これは前回の第一話の後半部分です。
空蝉丸が寝静まった頃、サラマンディーネは側近の二人と共にある場所に呼び出されていた。
「サラマンディーネよ。彼の者の様子はどうなのだ?」
サラマンディーネを呼び出した人物。
まだ幼さの残した声。
いや、事実、声の主はサラマンディーネよりも幼いのだが。
その人物はひな壇の上から姿が見えな用に蚊帳のような布で隠された人物、自分たちの指導者である大巫女をサラマンディーネは見上げた。
「まだ傷は癒えていませんでしたが、話すことはできました」
「そうか。それで、その者はこちらに協力してくれるのか?」
「いえ、まだ全てを話してはいません。協力を求めるのは時期尚早と考えましたので。少しずつ、今の状況を理解してもらうべきだと思うのです」
「気持ちは分かる。しかし、全ての民がお主のように、あの者を信じている訳ではないのだぞ」
「重々承知しておりますわ」
そう微笑みを浮かべるサラマンディーネ。
「ならば、良い。あの者の力が利用できるものならば、生かす価値はあるだろう」
その一言にサラマンディーネ微かに、本当に僅かだが、布越しの大巫女を睨んだ。
だが、大巫女はそんな彼女の心情を察してなのか、付け加えるように、
「無論、お前の話が本当ならば、あの者を無下に扱うことはしない。だが、我々の悲願は“アウラ”の救出。戦力になるのならば、欲しいと思うのは当然であろう」
その言葉にサラマンディーネは一瞬顔を俯かせるが、すぐに顔を上げて、
「その事も承知の上です。ですが、彼の事は私にお任せいただけるはず」
「当然だ。よろしく頼むぞ。サラマンディーネよ」
「・・・・はい」
―――汚れている。
大巫女の部屋を出てから、サラマンディーネは自室近くの廊下から月を見上げていた。
夜空に浮かぶ神秘的なまでに綺麗な月が、自分の心をより穢れていることを際立たせているように感じた。
「姫様」
そう物思いに耽っていると、側近の一人であるナーガが話しかけていた。
「やはり、あの者は危険なのでは無いでしょうか。こちらに協力する気が見受けられない処刑するべきです」
と、物騒なことを進言する彼女。
しかし、サラマンディーネは首を横に振った。
「いいえ、話してみて感じたのですが、彼はとても誠実な方。こちらの事情を説明すれば、きっと了承してくれるはずです」
その言葉にナーガも、隣に控えていたカナメも首を傾げた。
ならば、どうして頼まないのか、と。
しかし、サラマンディーネはその問いに答えることは無く。
「じゃあ、もう遅いですから寝ましょう」
そう言って、首を傾げている彼女らを置いて、一人寝室に入るのだった。
翌日の早朝。
サラマンディーネは起床し、空蝉丸と共に朝食をとる為に部屋へ行った。
その後をいつものようにナーガとカナメが付き添う。
「あら?」
部屋の中に入ると、空蝉丸は布団を綺麗にたたんで座禅を組んでいた。
精神を集中させる為に目を閉じていたが、サラマンディーネ達が部屋も入ってくると目を開いた。
「おはようございます。ごめんなさい、お邪魔だったかしら?」
「いや、そんなことはござらん」
「よく眠れましたか?」
「はい。少し早く起きたので考え事をしておりました」
「そうですか・・・」
その考え事を何となくだが察したサラマンディーネ。
だが、空蝉丸は気にした様子も無く、
「正直、行き詰まり悩んでいたので、体を動かしたかったのでござるが」
そう言って、剣道の素振りの真似を行う空蝉丸。
恐らく、部外者の自分が勝手に出歩くべきではないと自重したのだろう。
そもそもまだ彼の武具を返してもいないのだから。
しかし、サラマンディーネはいい考えが思いついたのか、笑みを浮かべながら、
「そうですか。では、食事の後、丁度良い場所ありますので参りましょう」
「はい?」
朝食後、空蝉丸はサラマンディーネの案内である場所へ赴いた。
そこは、
「ここは、ボーリング場でござるか?」
5、6階建ての四角い建物。その屋上には巨大な見覚えのあるピンと三つの穴のあるボール。
その建物を呆然と空蝉丸が眺めていると、
「ボーリング、『城』。この闘技場はそういう名前なのですね」
と、嬉々した様子でサラマンディーネ。
しかし、何となく勘違いしている様子の彼女に空蝉丸は微妙な表情になった。
「いや、闘技場と呼ぶべきなの、でござろうか」
「貴様、姫様が間違っているとでも言うつもりか!!」
煮え切らない態度を取っていると一緒について来たナーガが彼に詰め寄る。
「良いか、サラマンディーネ様はその頭脳を持って、旧世界の文献を研究し、様々な遺物を現代に蘇らせておられるのだぞ!!さらには・・・」
「ちょっと!!」
そこで更に言葉を続けようとするナーガをカナメが小突いて止めると、彼女に向けて、
