内部の軍閥、匪賊のような――よいことではないと理解しているが、そこで生活する以上必然化してしまった殺人か。
けれどこの少年はそれらの組織にくみしていない。ゆえに彼の倫理は、もっと素朴で原始的。「弱いから死ぬ、強いから生きる」それが絶対で、悪も善もない。
――その倫理は、ヒトよりも野生の獣。
「……げっ!もうこんな時間だ!」
セイバーが見上げた掛け時計は、既に夜の八時半を指していた。だらだらと飲んでしまうのは生前からの悪癖だが、英霊になっても治らないらしい。セイバーは椅子にひっかけていたコートを素早くはぎ取った。
「剣英、私用事あるから帰るわ!縁があれば
「おい鈴季」
すかさず剣英は手を伸ばしたが、セイバーはするりとその手を躱してホールを走った。そのさなかに店員が「結局お前一回も金払わなかったじゃねーか!」とどやしつけていたが、本気でないのは剣英以外は周知だ。彼女の料金は集まった知り合いがなんとなく払うのが、半ば慣例化している。
知り合いが集まってきて宴会と化してしまったせいで、隣にいたとはいえセイバーはずっと剣英とばかり話していたわけではなかった。もし、セイバーが剣英に「何故上海に来たのか」をもっと深く聞いていたら、事態はまた違ったものになっていたのかもしれない。
*
月下の公園に、対峙するのは男二人。身長は双方同程度、肉体の完成度では槍を持つ偉丈夫の方が遥かに高い――しかし片方の少年の体は、将来の可能性を感じさせる。だがそれは将来の話で、今ではない。
吐く息も白い夜更けに、張りつめた糸の如き緊張がこの場を満たしている。二人の間は二十メートルほど。矛を持つランサーの間合いまで、ほんのわずかだ。
「――なんだ、テメェ」
ランサーの視線は、セイバーに向けていたものよりはるかに厳しい。得体のしれない人間に対し、正体を探ろうとしている。その視線を向けられては、胆力のない者は身動きすら取れなくなるだろうに――相対する少年は、微塵も怖じる様子はない。
「セイバーの関係者、同盟しているマスターか何かか?」
「セイバー?誰だそれは。……おい、鈴季、生きてるか」
「お、おう……じゃなかった、うん」
少年――セイバーが道案内をした雷剣英が、ちらりと背後の彼女を見て微笑んだ。
「そこで寝てろ。片づけてやる」
「が、頑張れ~」
軽く手を振りながらも、セイバーははっきり言って混乱していた。それ以前に、「何言ってんだコイツ、正気か」と思っていた。遠目から見ても明らかにセイバーとランサーは一般人ではない。もし間違えて目撃してしまったとしても、まずは逃げるのが普通だ。
彼が強さに拘っているのは知っているが、一瞬にして串刺しにされるのが関の山――と思ったセイバーは、次の瞬間、我が目を疑った。
「トォォッ!!」
「ッ――!!」
少年は雷の如き素早さで、空手でランサーの懐に潜り込む。予想外の速さに不意をつかれたのか、それとも本当に襲ってくるとは考えていなかったのか、ランサーは少々遅れて飛び下がり、少年の本撃を躱した。そのために大きく踏み込んだ――少年の震脚は不発に終わる。しかし剣英はとどまることなく、ためらうことなくランサーを追う。
(――山籠もりで八極拳してたつってたけど……)
八極拳は極めて近距離においての戦闘を得意とする中国武術である。震脚という重心移動法を使い、力の源とする。今一回見ただけだが、少年の震脚は踏込の動作が限りなく浅く、つまり注意してみなければ通常の歩き方と違うとは気づかないほどの熟練した技だった。
――だが、それはあくまで人間レベルの話。敵が人間を超えた存在、英霊の現身サーヴァントとなれば、話は別だ。確かに少年の速さは人間の枠をはみ出しかけたものではある。だが、ランサーの俊敏さをもってすれば凌駕できないほどではなく、殺せないことはない。しかし。
