「億泰と連絡がつかねぇ… 楓、一旦合流するぜ」
電話の向こうの東方仗助の声には、重い怒りがこもっていた。
楓のもとに仗助から連絡があったのは、康一を探しはじめた翌日の朝のことであった。
広瀬康一に続き、虹村億泰まで…
楓の脳裏に不吉な予感がよぎったのは言うまでもない。
集合時間を決め、楓はぶどうヶ丘高校へと向かった。
ぶどうヶ丘高校。
登校している生徒たちは、いつもと変わらぬ日常を送っている。
生徒が2人行方不明になっているからといって、その日常が揺らぐことはない。
異常を異常と気づかない日常。
楓も、ついこの間まではそんな日常の一部であり、学校をサボったこともないごく普通の生徒だった。
だが楓は今、その日常を横目に通り抜け、仗助との集合場所へと走っている。
大切な友を探し出すために。
到着した楓を待っていたのは東方仗助と、その背後にある異様な形の『オブジェ』の数々だった。
楓が目を凝らしてそのオブジェを見ると、それが元は『校舎の一部』だったものの成れの果てであることがわかった。
仗助のスタンド【クレイジー・ダイヤモンド】は『破壊されたものを直す能力』だが、それが必ずしも『元通り』に直るとは限らない。
本体である仗助の感情が高ぶっているときは、元とは形を変えて歪にゆがんで直ってしまう。
仗助の背後の歪なオブジェたちは、仗助の八つ当たりを受けて元の形に直されなかった校舎の成れの果てであり、つまりそれは、仗助が怒りでプッツンしていることを表していた。
「仗助くん、大丈夫かい?」
恐る恐る声をかける楓に対して、仗助はポケットから取り出した櫛で自慢のリーゼントを整えながら答える。
「ああ、俺は冷静だぜ、楓。 だがよぉ、これではっきりしたな」
「はっきりって… 何がだい?」
「敵の狙いは俺たちだぜ。俺たちの『能力』は敵に知られてると思っといた方がいい。それにオメーは知らねーかもしれないけどよぉ、ああ見えて億泰の【ザ・ハンド】は相当やべースタンドだ。もしそれを倒したってんなら、敵も相当やべー野郎ってことだぜ」
「そんな……」
「まあ、康一も億泰もそう簡単にくたばってねーだろうが…」
仗助は自分に言い聞かせるように言った。
「ここから別行動はナシだ。オメーのスタンドは戦闘向きじゃねーからな」
「わかった。ありがとう、仗助くん」
そのとき、楓は背後に人の気配を感じた。
楓が振り向くと、そこには見覚えのある青年が立っていた。
整った顔立ちの、背の高い青年だった。
「誰だテメーは?」
気のたった仗助は、必要以上にその青年を威嚇する。
「君は…鞍骨倫吾くん」
楓は、仗助から青年をかばうように親しげに声をかけた。
倫吾はどこか慌てているようで、走り回ったあとのように肩で息をしている。
「片平さん、それに東方先輩も。大変です。今、広瀬先輩が男に連れ去られてるのを見て、誰か助けを呼びに行くところだったんです」
喉から手が出るほど欲しかった康一の情報。
情報をもって来た青年は、他人を思いやるその言葉とは裏腹に、血の通っていない人形のようだと仗助は感じた。
目には光や色が全く見られないように思われた。
「何だって!? 僕たちも康一くんを探していたんだ。鞍骨くん、康一くんを見たところまで案内してくれないかい?」
「……わかりました」
そう言って足を引きずりながら先行く倫吾の後を、楓がついて行く。
「鞍骨つったか? オメーその足どうしたよ?」
「ああこれですか? さっき転んでしまって。なにせ慌てていたものですから。対したことないです、放っておいて下さい」
「ふーん……」
倫吾は楓を引き連れて先を急ぐ。
仗助はその場を動こうとしなかった。
「…? どうしたの仗助くん? 早く行こう」
「……ああ」
楓に促されてようやく仗助が腰を上げる。
足を引きずりながら走る倫吾の胸元で、欠けたドグロのバッジが鈍く光った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
人目のない空き地。
そこに廃墟となった空き家があった。
杜王町には、急激な都市開発のため廃墟となった空き家がいくつかある。
この場所もそんな家の一つだった。
「あそこです。あの家の中に連れていかれるのを見ました」
「ありがとう鞍骨くん。ここからは僕たちに任せて…」
「いえ、俺にも行かせてください。先輩たちには借りがありますから…」
倫吾は半ば強引に、我先にと廃墟へと足を進める。
「鞍骨くん、ちょっと…」
倫吾を引きとめようとする楓、その楓の肩に仗助の手が伸びる。
「仗助くん?」
仗助は何も言わなかった。
その視線は真っ直ぐに、先を歩く倫吾へと向いていた。
廃墟の入り口は、鍵こそかかっていなかったが封鎖されていた。
「どいてろ」
