「そうかぁ、じゃあ僕の腕を治したのが、仗助くんの『スタンド能力』ってわけだ」
「そう、【クレイジー・ダイヤモンド】っていって、ものや怪我なんかを治す(直す)能力なんだ。ただし、病気や仗助君自身を治すことはできない。あと、命のなくなったものを生き返らすことも……。ある人の言葉を借りるなら、『この世の何よりもやさしい能力』をもったスタンドだよ」
町に咲き並ぶ桜の木に、若い緑が混じり始めた。
あの「出会いの日」からすでに数日がたっていた。
僕と康一くんは、すっかり意気投合し、今も、一緒に受検勉強をするために図書館へ向かうところだ。
僕は、これまで自分の『スタンド』、【ギヴ・イット・アウェイ】のことを誰かに話そうとしたことはなかった。
秘密にしようと思っていたわけじゃないけど話したいとも思わなかった。
どうせ誰に話しても、理解されない。
『能力』をもつ者の孤独。
だけどそうじゃなかった。
一人じゃなかった。
同じ能力をもった人間がいるなんて、考えたこともなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
出会いの日、僕は仗助くんと億泰くん、康一くんに【ギヴ・イット・アウェイ】を見せた。
それを見ると、仗助くんは「悪かったな」と頭を下げた。
「昨日、おめーが新入生に妙なまねしてるのを見ちまったからよお。俺はてっきり…」
「あ…あれは、その……」
僕は、昨日の出来事と、僕の【ギヴ・イット・アウェイ】の能力について、正直に話した。
ついでに、それが原因で、トラックに轢かれて死にかけたことも。
すると、仗助くんと億泰くんは「ギャーハハハハ」とお腹を抱えて笑った。
「あの眉なし野郎、そーとー仗助にビビってるみたいだからなあ」
「そいつは災難だったな。それにしてもお前のスタンド、なかなかおもしれえ能力してるじゃねーか」
そんな二人に、康一くんは冷ややかな視線を送る。
「もう、笑い事じゃないよ。ある意味、仗助くんが原因で彼がひどい目にあったんじゃないか」
「はは…まあなんだ。怪我はすっかり治してやったし、チャラってことにしねーか?」
あの『ジョジョ』が、とても不良とは思えない康一くんの言葉にたじろぐ様子がおかしくて、僕は笑った。
目の前のリーゼントの男は、噂のような恐ろしい男には全く見えなかった。
「まあ、何はともあれ。これからよろしくな楓」
『楓』
仗助くんに名前を呼ばれ、僕はかすかに心が高鳴るのを感じた。
「よ、よろしく東方くん」
「仗助でいいぜ」
緊張する僕に、仗助くんは優しく言った。
「よろしく、仗助くん」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こうして誤解も解け、僕たちは友達に…いや、同じ『スタンド能力』をもつ『仲間』になった。
やっと出会えた『仲間』。
僕は、喜びと、好奇心から康一くんを質問責めにしていた。
同じといっても『スタンド能力』には個人差があるらしい。
僕も、康一くんも、仗助くんも億泰くんも、その姿から能力まで様々だった。
「あれ? でも待ってよ!君の【エコーズ】は、『スタンドは一人につき一体』っていうスタンドのルールから外れているんじゃないかい?」
『スタンド能力』にはいくつか『ルール』があるらしい。
一例をあげるなら、『スタンド』には『射程距離』という自分がスタンドを操れる限界の距離があって、その距離が短いほどパワーが強く、逆にパワーが弱くても、その分、遠くまで自分のスタンドを操れるといった具合だ。
『スタンドは一人につき一体』というのもそんなルールの一つだ。
「うーん、僕もよくわかってないんだけど、僕の【エコーズ】は『成長』したスタンド能力なんだ。だから、ACT1からACT3までがまとめて一体なんだよ。きっと」
そう言って、康一くんは頭の上に『例の爬虫類』を呼び出した。
康一くんのスタンド【エコーズ】だ。
実際に近くで見ると、有機物と無機物を絶妙に融合させたようなデザインのそいつは、なんとなく可愛げがあるように感じる。
長く伸びた尻尾は、触ると「ヌメリ」とするんじゃないかと思うような質感があった。
ちょうど下校途中の小学生の集団とすれ違う。
頭上を怪しい生物が浮遊しているのに気にもとめず、小学生たちは今夜のテレビ番組についての話なんかをしながら通り過ぎて行った。
『スタンド』は『スタンド使い』にしか、その存在をとらえることができないのだ。
【エコーズ】は小学生を見送るように尻尾を振った。
康一くんの【エコーズ】には、ACT1、ACT2、ACT3があって、それぞれ姿形も能力も違う。
康一くんは『成長』と言ったけど、進化とは違って、康一くんの意思次第で好きな形状で呼び出すことができた。
ACT1は、『音』を物体に染み込ませることで、その音を繰り返し鳴らすことができる能力。
『閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声』
例えば、『キーンコーンカーンコーン』 という音を天井に染み込ませれば、まるでチャイムがなっているかのように錯覚させることだって可能だ。
『音』だけじゃなく、康一くん自身の『言葉』も染み込ませることができるという。
ACT2は、簡単にいえば『擬音を体感させる』ことができる能力だ。
この世の中にあふれる『音』は、すべて言語として置き換えることができる。