「……ランサー、なんか変だな」
ランサーは少年に槍を振るっていない。ひたすら避けるだけで、攻撃しようとすらしない。だからこそ攻勢に立てているというのに、むしろ少年の方がイラついているようである。その時、ランサーが忌々しげに叫んだ。
「オイッルゥラァーー!!こいつ、殺してもかまいやしねぇよなぁ!?」
「……ルーラー?」
剣英とセイバーの疑問は同時だった。しかし、聞いたのはセイバーだった。
「ルーラー?……なんだっけそれ」
この戦争において、正規に召喚されたサーヴァントは皆ルーラーの存在、そして真名を知っている。ルーラーの宝具により、召喚の瞬間に「戦争において破ってはならぬ規律」が叩き込まれるからだ。
そして宝具を開帳するということは、その真名をも教えることに他ならない。
しかしセイバーはこの戦争における正規のセイバーではない――ゆえに、彼女はルーラーというクラスの存在は知っているが、それが召喚されていることを今の今まで知らなかった。
「あん?あんのクソ上からの支配者気取りのルーラーだよ。おい聞いてんのか!?……」
空に怒声を投げかけていたランサーは、ふとある一点で目を止めた。橙色の光を湛える街灯の上に、紅い短衣を身に着け黄色の巻物を携えた男が突如出現していたのだ。
その男は巻物を大仰に広げると、低い声で読み上げ始めた。
「『そこの雷剣英なる者は、現在マスターではない。しかし人払いの結界を張っているにもかかわらず侵入するは、魔術の者。よって生かすも殺すも好きにせよ』――以上、陛下のご聖断である」
「遅いんだよ」
それだけ告げ、男は煙のように姿を消した。ランサーは悪態をついたあと、鋭い目つきで剣英をにらんだ。ルーラーを知らないセイバーと剣英は、今のやり取りに何の意味があるのか理解できなかったが、ランサーの様子が明らかに一変したことには気付いた。
今からは殺す気で行くと、その気配が語っている。その殺気を直に受けて竦んでしまわないあたり、セイバーの想像以上に剣英はできている。だがそれでも勝てない。
ほとんど死に体のセイバーに、ランサーは気を払っていない。セイバーは血塗れの指で、剣英を指さした。
スキル:皇帝特権EX
付与するスキル:「直感:A」「無窮の武練:A」「中国武術:A+++」
直感と無窮の武練は、エリーに与えたスキルと同じである。だが中国武術は、エリーに与えたモノより遥かに高ランクのスキルを与えている。あまりに高いスキルを与えても、それを行使する人間の体が追いつかなければ体が死ぬ。中国武術A+++は、今は亡き
剣英は山籠りで八極拳をしていたから、エリーよりははるかに武術への順応度は高いだろう。それでも、そのレベルの武術を使えばどうなるかわからない。だが、このまま何もしなくては彼はもちろん、セイバーも死ぬのだ。
奔ったのはランサーが先だった。先程までとは比べ物にならない速さで猛進する鋭い穂先が、剣英の体を粉砕せんとする。初めてのランサーからの攻撃、しかし剣英は与えられた直感と彼自身の身体能力で身を躱し――深く踏み込んでいく。相手は槍使いであり、中途半端に距離を取るのはむしろ不利、八極拳の間合いに持ち込むのなら超接近戦しかない。
セイバーは、重く自らにかかる重圧を感じてさらに小さくうずくまった。中国武術は八極拳、太極拳、功夫であれ、気を使う。「中国武術は西洋魔術流にすると、自分の魔力によって一定範囲内を満たし、自分の領域にすること。動く結界、もっと高度になれば動く魔術工房。敵方の魔術工房は即ち死地なのだから、超一流の中国武術の使い手の気の範囲に入ることもほぼ同意義」と、かつてエリーから聞いたことがある。とすれば、剣英に敵意はないとはいえセイバーが座り込んでいる場所も、その気の範囲内なのだろう。
