Going blue road.   作:CiAn.

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クラス代表決定戦?

「……クラス対抗戦?それの代表ですか?」

 僕の疑問に答えるように織斑先生が説明を加える。

「年に一度行われる各クラスから選出されたクラス代表同士によるISを使った対抗戦がある。今はその代表を決めるところだ、分かったか馬鹿者」

「は、はい!ありがとうございます……」

 つまりはこの中で誰がその座に相応しいかを今は考えているわけか。まだお互いを知らない段階だしここは代表候補生であるオルコットさんが無難じゃないかな。

「はい!織斑君を推薦します!」

 早速推薦されたようだ。やはりみんなもその辺りはしっかりと考えているらしい。

「私も織斑君を!」

「私からも!」

 いや、待って欲しい。何で織斑君なの?僕が言えたことじゃないけど知識の浅い人が担っていいものじゃないのは確かだと思うし、それはみんな分かっているはずなのに。

「ちょっと待ってくれよ!どうして俺が――」

「私は宍戸君を推薦します!」

「私も宍戸君にサンセー!」

「ええっ!?」

 何を言ってるの!?僕なんかもっとダメに決まってるのに!オルコットさんや織斑君と違って教官は倒してないしISの稼働時間もみんなの十分の一もないし。

 こうなったら僕がやるしかない。

「……オルコットさんを推薦します」

「納得が――はい?」

 僕の声と同時にオルコットさんが立ち上がったが、何かを言おうとしていたのに途中で止めてしまった。

「あら、分かっているではありませんか。そうですわ!このクラス代表の座に相応しいのはセシリア・オルコット以外にありえなくてよ!」

「はい。僕もそう思います」

 これでお遊びの空気はなしだ。こういうものはしっかりとした人選をしないと後々悔やまれるので強引にでも真面目な方向に持っていかなければならない。

「候補が3人か。残念だが枠は1人だ。どうにかして絞ってもらうぞ」

 しかし織斑先生はあくまでもこの3人から選ぼうとしていた。思わず僕は手を挙げた。

「……あのぉ、僕は辞退しても構わないのですが、というよりしたいです」

 織斑先生が選出を進めようとしていたので助力のつもりで辞退を願い出た。

「他薦された者に拒否権などない。お前たち3人共にな」

「ちょっ、なんでだよ千冬姉!」

 反射で行っているかのようなタイムラグのない打撃が織斑君を襲った。

「織斑先生と呼べ」

「すみません、織斑先生……」

「それでは今選ばれた者で来週の月曜日にクラス代表を決める試合をしてもらう。織斑と宍戸はそれまでにISへの理解を深めておけ」

「はい」

「……分かりました」

 どうしても納得がいかず不承不承といった体で返事をした僕を織斑先生の眼光が射抜いた。

「望む望まないに限らず、選ばれた人間はその期待に答える義務がある。今のお前にはそれが最優先事項だ」

 頭では分かってる。僕に信頼を寄せてくれた人を失望させてしまうから、できることはしっかりやらなければいけない。でもこればっかりはやる気がおきない。

「……」

 そんなはっきりとしない僕をなぜかオルコットさんが見ていた。しかし特に何を言われるわけでもなく、その話は一度打ち切られた。

 

「……山田先生」

「な、なんでしょう、宍戸君?」

 放課後になり、織斑先生に言われたとおり教室に残って山田先生を待っていた。しかしここには織斑君の姿はなく、僕だけが残って放課後の補習を受けることになった。

「どうして僕だけが受けているんですか?」

「実は織斑君は篠ノ之さんとクラス代表決定戦に向けて特訓してるの」

「それって大丈夫なんですか……?」

「ええ!その分宍戸君にもっと多くの時間が使えますから!」

 確かに効率は良さそうだけど、それでいいのだろうか?織斑先生が許してくれるのかも心配だ。

「それでは続きをしますよ、宍戸君」

「はい」

 ひとまず明日の授業で遅れをとらないためにしっかりと勉強をすることにした。それにしてもISというのはかなり面倒なものだと思う。

 それまでの科学的観点からでは説明ができない点が多すぎる。シールドエネルギーだって不可視でありながらもそれ自体はかなり薄く、再利用はできない。物質であって物質ではない、と言ったところだろうか。

