「音楽で人の心を変えてしまうなんてこと、貴方にはあると思う?」
図書室に、俺が座っている隣に戻ってきた西木野真姫は、いつもより荒っぽく腰掛けると少しだけ語気を強めて俺にそう訊ねてきた。
彼女の表情は、多分、先程現れた二年生達との話でそれを引きずっているかのような難しい顔をしていた。
俺に向けられているわけでは決してないのだろうが、こちらが少し臆してしまうような、そんな表情だった。
どんな会話をしてきたのだろうか。
考えながら俺は「音楽?」と訊き返した。
「ええ。音楽。……さらに言えば、アイドルが歌う様な音楽なのだけれど、私にはよく分からなくて……。貴方、そういう曲についてどう思うかしら?」
人の心を変える。音楽。アイドルソング。
「うーん……」と俺は悩む。考えながら「その前に一つ訊いていい?」と訊く。
「ええ。かまわないわ」
「さっきの二年生達のこと」と俺は言った。
それだけ言うと、西木野真姫は「そうね」とうなずいた。
彼女は今しがた開いたばかりの本をパタンと閉じるとほぼ同時、俺も読み直していた最後のページを繰り、裏表紙をそっと閉じた。
それを見た西木野真姫は
「え……? もしかして、今読み終えた?」と言った。
「うん」とうなずくや彼女は、すぐに申し訳なさそうな表情に変わる。
「ごめんなさい。気付かなくて。この話は無しにしましょう」
「あ……、いや、かまわないよ」と俺は言う。
「でも……」
きっと読み終わったばかりだと思って気遣ってのことだろうけど、今の俺は彼女が話そうとしていたことの方が気になっていた。
「それに、西木野さんが戻ってくる前には読み終えていたから……」
と読後の余韻には十分に浸っていたことを伝えると彼女は、「じゃあ、本の話は後でしましょう」と言い、話を戻すことにした。
その前に一旦、ここで少し長話になりそうだったので、西木野真姫と俺は廊下に出て話をすることにした。
俺は、その時、やはりまだ少し感情が昂ぶっていて、彼女も彼女で、やはりまだ少し感情が昂ぶっていた様だった。
廊下に出て、窓から中庭を眺めながら、話を続ける。
彼女は、先程やってきた二年生達がこの音ノ木坂学園で廃校を阻止する為に最近活動を始めたスクールアイドルであることを説明し、彼女たちに作曲を頼まれたのだと言った。
西木野真姫が、アイドルソングを作曲。と俺は想像する。
しかし彼女はすぐに、作曲を断りスクールアイドルの楽曲について「軽くて薄っぺらい感じがする」と言った。
正直な感想だ、と思った。
あの時、音楽室で一人優雅にクラシックを奏でていた様な彼女には、似合わないと言えば似合わない。
「貴方は、アイドルソングとか、そういうジャンルの曲とか聴いたりしたことはある?」
「……ある。えっと、最近は結構、聴いてるかな」
花陽が俺の家に来てCDを貸してくれた時から、時々だけど聴いたり読書のBGMに適当に流したりする様になっていた。
「確かに軽いのかもしれないけど」と俺も正直に言う。続ける。
「分かり易さが良いと思う。歌詞もストレートな表現で、そのまま想っている気持ちを素直に歌で伝えるって事が」
言っていて、突然的にその事に俺は気が付いた。
俺も、花陽も感情を表に出すことが見知った相手以外に対しては酷く苦手だ。
だからこそ花陽にとってスクールアイドルと言う短くも限られた同世代の彼女達の曲は、眩しいくらいに感じているのかもしれない。
可愛い衣装に身を包んでステージに上がり、伝えたい想いを踊りと歌で精一杯に直接的に表現することは、普段の花陽では絶対に無理だけど、アイドルとしてならばそれはアリだと思った。
花陽がアイドルに憧れている理由がたった今、少し理解できたのかもしれない。
花陽と話がしたい。そう思った。
「そう……」と西木野真姫が僅かにうなずいた。「受け手側の問題みたいね……」
「それは……自由だと思う。あっ、いや、今、この小説を読み終えたばかりだからかも知れないけど……。音楽も本と同じくらいにどんな捉え方でも出来るんじゃ……ないかな」
やはり感情が昂っていた。普段なら俺はそんな事言わないし、言えない。
音楽で人の心を変えてしまうなんてこと、貴方にはあると思う?
少なからず、花陽にとってアイドルソングはなくてはならないものだ。
大切な、歌。
俺は今、読後の高揚とした気分も相まってか少しだけ変わっているのかもしれないと思った。
「最初の質問だけど」と俺は言った。
「え?」
「変えられると思う。例えアイドルソングだとしても。……じゃない。アイドルソングだから、変えられるものもある」と俺は何故か自分でも驚くほどに言い切っていた。
どうしたんだろうか俺、と思った。
……まあ、花陽を近くで見ていたらきっと誰でもそう感じずにいられないんじゃないだろうか。
「わかったわ……。うん」と西木野真姫は何度かうなずいた。
難しそうにしていた表情は、消えていた。
「ねえ。その本の続き読みたい? 」と西木野真姫が訊ねてきた。
「そうだね。次で最後だし凄く気になる」と答える。
すると彼女の口から発せられた本の題名は、俺が一番最初に図書室に来て、数ある本棚を眺め、直感的に手にしようとした本だったので、俺は少し驚いた。