敵意を向けられているランサーの槍の味は、剣英の気の影響を全く受けていない。スピードはランサーの方がやはり上だが、剣英の目と体はその神速に対応する。心臓を狙った猛烈な突きを紙一重で腰の回転で、ランサーの側面に入り込み、右足を滑り込ませる。そのまま振り上げた両腕で槍を突き出したランサーの腕の上から、全力で振り下ろす――振り下ろされる両腕と滑り込ませた足でランサーを挟みそのまま引き倒す『六大開・胯』
剣英の両腕が下腹部に激突し、足で挟み倒される刹那。ランサーは一瞬最高に不愉快かつ怪訝な顔をしながら自ら地面を蹴り、その上片手の槍の尻で地面を突き上げ、その勢いを駆って宙で一回転して鮮やかに拘束から逃れる。そして身低く着地したまま、まだ体勢を立て直せていない剣英の足を狙い、槍を払う。
剣英は体は追いつかずとも、目と頭は先んじてそうなることを予測している。一つ間違えれば払う槍で足を粉砕される。剣英はあえて足で躱そうとせず、そのまま目で槍を追い――払われて激痛が走るのも構わず、むしろ腕は槍に伸びる――!!
紅い槍の柄を、剣英の手が掴む。足を崩され、地面すれすれを通過した槍をがっしりと掴んだまま、剣英は離さない。ランサーは忌々しげに勢いよく槍を手前に引き、話すならそれでよし離さないならば素手で殴りつけようとした。
だが、その時ランサーは猛烈な悪寒を覚えた。
「――ッ!!」
手前に引くはずの槍を、渾身の力で横なぎに振り切って――剣英を公園の隅へと吹き飛ばしたのだ。三十メートルは先の植込みへ吹き飛んだが勢いを殺せず、その後ろの金網に激突して止まった。
ランサーは鋭くその方向をにらみつけながら、鋭く言った。
「――おい、てめぇ、生きてんだろ。……剣英、つったか」
大したダメージでもないといわんばかりに、土ぼこりを払いつつ剣英は微塵も顔色を変えなかった。
「そうだ」
「……なら、剣英。一つ聞くが、てめぇは何だ?人間か?」
奇妙な問いだった。人間がサーヴァントと戦えるはずがないという常識から逸脱した今の状態あっての言葉か。剣英に皇帝特権によるスキルを与えているセイバーだけは、わけ知った顔をしていたのだが――
当の剣英は、簡単に答えた。「人間だ。混ざりものがあるらしいが」
その答えに、セイバーは怪訝な顔をした。セイバーもランサーも、道術・魔術・仙術に秀でていない。しかしランサーはふん、と鼻を鳴らした。
「――やはり、殺しておくか」
「わけのわからないことを聞くな、お前」
剣英は先程までと全く変わることなく、植込みを踏み越えて再びコンクリートの地に足を乗せる。ゆっくりとセイバーやランサーの方へ歩み、戦意はいささかも衰えていない。しかし、戦力差はやはりはっきりと存在していた。
未だ無傷のランサーと、激烈な足払いと打撃を食らった剣英。スキルを与えたセイバーからすれば、この少年がここまで戦えたこと自体が望外である。しかし、ランサーの現在の様子から逃がしてくれはしなさそうである。
ランサーが剣英に夢中になってくれている間に、そっと霊体化して逃げることをセイバーは考えていた。しかし、霊体化して逃げたところで魔術回路を持つ新マスターを見つけられなければ、セイバーは消えてしまう。エリーが亡くなった今、たとえマスターではなくとも魔術を知るものに何かしら手だてを尋ねて消滅を防ぎたかった。
けれども、当の剣英に逃げる気が全くなく、ランサーも逃がす気はない。
公園の道なりに燈っているガス灯が、一つ消えている。星のまたたく音さえ聞こえてきそうな静寂の中に、闘気と殺気だけが満ち満ちている。ランサーと剣英。
一瞬が永遠にも引き伸ばされる錯覚が途切れたのは一体何時か。双方とも、どちらからともなく地を蹴った。拳と槍が交錯する瞬間の直前に、突然前触れもなしに朗々とした声が割り言った。
