魔都聖杯奇談 fate/Nine-Grails【中国史fate】   作:たたこ

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1月21日 戦争、本格始動

  遥か東、ルーラーが金の錫杖で指示した先――全員の視線が漆黒の闇奥へと向けられたその時、予期せぬ方向から予期せぬ気配が現れた。

 それは空から舞い降りてくるのではなく――公園の茂みから颯爽と姿を現した。

 

 

「天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ!」

 

 

 その声は大きく、太く。緊張に包まれた沈黙の広場に轟く。

 

 

「我が名は宇宙大将軍フゥハハーァ!!」

 

 

 何処までも堂々と、鮮やかに。銀の甲冑に身を包み、目の覚めるような青いマントをひるがえした男は、傲慢なまでにそう高らかに叫んだ。

 そしてその男に続き、カーキ色の軍服に身を包み、同じ色のマントを羽織り茶色のブーツをはいた青年が指揮刀を抜刀した状態で並び立つ。

 

「我が名は纐纈清正(こうけつきよまさ)!日本帝国陸軍所属、未来の大元帥であるッ!!!」

 

 

 暫くの沈黙を置いて、ランサーは面倒くさそうに槍で闖入者を指した。

 

 

「……ルーラー、お前が言ってたヤツはこいつなのか?」

「違う」

「だよな」

「……もしや貴様ら、吾輩の偉大さを知らぬモグリか!?」

 

 何を勘違いしたのか、自称宇宙大将軍は腰の剣を引き抜くとそれで男セイバー、ランサー、剣英、女セイバーそしてルーラーを順々に指した。当然英霊たちは九鼎から与えられる知識で宇宙大将軍が何者か知っているが、一人だけ違う者がいた。

 

 剣英は、あっさりとそして素直に問うた。「誰だお前」

 

「コラバカ、ああいう狂犬くさい手合いにまともにかかわらろうとすんな!ああいうのはほっときゃいつの間にか消えるから!」

 

 座り込んでいる女セイバーが比較的小さな声で剣英につっこんだが、宇宙大将軍は思い切り剣英に注意を寄せていたためにはっきりと届いてしまっていた。どう考えてもバカにされているのだが、むしろ宇宙大将軍は高く笑った。

 

 

「ふふふ、無知とは哀れなことだ。しかし俺は心が広いから、罰しはしない――その代り括目せよ!そして宇宙大将軍の伝説を脳裏に刻みこむがいい!!そこの光武帝!!」

「はい?」

 

 謎の宇宙大将軍に注意を払っていなかったわけではないが、それよりもルーラーが言及したサーヴァントについて気にしていた光武帝こと男のセイバーは間の抜けた声を出した。振り返った男セイバーに対し、宇宙大将軍は腰の剣を引き抜いてはっきりと宣言する。

 

「お前を殺して今日から俺が皇帝だッ!!」

 

 

 ――あ、こいつバーサーカーだ。

 ルーラーの真名看破スキルがなくても、この場の全員が確信を持った。戦争を勝ち抜き願いを叶えるならまだしも、単にセイバーを倒しただけで皇帝とは意味が分からない。

 

 

「英霊として一対一ならばお前さえも殺せる!ここから新たに我が伝説は始まるのだ!!」

「宇宙大将軍、開戦だな!!」

 

 バーサーカーを止める様子なく、むしろ発破をかけるがごとくにマスター・纐纈清正は指揮刀をぶん回した。

 ルーラーは心の中で嘆息した。言っていることもやっていることも馬鹿らしいが、このバーサーカー、少々スキルが厄介である。言うならば男セイバーの「皇帝特権」に似て非なるスキルを持つ――気配遮断をしていたのだろう――ゆえに、ルーラーはバーサーカーの接近を見逃した。

 

 

 バーサーカー――宇宙大将軍、その名を侯景(こうけい)

 魏晋南北朝時代、彼は北朝の東魏に仕えていたが、自分の領地を手土産に南朝の梁へと鞍替えを目論んだ。結局北朝から派遣された、かつての師匠である慕容紹宗に軍を粉砕され、梁への亡命も断られ絶対絶命に陥った。

 

