「全員揃ってますねー。それじゃあSHR始めますよー」
生徒たちの前に立ち、ニッコリと微笑みながらそう告げた女性は自らの名を山田真耶と名乗った。身長はやや低いのに対し身につけている物が若干大きいため全体的に子供っぽい印象を与えている。
「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」
しかし彼女の言葉には先ほどのものも含めて反応する声はなかった。外からの音は窓に遮られたいるため、必然的に教室が静寂に包まれる。
「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」
空気に耐え切れず狼狽えた山田教諭を気づかう視線が二つ。というよりはそれ以外は山田教諭を視界にすら入れていない者までいる始末だった。
生徒たちの視線はある二点に向けられていた。教室の真ん中の最前列と最後列そこには二人の男子生徒がいる。そして彼ら以外の生徒は全て女子だった。
(これは……想像以上にきつい……)
顔をしかめて俯くその少年の名は織斑一夏。世界で初めてISの可動に成功したことで世界中にその名を知られていた。日本人特有の黒髪と今は視線に気圧され伺えない元来の頑固さを秘めた顔が特徴である。そんな少年――織斑一夏は窓際へと視線を向けた。その先には彼の幼なじみである篠ノ之箒がいたのだが一夏の視線を感じるやいなや目を逸らしてしまう。これには助け舟を期待した彼もさすがに凹んだ。心の中でこの何年間か連絡が取れなかった幼なじみとの間にできた心の壁を意識して視線を戻した。
「……くん。織斑一夏くんっ」
「は、はいっ!?」
取り付く島もなく肩を落としていた一夏は突然かけられた声に驚き大声を出してしまった。失態を裏付けるように教室中から控えめな笑い声が聞こえますます落ち着かなり緊張で汗が滲む。
「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる?怒ってるかな?ゴメンね、ゴメンね!でもね、あのね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんだよね。だからね、ご、ゴメンね?自己紹介してくれるかな?だ、ダメかな?」
「いや、あの、そんなに謝らなくても……っていうか自己紹介しますから、先生落ち着いてください」
眼鏡がずり落ちそうなほど続け様に繰り出された謝罪に困り顔で対応すると山田教諭は嬉々とした顔を勢いよくあげて一夏の手を取った。男女が手を取り合う図が余計に注目を集めていることは確実である。
「ほ、本当?本当ですか?本当ですね?や、約束ですよ。絶対ですよ!」
クラスメイトに対する挨拶程度でそこまで言質を迫られるとは思っておらず一夏が無言で首肯を繰り返すことでその手はやっと開放された。自己紹介をすると言った以上は覚悟を決めるしかなく、一夏はクラスメイトの顔を見るべく後ろを見た。教室内の一般的な人数であるはずなのだが男女比を意識してしまい気圧されてしまう。
(うっ……)
分散していた視線が一夏に集中した。先ほどそっぽを向いた幼なじみでさへ僅かに目を向けている。
「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
同時に頭を下げた一夏が顔を上げると待っていたのは続きを期待する眼差しであった。しかし残念ながら一夏はその期待に答えれそうにはなかった。期待と緊張が徐々に高まる中、一夏を心配そうに見つめる者がいた。
もう1人の男子生徒である
(お、織斑君大丈夫かな……。あああ、僕まで緊張してきたよ……)
なんとか続きを言おうとしている一夏を見つめる視線は本人のものとぶつかると一瞬にして外された。これによって緊張が和らいだのか一夏は静かに息を吸った。
朔夜も女子生徒たちも何をいうのかと一夏の言葉を今か今かと待ち続けた。
「以上です」
オーバーに転けて見せる女子が数名。他も落胆したような表情で一夏を見ていた。
「……うそ、ダメなの?」
思わず声に出してしまった朔夜に周りの生徒が反応した。反射的に俯いて全ての視線をシャットアウトした朔夜に誰かが「喋るんだ……」とごもっともな感想を述べた。
そんな後列のやり取りを中断させたのは強烈な殴打音だった。机が音を出すほど取り乱した朔夜がまた一段と体を小さく丸めた。
「いっ――!?」
その音の発生源は一夏の頭だった。当の一夏もたまらずに声を上げたようだ。恐る恐るといった体で振り返った一夏はその顔を見るなりあろう事か――
「げえっ、関羽!?」
相手の気を逆撫でるようなことを言った。おそらく先ほどの打撃が効いているのだろう。でなければこんな失礼なことを言ってもう一発もらう結果を招くはずがない。
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」
