獣を狩る神父、ガスコインはヤーナムの一角にある使者の示すランタンの前に立って揺らぐ炎を見つめている。背後には血だまりが、その背には血潮を背負っていた。右手に持つ獣狩の斧から滴る紅が、空気に触れてドス黒い泥に変わって地に落ちる。血よりも臭い獣の香りが辺を満たしていた。そこは陰惨であり陰鬱な世界である。耳を澄ませば必ずどこかで獣の息遣いが聞こえ、途絶えることのない悲鳴が、体の奥を響かせて震える。何時頃だったか、協会に拾われ、悪夢に落ち、血に溺れ始めた頃から、何時の間にやら獣相手に早鐘を打つ心臓は、こちこちと時計が時を刻むと等しく冷たい、一定のリズムを打つようになったのは。自分は歪み、狂い始めていることを冷静に見つめた頃には、もう自分は手遅れだと悟った。せめて見たくもない世界をできるだけ見ぬように、目を布で覆い、僅かながらに理性を保とうとするだけの自分は、水中に落ちた虫けらみたいに無様に足掻いているだけなのだろうと内心思いながら、どこか人間臭い感情の何かが、僅かながらの希望を求めて手足を振るうのだろうとそう分析しては、いっそのことそのような人間味を捨て、憎む獣に落ちたほうがいっそ楽なのでは無いかとも思う自分がいることに溜息がこぼれる。最早悪夢から覚めるには遅すぎる。夢と現実の境はあべこべになり、気づいた時には、現実は悪夢の中へと溶け込んでいた。そして自らの住む現実を悪夢の中だと認識した後には、狩人の夢で一時の休息なぞするのをやめて、唯我武者羅に刃を振るう日々を送った。慰めこそが塩であり、また傷口だった。だがガスコインには残された時間が少ない。心から流れ出る流血は、もうどうすることも出来ない。身体のなかを流れる獣は、押さえが効かなくなるほどまでに膨れ上がってきている。時たま、地を流れる血がワインのように上品な芳香がしたと感じた時には身体の全てが凍りつく思いだった。だからこそ、決別する必要があった。どうせ周りと同じく落ちるのであれば、欠片ほど残った理性のために残りの時間を使いたい。その思いがガスコインをランタンの前へと導いた。ガスコインは祈るように片膝を着いてランタンに手を翳す。ふわりと冷たい冷気が手に触れるとともに、意識が霞んでいくのをガスコインは微睡みとともに感じた。徐々に瞳が拾う光はなくなり、終いには暗闇がガスコインを包む。暫くの間、浮遊感とその他の奇妙な感触が身体を走り、そして消えた時には、目の前につかの間の夢が広がっていた。その名を狩人の夢、日夜彷徨う狩人たちの憩いの地であり、そして終着点。終わることを嫌い、来ることをやめたガスコインにとってこの場所は何十年ぶりであった。ヤーナムはそれほどの時を過ぎても何も変わらない。この狩人の夢もまた、変わらない。道に迷うことさえ不可能な、この小さな空間の中、ガスコインは神父服を棚引かせながら、レンガで舗装された道を進む。かつりかつりと、自らの進む音があたりに響いた。
「人形、久しいな、ゲールマンは何処だ。」
「お久しぶりです、狩人様。彼は花畑に。」
直ぐ目の前の階段横に居る、透き通るような白をその肌に作られた肌に持つ人形は、初めてあった時と変わりなく、抑揚のない声でしゃべる。
「そうか。有り難い。」
人形は表情一つ変えずに、小さくお辞儀で返した。ガスコインはゲールマンのいる花畑へと向かおうとまた歩を進める。ガスコインとは別の足音が後ろから聞こえた。
「ついてくるのか。」
「ダメでしょうか。」
小首をかしげた人形がガスコインを見つめていた。
「かまわん、そうしたいならすればいい。」
「有難うございます。」
