「OTONOKIZAKA GAKUIN IDOL 初ライブのお知らせ!」
休憩時間中に、校舎の廊下の掲示物にそう書かれたポスターを見つけたのは、東條希と言う神田明神で巫女のお手伝いをしていた女の子と出会った次の日のことだった。
そのポスターは可愛らしい手描きのイラストで描かれていて、三人の制服を着た女の子達が手を合わせているといった感じものだった。
花陽の言っていた音ノ木坂学院発のスクールアイドル。
描かれていた三人の女の子達にはそれぞれ名前が書かれていた。
UMI、HONOKA、KOTORI。
そして、グループ名募集。という文面。
ポスターの前にはそのグループ名案を入れる為の投票箱まで設置してあった。
「…………」
まだ、姿すら見たことの無い彼女達に、果たして投票している人がいるのかどうか俺は気になった。
小さい紙箱のそれを少し持ち上げて揺すってみる。
音はしない。
もしかしたら、花陽辺りが何か考えて案を入れたかもしれないという期待もあったが、空っぽのようだった。
しかし定期的に彼女達が箱の中を開けているのかもしれないので、後で花陽に聞いてみようと思った。
……俺はその場で彼女達のグループ名を考えてみることにした。
見たことのない彼女達を想像する。
「Cherry blossom petals swirl」と俺はつぶやいた。
つい直前の授業で英語の教師が、外ばかり眺めていた俺に言った言葉をそのまま言ってみただけだった。
俺は投票箱には何も入れずその場を後にした。
「わっ!!」
と急に人影が廊下の曲がり角からいきなり姿を表し俺を驚かせた。
俺は「わっ!!」と無様にも声を漏らす。
「わあ! ナオくん引っかかった! わーい! やったニャー!」
凛だった。
高校に入ったというのに相も変わらず人を無邪気に驚かす悪戯な女子だった。
悪戯女子、星空凛。
語尾にニャーニャー付ける、ウザかしいショートヘアー女子。
髪、伸ばさないのかな。と思った。
伸ばせばいいのに。
髪伸ばしたら少しは落ち着くんじゃないのだろうか。
口をωの様にして企み顏で俺をからかいやがって、と思う。今もそんな顏をして見上げるようにして俺の顔を見ていた。
「引っかかってないし」と俺は至って冷静な素振りをみせる。
「だって! わっ!だよ。わっ!ってナオくんが!ねえねえ!見た?」
と凛は楽しそうに笑っていた。
見た?って俺本人に聞いて、なんなんだ。なんなんだよ。と思う。
生徒が通り過ぎていく。恥ずかしい。
「うるさいな」
「だってナオくん。何か考えことしてるみたいな顔してたんだニャ」と凛が言う。
考えごと?
「うん! さっきだって、外ばっかり見てるって授業中先生に怒られてたニャ?」
全く嘘を見せないまん丸い瞳で凛は真っ直ぐに俺を覗き見る。
「……あれは、俺を窓側の席にした教師が悪い」
「もう〜。何考えてたの?」
「別に」
「別に」と凛は俺の真似をした。
「……強いて言うならあれだ。凛が夢に出てきたのを思い出してた」
「え? どんな? どんな?」と凛が聞いてくる。
「凛が猫になってて、俺の部屋に入りたいんだにゃ〜って戸の向こうでニャーニャー鳴いてた」
「え〜? 何それ〜? 凛だったらナオくんの部屋勝手に入るよ」と凛は言った。
「勝手に入るなよ」
「幼馴染だしいいのぉ!」と凛が駄々をこね始める。
「いくないだろ」
「じゃあなになに? わざわざナオくんのお部屋の中に入るのに凛はノックしないといけないの?」
「ドアにもそう書いてあるだろ」
ドアに掲げられたノックしろと書かれたプレートは、残念なことに今だに意味をなしていなかった。
「英語で書かれても凛は読めないし!」と凛は胸を張る。
「威張るな」
「だったら、ナオくんだって凛のお部屋に入る時にノックなんてしなければいいニャ!」
「いいわけないだろ」
もし仮に俺がノックせずに凛の部屋を開けて、凛の下着姿を目撃したとしても、凛は何も言わないとでも言うのだろうか。
ありえない。いくら幼馴染だからと言ってもノックくらい必然だ。
「別に凛はナオくんと違って見られて困る物なんてお部屋に置いてないもん!」と凛は意味深なことを言う。
「な、なんだよその言い方。まるで俺の部屋に凛に見られたら困る物が置いてあるみたいじゃないか」
「え? 無いの?」と凛はきょとんとしてそう言う。
「ないよ」
「本当〜?」
「ない」
「ん〜?」今度は思い切り俺の顔を覗き込んでくる。
「なんだよ……」
「凛知ってるよ!」
「な、なにが?」
まさか本気で突っ込んでくるとは思っていなかった。
「ナオくんのお部屋には女の子に見られたら恥ずかしい本がたーくさん置いてあるってこと!」
言いやがった、と思った。しかもたーくさん。そんなの、暗黙のルールであるべきはずだ。
「な、ないよそんなの!」
「あるもん!」
「ない!」
「じゃあ! 今日ナオくんのお部屋に行ったらベッドの下から、いっぱい! いっぱい引っ張りだしてあげるんだニャ!」
と言った。言いながら、凛の顔は真っ赤になっていた。
俺はそれ以上に真っ赤だった。
凛とこういうやりとりは始めてで、酷く戸惑った。
互いに戸惑っていた。なんでこんなことになった。
というか学校の廊下でするべき話ではない。全くない。
「やめろ」
「ふ、ふんニャ!じゃあ謝るニャ! 凛に謝ったら今のは無かったことにしてあげるニャ」
どうして俺が謝らなければいけないのか全く理解出来なかったが、謝った。
「ごめん」
「じゃあ、アレは処分するニャ?」と謝ったのに凛はまだ残酷なことを言ってきた。
「……無理」
「どうして?」
「どうして処分しなければならないのか分からないし」
「ナオくんはまだ高校一年生なんだよ!? まだそういうの見ちゃダメな年齢だよね?」
俺は我慢出来ずに歩き出した。教室に行けばさすがにこんな会話はしないだろうと思った。
「あ、逃げた! 待つにゃ!」
俺は無視して階段を駆け上がった。
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「ナオくんどうしたの? スゴイ息切れてるよ?」
教室の自分の席に戻った俺に、心配そうな顔をした花陽が俺のところへやってきた。
凛からは全力を尽くさねば逃げられなかったので教室へ戻ってもぜえぜえと息を切らしていた。
対して追って来た凛は全くもって普通だった。
「聞いて聞いてかよちん!」と凛は言った。
俺は本気で「言ったら絶交だからな」と言った。
花陽は本気で「ど、どうしたの?」と心配した顔をする。
花陽には、まだ純粋でいて欲しかった。
なのに凛は「大丈夫!」と俺に言った。
恐る恐る「何が?」と訊く。
嫌な予感が頭を駆け巡る。
凛は「だって、かよちんも知ってることだもん。ね? かよちん?」と言った。
「え? え?」と花陽は言っていた。
俺はもう何が何だかわけがわからなくなって、その後の授業内容は全くもって頭に入れることが出来なかった。
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