 加えて飛行の際に体に掛かるGもISはかき消しているため人体への負荷はほとんどない。これは空気抵抗というものを度外視しているようでもあった。それでいて戦闘機など足元にも及ばないほど速いのだからこれは頭で理屈を考えるよりは、そういう物と認識していた方がいいかもしれない。

「それにしても宍戸君はあまり乗り気じゃないですね」

「何のことですか?」

「クラス代表決定戦。やっぱりオルコットさんが強いから?」

 その答えなら始めから用意は出来ていた。ただ、こんなことを言っていいものかと、躊躇いがあったから言い出しづらい。

 しかし、言わないことには何も始まらないだろう。それに山田先生は僕を心配しているような節があったので適当な答えを出しておいた方が良いはずだ。

「僕には荷が重いと思いましたから……」

「意外と簡単な理由なんですね」

「だからこそ、僕を推薦してくれた皆さんに向けて発言するとなればやや弱いと思いませんか?」

 負けることが嫌なわけでも戦うのが面倒なわけでもない。自分の実力を知っているからこそ辞退したいと思っている。これも理由の1つではある。

「確かにそうですね……。でも、しっかりと話せば分かってくれると思いますよ。皆さん優しいですから」

「機会があれば相談してみます。……織斑先生は許してもらえそうにないですけど」

「あははは……」

 そんな雑談を交えた補習は6時まで続きお開きとなった。これから1週間で全範囲を覚えなければならないために1度の量が多く、終わった頃には体力は底を付き始めていた。

 

「あ、織斑君……」

「お、おう……」

 補習が終わり、自室で休憩しているとかなり疲れた顔で織斑君が帰ってきた。一体何をしていたのだろうか。

「……凄く疲れてますね、織斑君。何かあったんですか?」

「ちょっと幼なじみにしごかれててな。あと俺のことは一夏でいいよ」

「はい、分かりました。それと、僕のことも朔夜でいいですよ……い、一夏君」

 あまり下の名前で人を読んだことがないので緊張してしまう。たった2人の男子なので織斑君――もとい一夏君とは仲良くしておきたい。できることなら一夏君に限らず女子の皆さんとも。

「ああ、よろしくな。朔夜」

「よろしくお願いします……」

「そういえば朔夜はどうしてここに来ることになったんだ?」

 言われて気づく。それについてはまだ誰にも話していなかった。と言っても単純な理由だ。

「……実は一夏君がISを起動したことがニュースになった時に、僕が住んでた地域で男性を中心としたデモが起こったんです」

「大丈夫だったのか?それ」

「はい。デモの内容はISを起動できる人材を探すことだったので」

「つまり俺みたいにISに触れて確かめたってことか?」

「その通りです。まあ、デモに参加していた皆さんは誰もISを起動できなかったんですけどね」

 しかしそれで解決ではなかった。次第にデモに参加していなかった学生もその対象にする流れとなった。

「受験も終わって地元の私立高校に合格していたのですが、一応ISの起動試験も受けることになりました」

「それで動かした、と」

「ええ……」

 あっけなく起動したISは自分の思い通りに動いていた。その瞬間に僕は自分の世界がまるっきり変わったのを感じた。住民表にただチェックマークをつけていただけの職員が目の色を変えて慌ただしく動き始め、僕は別室で待機ということになった。それからだいぶ経って、僕はIS学園への入学を言い渡されたのだ。そしてそこにはもう1人、世界中で話題となったISを動かせることのできる男――織斑一夏がいると。

「しかしまあ、何で俺たちだけなんだろうな」

「……でも女性のみが扱えるという大前提が否定できたことは世界的に見ても大きな実績ですから。それだけでも僕は満足です」

「そのうち男女共学とかになってくれればいいんだけどな」

 冗談めかしてそういった一夏君はどこか希望を持っているようにも見えた。

「ま、それまでは2人で仲良くやっていこうぜ」

 差し出された手を僕はゆっくりと握り返してみせた。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「じゃあ、気になってたんだけどその敬語やめにしないか?」

 よろしくと言った手前、この頼みは断りづらかった。なかなかうまい手を使ってくるなぁ一夏君は。

「うん、分かった。よろしくね」

「悪いな、押し付けみたいになったけど」

「気にしなくてもいいよ。さすがに他人行儀だとは僕も思ってたし……」

 そんな話をしていると部屋のドアがノックされた。

「誰だろ?ちょっと開けてくる」

 そう言って一夏君が立ち上がりドアを開けるとたくさんの女子が待っていた。

 何だか大変なことになりそうな雰囲気に僕たちは顔を見合わせて乾いた笑い声を出した。

 

