勝負はあっという間だった。
結果は言うまでもなく、勇人の完敗、逆に言うなら男の圧勝だった。
そしてその勝負は語るようなものではない、見たままのことを言うなら、敵の挑発にまんまと乗った勇人が一方的に男にやられただけ。
切り込んで行った勇人に向けて男はまず銃を一発撃った。
猛毒の蛇銃《オールオート・フルポイズン》という名を持つらしいその武器から発射されたその銃弾は、禍々しい紫色の軌跡を描きながら一直線に勇人に向かった。
一直線に向かってきた銃弾を、勇人はドラゴンブラスターで横薙ぎに払い、回避した。
そしてその勢いのまま、男を切ろうとしたが、その刃は空中で何かに掴まれたかのようにぴたりとその動きを止め、男の体にかすり傷一つつけることができなかった。
男はまるでそれが当然のことだとでも言うように停止した刃に目を向けることもなくゆるりとした動作で、勇人に向けて銃口を向けた。
「貴様等のような餓鬼とは経験が違うんだ、これに懲りて俺たちに忠誠を誓うというのなら、今ならまだ見逃してやろう」
男がそういうと、勇人が悔しげに歯軋りをするのがわかった。
「こんなもんで俺に勝った気になってんじゃねぇ…!」
勇人がそう呟くと空中で動きを停止させていたドラゴンブラスターが姿を消し、それと同時に勇人がウェポンコールを叫ぶ。
再び勇人の手に出現し、召喚し直すことで自由になったその刃を、余裕の態度で身構えてすらいない男に向けて一気に振り下ろす。
その時、ぞわっと悪寒が俺の体中を駆け巡る。日常生活では体験することも無いような、禍々しい気。
それはあの男から発せられる殺気だと、そう感じた俺は早口に二回、ウェポンコールを唱え、一気にラグナロクを召喚する。
「勇人、止まれ!!」
叫ぶが、遅かった。
「逆らうのか…ならば、死ね」
身構えてすらいなかったはずの男は、下していた腕をあげることすらせず勇人に向けて同時に二発の弾丸を放ち、刃を振り下ろしていた勇人にそれを防ぐ術などあるはずもなく、刃が男に届くかというその一瞬の間には、勇人の体は弾丸に貫かれていた。
振り下ろされていた刃は支えるものを失っても慣性の法則に従って男へと届くが、力のこもっていない刃が男に傷を付けられるはずもなく、銃身であっさりとはじかれてしまう。
刃を弾かれた衝撃で、力を失った勇人はその場に倒れこんでしまう。
「勇人!」
悲痛な叫びをあげながら花実が勇人の元へと駆け寄ると、男をにらみながら勇人を抱きかかえる。見ると勇人の体は徐々に結晶へと変わってきてしまっているようだった。
勇人を見ると、肩と脇腹から夥しい量の出血をしていて、すでに勇人の周りが赤く染まってしまっていた。
「勇人!死ぬな!」
「動くな」
俺が叫びながら勇人に駆け寄ろうとすると、男が銃口をこちらに突き付けながら冷酷にそう言う。
「て、てめぇ…よくも勇人を」
「忠告はしたはずだ。これはただ奴が俺の力量を見誤った結果、俺にやられただけだ。先手は譲ったはずだし、文句をつけられるいわれはないぞ」
そう聞いた瞬間、俺の心から、体から、すうっと血の気が引いていくのがわかった。
世界を戻したくない、そんな理由のために勇人を打ちやがったのか、こいつは。
どんどんと、俺の怒りや悲しみが奴への殺気へと変わっていくのがわかる。
「ぶち…消す…!!」
そう呟くと俺は召喚したラグナロクを高々と振りかぶり、男へとあの必殺の一撃を繰り出す。
その刃は空中で停止することもなく、そして銃身に弾かれることもなく、逆に銃身を消し去りながら、一直線に男へと向かう。
しかしその刃は、男へと当たることもなかった。男からの追撃が来るかと身構えようとするが、俺の体は何かに固められたかのように動かなくなる。それはさっき、ダンジョンの広間で天才と画面越しに対峙したあの時と、全く同じだった。
しかし先ほどと違かったのは、動きが停止しているのは俺だけではなく、男も同様に停止していることだった。
首は動かないので目だけ動かして見渡せる限りであたりを見渡すと、どうやらこの場にいる全員が停止しているようだった。
しかしどういう原理なのかわからないが体が動かないだけで、眼球や唇、そして勇人から溢れる血液は止まっていなかった。
「動かねぇ…なんだこれ…」
「どうやら第三者のお出ましのようだな」
口ぶりから察するに男は何もしていないようだが、しかし男が何もしていないというなら一体どこの誰ならこんな真似ができるというのだろうか。
「やぁやぁ諸君、お楽しみを邪魔して悪いが、どうやら君たちは物の使い方というものを知らないようだね」
そう、この感覚はさっきダンジョン内で経験したことがあるのだ。こんなことをできるのはこの世界にはたった一人、あの天才以外にいるわけがないのだ。
「お初にお目にかかる、と言いたいところだが、貴様は誰だ?」
男は停止したままの状態で突如聞こえてきた声に対してそう返す。その様子はまるでその辺にいるやつに話しかけようとしているかのよう…
「私は人と話すときはその人の顔を見て話したいたちなんだ。というわけで動けるようにしてあげよう」
天才の声がそういったかと思うと、場にいる全員の武器が一瞬にして消えてなくなり、代わりに全員が動けるようになる。
