大型ドラゴンの頭の上で空蝉丸は夜の闇の中にいた。
かなりの速度で飛んでいるため、余り乗り心地が良いとは言えないが文句は言えない。
『女の子が乗っているんだ、もっと丁寧に飛んでくれ!!』
苦言が聞こえてきて空蝉丸は視線を隣に飛んでいるドラゴンへ。
その下に吊るされているコンテナへと。
「閉じ込める必要は無かったのでは?」
「そういう訳にはいかん」
別に空蝉丸に対してではないのだろうが。憤慨した様子でナーガ。
コンテナの中にはアンジュとタスク、それにドラゴンのヴィヴィアンが入れられている。
囚人の護送のような情景だが、二人からすれば、彼らは仲間を殺した仇なのだから仕方がないだろう。
コンテナの中から何やら言い争いをしているのを聞きながら、空蝉丸はどうしたものか、と考える。
だが、敵に捕らわれたと感じる状況で痴話げんかが出来る程の図太い神経をしているのならば大丈夫だろうと思いながら、
「ならばせめて、もう少しゆっくり飛んでも良いのでは?」
そうすれば、コンテナの中の揺れも抑えられるだろう、と提案してみるが。
「そういう訳にもいきません」
今度はカナメがその提案を拒否した。
だが、その表情はナーガと違い笑顔だった。
「サラマンディーネ様が都で待っているので少しでも速く行かないと」
そう言って、カナメは空蝉丸に向かって微笑み浮かべながら、
「言うまでも無いことなのですが、私達全員がお二人を応援してるんです」
「は、はぁ」
「だが、もしも姫様を泣かせることになれば、都の者達全員が貴殿に報復に向かう」
そんな会話をしながら空蝉丸たちを乗せたドラゴンは暗闇を滑空した。
コンテナの中から響く痴話げんかを聞きながら。
それから都に到着したのは日が昇った後であった。
到着してコンテナから出されたアンジュは苛立ちをタスクにぶつけていたのだろうが、それだけでは解消されなかったらしく、出てきてすぐに空蝉丸にも噛み付いた。
曰く、「よくも私を騙してくれたわね!!」、と掴みかからん勢いでだ。
もしも、ナーガ達が彼らの銃を奪っていなければ命に関わっていたかもしれない。
だが、アンジュの詰問の間に、ナーガがヴィヴィアンに向けて注射針を打ち込んだ。
恐らく、麻酔弾だろう。
熊などを大人しくさせるために使うものに似ていた。
そして、案の定、麻酔弾の効果でヴィヴィアンは眠りにつかされていた。
その事でもアンジュは激昂したが、ナーガとカナメは冷ややかな態度で。
彼女の治療をすると告げる。
「大巫女様がお待ちだ。着いて来い」
その言葉に不服そうにしながらもアンジュは納得しついていくのだった。
それからアンジュとタスクは宮殿内にある大巫女の謁見の間に通された。
以前、空蝉丸もここに通された事がある場所だった。
そこでアンジュとタスクも事情を聞くことになっていたのだが。
大巫女が名前を聞いただけで、アンジュは彼らを挑発するように声をあげ、タスクが慌てているのにも関わらず、好戦的な態度を崩さなかった。
その結果、周りの人間が二人を処刑するように進言する者も現れた。
だが、それに対してもアンジュは強気の言葉を発し、一生即発の空気となるのだった。
そんな中でサラマンディーネが立ち上がり、彼らの身は自分が預かると言ったのだった。
そして、現在。
「この前も思ったのでござるが、この見事な茶碗は何処で手に居られたのです?」
以前通された茶室でお茶をたてる空蝉丸。
茶筅を操りながら空蝉丸は茶碗を褒めた。
すると、サラマンディーネは頬を緩めながら、
「これは廃墟の中で偶々見つけたのですが、面白い形をしていたので。調べてたので、そこから茶道というものを知ったんです」
嬉しそうに語るサラマンディーネ。
「でも、そんなに価値のある物なのですか?」
「ええ。恐らく、かなりの名のある職人の作ったものでござろう。大戦前の概念でいえば、家の一つは買えるかもしれませぬ」
「まぁ、そんなにですか!?」
「・・・で、そんな話を聞かせて、随分と代わった尋問方法ね」
空蝉丸の言葉に口元を手で覆いながらサラマンディーネが驚いていると、対面に座っていたアンジュが皮肉を飛ばす。
すると、サラマンディーネは微笑を浮かべながら、
「尋問なんてする心算はありません」
