(……大丈夫かなぁ僕。初日からこんなので)
教科書をしまいながら先ほどの授業を思い返す。ここ1週間で詰め込んだ知識はこのペースだと1日で消費されそうだ。
それに授業が終わると同時に周りの女子が興味深げにこちらに視線を向けてくるから落ち着かない。目が合うのも気まずいしこういう時はどうしたらいいんだろう?
そう思って織斑君の方を見るとかなり参っているのか疲れた顔をしている。時折女子の方を見ては慌てて逸らされていて、微妙な空気になっていた。やっぱり目は合わせないに限る。
「……ちょっといいか」
そんな中、1人の女子が織斑君に話しかけた。一言二言交わすとそのままどこかへ行ってしまい、あとは僕と他の女子生徒たちが残されてしまった。
(――って!悠長に見てる場合じゃないよ!この流れで僕も教室から出ればこの視線から逃れれて助かるんだし……)
そう思って静かに腰を上げようとすると近くにいた女子が話しかけてきた。
「ねえねえ宍戸君!自己紹介で言ってた音楽ってどんなの聴いてるの?」
「それよりもどうやってISを動かしたの?そこらへんニュースじゃあまりやってくれなくてさー」
「もしかして織斑君と親しい仲だったりするの?」
「そういえば織斑君とは制服のデザイン少し違うよね、宍戸君のはフードが付いてるんだ」
「個人的なの聞きたいんだけど好きな女の子のタイプは?」
あっと言うまに質問攻めにされてしまい、僕は自分の判断の遅さを悔やむと同時に落ち着かなくって目を泳がせた。そこでふと目にとまったのはあのセシリア・オルコットさんだ。椅子に座っている姿さえも様になっていて僕なんかとは大違いだ。彼女のように気丈に振る舞うことが出来ればこんな質問攻めもたちどころに解決できるのだろう。
考えたところでできるわけではないし、覚えているものから順に答えることにした。
「……音楽は、その、激しいのが好きで、元から音が大きいのならなんでも」
「じゃあロックとかヴィジュアル系?なんか意外とギャップあるね」
「え、ええ……、よく言われます」
「なら次は好きな女の子のタイプ!教えて欲しいな」
え?もう音楽の話は終わりなの?女子は話の移り変わりが早いって聞いたことはあるけど、男子の偏見かと思ってた。でもよく考えたら好きなもの繋がりだし一応理にかなってるのかな?ダメだよく分かんないや。
「あ、いや……、そういうの考えたことなくって……」
そう言いながらも自分の視線が何を捉えたかなんて自分が一番知っている。落ち着き払った物腰と内側から溢れ出る自信、そしてなにより目を引くほどの美貌を持った彼女が今の僕にはとても輝いて見えた。話しかけられたらすぐに動揺するし、自信がなくていつも下を向いて過ごしている。見た目だって地味でパッとしないからこんな環境じゃないと人の目を引くこともない僕から見れば高嶺の花だ。そんな彼女に僕は好奇心のようなものを向けていた。
「ねえ、実はオルコットさんのこと気になってる?」
そう言われてもよく分からない。今まで誰かにこうまで興味を持ったことがないのだから。
「いえ、まだ……分かりません。尊敬はしてますけど」
この答えもどこまでが真実かは分からない。もしかしたらこの人たちが言ってるように僕の気持ちは純粋な好意かもしれない。
「でも、オルコットさんってちょっと性格きつくない?」
「あの自己紹介だからねえ」
苦笑いを浮かべながら話す女子生徒を見ていると胸の中でモヤモヤした感情が育まれているのを実感した。
「それは……違うと思います」
いきなり話したからだろうか、聞いていた人たちが一斉に黙り込んでしまった。僕はあの時感じたことを自分の言葉で言わなければならない。
「多分ですけどそんなに悪い人じゃないと思うんです……。確かに自己紹介はあまり印象は良くないかも知れませんけど……、悪く言われるのはなんかモヤモヤして」
自分でも上手く言葉がまとまらず歯痒かった。それでもどうにかあの人を庇いたいと、初対面にも関わらずそんな気持ちを抱いてしまった。
「何というか……宍戸君って結構お人好し?」
「もしかしたらやっぱり好きなんじゃないかな」
「そうは言われましても……」
返事に困っていると予鈴がなった。途端に周りにいた人たちは軽い挨拶を言ってから自分の席へと帰った。そういえば織斑君たちはまだ戻ってきてないけど大丈夫だろうか、次は織斑先生もくるからまた叩かれなければいいけど。
「とっとと席に着け、織斑」
「……ご指導ありがとうございます、織斑先生」
何度も聞いた音なのに僕はまた驚いて小さく声を上げてしまった。
