問題児たちが本気で缶蹴りをするようです。 作:朧気だんぼーる@受験
~草原~
白夜叉「ふむ、体感時間を停止させる恩恵よのお。呵々!そいつは一本取られたな!」
白夜叉は無防備に空を仰いで哄笑を上げるが、対峙する3人はそのまま不用意に手を出すということはしなかった。
この中で最も身体能力に長けるレティシアが不意打ちを仕掛けてもなお歯が立たなかったのだ。
今飛び掛かっても返り討ちにされるのが関の山だろう。
混世魔王「さてどうするよ姉ちゃん」
レティシア「むぅ……」
サンドラ「……私はこのまま次の作戦を強行しても大丈夫だと思いますけど……。白夜叉様とはいえど時間を止められれば対策の打ちようが無いと思いますし……」
混世魔王「……まあ、奴との距離は10mといったところだ。缶を蹴るだけなら出来なくはねえ」
レティシアは目を瞑り、しばしの間思案に耽った。
レティシア「…………」
レティシア「……分かった。作戦を強行する」
混世魔王「了解」
混世魔王は再び巻物を広げ、“虚度光陰”の術を唱えた。
再び世界から色が消え、森林にいる十六夜と混世魔王を除く全てが動作を停止する。
混世魔王(さて、制限時間は5秒程度……!なに、このまま走って奴の足元の缶を蹴り飛ばすだけなら2秒もいらん。さっさと済ませるぜ)
混世魔王が白夜叉の足元にある缶を蹴るべく足を踏み出した瞬間。
────突如、星の殺意が混世魔王の五体を貫いた。
混世魔王「ッッッッッッッッ!!!?」
体感時間を止められたようにぴしりと混世魔王が硬直する。
混世魔王(な、何だ……この突き刺さるような殺気は……)
──殺される。
真っ先に浮かんだ感想がそれだった。
ここは俺様だけの世界。
何者にも干渉されるはずがないのに。
理屈では分かっていても、その圧倒的な脅威を前に混世魔王の身体は他人事のように動かなくなった。
思考の全てが恐怖一色に染め上がる。
理性よりも先に本能が混世魔王の身体を突き動かそうともがき始める。
逃げなければ、今すぐ逃げなければ殺されると、五感の全てが狂濤の如く警鐘を鳴らし始める。
しかしそんな意志に反し、竦み上がった足は無機物のように硬直している。全身の細胞が余すことなく震え上がっている。
呼吸ができない。動悸が止まらない。
苦しさのあまり目尻に涙が浮かび、視界がぼやける。
華奢な見た目とはあまりにも釣り合わない強大な存在感を前に、吹けば散るか弱き小動物はただただ怯え縮こまるしかない。
混世魔王(あ、ありえねェ……!ありえねェありえねェありえねェありえねェありえねェッ!!!)
滴るほどの冷や汗を垂れ流す混世魔王の顔に、もはや魔王としての威厳は一寸たりとも残されてはいない。
軽薄に笑っていた顔は恐怖に歪み、血液すら凍えかねない寒気に全身の毛が逆立ってしまった。
気がつけば世界に色が戻り始める。
虚度光陰の世界は綻び崩れ、止まっていた時間が動き始める。
無理もない。こんな精神状態で術を展開し続けられるはずがない。
すると突然白夜叉の放つ殺気が霧散し、混世魔王が我に返る。
頭を振り、目の焦点が合った頃に混世魔王が次に目にした物は
────第三宇宙速度で接近する白夜叉の膝だった。
混世魔王「……は」
完全に不覚を取られ、絶句する混世魔王の顔に白夜叉の膝がしたたかにめり込む。
これだけの速度で跳躍したにもかかわらず、足場にした缶は僅かに傾いただけだ。
常識を超越した神業である。
きりもみしながら地面と平行に吹き飛び、数多の木々を巻き込みながら混世魔王は土に埋もれて沈黙する。
白目を剥いて失神する混世魔王の首には『沈黙の鎖』が巻き付けられていた。
そんな混世魔王を見届け、白夜叉は軽やかに地面に着地してニヤリと笑う。
白夜叉(ふ、少し本気を出しすぎたかの?)
白夜叉(にしても浅はかな奴らよ。おんしらのコソコソ話が私の耳に届かないとでも思っていたのか。おかげで混世の小僧が再び時間停止の恩恵を使用してくる事はおろか行使するタイミングまで把握できた。本来なら格下の猿芸など効かないだろうが今は力の二次補正でどうやら体感時間停止は防げないらしい)
白夜叉(とすると私にできることは奴が巻物を開くタイミングに合わせて殺気に満ちた領域を展開する罠を仕掛けるくらいだ。あの程度の小僧なら殺意を向けるだけでもイチコロだろうからの)
静止した世界でもなお他を圧倒する白夜王の尋常外の殺意。
白夜叉だからこそ出来た理不尽なパワープレイである。
白夜叉(さて、缶を踏んで奴の名前を)
白夜叉がレティシアとサンドラを視界の端に留めてから缶に振り返った瞬間、
レティシアが犬歯を剥いて笑みを浮かべた。
レティシア(──この時を待っていたッ!!)
突然地中から影の刃が飛び出し、瞬く間に缶を空へと弾き飛ばしたのだ。
白夜叉「何じゃとッ!?」
ここに来て初めて白夜叉が明確な驚きの声をあげる。
一体誰が予想できただろうか。
唯一白夜叉に対抗できると思われていた混世魔王の体感時間停止能力が
────ただの陽動に過ぎなかったというのだから。
レティシア(白夜叉殿……。貴女程のお方ならば必ず混世殿の虚度光陰は何らかの方法で攻略してくるだろうとは思っていたよ)
レティシア(そして貴女は私達の切り札が虚度光陰だろうと高を括っていたに違いない。唇を読まれる可能性も考えず、しかもさほど遠くもない距離で私達が作戦会議を始めたことにはさぞかし呆れたはずだ。『浅はかだ』と)
レティシア(私達はそこに漬け込ませてもらった。あえて私達は貴女に浅はかだと思わせるように振る舞っていたという事に気付かずまんまと私達を見下し、缶の側から離れるという貴女の達観、驕りをッ!!)
白夜叉(……ハッ、この私がこうも策に踊らされるとは……)
白夜叉(地中からの影の刃は私に拘束されている時に仕掛けたと見える。仮にそこまで計算されていたとのだとしたら大したものじゃ。おんしの評価を改めねばいけないようだのレティシア)
白夜叉「じゃが缶が地につくまで勝負は終わらない。私があの缶を再び捕らえれば済む話よ。…… ってあれ、小僧?」
飛んで行く缶を止めようと白夜叉が扇子を仕舞って跳躍しようと空を見上げた時、既に空には十六夜の姿があった。
※※※
~南の森林~
遂に捕まったペストは十六夜の腕に抱かれ、『封印の鎖』で拘束されている最中だった。
十六夜「手こずらせやがってこの白黒斑」
ペスト「くっ……」
鎖を巻き終えると、ペストをぽいっと地面に放る。
十六夜「さて、白夜叉の方はどうか……え、オイ。缶飛ばされてんじゃねえかあの駄神野郎」
まさに草原に戻ろうと十六夜が草原を振り返った時、視界の上方にあったのは縦回転しながら空を駆る缶であった。
十六夜「チッ、落とさなきゃセーフだったな」
十六夜は壮大な舌打ちを打ち、缶に向かって跳躍する。
ペストはそんな十六夜の背中を見届けると、懐から1枚の黒い契約書類を取り出した。
独自解釈も甚だしいすね。
でも白夜叉が活躍する話とかはもっと見てみたい。