 しかし彼は何を思ったが、残った千騎程度の兵で梁への進軍を開始した。

 梁の政治自体が既にかなり緩んでいたこともあり、彼は奴隷を解放し加えながら進軍しつづけ、その軍隊は十万を超える数に上った。そしてその軍隊は梁の首都建康にまで迫り、ついに首都を落とし梁の皇帝を弑逆するに至ったのだ。

 

 彼は自ら帝位に上り、国号を漢と号するもわずか一年で起こされた反乱によって殺されることとなった。隋による統一はまだ待たねばならないが、南朝を滅ぼしたことでその時は確実に近づいた。

 弑逆、血の粛清が延々と続く戦国の世に現れた風雲児にして狂犬。それがバーサーカーの正体、侯景である。

 

 しかし、誰相手でも男のセイバーが初めに伝えることは同じであった。

 

「あのー宇宙大将軍、僕に降伏しませんか?」

「あんたこいつにまで降伏進めるの?絶対しないでしょ」

 

 げんなりしている潤華の予想通り、宇宙大将軍ことバーサーカーはセイバーの申し出を一蹴した。

 

「フフフ、貴様を殺す即ち俺が皇帝!!行くぞ清正!!」

「オウ宇宙!……待てッ!!来るぞ!!」

 

 清正の大きな声に、最も早く反応したのはバーサーカー。それに驚いたのは、高みから見下ろしているルーラーだった。ルーラーは既に、これから何が起ころうとしているのか知っている。

 それは先ほど彼自身が「来る」と言った何者かとは全く別のモノではあるが、ここにいるサーヴァントたちには恐るべき黙示録となるサーヴァントであり、宝具である。

 

 

 それは流星か、凶つ星か。ルーラー、清正に続き他サーヴァント全員がはっきりと気づいた。夜空に煌めく幾本、百本、千本、万本の矢。星々の輝き――むしろ恒星にも似た強い光を秘めた必殺の矢雨。

 気づくのが最も早かったバーサーカーから、全サーヴァントが迎撃すべく己が武器を構える。

 

「アーチャーだな、こりゃあ!!」

「天下の宇宙大将軍はここで死なぬ!!」

「潤華さん後ろに!全部叩き落とします!」

「鈴季!後ろにいろ!!」

 

 矢それ自体が燃えている。光は炎を宿し空気を焦して降り注いでいく。

 耳ではなく目を聾する紅蓮の滝が流れ落ちる―――!

 

 

 ルーラーはただそこに立つだけで矢が体をかすめることさえなく、

 男セイバーはその場を一歩も動かずただその剣技のみで降りかかる矢を叩き落とし、

 剣英は体だけを武器に急所をよけながら体に矢が突き立つのも構わずひたすらにへし折り、

 ランサーは卓越した槍裁きで火を掻き消し矢を払落し、

 バーサーカーはぶっちゃけ二三本体に食らっておりかつうっかり燃えた青いマントを必死で消化していて――

 

 

 結果、誰一人として致命傷を負うことなく、燃えすすけた街路樹や植え込みに囲まれて立っていたのだ。

 

 

 

 襲撃は終わった。焦げたにおいが充満するこの夜で、それでも安堵の表情を見せる者は誰一人としていなかった。敵・アーチャーが矢を射かけてきた方角はつかめているが、あまりに遠すぎてルーラー以外正確な位置がつかめていない。

 

 そしてまだ、終わっていない。

 肌が泡立つこの感覚は、まだこれから大きなモノが来ると示している。生前からの経験か、生物としての本能か、マスターもサーヴァントもそれを承知した。

 

 

「まずいぞ宇宙大将軍!こいつはまずい!令呪で逃げるぞ!」

「仕方がないこの俺の伝説はお預けだ!首どころか全身香り付の石鹸で洗って待っているがいいフゥハハーア!!」

「おいくそ女!令呪だ令呪!」

 

 危険を察知したバーサーカーとランサーは、あっという間にその場から姿を消した。しかし女のセイバーと剣英は離れない。令呪など持っているはずもない剣英、現界すらやっとの女セイバーは空間転移ができない。

 

 そして男セイバーと潤華も、また消えようとはしなかった。彼らは女セイバーたちとは違う理由で、ここに立っている。

 そう、全サーヴァントに降伏を勧めると豪語した男セイバーこと光武帝。それはまだ見ぬアーチャーに対しても同じであり、また激突する前に逃げ出しては説得力がなくなる。

 願い、目的があって参じる英雄たちが、わけもなく自らより弱いサーヴァントに屈するはずがない。

 