倫吾を入り口からどかした仗助が扉を蹴破る。
廃墟の中は薄暗く、昼前だというのに幽霊でも出るんじゃないかと思われるくらい不気味だった。
「康一くん!!康一くん!!」
康一の姿は見えない。
楓は康一が返事を返してくれることを期待して叫んだ。
だが返事はない。
「気をつけてください。まだ、広瀬さんを連れ去ったやつがいるかも知れません」
散らかった床の上を、倫吾が足を引きずりながら進む。
人の気配は無い。
仗助が倫吾に尋ねた。
「なあ、どうでもいい話なんだがよー。オメーのそのドクロのバッジ、元からそういうデザインなのか?」
「どういう意味です?」
「だからよー、その趣味の悪いバッジが元々そんな『何かに削り取られたような』マヌケなデザインかってかって聞いてんだよ!! まるでウインクでもしてるみてーによぉッ!!」
「仗助くん、一体何を…」
楓が言い切らないうちに、仗助の横には彼の『分身』が現れていた。
【クレイジー・ダイヤモンド】は、倫吾の顔面めがけて拳を繰り出す。
しかし、その拳は倫吾の顔面に届くことはなかった。
倫吾のスタンド【ワン・ホット・ミニット】の六本の腕が硬くガードをしていた。
「…やっぱりテメーか」
鞍骨倫吾が意外そうに問い返す。
「やっぱり? いつから気づいていた?」
【ワン・ホット・ミニット】は腕を広げ、【クレイジー・ダイヤモンド】を弾き返す。
「最初っからだよ。おめーのそのバッジを見たときからなぁ。それにその足、怪我してるのかって聞いたとき、てめーは『放っておいて下さい』つったよなぁ? 『気にしないでください』じゃなくて『放っておいて下さい』ってよお。それは俺がお前を『治せる』ことを知っていなきゃ出ない言葉なんじゃねーか? 俺の『能力』を知ってなきゃそんなことは言わねーよな? 」
「なるほど、そんな薄い根拠で俺は殺されかけたわけだ。ひどい先輩もいたものだな」
倫吾の顔つきが、先ほどとは明らかに変わる。
その隣で、【ワン・ホット・ミニット】がダラリと脱力しながらも、臨戦体制をとった。
「そんな倫吾くん… 君も『スタンド使い』だなんて、そんな、君が…君がぁ!」
「下がってろ、楓」
仗助が、自分の後方へと楓を下げる。
それは戦闘能力の無い楓を気遣ってのことなのか、それとも敵の戦闘能力の高さを感じ取ってのことなのか……
刹那、【クレイジー・ダイヤモンド】が雄叫びをあげて、再び倫吾に殴りかかった。
『ドラァ!!』
しかし、今度はガードするまでもなく【クレイジー・ダイヤモンド】の拳は空を切った。
「何ぃ!?」
仗助の一撃を軽々とかわした倫吾が不敵に笑う。
『ゴゴゴゴゴ』
あるいは
『ドドドドド』
そんなプレッシャーが廃墟を埋め尽くしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
倫吾は先の虹村億泰との戦いで、ある種の自分の戦闘スタイルというものを確立していた。
己のスタンド【ワン・ホット・ミニット】は、時を繰り返し戻すことができない。
戻した分だけの時間を待たなくてはならないという弱点。
その弱点を克服するためには、無駄に時間を戻しすぎてはいけない。
そう考えた。
仗助の【クレイジー・ダイヤモンド】は、億泰の【ザ・ハンド】のような『一撃で決着を決める』という脅威的な能力はなかったが、そのスピードと破壊力はケタ違いだった。
そのスピードから繰り出されるラッシュは【ザ・ハンド】の攻撃の比ではない。
一撃目を躱しても、二撃目、三撃目がすぐさま飛んでくる。
それを『戻せない時間』に受けたなら、それはこの戦闘の決着を意味するだろう。
倫吾は、自分の中で「戻すべき時」を計りながら戦っていた。
それはいつの間にか、自然に、きっかり『6秒』という時になっていた。
相手の出方を読みながらも、相手に与えたダメージを残せる時間。
倫吾自身、それが接近戦においての自分の最良の戦闘スタイルのように感じていた。
【クレイジー・ダイヤモンド】に比べてパワーの弱い【ワン・ホット・ミニット】では、カウンターをとっても仕留めるには至らなかったが、それでも仗助の体には着実にダメージを与えていた。
ミサイルのような攻撃が、時には頬をかすめ、時には脇腹をえぐった。
そのたびに時を戻し、何くわぬ顔をして戦い、相手に余裕を見せつけた。
仗助からのダメージは、もっとむごい死に方をしたであろう姉のことを思って耐えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
仗助は、億泰が辿り着いたのよりかは幾分か早く、倫吾のスタンド能力が『未来を読める』能力のようなものではないかと当たりをつけていた。
承太郎の【スタープラチナ】ほどではないにせよ、自分のスタンド【クレイジー・ダイヤモンド】もスピードに関してはかなりのものだ。