「ハイッ!!そこまでッ!!」
その男は一体いつあらわれたのか。今まで気配すらなく、ここへ向かってくる様子さえ見せず――男は、忽然と剣英とランサーの丁度中間に仁王立ち、両手を左右に大きく広げていたのだ。
「!?誰だ、テメェは!?」
槍を構えたままのランサーは、烈しい声で問うた。剣英は黙っているが、「誰だコイツ」と顔に書いている。男――年は二十代半ばの中肉中背、紅い甲冑とマントに身を包み、腰には同じく紅い鞘に納められた一振りの剣を持っている青年だった。その顔はこの場の緊張感にはそぐわず、穏やかに笑っていた。
サーヴァントであることは、セイバーとランサーはすぐに承知していた。だが不思議なことは、英霊ならば大抵の者が持つはずの覇気、威圧するような気が、目の前の青年からは全く感じられないことだった。
「失礼ながら、先ほどからお二人の戦いを拝見していました。お二人ともなかなかの強者と見ました!」
にこにこと言う青年だが、ランサーやセイバーは警戒を深めた。本当に戦闘を見ていたのなら、彼はいつでもランサーやセイバー、果ては剣英を後ろから襲えたことを意味する。その好機を逃してまで、この男は戦いに割って入ってきた。その意味は一体何か。
「そんなお二方に提案があるのですが、僕に降参しませんか?」
場が沈黙で満ちた。剣英はともかく、セイバーとランサーは何か聞き間違えたのかと思い、お互いに顔を見合わせ、それから闖入者の青年へと目を向けた。
「具体的には令呪の全廃棄とマスターと契約を切ることで。残ったマスターは微力ながら僕がお守りします」
青年はやはり笑顔で、その上冗談の口調でもなく続けた。あまりにも意味不明な申し出に、最も喧嘩っ早いランサーが口を開きかけたその時、青年の後ろから新たな人物が現れた。
「何いってんのよこのバカァァ!!」
恐ろしくいい音で青年は頭を殴られた。それをした張本人は、十代後半の美しい少女だった。黒髪を左右でまとめ黒いコートを身に纏って、闇に溶け込みそうないでたちである。それにもかかわらず存在感がはっきりしているのは、この状況とその威勢故だろう。
「魔力込めましたね?痛いです」
「『痛いです』じゃない!アンタ、何考えてんの!?敵の背中でも刺すのかと思ったら、降伏の勧め!?そんなの従うヤツいないに決まってるでしょ!!っていうかそういうこと、事前に私に言いなさいよ!!」
「言っても潤華さん、絶対「ダメ」って言うでしょ。だから勝手にやりました」
「何そのドヤ顔!?あんた、サーヴァントはマスターに絶対服従ってこと、忘れたんじゃないでしょうね!?」
「フフフ、令呪ですか?でも僕は対魔力Aに加えてスキルで一時的に神性を得ることで、二画までは踏ん張れる自信があります」
突如現れたサーヴァントとマスターによるコントで、今まで緊張に満ちていた場には一気に白けた空気が漂った。完全に威勢を削がれているランサーだが、放置しておく気もないのか口を開いた。
「……テメーが何考えてるのかしらねーが、断る。大体てめぇ、そんだけ言うってことは高名な英雄なんだろうな」
やはり敵意に満ちた言葉だったが、青年は柳に風と受け流し強くうなずいた。
「割と有名だと自負しています!多分!クラスはセイバー、生まれは南陽、劉文叔と申します!」
今度こそ、時が止まった。降参しませんか以上の衝撃で、面々は――特に潤華は完全に石化していた。
サーヴァントの真名は、秘匿すべきものである。真名が漏れるということは、正体がばれるということであり、伝説から特技や弱点が判明してしまう。有利に戦いを進めようとするならば、隠し続けるべきなのだ。にもかかわらずこのセイバーは、あっさりと真名を口にした。
石化から復活した潤華は、先ほどを上回る強さでセイバーを叩いた。