 ゆえに、常勝にして至仁の皇帝は逃げない。

 

 

「……あんたってのんきだけど、実は自信家よね!」

「だって、自信のないやつが主君――自分の皇帝なんていやじゃないですか?」

 

 それもそうね、と潤華は笑った。もうこうなっては仕方がない、あまりにも幸せな頭をした皇帝を相棒にしてしまった以上、その腕前を拝見すると彼女は決めた。

 

「そこまで大口叩くなら見せてよ!あんたの力!」

「はい!」

 

 セイバーは剣を振り上げ――今まで見た目は普通の長剣だったモノの刀身は、赤い光をまとっていく。

 

 赤龍の因子。先祖より受け継がれてきた最強の幻想種の力を解放し、剣は膨大な魔力を宿して燃える。熱風が吹き荒れ、空間をゆがめていく。そこへ被せるは、セイバー――光武帝自身の高貴な幻想(ノウブル・ファンタズム)

 

 まだ皇帝として即位する前、昆陽の戦にてセイバーは一万の寡兵を以て百万の軍を散々に打ち破るという奇跡を成し遂げた。そして皇帝に即位してからも、彼の軍は四方と戦争を行い続けていたために常に寡兵でもって敵に立ち向かうことが常だった。

 

 自ら先陣を切って戦い、寡兵を以て常勝不敗。最強を謳う武は、誰も隣に並び立つことはない。

 

 

「我、天子たるは――戦の終焉を見るが為」

 

 

 それでいて天下統一後、彼は二度と剣をとることはなかった。戦という言葉をも嫌った。「武」という漢字の成り立ちは「戈を止める」。戦が終われば、戦をやめる。

 誰より強くとも、戦を嫌った彼の武はすべて世の安寧のためにある。

 

 

「『戈止める皇帝の武(ドウヂォンディ・ジェシュ)』!!」

 

 

 昆陽の幻想。最強の幻想。重ね合わさった幻想が、竜の因子によって発生する魔力を束ねて火炎に変換・圧縮して撃ち放つ。空をかける赤い光線として映る一条の焔は、来る宝具もろとも焼き尽くす。

 

 ――――はずだった。

 

 

 

「!!」

 

 

 ――地獄を見た。

 ――灼熱の大地。その壮絶な熱のもとに、何もかもが死に絶えている。

 ――見たことのない景色を幻視した。

 ――空の、十の太陽がすべてを蒸発(ころ)す。

 

 

 ――その矢は、太陽を落とす。

 

 

 赤の地獄。温度は数千、数万を超え蒸発すらもなく消滅を迎える。この宝具の本質は太陽の欠片。猛烈な熱波が球状に広がり、空間ごと抉り取る――!!

 赤き光線と太陽の熱波が、上海上空で激突する。宝具本体は地表にまで到達していないにもかかわらず、壮絶な熱が公園を既に覆っている。猛烈な風が吹きあがり、木々が飛んでいく。

 

 奇しくもセイバーの宝具とアーチャ―の宝具は、炎と同じ性質を持っていた。あとは幻想同士の殺し合い。最強の幻想と神話の太陽。そして、神秘はより古いほど強度を増していくモノであるならば。

 

 されど、皇帝は引かず。ここで打ち負ければ、己はおろかマスターまでも消えてなくなる。振りおろした剣を強く握り、あらんかぎりの魔力を投じる。既にセイバーに背後を気に掛ける余裕はなかったが、轟音吹き荒れる中にどこか親しみを感じる――女のセイバーの声を聞いた。

 

「やべ、風で飛ぶ、そこのかわいこちゃん、令呪を使わないと、そいつーー!!」

「!!」

 

 その声は、灼熱の中で潤華にも届いていた。この力比べがセイバーに武の悪いことは、彼女にもわかる。風に吹き飛ばされぬよう道術で重力を操作しながら、彼女は叫んだ。

 

「令呪を以て命ず!押し切りなさいセイバァーー!!」

 

 炎の光線は勢いを増して、敵宝具の中心たる太陽の矢を打ち砕く。光線は夜空奥深く駆け抜け流れ星のように消えた。敵宝具の熱は広く拡散し、中空から温度差による突風が走り木々を最後にひどく揺らしたが、それきり世界は静寂を取り戻した。