2時限目もなんとか予習した範囲が役に立ち、ギリギリついていくことができた。
(それにしても教科書がやたらに多くて嫌になるなぁ……)
ISなんて高性能な機械ができた割には紙媒体を使っているものだからカバンが重くてしょうがない。なのに学習環境は良質なものだからこれは学校の方針かなにかだろう。
とりあえず目の前のことに集中しようと板書に戻ると山田先生が織斑君の方へ歩み寄って行くのが見えた。
「織斑くん、それと宍戸くんも何か分からないところはありますか?」
「あ、えっと……」
織斑君は少しの間机の上の教科書を眺めていた。つられて僕も教科書に目を落とすが不安が募るばかりなので視線を元の場所へと戻した。
「分からないところがあればいつでも言ってくださいね。なにせ私は先生ですから!」
胸を張ってそう言った山田先生はとても頼もしく見えた。さすが先生だと改めて実感すると同時にもしもの時はこの人に頼ろうと思った。
「先生!」
早速織斑君が手を挙げて山田先生を呼んだ。早めに疑問点を解消することはいいことだし、僕も明日の授業の範囲について放課後にでも聞いておこうかな。
「はい!織斑君!」
山田先生もにこやかに返事を返す。こういう師弟関係は理想形でもあるし見ているこちらも暖かい気持ちになる。
「……ほとんど全部分かりません」
「ええ!?全部ですか!?」
織斑君のカミングアウトに山田先生が一気に困り顔になった。僕は何やら嫌な気配を感じて教室の端を見ると、先程まで授業の様子を見ていた織斑先生がゆっくりと壁から背中を離していた。
「織斑、入学前に渡された参考書はどうした?」
凄みのある声で尋ねる織斑先生は現役時代を彷彿とさせる覇気をまとっていた。それは生徒に向けるものじゃないですよ……。
「古い電話帳と間違えて捨てました!」
まだ聞きなれない殴打音が鼓膜に伝わってくる。織斑君、もしかして思考回路がやられてしまってるの?適当なところで抵抗しないと取り返しがつかないよ……。
「再度発行してやるから今週中に覚えろ」
「いや、今週中にはちょっと……」
「いいな」
僅かな間に無理難関を押し付けられている姿を見ていると僕自身も無関係とは思えない。全部覚えたわけじゃないし……。
「宍戸、お前はどの程度まで把握している?」
2人目の男子ということもあり僕にもその話が向けられた。確かに周りの子たちは高い倍率を勝ち上がって入学したわけだし僕らが授業の進度に影響を与える可能性は十分にあるだろうから当然聞かれるとは思っていた。
「きょ、今日の授業分はなんとか……」
「織斑と共に勉強しておけ。山田先生、放課後この2人の面倒をお願いします」
「はい!分かりました」
間を置かずに下された命令によって僕の放課後は勉強漬けに決定した。友人を作るのはもう少し後になりそうだ。
「ちょっとよろしくて?」
休み時間。次の授業の準備をしていると誰かから声をかけられた、織斑君が。
「へ?」
織斑君にとっても突然のことだったらしく、彼の口からは生返事が出ていた。
「まあ、なんですのそのお返事は!わたくしに話しかけられたのですからそれ相応の態度というものがあるのではないかしら?」
それは彼女――オルコットさんにはとても心外だったらしく、不満をあらわにしていた。まあ、少し態度がオーバーだと思うけど突然入学が決定した男子に声をかけてくれる優しさはやはり彼女の人格が徳の高いものだということを示しているように見えた。
「悪いな、でも俺君のことよく知らないし」
対する織斑君は正直な言葉で返した。男性がIS関連の知識に疎いことは普通だしこの発言自体に問題はないだろう。しかし彼女は何か不服な点があったのか眉を釣り上げると心のそこから不思議だと言わんばかりに問い詰めた。
「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリスの代表候補生にして入試主席のこのわたくしを?」
気持ちは分からなくもない。大会で優勝したのに名前を覚えられなかったら不満になってしまう気持ちに近いのだろう。才能だけでなんとかなったというならば大した労力ではないが、努力でここまで来たとなるならすごいことだ。推定倍率1万倍のここに主席合格し、おまけに代表候補生ともなれば想像を絶するほどの時間と体力を費やしたことだろう。
「あ、質問いいか?」
「ふっ、下々の疑問に答えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」
