明治四年、夏、村は干魃に見舞われ、その年は大変な凶年だった。次の年まで蓄えられていた米を食うが、秋の収穫迄に尽きてしまうかも知れぬ。
一
翌年、この夏も雨が一向に降らなかった。田圃は地割れして、植わった稲もすっかり渇いて元気がない。
蓄えの米は日に日に減って、倉は底が見えるほどになってしまった。
ある時、惣五郎と云う年若い男が、村の長である松平重兵衛と云う男の下に呼ばれた。重兵衛は何やら不機嫌そうに庭を眺めて居った。この男が不機嫌なのは特別なことではないが、しかしながらこの状況である。惣五郎は重兵衛が怒っていると思って、ますます機嫌を損ねないよう、急いで重兵衛の側に駆け寄った。
「そ、村長。遅れてしまって申し訳ございやせん。」
重兵衛はぶっきらぼうに、
「おう、来たか。惣五郎、お前に話がある。」
「なんでございやしょうか。」
重兵衛は眉間を掻きながら少し苦しそうに、
「前にも話したことがあるが、今が正にこの状況なのだ。惣五郎、俺が言いたいことは理解しておるな?」
惣五郎は、「まさか」と一瞬思ったが、訊かずには居られない。
「『口減らし』でありやせんか。」
重兵衛は静かに頷く。
「待ってくだせぇ村長。その決断はまだ早いと思われやす!」
ここまで言って惣五郎ははっと、自分の冷静さを欠いた発言に申し訳なく思って少し身を引いた。
「案ずるな。何も差別なく口を減らそうとは思っておらん。この村をもっと長く持たせる為にも、我々年寄りの口を減らして、その分の飯で少しでも子供たち養えたら良いではないか。」
「し、しかしそれでは……。」
「それが一時凌ぎにしかならんのは十分承知しておる。だがそれしか方法が考えられんのだ。これ以上の猶予はない。準備が整えば明日にでも村の年寄りを連れて山に行く。」
惣五郎は重兵衛の勢いに気圧されて言い返せず、ただ「へい。」と一言応えて退出した。
その日の昼下がり、惣五郎は村の田畑を見て歩きながら、考えを巡らせていた。
「何かいい考えが浮かばねぇかなぁ。」
枯れた田圃が何も生まないように、荒れた畑を眺めても何も浮かんで来ないのだ。
焦りばかりが募る。頭を掻きむしる。何か、何か、何でもいい。村長には、老人たちにはまだこの村に居て欲しい。
「くそっ!何もわかんねぇ!」
惣五郎は頭を抱えて座り込んでしまった。
「もし、どうかなさったのですか。」
項垂れていた惣五郎はこの声を聞いて顔を上げると、そこには黒い装束に綺麗な袈裟懸け、三度笠を被った年若い男があった。
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