 

 潤華は額から汗を流して、肩で息をした。今の宝具――アーチャーの姿はいまだ見えずとも、真名を聞かずとも正体は容易く知れた。太古の昔、太陽を射落とした弓の神。

 確かにセイバーは常勝の皇帝である。だが、彼とて神と戦ったことはない。

 

「潤華さん!ひとまずここを離れます。再装填には時間がかかると思いますが、二撃目を食らうのはまずいです」

 

 セイバーの切迫した口調に、潤華はうなずいた。セイバーは気配を遮断し、潤華を抱えるとあっという間に公園を後にした。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「……いや~流石に驚きました。まさか神様と戦うハメになるとは」

 

 

 あはは、とのんきに笑うサーヴァントを流石にぶっ飛ばしたくなったが、潤華は大きくため息をつくだけでおさめた。

 セイバーと潤華の二人は共同租界内にある潤華の屋敷に戻っていた。令呪の甲斐あってセイバーの損傷は腕に軽いやけどを負った程度で済んでいた。

 

 あの謎の女セイバーと剣英なる少年も、いつの間にかいなくなっていた。きちんと捜索したわけではないが、一見して公園からは姿を消していた。おそらく宝具による熱波の影響で発生した風で、吹き飛ばされてしまったのだろう。

 

「まったく、真名を暴露した上に降参しませんか~とか言ったくせに宝具を相殺するのがやっとなんて恥ずかしいヤツじゃないあんた」

「うっ、それはちょっと気にしているんで言わないでください。でも方針は変える気ないですよ!」

 

 ばしんと包帯をしたセイバーの腕を叩いてから、潤華は腕を組んだ。降参を進めるとはいえ、セイバーは戦う気だからいい。非戦闘主義ではないのだ。

 しかし、度肝を抜かれたのはセイバーだけでなく彼女も同様だった。アーチャーのサーヴァント、敵は予想を超えて強い。伝説に従えば先の宝具は、使われることのなかった最後の一矢も合わせて残り九本。あと九回しか使えないであろうが、正直それだけあれば十分だろう。

 

 

「……アーチャーは強いけど、別に無敵というわけじゃないでしょ。あっちに付き合って遠距離戦をしなければいい話でしょ。セイバーは近接戦のサーヴァントなんだから」

「はい。だけどあの射撃からでは正確な居場所はつかめませんでした。精々公園より東――バンドの方向だというくらいで」

 

 そこまで話をして、潤華はあることに気付いた。自分たちは戻る際にばれないように気配遮断を使っていたが、もし高い索敵能力を持つアーチャーに万が一拠点を突き止められでもしたら、ここにあの宝具を打ち込んでくるのではないかということである。

 マスターが魔術師的良心――神秘を秘匿する――心得があるものなら、租界内に打ち込んでくることはあるまいが、もし人死にを気にしない相手だとしたら。

 

 しかし、セイバーはその不安を一蹴した。

 

「いや、たぶんそれはないです。だってルーラーがいますから」

「……あ、関係ない人を殺してしまったらルーラーに処刑されるものね」

 

 その真名を潤華は知らずとも、ルーラーはセイバーと同じだ。かつてこの国で頂点に立った者。人を人とも思わぬあの傲岸かつ冷酷な視線を、彼女はよく覚えている。セイバーと一緒にいるせいで忘れそうになるが、多かれ少なかれ皇帝はルーラー寄りになるのではないだろうか。セイバーの方が特殊なのである。

 

「はい。今回大して被害がなかったのは、僕が相殺したせいであることと、仮に着弾していたとしても、そこはすでにルーラーが結界を張った後だったからでしょう」

「だけどそれ、もしアーチャーが事前に「ここ攻撃するから被害でないように結界張って」って頼めばなんでもいいってことにならない?」

「そんなことルーラーはしませんよ。わざわざそんなことしてくれるんだったら、どの陣営もルーラーに注文をつけはじめます。何よりルーラーが僕たちのいうことを聞いていては、僕たちに課した厳罰の意味もなくなります」

 

 公園にてランサーと女セイバーが戦い始めたことを確認したから、当初通りルーラーは結界を張った。そのあと男のセイバーが現れ、顔ぶれを直接確認しようとルーラーも現れた。たくさんサーヴァントが集まっていることを、千里眼で見つけたアーチャーは錦衣衛でルーラーに連絡を取り、宝具を打つと許可を取った。