その攻撃を『防ぐ』のではなく『躱す』。
それを人間がやってのけるには、攻撃の軌道を完全に読んででもいない限り不可能だ。
そんな考えから辿り着いた結論だった。
当たらない攻撃を続けていても埒があかない。
仗助は一旦攻撃をやめ、呼吸を整える。
頭からつーっと血が伝い、口の中が鉄の味に満たされた。
仗助は口の中に溜まった血をプッと吐き捨て、倫吾に向かって問いかけようとする。
だが、先に口を開いたのは倫吾の方だった。
「次にお前は、『お前の目的は何だ?』と言う」
「お前の目的は何だ? ハッ!」
その瞬間、仗助は背中に冷たいものを感じた。
自分が、目の前の青年の手のひらの上で踊らされているような気がした。
そんな仗助に構わず、倫吾が続ける。
「吉良吉影という男を知っているな?」
目の前の男が吐いた意外な名前に、仗助の体が強張る。
「てめえ……なんでその名を」
「俺の姉を殺した殺人鬼の名だ。お前たちが『この町を守るため』に始末した男の名だ」
先ほどまで色の無かった青年の目には、真っ黒な炎が宿っていた。
「お前たちはこの町を守っている正義のヒーロー気取りなんだろうが、その行為がこの町をダメにしていると考えたことはあるか? 知らぬ間に守られていることが、この町の住民の『自らを守る』という精神を眠らせていると考えたことは」
「……」
「吉良って男は、誰にも気づかれないように殺人を犯してきたのだろう? だが、俺は違う。もっとわかりやすい形で、誰もが気づくようなこの町の脅威となる。そうすれば、この町の人間も『自らを守らざるをえない』。俺は『必要悪』となってこの町を目覚めさせる。邪魔な貴様らには消えてもらうッ!」
しばらく黙っていた仗助だったが、やがてポケットから櫛を取り出し崩れかけたリーゼントを整え直した。
「俺はよー、この髪型が崩れるのは気に入らねーんだ。もちろん、他のヤローがバカにするならそいつのことはぶちのめす。この町だって同じことだぜ。おめーが何と言おうとよぉ、俺が生まれ育ったこの町の平和が乱れるっつーんなら、たとえ誰も気づかなくても、何度でも守るだけだぜ」
そう言い放って、鞍骨倫吾を睨みつける仗助。
その目には輝く黄金の精神が宿っていた。
「ほざけッ! 俺は俺の復讐を果たすッ! 『順番』通りにな! やはりお前が『一番最初に始末すべき』だと確信したぞ、東方仗助ぇぇ!!」
倫吾は【ワン・ホット・ミニット】を構える。
拳を握った6本の腕が倫吾の呼吸に合わせて上下に揺れる。
スタンド使いの情報を集める間、何度も耳にした『東方仗助』の名。
「おめーは仗助に倒されるぜ、ヒヒッ!」
「倫吾くん、何をしようとしても無駄だよ。この町には、仗助くんがいる」
小林玉美も、広瀬康一も仗助を頼りにしていた。
岸辺露伴のノートにも仗助を警戒するような文章が綴られていた。
能力では、虹村億泰の方が危険そうなのになぜ?
その答えは実際に対峙してみてよくわかった。
仗助が放つプレッシャーは、倫吾に『命をかける覚悟』を強いるほど強烈で、眩しかった。
二人はジリジリと距離を詰め、とうとうその間が互いのスタンドの射程距離に入った。
『ドラァッ‼』
先にしかけたのは、仗助。
倫吾の腹部めがけて【クレイジー・ダイヤモンド】の拳が伸びる。
倫吾はそれを躱さず、その身に受けた。
飛びそうな意識を繋ぎ止め、【ワン・ホット・ミニット】で仗助の体を掴む。
そして、仗助を捉えながら、足元の床を破壊した。
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!」
叫びながら仗助を抱きかかえ、地下の小部屋に落ちて行く倫吾。
落ちていく数秒の中で、倫吾は体勢を翻し、仗助を下敷きにしようとする。
その先には、先端を切り落とした無数の鋭利な鉄パイプが突き出していた。
倫吾が張った罠。
命をかけて仗助をしとめるために潜ませておいた、命の槍。
倫吾は、自分の身体ごと仗助と共にその鉄パイプに突き刺さった。
「仗助くんッ!!」
上の階で、楓が叫ぶ声が聞こえた。
二人を貫く鉄パイプ。
2秒…
3秒…
倫吾はしっかりと時を数えていた。
鉄パイプは仗助の急所を確実に捉え、その命はそう長くない。
6本の腕でスタンドごとがっちりと捕まえられた仗助は、抵抗しようにも身動きが取れなかった。
倫吾は、掴んだ仗助から体温がなくなっていくのをしっかりと確かめる。
そして東方仗助の命の火が消えた。
「これで…いい。これで、運命は決定づけ…られた」
消え入りそうな意識の中、倫吾は自らのスタンドの名を呼んだ。
「【ワン・ホット・ミニット】時を…戻せ」
今度は、きっかり『1分間』時を戻した。
東方仗助の最後の『1分間』を。