そのように返してくれるあたりノリはいいのだろうか。狼のような釣り目と低いトーンの声を聞く限りそうは思えないというのがこの場にいた人間の総意ではあったが。
ちなみに2打目の音で朔夜は涙目に、女子は大半が顔を引きつらせていた。
「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」
「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押しつけてすまなかったな」
先ほど一夏に放ったものとは違う優しげな声をかけられた山田教諭は尊敬の眼差しをしていた。
「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」
今までの弱気な姿勢は見せずしっかりと目を見て答える山田教諭の言葉を聞いて、その女性はクラス中に凛と響く声で言い放った。
「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠15歳を16歳まで鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」
世が世なら教育委員会に訴えられそうな発言をしたその女性の名は織斑千冬というらしい。レディースのビジネススーツから伸びる脚はすらっとしていて長く、それでいて均整の取れた体付きをしていた。生徒たちに向けられた眼光は鋭い刃のようで、朔夜に至ってはすでに目は虚空を見ており脱水症状を危惧するほどの汗をかいていた。
しかしそれとは相反して女子一同は色めき立っていた。各々が千冬への思いの丈を叫んでおり、その光景に一夏は始めこそ驚きはしたが次第に自分が落ち着く材料になっていった。
「……毎年、よくもこれだけの馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か?私のクラスにだけ馬鹿者を集中させているのか?」
当事者である千冬は鬱陶しそうにこめかみを抑えた。しかし生徒の方はさらにテンションが上がる結果となってしまったわけだが。
「で?挨拶も満足にできんのか、お前は」
(あ、あの打撃ってちゃんと挨拶できなかったからなの……!?)
衝撃的な事実にもはや自己紹介にすら恐怖を抱き始めた朔夜を尻目に話は進んでいく。
「いや、千冬姉、俺は――」
またしても教室中に炸裂音が響いた。獲物となっている出席簿は新しいクラスになったために新品だからか、これだけの衝撃を与えても壊れていない。全国の学校に推奨できるほどの耐久力であった。
「織斑先生と呼べ」
「……はい、織斑先生」
だが、今のやり取りで生徒たちが注目したのは出席簿による肉体指導ではなく会話の内容――つまり一夏と千冬が姉弟であるという点であった。
段々と騒ぎ始めた生徒たちに千冬の眉が不機嫌そうに動いた。
「自己紹介の途中だろう、さっさと再開しろ」
「「「は、はい!」」」
とりあえず一夏の自己紹介は今の一件でうやむやになり、次の者へと移った。女子の自己紹介は自分の趣味や1年での目標、好きなものなど多岐に渡り、これには男子である2人も感心させられるばかりであった。もちろん朔夜のハードルが高くなっていることは言うまでもない。
(ど、どうしよ……。織斑君みたいに名前だけ言って終わるつもりだったのに……)
しかしそれをするとあの出席簿の餌食だというのは重々承知していたので朔夜は意を決することにした。
「……し、宍戸朔夜です。音楽が好きで、周りの音が聞こえないくらいの音量で聴くと落ち着きます……。い、1年間よろひくおねがいしましゅ!」
最後の最後で噛んでしまい赤面しながら朔夜は着席した。しかし掴みはバッチリなようで周りからは早くもフォローの言葉が聞こえていた。朔夜自身は手で顔を覆ってしまっていたが。
(これは同じ男子として後から励ましとかなきゃな)
一夏は密かにそう考えながら朔夜を見つめていた。
朔夜によって先ほどよりも楽しげになった雰囲気に1人の少女の声が響いた。
「イギリスの代表候補生にして入試主席のセシリア・オルコットですわ。まあ、皆さんは私が教室に入った時点でお気づきだったと思いますからこの自己紹介にどこまで意味があるのか分かりませんけど。ですがあなたたちはわたくしと1年間を共にできる運のいい生徒たちですから、困ったことがあれば特別に教えて差し上げてもよろしくてよ?男子生徒のお二人も、話くらいは聞いて差し上げてますわ」
自信に満ちた言葉に一同は唖然としていたが、一夏と朔夜は違っていた。
(はぁ……。よりによって千冬姉が担任なんだよな。この先どうなるんだろな……)
(あの人、なんでだろう。見ているとすごく心を掴まれる……)
こうして自己紹介は和気藹々とした空気で終わりSHRは終了となった。