 おおむねこんなところだろうと、セイバーは語った。

 

「……というかあんた、もしかしてルーラーの真名知ってるの?なんかわけ知ってる感じじゃない」

「いや、かつての同業者として感じるところがあるだけで。ちゃんと話してみたいんですけどね。とりあえず、今日は眠ったほうがいいですよ、僕は起きてますから」

 

 セイバーはにっこり笑うと、二階のあたえられた部屋へと戻っていった。潤華はそれを見送ったあと、深々とソファに身をうずめた。どっと疲労が押し寄せてきて、彼女は大きく息を吐いた。

 

「……これが、九鼎戦争」

 

 かつて一族がことごとく殺された戦い。

 そして、彼女自身の命も賭けて――十年振りの戦争は幕を開ける。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 皇帝は現実しか見ない。あるべき将来を掲げることはあっても、それが絶対だと信じない。一歩ずつ少しずつ、たとえ自分の人生だけでならずとも、人類史の流れに沿いより良い場所へと這っていく。

 それが現実を理想へと近づける、唯一の方策と知っている。

 

「人は皇帝にユメを見る。だが、皇帝はユメを見ない」

 

 政治とは調整であり現実であり無慈悲である。理想主義の皇帝はロクなことをしない。己が理想にかまけるあまり、現実を無視した施策ばかりをなしてむしろ理想からは遠のいていく。そうして最後に、彼は現実に敗れ去る。だから名を残す皇帝は、皆現実主義である。

 

 

 ――けれど、あれは――

 

 

 高く尊き理想を抱いた皇帝がいた。

 誰もが飢えず、のどかに暮らせる世界を願った皇帝がいた。彼はその理想を、死んだ後も、英霊となった後も、サーヴァントとなった後も持っていた。

 

 生前ならば、その願いはまだよかった。だが彼が死後も、九鼎などで願いを遂げようとするならば。

 

 

「お前の願いはダメだ。誰も得しない。お前さえも」

 

 彼の願いが叶えば、きっとこの世界から人が消える。人の形をしたものは生きているが、形だけで中身は全く違う生き物がこの世に残るだけになる。そして願いの張本人さえも、人間ではなくなってしまう。

 

 

「だから性には合わんが――儂がその願いを殺してやろう」

 

 基本的に人の抱く欲望を是とする彼女にとって、その目的は甚だ似つかわしくなかった。

 彼女は弱い。彼の方がずっと強い。だが足掻かず諦めることはもっと彼女に似つかわしくないがために――十年を経て彼女はまだ、ここにいる。

 

 

 

 

 

 

 

「……季!おい鈴季!!」

「……あ?」

 

 

 ゆっくりとセイバーが目を開くと、そこには剣英の顔のアップがあった。自分は一体何をしていて、どうしてひっくり返っているのか記憶がすっ飛んでいた。だが全身の脱力感と、腹部の激痛で思い出した。

 

「~~~!!そうだ、アーチャーの宝具でふっとんで」

 

 慌てて上半身を起こしたはいいものの、覗きこんでいた剣英と額が激突してセイバーは再び悶絶した。腹を抱えながら身を起こすと、そこは先程までの公園ではなかった。

 

 アーチャーの宝具と男のセイバーの宝具の巻き起こした熱風で、剣英もろとも公園の外まで吹き飛ばされてしまったのだ。三十メートル程度先にある公園を見やれば、何本かの街路樹が根から抜かれており、植込みは散り散りになっていた。

 それでも公園外にはそのような被害なく、至って閑静冷たい住宅が広がっているのが奇異であった。

 

 

(……生きてるってこたあ、劉秀は宝具の相殺には成功したらしい)

 

 セイバーは心配そうにのぞきこんでくる剣英に振り返った。「儂……いや私ぶっ倒れてどれくらいで目を覚ました?」

「すぐ眼を覚ました。吹っ飛ばされて、一分かそこらだ」

「さっさとここから去るぞ、私をおんぶしろ」

 

 アーチャーがあのレベルの宝具を連続で撃てるとは考えにくいが、ここにいるのはよくない。とりあえず剣英を連れて、エリーの家に向かう。剣英が何者であるか、この戦争にどうかかわる者かを問いただすのもそれからだ。

 

 

 

 共同租界のマンションは、出発する前と何一つ変わらぬ姿でセイバーを出迎えた。当の家主はもうこの世にいないのに、その帰りを待つ犬のようだった。

 術者が死んでいるため、玄関のトラップも発動しない。セイバーは剣英に指示し、リビングのソファへと下ろさせた。

 サーヴァントは人間に比べ暑さ寒さを感じにくいが、セイバーは全身怠く熱っぽいのは絶対的な魔力不足からくる症状だった。

 

 

(……憑代なし魔力もなし、しかも腹に穴開けて……持ってあと一二時間か?)