「じゃあ、何の心算?」
尚も睨むアンジュ。
そこで、空蝉丸がたてたお茶を差し出した。
「まずは落ち着かれよ。話をするなら、冷静になってから話すほうが良いでしょう」
「この状況で落ち着けるわけ無いじゃない!!」
「それは重々承知でござる。しかし、お二方はサラマンディーネ殿と話し合う必要がござる。だからこそ、サラマンディーネ殿はお二方を客人として茶道にてもてなそうとしておられるのです」
「茶道?」
「さよう。古来の芸道の一つで。礼法を学ばせるのに方法の一つでもある」
「もしかして、その座り方もですか?」
何故か、茶道に興味を示したタスク。
空蝉丸も覚えた知識を披露することが嬉しいのか微笑みながら。
「これは正座と言う座法でござる」
「・・・僕達もそう座った法が良いでしょうか?」
タスクの言葉に空蝉丸は苦笑を浮かべた。
今、タスクは胡坐をかき、アンジュはお姫様座りだ。
「無理に行う事はござらぬ。慣れない人には辛いでございますから。なにより・・・」
「何よっ?」
一度言葉を切って、空蝉丸はアンジュを見る。
「アンジュ殿は見たところ西洋の方のようでござるから。無理かと・・・・」
「バカにしないでよっ。座るくらいなんてことないわ」
と、対抗心のようなものを燃やしたアンジュが二人の真似をして正座した。
すると、タスクも付き合う形でため息をついてから正座する。
それを見て空蝉丸は唖然のするのだっただが、サラマンディーネは面白いものを見た目で見ているのだった。
それはともかくとして、サラマンディーネとアンジュたちの会談が始まるのだった。
まずは空蝉丸が以前聞かされたこの世界に起こった出来事と、アンジュたちのいた地球の他にもう一つの地球があることだった。
それから空蝉丸も自分が600年前から事故でこちらにやって来たことも説明するのだった。
「そんな事が・・・・」
一通り説明を聞いて、信じられない、と呆然と呟くタスク。
語られた言葉が現実味の無い話だけに容易に信じられないのだろう。
しかし、その表情は困惑の他にも何かがあるように思われた。
足もモゾモゾしているし・・・
「なるほどね」
だが、アンジュの方は落ち着いていた。
「つまり・・・・」
言葉を切って、喉を潤すためだろう手に持った茶碗のお茶を啜ってから、
「貴女がここに居て地球が二つあるって事はッ!!」
もう一度言葉を紡ぎながらアンジュは持っていた茶碗を壁に叩き付けようと投げ捨てた。
「あっ!?」
突然の凶行に驚きの声を上げる空蝉丸。
投げられた茶碗は真っ直ぐと壁へと飛んでいく茶碗。
あえなく衝突し、粉々に砕け散るかに思われた。
「ぬぁあああああああっ!!」
しかし、それは済んでの所で、空蝉丸が自身の頭がぶつかる事も厭わぬほどの捨て身のダイビングキャッチで回避された。
その代償に、茶碗以上の加速で壁に頭をぶつけたのだが、そんな事は意に介さない。
なぜならば、
「なんと言う事を。世界が滅び掛けて尚、これほどの保存状態を保っているのは偏に作り手の強き思いの為せる奇跡の所業。
それほどの物を乱雑に扱うなど、一体何を考えて居られるっ!?」
と、憤慨しながら頭の痛みも忘れるほど憤る空蝉丸。
だが、振り返ったとき、言葉を向けた人物はそれ所ではなかった。
「~~~~っ!?」
「アンジュ!?」
片膝をついたような状態で蹲るアンジュの姿があった。
「ど、どうし―――」
―――ピキィッ
アンジュの様子に立ち上がり駆け寄ろうとしたタスクだったが、
「あぐっ!?」
片方の足を突いた瞬間、足をもつれさせ、そのまま真っ直ぐ倒れ込んでしまった。
そうアンジュのほうへ。
「きゃっ!?」
当然のことだが、蹲っていたアンジュが倒れこんでくる男のタスクを受け止められるはずも無くそのまま倒れこんでしまう。
丁度、空蝉丸と最初に出くわした時の様に押し倒す形で。
「ちょっと、タスク。アンタまた・・・・」
「ご、ごめんっ!?」
慌てて離れようとするタスクだが、足を上手く動かす事が出来ずもがく事しかできない。
そんな彼の動きは強姦のそれに見えて仕方なく、アンジュも彼を蹴り飛ばしたいのだろうがこちらも足を上手く動かせないらしい。
「どうされました!!」