「……あんたああああああ!!何言ってんの!?真名ばらすなんて、バカァ!?」
「別に僕の場合、ばれても問題ないですよ?ほら西の竜殺しの英雄みたいに、背中の一分狙われたらダメとかないですし」
姓は劉、名は秀、字は文叔。生まれは南陽(湖北省棗陽市)、前漢王朝六代目皇帝・景帝の末裔であり――後漢王朝の初代皇帝である。諡号は光武帝。王莽による前漢簒奪後の混乱に挙兵し、敵対勢力を全て下し漢王朝を復興させた。
昆陽の戦いにおいて三千で公称百万の軍を打ち破り、皇帝に即位してからも自ら最前線で剣を振るった敗戦なしの常勝皇帝。
天下統一後は、荒れた国を回復させるべく内政に力を注いだ。そして「天地之性,人為貴」(人は、人であることこそが尊い)という言葉に表されるがごとく――人身売買を法的に禁止し、奴隷制を実質的に破棄した――至仁の皇帝。
この戦争において、その名を知らぬ者はいないであろう名君にして最優のセイバー。しかし、どこにもモノを知らない人間はいるものだ。剣英はそっと女セイバーの下へと移動し、小さな声で彼女に尋ねた。
「劉文叔って誰だ?お前、知り合いか」
「……知り合い……ではない……なぁ」
苦笑いをする女セイバーの心中を剣英が察せるわけもない。剣英はわからないことだけ確認すると、そのまま彼女の横に立っていた。一方、相変わらず降伏を勧める男のセイバーは引き続き力説する。
「サーヴァントにも願いがあると思いますけど、応相談で!元マスターと契約を切った後、一時的に潤華さんにマスターになってもらって、現界できる間に僕も微力ながら願いの成就に尽力します!」
「人の話を聞け!つーか元皇帝とはいえ一英雄に叶えられる願いで現界するやつがいるか!アホ皇帝!!」
ごくごくまっとうなランサーのツッコミが走った瞬間、弛緩した空気が再び戦いた。戦いと人物の増加でわずかに温まった空気が、氷点下にまで引き下げられる感覚。闇はより深く、光はますます幽くなる。
「ランサーの言うとおりだな、セイバー」
若い青年のものでありながら、異様な重みを帯びた声音がそれぞれの背を伝う。
消えたガス灯の上。黒い僧衣の上に、血を被った様に朱い頭巾。背中に背負われているのは錫杖。そこに在るだけで威圧する君臨者。
それはこの戦争に召喚された英霊ならば誰もが知る裁定者の英霊・ルーラーだった。少年を終えようとする年頃の、細身の男性。まだあどけなさが残るはずのその顔には、冷たい光しか宿っていなかった。
「貴様に願って叶えられる程度の望みなら、英雄たる者自ら叶えている――」
「でも、僕が他の陣営にそう呼びかけることはいいじゃないですか。あなたのルールにも抵触しない」
ルーラーは青年のセイバーの言葉に返事をすることなく、眼下の者を見下ろした。ルーラー自体は放った錦衣衛でそれぞれの人相を把握しているが、直接見るのはこれが初めてである。青年のセイバーにそのマスター、ランサー、雷剣英という少年、そして――女のセイバー、それぞれを眺める。
「――おい、ルーラー」
言葉を発する者もなく、再度静まり返ってしまった夜闇に、這いずるような声がする。やたら音が低いのは、声の主が疲労痕杯しているせいでもあり。
「何だ、女のセイバー」
「つーか何だ、こっちもセイバーであっちもセイ「お前、どうしてそんなクラスに居すわっていやがる!?」
――声の主が、驚きと怒りを込めていたからでもあった。女のセイバーの驚愕に何も示すことなく、ルーラーは当然の如く告げる。
「俺がルーラーたるにふさわしいからだ」
「バカ言うんじゃねえ、お前がルーラーになれるかよ、ルーラーってのは、願いがない英霊にしか」
裁定者の英霊は、戦争に秩序を与えるクラス。これに自らの欲望があっては、与えられた権限を手にすぐさま九鼎を我が物としてしまう。ゆえにルーラーとなるには、聖杯に望みのない英霊であることが絶対条件である。