「それ以上は機密事項よ」
「あっ、ご、御免なさい」
彼女に指摘されて、気が付いたナーガは慌ててサラマンディーネに謝罪した。
しかし、サラマンディーネは彼女を叱ることは無く、
「構いませんわ。それに彼は実際に見聞きしたのですもの。彼の言葉の方が正しいですわ」
と、楽しそうにサラマンディーネは笑い、「参りましょうか」と、空蝉丸の手を引いた。
それからサラマンディーネは空蝉丸を連れまわすように色々なスポーツをした。
最初にテニスから始まり、野球に、ボーリングなど。
戦国時代の人間の空蝉丸だが、仲間たちと共にそれらのスポーツで遊んだ経験があった。
(デーボモンスターとの戦いにも必要だったのだが)
空蝉丸とサラマンディーネ達が一通り遊び終わると、一息つくためにベンチに座った。
「しかし、良くここまで再現したでござるな。拙者が仲間たちと遊んだ場所に全く同じでござる」
この場所だけ見れば、今が600年後だとはとても思えないほど、完璧な再現に空蝉丸は純粋に賞賛する。
すると、サラマンディーネも嬉しそうに笑いながら、
「そう言って、もらえると嬉しいですわ」
彼女にとって空蝉丸の賞賛は、全くゼロの状態から文献を紐解いて作り上げた解答が正しかったことを証明するに等しいのだ。
まるで、テストで良い点を取って先生に褒められているかのように笑う彼女。
それにつられて空蝉丸も笑みを浮かべた。
その様子を少し離れた場所から見ていた二人は少し驚きの表情を浮かべていた。
「姫様、凄く楽しそうね」
「・・・そうだな」
カナメの言葉にナーガが不機嫌そうに答える。
その様子にカナメはため息を吐いた。
「気に入らないのは分かるけど、滅多にあんな表情を見せない姫様が楽しそうなんだよ」
「・・・姫様も何を考えておいでなのやら。龍神器の完成も後僅かなのだぞ。あのような者の力など必要なかろうに。さっさと処刑してしまえば・・・」
「それ言うと、姫様に怒られるよ」
「うっ・・・・」
再びカナメの指摘に言葉を詰まらせるナーガ。
そんな彼女に何度目になるのかのため息を付き、楽しそうに笑みを浮かべる自らの主に目を向けた。
「なるほど、つまりサラマンディーネ殿は考古学者のような方なのですな」
「考古学?」
「さよう。人類の残した遺物を研究し、その文明の事を理解しようとする方々の事でござる。拙者の仲間にも一人居りました」
と、空蝉丸の指摘にサラマンディーネは優しく微笑んだ。
「私はただ知りたかっただけです。過去に何があったのか、知り、理解し、受け入れる。そこから何かを学べれば、私達はより良く前に進むことが出来ると思ったのです」
「それは素晴らしい心がけだと思いますぞ」
「あうっ・・・」
素直に思ったことを口にする空蝉丸に今度こそサラマンディーネは気恥ずかしげに頬を赤く染めた。
良くも悪くも純粋で素直な空蝉丸。
昨日、少し話して理解していたが、こうも真っ直ぐに褒められると流石に恥ずかしく感じるサラマンディーネ。
だが、だからこそ、
「・・・すみません」
自然と零れてしまった一言。
当然、空蝉丸には何に対してなのか分かるはずも無く困惑するだけだった。
しかし、一度漏れ出した後悔をサラマンディーネは抑えることが出来なかった。
「・・・辛いですよね。自分たちが守り抜いた世界が、守ろうとした人間によって破滅してしまうなんて・・・。それに、折角、楽しんでおられたのに、旧世界の事を思い出させてしまい」
思いつめたように俯くサラマンディーネに、空蝉丸は目を丸くしている。
しかし、彼女はずっとその事を気にしていた。
発見した時、空蝉丸の体の傷は死んでも可笑しくないものだった。
一命を取り留めたのも、意識が戻った次の日に、コレだけ体を動かせるようになるなど信じられないほどだった。
それほどの傷を受けて尚、この星のために戦った戦士に、一度は滅亡しかけた世界を見せるのはどれだけ酷なものだろうか、とサラマンディーネの胸を締め付けていたのだ。
しかし、空蝉丸は優しい笑みを浮かべながら、首を横に振った。
「いえ、それはサラマンディーネ殿たちが気に病むことではござらぬ」
「ですが・・・」
「サラマンディーネ殿たちはこの世界を救う為に、行動しておられる。そういう方々がいるだけでも、拙者たちが戦ったかいがあると言うもの」
そう言って、空蝉丸は姿勢を正し、サラマンディーネを正面に見据えると深く頭を下げ、
「サラマンディーネ殿の気遣い、真に感謝するでござる」
自分をボーリング場に連れ出したのも彼女の気遣いなのだろう。
そのことに対して空蝉丸は純粋に感謝し、頭を下げたのだった。
「そ、そんな、頭を上げてください」