と、二人が騒いでいると、それを聞きつけ部屋の外に控えていたナーガとカナメが飛び込んできた。
「なっ」
「まぁっ」
だが、入った瞬間、二人はアンジュとタスクの状態を見て、赤面し絶句してしまう。
「ひ、姫様が話をしたいというのに、お前たちは何を発情しているのだっ」
戦慄した様子でナーガは精一杯の言葉を搾り出すように放つ。
その言葉に今度は二人が絶句する。
ただでさえ赤い表情を更に真っ赤に染めながら、
「ち、違うわよっ!?あ、あんた達こそ毒を盛ったでしょっ!?」
「そんな事はしておりませんわ」
今の自分たちの状態、主に足のシビレを毒の所為だと思ったアンジュ。
だが、サラマンディーネは心外とばかりに否定した。
尤も、その表情は終始面白いものを見つけたように微笑んでいたが。
「ただ慣れない正座で足のシビレが切れたでしょう」
「だから、無理をなさるな、と申したのですぞ」
諭すように説明するサラマンディーネと空蝉丸。
その言葉に苛立ちを感じるようにアンジュは二人を睨みつける。
だが、足のシビレが余りに辛いのか、涙目でただ睨むしか出来ないでいた。
「う、うるさいっ。帰る方法があるのなら教えなさいよっ!?」
「帰ってどうするのですか?」
ため息をついて立ち上がるサラマンディーネ。
そのままゆっくりと縺れ合うアンジュとタスクの元までやってくる。
「帰った所で待っているのは兵器に乗って我々の仲間を殺す偽りの戦いのみ。そんな人生がそれほど大事なので?」
「何ですって・・・」
鋭く睨むアンジュ。
「偽りの戦いって、どういう意味よっ」
彼女にとっては命がけの戦いだったのかもしれない。
それなのに、サラマンディーネに見下されたように言葉を紡がれて憤慨しているのだろう。
しかし、当のサラマンディーネはアンジュの視線を全く気にした様子も無く、
「少し失礼します」
「え?うわっ!?」
しゃがみ込んでタスクを転がすようにアンジュから退けたサラマンディーネ。
そして、アンジュを小脇に抱えるようにして立ち上がるのだった。
「な、何するのよっ!?」
「貴女に真実を見せて差し上げます。それに貴女の身に渦巻いている忌々しいシステムも」
「訳の分からない事を言わないでっ!?離しなさいっ!!」
「あらあら、随分元気なことで」
サラマンディーネから逃れようと暴れるアンジュ。
しかし、それでもサラマンディーネは慌てることはなく、
「足はもう大丈夫なので?」
「ヒグッ!?」
アンジュの足を指で突くサラマンディーネ。
それだけでアンジュは可愛らしい悲鳴を上げて動きを止めてしまう。
彼女の様子にサラマンディーネは面白げに笑いながら、
「それじゃ留守を頼みますよ。ナーガ、カナメ」
そう言って、彼女らを置いていくように部屋から出ようとするサラマンディーネ。
だが、不意に空蝉丸のほうに詰め、
「時間を作りますので話はその時に」
彼の耳元で呟くように伝えると、唖然とするメンバーを置いて足早にその場を後にするのだった。
サラマンディーネがアンジュを連れて行った後、残された空蝉丸とタスクは部屋の中で話をした。
サラマンディーネに聞いた話をタスクにし、その後はアン二人が帰って来るまで仲良くお茶をすすって待っていた。
「さっきはすみませんでした。アンジュが・・・」
「いえ、御気になさらず。茶碗もこうして無事でござったのですから」
申し訳なさそうにするタスクに対して、茶碗を確かめながら空蝉丸。
「しかし、何故アンジュ殿はこの茶碗を投げたのでござろうか」
「たぶん、それの破片を凶器に使おうとしたんだと・・・」
「・・・勇ましいでござるな。本当に皇女なので?」
「・・・すみません」
と、そこでタスクは気が付いたように、
「あれ、アンジュが元は皇女だと話しましたっけ?」
そこで空蝉丸も気が付いたように、
「ああ。それは間諜からの情報でござる」
「カンチョウ?」
「スパイでござったか。リザーディア殿と言うそうで、拙者は会った事が無いのでござるが。
アンジュ殿の国の近衛長官という事をやっているそうでござる」
「そういえば、空蝉丸さんは600年前から来たんですよね」
「はい。正確には1200年前の人間になるのでござるが」
「はっ、ははっ・・・」
苦笑を浮かべたタスク。
そこでお互いにお茶をすする。