「どんな裏技でお前、バー「口を慎め、セイバー」
熱湯でさえも凍りつく絶対零度の言葉と共に、目を疑う光景が展開される。ルーラーの背後の暗闇に、次々と水面にしずくが落ちたようにいくつも波紋が広がっていく。水面は鮮血の如く、深紅に染まっている。
その波紋の一つ一つから、鋭く研ぎ澄まされた刃が覗いていて――それがざっと見ただけでも何千以上も現れている。
それを見て、反射的に剣英は女セイバーの前に立ちふさがった。立ちふさがった程度でしのげる数でないことは、彼とてわかっている。一方潤華は、想像を絶する光景を目の当たりにしながらも、震える声で強く言う。
「……ルーラー。あんたはこの戦争における法を敷いた。この女のセイバーは、それに逆らってない。それを殺そうとするのは、どうなの」
「わかっていないな、道士。皇帝とは、何よりも尊く法の上にあるもの。俺自身が法であり、また法を超えるものだ」
完全にルーラーの場と化してしまった公園で、さらに彼は続ける。
「さて、お前たちに教えてやろう。俺がわざわざここに出向いたのは、奇怪なことに――ここに多くのサーヴァントが姿を見せるからだ。ルーラーたるもの、管理対象を直接見ておくにしくはない。多くがあつまるならちょうど良い」
「!!」
セイバー二騎、ランサーに加え、まだここに何者かが現れるというのか。戦いは戦いを呼び、サーヴァントはサーヴァントを呼ぶか。ルーラーは遥か遠くの明けぬ夜を眺め、背負った錫杖にて指示した。
女セイバー「先祖より優れた子孫などいねえ(クッソ震え声)」
ZEROの序盤英霊集合好きです(真顔
ルーラーのやつはゲートオブバビロンの金色が全部真っ赤になった感じ
女セイバーの通常時の口調がいかに猫かぶってるかわかりますな 処世術だ
【ランサー】
色んな意味で中華版ホンダム(時代的にはこっちが先) 生前の陛下ガチ勢&戦を駆け抜け生涯無傷
敵の武器を奪うという謎のチート技能持ち 口がくっそ悪い
身長:185CM 体重78KG
アライメント 中庸・善
パラメータ
筋力:B 耐久:C 敏捷:A 魔力:D 幸運:C 宝具:A
クラススキル
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
固有スキル
神性:D
神霊適性を持つかどうか。
死後、門神(魔除けの神)として祀られ、信仰により獲得したもの。
無窮の武練:A
ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。
心技体の完全な合一により、いかなる精神的制約の影響下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。その武勇は「神勇」と称された。
心眼(真):B
修行・鍛錬によって培った洞察力。 窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”
逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。
ちなみにマスターの質により生前完全再現までは至っていない。
【出てきたスキル】
中国武術:A+++
中華の合理。宇宙と一体になる事を目的とした武術をどれほど極めたかの値。
修得の難易度は最高レベルで、他のスキルと違い、Aでようやく”修得した”と言えるレベル。+++ともなれば達人の中の達人。
奇跡的にちゃんと続けばこのSSそのうち18禁になっているかもしれません。なっても添え物程度ですが、驚かないように!
つーか1930年ってギリギリリアル李書文生きてるんすよね。ランサーなアサシン先生ですね 出す?(特に何も考えていない