 

 サーヴァントは霊体であり、この世に留まるためにはこの世のモノ――憑代が必要だ。通常はマスターが憑代であるが、今やエリーはいない。ゆえにセイバーは半ば剣英を憑代とする気満々であるが、彼はマスターなのか。マスターではない者を憑代にすることはできるのか。そのあたり、セイバーは詳しくない。

 

 

「剣英、ここに座……って何やってんの」

 

 ふと気づけがば、剣英は勝手に棚や引き出しを漁っていた。「包帯とか消毒液とか探してる。お前の傷、放っておけないだろ」

「いや、無意味とはいわないけどそういう手当あんまり私に意味ないぞ。それより魔力と憑代が大事で」

「……魔力って何だ?」

「は?」

 

 あんまりな言葉に、セイバーは唖然とした。九鼎のなんたるかを知らなくても、ランサーとやりあっておいて魔力を知らない?それはありえない。確かにあの戦いにおいてセイバーは彼にスキルを与えたが、魔力を与えたわけではない。

 神秘のない攻撃はサーヴァントには無意味なのだから――剣英自体が魔力を纏っていないはずはない。それにサーヴァントの戦いを見て、物おじせずに乱入できる者が一般人であるはずがない。

 

 

「いや、アホいうなよ、お前が魔力を知らないわけないだろ」

「嘘じゃない。本当に魔力って何だ?それより服を脱げ、手当てする」

 

 剣英はそそくさと箱を抱え、ソファ付近の床に下ろすと自分はセイバーの隣に座り、箱から消毒液と包帯を取り出した。手当てする気満々である。

 

「え?じゃあお前、魔術師とか道術士ってわかる?」

「知らない」

「マスターとかサーヴァントは?」

「……どっかで聞いたな……」

「そんなんでお前、なんであの戦闘へ入って来たんだ!?どー考えてもヤバいだろ!!」

 

 これまでセイバーの問いに、どこか上の空で答えていた剣英だったが、今ここに至りはっきりと彼女の目を見て答えた。

 

 

「だってお前が殺されそうだったから」

 

 

 その真摯さに、セイバーは思わず一瞬返事を忘れた。正直、此処まで裏のない返答を聞いたのは久方ぶりで驚いたのだ。

 

 

「……頭が痛くなってきたな」

「、吹き飛ばされた時にどこかぶつけたか!?」

「いや違う」

 

 目の前の少年は「セイバーが危険な目にあってたから」という理由だけであの場へ飛び込んできたという。若さが恐ろしいのか純粋が恐ろしいのか。

 とにかく、この少年――青年・雷剣英のセイバーへの好意は明白だった。

 

 セイバーとしては好かれる要素は外見以外に思いつかないが、それならそれでよい。剣英は思った以上にずぶの素人のため戦争や魔術について教えなければならないだろうが、それはむしろセイバーの都合のいいマスターにできるという意味でもある。

 それにこの少年、単純な肉体的戦闘力ではエリーよりもはるかに勝る。

 

 

「……オイ剣英、私を助けたいんだろう。じゃあ今から私の言うことを全く同じふうに言え」

「……?」

 

 剣英は首を傾げていたが、こくりと頷いた。

 それを確認し、セイバーは青い唇で詠唱を紡ぎ始めた。

 

「汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に。九鼎のよるべに従い、この意、この理に従うのなら」

 

 剣英は、おうむ返しに繰り返す。「汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に。九鼎のよるべに従い、この意、この理に従うのなら」

 

 光が燈る。セイバーの黒い目が、一瞬赤く光るのを剣英はみた。彼女の手をとり、ただ後から繰り返すだけだった言葉が、徐々に重なっていく。

 

 

