ダンジョンでの一件…もとい三件から数日が経った。
鉄男、勇人、花実の三人は起きたことの衝撃に思わぬダメージを受け、家に帰ると何をするでもなく糸の切れたマリオネットのようにただ時が過ぎるのを傍観していた。
特に深刻なダメージを負っているのは鉄男である。あんな悪意の塊のような男に、自分が心の奥にひそめていた真意を見抜かれてしまったからだ。今更あの二人に圧わせる顔がない、そんな気持ちやもういっそ寝返ってしまおうかという気持ちがない交ぜになりそんな気持ちはまだ成長しきっているとは言えない鉄男の心に深い闇を植え付けていた。
いつものように目を覚まし、朝食を摂りなんとなく腹を満たすと、そのまま自室にこもっていた鉄男の耳に、いつもは聞かない、聞きなれていない音が届いた。天才によって作り変えられた世界でも、たいていの物体はその存在価値を失っていない、つまりは作り変えられる前と同じような働きをする。
この時聞こえてきたのは、来客が家主を呼び出す…簡単に言ってしまえばインターホンの音である。
インターホンの音が家中に響き、そこから数秒置いて母親の気の抜けるような返事が聞こえる。
「鉄男~お客さ~ん」
一階からそんな呼びかけの声が、また気の抜けるような声で聞こえてくる。鉄男も強い意志を持って部屋に籠っているわけではなかったので、ゆるりと立ち上がると、玄関へと足を運ぶ。
玄関で母親と話していたのは、俺とは確実に初対面であろう、見た目十二、三歳くらいの男女だった。
男の子の方はあまりサイズの合っていない袖の余ったワイシャツを着ており、男子とは思えないほどの艶やかな黒髪と、目鼻立ちの整った、美男子という言葉がぴったりと合う見た目をしていた。
女の子の方は、男の子とは対照的にぴったりとサイズの合ったブレザーを着ている。後ろで一つに束ねられた綺麗な黒髪に透き通るような白い肌は、美少女と呼ぶにふさわしい顔立ちをより一層引き立てていた。
「鉄男さん…ですか?」
男の子が恐る恐るといった様子で声をかけてくる。その幼い声色は、男であっても惹きつけられる様なものだった。服装から言うに中学生くらいであろうが、学校ではさぞモテモテに違いない。
「そうだけど…君たちは?」
名前も知らないような相手、しかも年下に名前を知られているというのはあまり心地のいいものではない、というのは人の感性によると思うが、鉄男は別に目立ちたがりなわけではない。
ただしかし、この場合に鉄男が不快感を覚えたのはその状態のことではなく、もっと別の所、具体的に言うならば名前を知られている理由が大体の所察しがついてしまって、さらになぜこの子達が家を訪ねてきたかの理由までがなんとなくわかってしまったからだ。
「僕は、神賀谷 意月(かみがや いつき)といいます」
礼儀正しくお辞儀をしながら意月はそう名乗る。やはり苗字にも聞き覚えがないので、この二人がなぜ訪ねてきたかの理由が、より確かなものへと変わっていく。
「こっちは双子の妹で陽花(はるか)です。すみません、人見知りで自分からは自己紹介ができないんです」
本当に申し訳なさそうに意月はそう言う。その様子だと彼も妹の扱いに手を焼いているのであろう。
「意月君達はなんで俺の家に来たんだ?」
その予想の不快さと、多分当たっているであろう不安感から、思わず口調がぶっきらぼうに、そして突き放すようになってしまうが、いっそのことその態度に負けて帰ってくれた方が、この場合は都合が良い。
「その…実は父と母がダンジョンに行ったきり帰ってこないんです」
意月の口からは絶対に聞きたくない、そして予想通りの言葉が飛び出る。その言葉を聞いた瞬間、体から血の気の引くような悪寒と、頭を殴られるような衝撃を覚える。
「それで、俺にダンジョン攻略を手伝ってほしいと?」
今度は露骨に、そして意図的に強い口調で半ば威圧するように聞くが、彼はそんな俺の態度に全く怯まず、
「はい」
と、そう一言肯定の意志を示す。しかしどれだけ力強く肯定されようと、俺は彼に力を貸す義理もなければ力を貸そうという気もない。
「悪いけど…」
そう言って断ろうとした俺の言葉は、途中で一人の男の声に遮られる。
「それ以上お前に否定の意思は見せて欲しくないな、鉄男」
声のした方向に顔を向けると、そこに立っていたのは案の定、幼馴染である勇人と花実の二人だった。二人の顔つきはまるで穏やかではなく、俺に対しての警戒の色がありありと浮かんでいて、それまでの関係が崩れ去ってしまったような感覚に陥る。
「なんだよ二人とも、もしかしてこの子達に力を貸す気か?」
最早挑発としか取れないような態度で勇人にも接するが、勇人も全く怯むことなく次の言葉を発する。
「勿論貸すさ。この子達は別に悪事を働こうってわけじゃないんだ。
この世界を元に戻すのに貢献するっていうなら、俺たちの目的にも、合致するしさ」
俺達の目的、その部分を強調して言ったのは気のせいではあるまい。十中八九、この間の事を気にして俺を裏切り者だと疑っているのだろう。
しばらくの間、その場は沈黙で満たされた。双方が相手の出方を伺っていて、言ってしまえば拮抗状態に陥ってしまっていたのだ。
果たしてその状態を破ったのは俺でも花実でも勇人でも意月君でもなく、まさかの陽花ちゃんだった。陽花ちゃんは意月君と勇人の間をすり抜けて俺に近づくと、突然俺の手を握り、上目遣いでこういう。
「お兄さん…お願いです、私とお兄ちゃんに、力を貸してください…」
先ほども言った通り、陽花ちゃんは美少女であり、そんな可愛い子に上目遣いでお願いされてしまえば、返答はひとつだけだった。
「わ、わかった」
俺がお願いを了承した瞬間の花実、意月君、勇人の拍子抜けしたような表情は、目の前の女の子に目をくぎ付けにされていた俺の視界に入ることは無かった。
大分間が空いてしまいましたが、第九話です。
前回で話がひと段落してしまったので書きづらい部分もありましたが、これからできる限りペースを上げて更新していきたいのでよろしければこれからも読んでください。