だが、タスクは気になった様子で、
「どうしてですか?」
「はい?」
「どうして空蝉丸さんは俺に親切にしてくれるんですか?」
「男と話が出来たのが久しぶりだからでござる」
その一言にタスクは納得した。
「確かに、男はいないみたいですね。雄はいるみたいですけど・・・」
でも・・・
とタスクは言葉を続け、
「ずっと一人でいるよりはマシですよ」
「・・・それは確かでござるな」
そこでお互いにもう一度お茶をすすって、
「・・・それから救ってくれたのが、アンジュ殿なのでござるか?」
「えっ!?」
驚いてお茶を噴出しそうになるタスク。
その反応は図星なのだろうと思った空蝉丸。
しかし、タスクはどうすれば良いのか分からずアタフタとしていると、
『ミスター空蝉丸。少々よろしいですか?』
部屋の外から声が掛けられる。
空蝉丸が頷き、入るように言うと、白衣を身に纏った女性が中に入ってきた。
「ゲッコー殿、どうかなされましたか?」
空蝉丸も世話になった宮殿の女医。
「実はミスタータスクに少々協力をお願いしたいのです」
「お、俺にですか?」
呼ばれて緊張した様子のタスクだが、空蝉丸に図星を付かれてアタフタしていた彼にはこれ幸いと思ったのだろう。
二つ返事で彼女についていった。
その結果、とんでも無いことになるとも知らずに。
サラマンディーネが宮殿に戻ったのはそれからすぐの事だった。
アウラの塔で事実をアンジュに説明したのだが、彼女は素直に納得しなかった。
リザーディアから情報を貰っていたので、そんな簡単に行くとは思わなかったが。
宮殿内を歩くサラマンディーネ。
その心は期待と不安が半分ずつだった。
期待というよりも願望ともいえるのが。
不安の方は・・・・
『貴女も同じじゃない。私を利用したいんでしょ。あの男も貴女の駒なの』
説明の中で彼女が言った言葉。
その言葉に逆上して、少々彼女をきつく締め上げて失神させてしまった。
今は医務室で休ませているが。
「あの、サラマンディーネ殿」
「う、空蝉丸殿・・・・」
足取りが重くなりつつあった彼女の背後から空蝉丸が声を掛ける。
まさかの出会いにサラマンディーネの心臓が飛び上がる。
先ほどまで上に立つものとして申し分ない態度だったにも関わらず、今はまさに恋する乙女だった。
「真にありがとうございました!!」
「え?」
突然、腰を丁寧に折って感謝する彼にサラマンディーネは呆然とした。
「サラマンディーネ殿には二度も救ってくださった。真にありがとうございます!!」
「ど、どうされたんですか?」
土下座をする勢いでサラマンディーネを拝み倒す空蝉丸に戸惑った。
すると、空蝉丸は先ほどの出来事を話した。
何でもタスクと共にサラマンディーネ達を待っていると、ドクターゲッコーがタスクに協力を求めた。
しかし、その内容が性教育の実験体だったそうだ。
「ゲッコー殿に聞くと最初は拙者に行おうとしていたのを、サラマンディーネ殿が助けてくださったとか。もしも、あんな事をされたら、拙者は切腹し自害したかもしれませぬ」
その言葉にサラマンディーネは思い出したように納得した。
「アンジュも医務室で休ませていますが、目が覚めた時、どんな顔をするかしら」
面白そうに呟くサラマンディーネ。
「タスク殿はアンジュ殿の騎士だそうでござる」
「そう言っていましたね」
「拙者も騎士にしてもらえませんか?」
「はい?」
空蝉丸の言葉に目を丸くするサラマンディーネ。
そのままの言葉では分からないだろう。
だから、もう一度、今度は片膝をつき跪いてから言葉を紡いだ。
「拙者をサラマンディーネ殿の一生を守る騎士にしてください」
顔から火が出てしまうのではないか、と言うほど赤くなる空蝉丸。
「それは、ずっと私の傍にいてくれるという事でしょうか?」
「さようでござる」
サラマンディーネも空蝉丸の言葉の意味を理解すると、顔を真っ赤にする。
だが、その瞳は嬉しさから涙を溜めた。
そして、サラマンディーネは跪いている空蝉丸の頭を愛おしげに抱きしめるのだった。
漸く完成しました。
更新が遅くなって大変申し訳ありません。
・・・そろそろ空蝉丸には荒れてもらいたい・・・
頑張ってそこまで書きたいと思っています。