いわゆる「オノマトペ」というやつだ。
『ブルブル』と言えば何かが震えているのかなと想像することができるし、『キラキラ』と言えば何かが輝いているのだとわかる。
ACT2は、想像させるだけでなく、実際にそれらの擬音を体感させるのだ。
お好み焼きを焼くときのように聞こえる『ドジュウ』 という鉄板を熱したような擬音。
これをを紙に貼り付ければ、その紙に触れた人は、たちまち火傷するだろう。
トランポリンで跳ねるような『ボヨヨォン』という擬音を貼り付けられた硬いアスファルトは、 反作用を無視してなんでも跳ね返すに違いない。
ACT3は、まだ見たことはないけど、何でも『重力』に関する能力らしい。
「何だかズルいなぁ。でもさぁ! 同じ力をもった仲間に会えて本当にうれしいよ! しかもいっぺんに3人も!」
こんな奇跡があるだろうか。
こんなに身近に、特別な能力をもった『仲間』がいた。
そんな存在に出会える確率は一体どれくらいだろう。
だけど、康一くんから帰ってきたのは意外な言葉だった。
「……楓くんは、生まれてからずっとこの町に住んでるんだよね?」
「そうだけど、それがどうかしたかい?」
「なら、きっと君が『気づいてない』だけで、もうすでにたくさんの『スタンド使い』に出会ってると思うよ」
「ええ!? 何だって? バカなッ! じゃあ、康一くんは僕や仗助くんたち以外にも『スタンド使い』を知っているっていうのかい?」
僕が康一くんにそう尋ねたところで、前から歩いてくるサラリーマン風の男がこちらに向かって手を振るのが見えた。
「おーい!康一くーん」
スーツをだらしなく着崩し、長く伸びた髪をワックスでなでつけたその男は、康一くんの知り合いらしい。
「『噂をすれば』だよ」
康一くんは少し呆れた声でそういうと、男に応えた。
「お久しぶりでーす。間田さん」
僕らは、くたびれたサラリーマンに駆け寄った。
「間田さん、お仕事ですか?」
康一くんは、ヨレヨレのスーツを着た男に向かって親しげに話しはじめた。
「見ての通りだよ。営業さ、いわゆる外回りってやつだよ」
間田と呼ばれた男は、額からダラダラと流れる汗をハンカチで拭いながら言った。
油っぽい長い髪といい、清潔感が感じられない格好といい、僕がお客さんだったらきっとこの人から商品は買わないだろう。
でも、康一くんが『噂をすれば』と言ったということは、もしかしてこの人も『スタンド使い』なのだろうか。
だとしたら一体どんな能力だろう。
「君たちはどこへ行くんだい?」
「ちょっと図書館まで受験勉強をしに…」
「いいねぇ、学生さんは気楽そうでさぁ」
彼もそんなに歳をとっているようには見えなかったが、 いかにも「社会人になって世間の荒波に揉まれてるぜ」とアピールするように言った。
「楓くん、この人は間田さんっていって一応僕たちの先輩にあたる人だよ」
「一応だなんて酷いなぁ。ああ、はじめまして、康一君のお友達かい? アホの仗助たちよりはよっぽど仲良くなれそうだ。ほら! お前もあいさつしなよ」
そう言って間田さんが降り向くと、後ろからひょいっと女の人が顔を出した。
モデルのように背が高く、顔も小さい。
とんでもない美人だ。
間田さんはまるでガールフレンドのように引き連れているが、誰がどう見ても間田さんとは釣り合ってない。
「…どうも」
女性は、素っ気なくあいさつをして手を差し出した。
それが、握手を求められているのだと遅れて気付いた僕は、あわてて制服の端で手を拭って、うつむきながら握手に応えた。
女の人、それもこんなとびきりの美人と話す機会なんてめったにないから僕はすっかり取り乱していた。
「あれぇ? そういえば君の顔どこかで見たことがあるなぁ」
僕が美人との握手を楽しんでいると、間田さんがわざとらしい大声で、話しかけてくる。
失礼だけど、間田さんにジロジロ見られると、せっかくのいい気分が台無しだ。
「どこだったかなぁ……うーん、あっそうだ!」
間田さんは手をポンと叩いた。
「『こいつ』にそっくりなんだ!」
そう言って僕の目の前を指差した。
僕が顔をあげると 、僕が握手をしていたはずの美人は……
なんと、僕にそっくりな男の子に姿を変えていた。
いや、もう僕自身だ!
「うわぁッ!」
思わず手を離して後ろに飛び退く。
僕は驚いて、ドシンと尻餅をついた。
その様子を見て、間田さんは下品にゲラゲラと笑う。
「もうッ! いたずらが過ぎますよ、間田さん」
康一くんが戒めた。
「ははは、ごめんごめん、ビックリしたかい? これが僕のスタンド、【サーフィス】の能力だよ。僕のスタンドに触れた人間を完全にコピーするのさ! 康一くんとつるんでるってことはどーせ君も『スタンド使い』なんだろ?」
僕は、制服についた砂を払いながら反論した。
「どうしてわかるんです?」
「いや、確信があったわけじゃないけど、さっきから康一くんの【エコーズ】が飛び回っているし、なにより『スタンド使いは引かれ合う』からね。そうじゃないかと思っただけさ」
『スタンド使いは引かれ合う』 か。
それもルールの一つだろうか?
「それより康一くん。さっきの女、いい女だったろ? ウチの会社の受付嬢なんだけど、営業成績が上がるから外回りのときはコピーして連れて歩いてるのさ」
康一くんは呆れ顔で「はぁ」とため息をつくと、
「行こう楓くん!」
と言って僕の腕をとり、さっさと歩き出した。