「我に従え。ならばこの命運、汝が剣に預けよう!」

「我に従え。ならばこの命運、汝が剣に預けよう!」

 

 

 瞳の奥に、竜を見た。セイバーは剣英の手を握り返し、強く唱える。此れより先は彼女の言葉だと了承した剣英は、その言葉を待った。

 

 

「セイバーの名に懸け誓いを受ける!そなたを我が主として認めよう、雷剣英―――!」

 

 二人の間にひときわ強く閃光が迸り、剣英はわずか目を閉じた。一体何が起きたのかわからない顔をしている彼をみて、セイバーはにやりと笑った。

 

「これで契約完了、君がマスターだかマスターじゃないのかはわからんし魔力があるのに魔力を知らないとか意味不明だけどこれで私は――あれ?」

 

 

 セイバーはすぐさま眉をよせ、剣英と己の体をじろじろと何度も眺めた。しかしその眉間のしわは解消されず、なおさら深くなった。

 

 

 

「……パスはつながったけど、魔力が全然流れてこない!?」

 

 もしここにエリーがいたとすれば「そんなのうまくいくわけないじゃない」と、今の行為を一蹴したことだろう。

 魔術の詠唱とは、世界もしくは自らに訴えかけるもの。多くは自らに訴えかけ、魔術回路を起動し魔術を行使する暗示である。詠唱は術者自身が意味を解して暗示の意味を成せば、かなりの部分短縮・破棄が可能だが――逆に言えば、いくら長々と詠唱したところで、術者が意味を解さねば無駄なのだ。

 

 つまり「魔術って何だ」と言う剣英が形だけまねたところで、詠唱は完全に機能しない。かろうじてパス形成が成ったのは、セイバーがエリーとの契約という経験があるためにまだ機能したからだろう。

 しかしそこまでの理屈をセイバーが知るはずはなく、「何でだ!!」と勝手に怒るしかなかったのだった。

 

 

「これはマズい、ちゃんと魔力を通さないと怪我治らないし消える……あ」

 

 セイバーははと思い出した。かつてエリーから教わった、パスをつなぐ別の方法。その時エリーはいやそうな顔をしていたが、セイバーとしてはそんな簡単なことで魔力供給ができるなら安いものだと思った。

 

「剣英、脱げ!做愛(セックス)するぞ!」

「は?」

 

 ぽかんとする剣英をよそに、セイバーは勢いよく纏っていた黒い戦装束を脱ぎ始めた。慌てたのは剣英で、服を脱ごうとする手を掴んだ。

 

「待て、そんな大けがして何考えてんだ、直してからにしろ」

「細かいことは後で話してやる、いいからお前も脱げ!下半身だけでもいいから!!」

 

 セイバーはセイバーで必死である。剣英の手を振り払って猛烈な勢いで服を脱ぎ棄て、そのまま剣英の腰にかじりついた。功夫服を着ている彼の服を素早くめくりあげ、灰色のズボンの中に手を突っ込んだ。

 正直行為自体には吝かではない剣英であるが、こんな満身創痍の少女をどうこうするのは気が引ける。

 

「鈴季、自分の状態を考えろ!」

「考えてるわァ!!今お前の小弟弟(ちんこ)が私を救うんだ!!あと中に出せ絶対だ!!」

「おいこら、」

 

 セイバーの細い腰を掴んで離そうとするが、剣英は一瞬ためらった。綺麗な顔立ちをしている彼女の体は、傷だらけだった。全て古傷だが、明らかに事故で付けたモノではない。矢を受けた跡か、剣で負った傷か、細かいものを含めれば、数えるのも億劫になる程度には多い。

 

「――っ!」

 

 まあ、最早剣英の思うことなど今は放置することにしたセイバーは、体の傷など全く気にしていなかったのであるが――

 

 




Q:結局剣英って何?
 合体してから考えればええやん

女セイバーはヒロイン(棒)18禁になるかもと言ったな あれは嘘だ


アーチャーの宝具は皆鯖のヤツが好きすぎて名前をそのまま拝借する予定です。性能もモトにして改造する予定です。読み方はいい感じに(適当に)ピンイン探すけど。(あらすじに記載済)

クラス名宇宙大将軍……違ったバサカと男セイバー宝具の詳細は後日此処に載せますちょっと間に合わなかった
名前が面白すぎてキャスティング……いやなんでもない

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