足音二人分響かせながら鉄の扉をくぐり、短く急な坂道を下ったすぐそこの、幾許の墓石があるその場所へと歩む。なだらかな斜面に咲く一面の白色の花は、綺麗であるはずなのに、些かの気味の悪さを醸し出していた。
「久しいな、ゲールマン。」
「お久しぶりだなガスコイン。」
「要件は、わかっているか?」
「それもまた、助言者である私の役目だろうよ。」
「そうか、であるならいい。」
ガスコインは懐に携えていた散弾銃と斧を構える。ゲールマンもまた、散弾銃と鎌を構える。
「人形、少しの間下がっていろ。」
「わかりました、狩人様。」
そう人形は言うが、一歩も動かず、その瞳はガスコインを見つめ続けている。
「お前とは長い付き合いだったな、ゲールマン。」
「そうだな、ガスコイン。」
「酒も何も酌み交わすことが出来ず、済まないと思っている。」
「なあに、構わんさ。私とお前さんの仲だろう。」
「ああ、そうだな。」
辺に銃声と風切り音、また刃同士が交わる音が響いた。地に茂る花は土ごとえぐれて飛ばされて、はたまた飛び散る血に染められ紅になる。そう、長くない時間、笑顔のゲールマンを前に、ガスコインが力なく膝を着いた。
「老いて鈍ったな、ガスコイン。」
「お前は老いてなお、鋭いな。」
「もう限界か、ガスコイン。」
「既に獣は私の身体の内で生まれることを望んでいる。」
「そうか、残念だ。」
「なに、覚悟はできているさ。」
「そうかい。」
ガスコインは、血塗れの手で目を覆う布を剥ぐと、濁った瞳を人形に向ける。
「少し来てくれ、人形。」
「はい、狩人様。」
静かに人形がガスコインの元へと寄る。
「最初で最後のプレゼントだ、神の御加護があるといいな。」
ガスコインは押し付けるようにして小さな髪飾りを人形に渡した。
「有難うございます。……いかがでしょうか。」
小さく人形の頭に髪飾りが光。
「ふん、中々似合ってるじゃないか。本当なら娘にやろうとも思ったんだがな、娘にはこの前白いリボンを渡したからお前にと思ってな。」
人形は小さくお辞儀をした。
「なあゲールマン。」
「なんだガスコイン。」
「俺はこの月が憎い。」
「……そうだろうな。」
「この月が私を導いてくれるとさえ思った時期があった。だがそこに悪魔がいると知っていればそんなこと思いはしなかっただろうよ。」
「その下僕である私を、ガスコイン、お前は憎むか?」
「ない、友を憎もほど落ちちゃいない、唯、月が憎いのさ。」
「……すまない。」
「気にするな。……一思いに頼む。」
「痛みは一瞬、夢は覚め、明日へと解放される。」
「ああ。」
「悲しいな。」
「俺もだ。」
ひゅっと、肉と骨を断ち切る弔いの音が響く。
「人形、お前さんはこいつのために涙を流してやるのか?」
ゲールマンの問に人形は答えない。
「狩人様、お寒いでしょう。どうぞこちらへ。」
人形は地に伏せる元、狩人であったものの亡骸を背負い、そのドレスを血に濡らしながら、ずるずると、愛しい人を抱くように、ガスコインを運んだ。残されるゲールマンは、車椅子に戻り、そして紅に染まった月を見て呟く。
「ガスコイン、私も月が憎いよ。何時まで、私はこの役目を負わねばならぬのだ。」
つぶやきは空気に溶けて、どこかへと消えた。
ジャンル:ブラッドボーン お題:光の悪魔 制限時間:1時間
即興二次小説というサイトで書いたものを投稿します
私はガスコイン神父が大好きです。フロム・ソフトウェアは本当に味のあるキャラクターを作るのが上手いと思います。今回は、ガスコイン神父がプレイヤーにとっての介錯を受け入れるENDを受けたならという事を書いてみました。助言者ゲールマンや人形と、それなりに仲が良かったらと思うと口元がにやけてしまいます。