一転して機嫌が良くなったオルコットさんはそう言って織斑君の質問を待った。
「代表候補生って、なんだ?」
聞き耳を立てていた生徒たちが数人ズッコケた。織斑君には申し訳ないけど僕もちょっと耳を疑ったくらいだ。
「あ、あなた本気で言ってますの!?」
先程まであった堂々とした態度が崩れ素で驚いていたオルコットさんはあの気取った感じの時よりも魅力的に見えた。
「お、おう」
近くにいた織斑君はその剣幕に圧倒されて少し身を引いてそう答えた。
「……信じられませんわ。極東の殿方がここまで無知だなんて。常識ですわよ常識。テレビがないのかしら」
こめかみに指を当ててため息をつくオルコットさんがこう言うのも無理はない。ISができてからというものその存在は兵器としての可能性を危惧されていた。ただでさえ女性にしか扱えない上に既存の兵器を凌駕するのだからそれがもたらす影響はただならないだろう。
まずは男子の社会的立場が弱くなる。これに関しては実現してしまっているし、まだ大きな問題にはなっていないがこの先男性を差別する風潮が現れてもおかしくない。
そして何より危ぶまれているのが発展途上国の技術問題だ。ISが兵器として使われてしまえばそれが作れない国は世界大戦前後のような植民地として大国に飲まれてしまうことも十分にありえる。
だからこそ、各メディアはISがどのようなものかを開示して見ている人の不安を払拭している。どこまで効果があるかは定かではないが。
「それで代表候補生って?」
「国家代表IS操縦者の、その候補生として選出されるエリートのことですわ。……あなた、単語から想像したらわかるでしょう」
「そう言われればそうだな」
そう言うと織斑君は納得したように頷いた。そんな態度だとオルコットさんがまた気を悪くするんじゃないだろうか。
「そう!エリートなのですわ!」
この人、もしかしたら凄く心が広いのかもしれない。日本に不慣れで言葉の壁があるという可能性も否めないけど。
「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運なのよ。その現実をもう少し理解していただける?」
「そうか。それはラッキーだ」
「……馬鹿にしていますの?」
言葉の壁はなさそうだ。ただ、どう答えれば満足してくれるのかは僕も分からないけど。
それにしても織斑君はさっきから随分と女の子に話しかけられるなぁ。でも男子の僕から見てもとっつきやすい感じだし、全体的に優しそうな雰囲気をまとっているので当然と言えば当然なのかもしれない。
「大体、あなたISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。唯一男で……、失礼。世界で二人のISを操縦できる男子と聞いていましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、期待はずれですわね」
それを言われると辛いところなのか、織斑君は少し顔を歪めた。
「あなたもですわ!」
オルコットさんの細い指が僕を指さした。急に話を振られた僕と話を聞いていたクラスメイトが驚いた声を上げた。
「今日の分は覚えているなどと言っていましたけど、実際はどうか分かったものではありませんわね。自信のなさそうな顔をして生きているくらいなら休み時間に教科書を開くくらいしたらどうかしら」
「おい、そこまで言う必要はないだろ」
席を立ち上がって言い返そうとしている織斑君には申し訳ないが、反論する気にはなれない。
「……織斑君、オルコットさんの言うことは正しいと思います。何もしてなかった僕がのうのうと座ったまま貴重な時間を消費しているのは愚かしい」
「あら、物分りがいいですわね。今の世の中の男子としては」
僕はただこうして自分の非を認めるだけで終わらせる気はない。それとこうして劣等生としてくすぶっている気もない。
「ですから、ぜひあなたにISのことについて教えてもらえませんか?」
「何をおっしゃっていますの?」
僕の言葉を聞いたオルコットさんは信じられないといったような声音で返してきた。
「イギリスの代表候補生にして入試主席のあなたならば知識量はこの学園の生徒の誰よりも優れているはずです。おまけに教官を倒したほどの技量をも持ち合わせているともなれば戦闘面でもその才能を遺憾無く発揮されることでしょう。ですからどうかご教授願えませんか?」
妙な間があり少し焦りを感じた僕は頭を下げていないことに気づき「お願いします」と付け加えて腰を曲げて頼み込んだ。