誠意を込めた礼を述べると、サラマンディーネはまさか感謝が来るとは思ってもいなかったため焦った。
そんな態度も珍しいのか、側近の二人は信じられない表情を浮かべながら状況を観察している。
「ゆえに」
と、改まって空蝉丸はサラマンディーネの顔を見据え、
「サラマンディーネ殿が拙者に対して負い目を感じることもござらぬ。拙者に何か言わねばならぬことが他にもあるのなら、遠慮せずに述べてくだされ」
「・・・・・・・・」
優しく掛けられる言葉にサラマンディーネは呆然とした。
まさか、自分の心情をここまで察していたことに驚いたのだ。
だが、サラマンディーネは不快に思わなかった。
むしろ、その表情には自然を笑みが戻っていた。
そして、徐に立ち上がると、
「・・・わかりました。付いて来てください」
そう言って、空蝉丸と共にある場所へと向かうのだった。
まるで吹っ切れたかのように彼の前を歩く彼女の瞳には、もはや迷いはないのだった。
それから空蝉丸はサラマンディーネ達と共に大型のドラゴンに乗って巨大な塔へとやってきていた。
「ここは、一体・・・・」
物珍しそうに塔の中を見回す空蝉丸。
中は薄暗く、あちらこちらに皹が入っている。
「『アウラの塔』と我々は呼んでおります。嘗てはドラゴニウムの制御施設だった所ですわ」
「アウラ?」
長い通路を先に歩きながらサラマンディーネは振り返ることなく説明した。
「以前、我々が地球の浄化のために遺伝子を操作したことは話しましたね。アウラはそれを最初に行った偉大なる始祖ですわ。この塔にアウラはいたのです」
「ですが・・・」と一度言葉を切ると、空蝉丸たちはリフトのような物に乗って下へと降りていく。
すると、そこには巨大な空間が広がっていた。
「アウラはもういません」
「・・・亡くなられたのでござるか?」
空蝉丸の問いかけにサラマンディーネは「いいえ」と首を横に振って否定する。
「連れて行かれたのです」
そう言って、サラマンディーネは一度悲しげに顔を俯かせ、
「その者の名はエンブリヲ。ドラゴニウムを発見し、この世界を破壊した兵器、ラグナメイルを開発し、この世界を見限り捨てた。全ての元凶の男です」
「この地球を捨てたと言うことは、サラマンディーネ殿たちと違い新天地を探しに出た者達でござるか?」
その問いにサラマンディーネは頷き、
「この星を捨てた人間たちは、平行宇宙に存在するもう一つの地球を見つけ、そこに移り住んだのです」
「では、アウラ殿はそこへ攫われたのでござるな。しかし、どうやって、何ゆえサラマンディーネ達の世界から連れ去ったのでござるか?」
「エンブリヲはこちら側とあちら側を繋げる方法を見つけたようなのです。そして目的は・・・理想郷を作るためなのでしょうね」
「理想郷?」
「彼の世界は、『マナ』と呼ばれる奇跡の力。その力のエネルギーはアウラから放たれるドラゴニウムなのです。しかし、エネルギーは尽きます。定期的な補充が必要になる」
「補給?・・・まさかっ」
「ええ。その後もエンブリヲは幾度も我々の世界に特異点と呼ばれるゲートを開きました。我々はアウラを奪還する為に、自らそこへ飛び込むのですが、生きて帰って来た者はいません。恐らく、向こうの世界で殺され、体内のドラゴニウムの結晶を取り出されているのでしょう」
それを聞き、空蝉丸は絶句した。
余りの話に頭が付いていかないのだ。
だが、理解は出来なくても、サラマンディーネの話には嫌悪感があった。
彼女の言葉から伝わってくる憤りに感化されているのかもしれない。
空蝉丸の心情をサラマンディーネも察したのだろう。
「我々の悲願はアウラの奪還です」
そして、申し訳なさそうな表情で、
「そのためならば、どんなことも、あらゆる手段も辞さない考えです」
そう言って、サラマンディーネは瞳を閉じ、
「ですから、空蝉丸殿にも協力して欲しいのです」
決心しように強い視線を彼に浴びせる。
「世界を救ったばかりの貴方に、こんな事をお願いするのは申し訳ないのですが、どうか我々にお力を貸してください」
「承知仕る」
それに対する空蝉丸の返事は即答であった。
しかし、短い言葉にはズッシリとした重みがあった。
「サラマンディーネ殿の話を聞き、何もしないなどと言う事はできぬでござる。微力ではござるが、協力させていただきたい」
「・・・信じていただけるのですか?」
「嘘を言っているかどうかぐらい、声を聞けば分かるでござる。それにサラマンディーネ殿たちには命を救ってくださった恩義がござる。何より、この世界で拙者に出来ることがあるのなら、喜んで協力させていただくでござる」
偽りなき本心を述べる空蝉丸。
「・・・ありがとう、ございます」
そんな彼に対してサラマンディーネは一言、呟くように紡いだ一言を返すのが限界であった。