ラグナロクを振り下ろそうとしている姿勢のまま止まっていた俺は、突然動けるようになり目の前の男にもたれかかるようにして倒れそうになるが、この状況で男に触れようという気にはならなかったので何とか踏みとどまる。
そして後ろを振り向くと、あの天才が、まるで最初からそこにいたかのように立っていた。
「さてさて…先ほどそこの少年…鉄男君といったかな?にも言ったが…
言葉には気を付けろ…」
天才が冷たく言い放つと後ろから男のうめき声がする、振り返ってみると真っ黒な十字架のようなものに磔にされており、四肢がすべて固定されていた。
「人に名前を聞くときはまず自分からってよく言うよねぇ?早く名乗らないと結晶になってしまうよ?」
「ぐっ…俺は…蛇賀谷 恭弥…だ…」
男がそういうと黒い十字架はぱっと消え去り、支えを失った蛇賀谷はその場に倒れ伏す。
「よくできました。全く、最近の若い子は礼儀ってものがなってないよねぇ…」
「名乗った…んだから…あなたも…名乗って…くだ…さいよ…天才さん…」
とぎれとぎれの、今にも死んでしまいそうなような声で勇人が天才にそう言う、すると天才の方は先ほどとは打って変わった優しい目で勇人を見やる。
「勇人君…他の子のおいたのせいでこんなことになってしまって…さすがに同情を誘うよ…というわけでキミの傷は特別サービスで直してあげよう」
天才がそう言葉を発するだけで、勇人の傷はあっという間にふさがっていき、そこらにできていた血の海も消えていく。
この天才、もうすでに三、四十代は軽く超えていそうな男に対して最近の子などと言っているが、一体この天才は何歳なのだろうか?見た目二十代に入っているかどうかというレベルなのだが…
「さぁ諸君聞きなさい、君たちに与えられているその武器は何のためにある?それは決して人を傷つけるためではない」
「こんな世界に変えた張本人がよく言う」
男が吐き捨てるようにそういうと、そんなたった一言が天才の逆鱗に触れたようだった。
「こんな世界だと?ふざけるんじゃない、あんな側溝にたまったごみ溜めよりも価値の無いような腐りきった世の中よりも百万倍もいい!私が変えたこの世界は!」
これまでの冷静な態度からは考えられないような激昂ぶりで、その場にいる全員がまるで話し方を忘れたかのように押し黙る。
「こんな世界とは一体どんな世界だ?あんな腐りきった世界よりも悪い世界か?モンスターに攻撃されることが、殺されることがそんなに不本意か?ただ強くなればいいだけの話じゃないか!それにモンスターに攻撃されたって死ぬわけじゃない、ただ結晶になるだけだ、物質になるだけだ、無機質になるだけだ、それがそんなに嫌か?私の所へ来れば何もなかったかのように元に戻れるのに?向こうの世界ではそんなことは無かっただろう?死んだら終わりだっただろう?車に轢かれれば死ぬだろう?高いところから落ちれば死ぬだろう?刺されれば死ぬだろう?病気になれば死ぬだろう?溺れて息が詰まれば死ぬだろう?鈍器で殴られれば死ぬだろう?首を絞められれば死ぬだろう?焼ければ死ぬだろう?電流が流れれば死ぬだろう?銃で撃たれれば死ぬだろう?埋まれば死ぬだろう?飢えれば死ぬだろう?毒を飲めば死ぬだろう?殺されれば死ぬだろう!この世界にはそんなものはない!この優しき世界を棚に上げてこんな世界などと侮辱することは許さんぞ餓鬼!」
そんな天才の剣幕に押された男は蛇賀谷は、一歩後ずさり、口を開く。
「貴様にとってこの世界は…それほどまでに大切だというのか…」
男がそういうと天才ははっと我に返ったかのように口を開く。
「あー…少し熱くなりすぎてしまったようだね、今日のところはこれでお暇するとしよう。しかし君たちに言いたいことがある。その武器たちは人を傷つけるためにあるのではないのだ。」
一瞬、天才の表情が悲しそうなそれになり、しかし一瞬後には表情はもとに戻っていた。
「特に鉄男君、君のウェポンはいうなればゲームのバグのようなものでね、制御が効かないのだ、つまり君のラグナロクで切られたものは完全に消失する。もし人なんか切ったら…結晶など残らないよ…」
天才はそれだけ言うと、どうやったのかはわからないが、姿を消す。
「ふん、あの女がこの世界を作り上げた天才とやらか」
男はそう呟くと身を翻し、そこらで茫然としている覆面の部下たちに指示を出す。
「撤退だ…興が削がれた…」
疲れを隠そうともせず男はそう呟く。
「鉄男といったか、貴様の目は俺たちと同じ目だ。
俺に切りかかってきた時の目は、殺意に満ち溢れた目だったし、ダンジョンを攻略しようとする姿勢にもやる気が感じられない。今度は忠告ではなく単なる勧誘だ、お前、俺たちと一緒に来ないか?」
図星を突かれたような思いだったが、勇人や花実からの希望の視線を受けてはもちろん肯定することなどできず、否定する。
「お前等みてぇのと一緒にするんじゃねぇよ。とっとと帰れ」
俺がそういうと、男はこれと言って何を言うでもなく、ただ部下たちと顔を見合わせ、どこかへと消えていった。
「一体…なんなんだ…」
そう呟いても答えは帰って来るはずもなく、俺たち三人はただただ茫然と、虚空を見つめるばかりだった
今回は割と長いです