「あなた、以外に多弁な方なのですわね……」
確かにそれには僕自身も驚いていた。なぜかオルコットさんが絡むといつもの内向的な自分が消え去ってスラスラと意見が言える。
「まあいいですわ。そこまで言うのでしたらわたくしが特別に教えて差し上げてもよろしくてよ?あなたもどうかしら、なにせわたくしは入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートなのですから!」
どうやら織斑君にも教えてあげるようだ。やっぱり優しい人なんだなと安心しているとその織斑君が口を開いた。
「俺も倒したぞ、その教官」
「なっ!?」
「えっ!?」
織斑君から発せられた言葉はにわかには信じられないものだった。あの教官を倒しただなんて、もしかして何かの武術でもかじっていたのだろうか。
「凄い……。僕なんて手も足も出なかったのに」
「倒したっつうか、勝手に突っ込んできたのを避けたら壁にぶつかってそのまま動かなくなったんだっけ」
「わ、わたくしだけと聞きましたけが?」
「女子ではってオチじゃないのか?」
事も無げに言う織斑君を僕は愕然として見ていた。その度にあの時の戦いが思い出されて身震いをしそうになる。
長いあいだ話をしていたのか、予鈴がなってしまった。
「っ!話の続きはまた後で、逃げたりしたら承知しませんわよ!よろしくて!?」
そう言って離れて言ってしまうオルコットさんに僕は聞かなければならないことがある。
「オルコットさん、ISのことについて教えていただける話は……」
「この学園の教師かそこの男に聞きなさい!」
まさかこんなにあっさりとクラスメイトと仲良くなってあわよくばオルコットさんのマイナスイメージを払拭して、友好的なクラスを作る僕の計画が崩れ去るなんて……。
本鈴が鳴る前に席につくが、どうにも落ち着かない。
(織斑君も教官を倒しているなんて……)
入試が終わったあと、教員の方たちから教官を倒した人は一人しかいないから負けても仕方ないと説明された。だからオルコットさんが自己紹介の時に自ら入試主席と言った時、教官を倒したのはこの人だと確信していた。
(でも、事実は違っていて織斑君も倒したと言っている。もしかしたら僕の後に織斑君が戦ったのかな?)
あの時の情景を思い出す。
瞬間的に距離を詰められ、後退する隙さえも確保できないまま一方的に弾丸を腹部に連続で受けた。ものの一分もしないうちに僕は無残に負けたのだ。武器も出せなかったし、ろくにISを動かせなかったから未だにISについては分からないことが多い。
「……おい、宍戸」
条件は同じだった。僕も相手も訓練機で戦っていたのにこちらの惨敗、精神的に問題ないかと言えば大いにある。むしろトラウマになっていないのが不思議なくらいだ。
「――!」
頭部に激しい痛みが襲いかかった。激痛から涙が少し出てしまったが、それよりも体にかかる重圧が僕に危険を伝えていた。
「私の話を上の空で聞いているとは。悩める10代は何を考えていたんだ、言ってみろ」
「ひぃっ!」
織斑先生の眼光は僕を怖がらせるには十二分な力を有していた。
「何を考えていた」
「た、大したことは……」
「二度も言わせる気か?」
もはや逃げ道はなかった。答えるより他はなく、どちらにせよあの出席簿はまた僕を襲うだろう。
「にゅ、入試のときのことを!」
上ずった声でそう答えるとゆっくりと出席簿が僕の頭の上から遠ざかった。どうやら助かったらしい、なぜかは分からないけど。
「では馬鹿者のためにもう一度説明する。今から再来週のクラス対抗戦にでる代表者を選出するが――」
「山田先生……」
「す、すみません織斑先生!」
授業が終わり職員室に戻る道中で織斑千冬と山田真耶は声を潜めて話していた。
「宍戸が授業を受けていられるのが不思議なくらいだ。あそこまでやられてISのことを学ぼうと思える人間はそうはいないぞ。まして知識のない者となればなおさらに」
「し、仕方なかったんです!織斑君のときは男の子を相手にすることに緊張しちゃって壁に突進しちゃいましたから、次はしっかりやらないとと思うと全力で……」
「言い訳は見苦しい、やめておけ」
「はい……」
反省と羞恥が入り混じった顔を俯いて隠すと山田真耶はそれっきり押し黙ってしまった。
「男に免疫がないとはいえあれは度が過ぎる。次はないように」
「……はい」
会話はそれで終わり、2人は職員室へと向かっていった。2人にとって今大事なことは別に――先ほどの授業で起きたクラス代表決定戦のことだ。