「「専用機?」」

 昨晩のいきなり始まった女子一同の自己紹介タイムを終え、疲れた体で一夏君と朝食を食べていると織斑先生に職員室に来るようにと言われ、そこで僕たちはそんな単語を聞かされた。昨日の補習のおかげで専用機については理解できていた。山田先生に感謝しなければ。

「ああ、学園の訓練機には数に限りがある。月曜日は特に他クラスでも使っているからな。そこでお前たちに学園から専用機が用意されるそうだ」

「……それって大丈夫なんですか?IS学園といえど数はそう多くはないはずですが」

「状況が状況だからな。こちらもデータ収集も兼ねているので問題なく許可は降りるだろう」

「だから専用機が僕たちに……」

「それを聞いて安心しましたわ。まさか専用機を持つわたくしに訓練機で挑もうなんて、と思っていたところですから」

 僕が納得して頷いていると背後から声がかけられた。この声には聞き覚えがある。凛としていてどんなに騒然としている場であってもおそらくその声は誰の耳にも届くだろうそのソプラノに僕は知らぬ間に緊張を解されていた。

「オルコットさんもここに呼ばれたんですか?」

 もしかして話し合いで代表を決める方向に変わったとか?と僅かに期待をする。

「オルコットにはクラス代表戦のことで来てもらった」

「そういえばあんまり決めてなかったけど、どうやって戦うんだ?」

「わたくしは別に1対2でも構いませんわよ。お二人でかかってきなさい」

「男がそんなことできるか。普通でいい」

「僕はもう辞退を……」

 織斑先生に睨まれたので途中でやめた。やっぱり戦わなきゃいけないのかなぁ……。

「あらあら、後悔しますわよ?」

「では決まりだな。対決方法は通常通り、相手のシールドエネルギーを削りきった方が勝ちだ」

「はい」

「分かりましたわ」

「……はい」

 話が終わり職員室を退室する。結局事態は好転しないまま終わった。

「それでは、来週の月曜日まで。それまでに泣いて頼み込むというのなら許してあげてもよくってよ?」

「お願いします許してくださぁい!」

「却下ですわ」

 そう言ってオルコットさんは去ってしまった。確かに泣いてはいなかったから要望には応えてないけど……。

「なあ朔夜。何でそこまで嫌がるんだよ」

「一夏君はこのままでいいと思うの?」

 質問されたのに答えないのはどうかとは思ったけど僕には相手を納得させる答えがない。でも一夏君には決して曲がらない信念のようなものがあるように感じたから、そんな彼の答えを聞いてみたかった。

「俺か?特に理由はないけど……。強いて言うなら千冬姉のためかな」

「織斑先生の?」

 姉弟仲が良かったのだろうか。それとも何か貸しがあるのか。

「さすがに初代ブリュンヒルデの弟が不出来じゃ格好がつかないからな」

「……ああ、そういう」

 でもそれは凄く難しいことだと思った。織斑先生の戦績は今でも賞賛されるほどだし、それは神の領域といっても過言ではない戦闘センスがあった。その弟であるというイメージに応えるのは至難の技だ。

「それで、朔夜は?」

 このまま逃げられると思っていたけどどうやらそうはいかないらしい。

「多分、理解はできないと思うんだ……」

「別にいいよ。人ってそういうもんだろ、全部一致する人間なんてむしろ面白くないしな」

 僕は滔々と自分の考えを、主張を一夏君にぶつけてみた。全部話し終わった頃には何だか胸のうちがスッキリしたような清々しさが僕を包んでいた。

 

 

 

 

「――なぁ、箒」

「なんだ、一夏」

 何やら言い争う2人の後ろで僕はずっと考え事をしていた。今日までずっと僕はISの知識を補修で身につけてきた。しかしそれは不完全だし、ISを動かして特訓したわけでもないから勝てるわけがない。結果はすでに見えていた。

 そして僕たちに用意されるはずの専用機も未だに手配されていなかった。すでにオルコットさんはアリーナで待機していると聞いているので何だか申し訳ない。

「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!」

 あの……、僕もいるんですが……。

「山田先生、落ち着いてください。はい、深呼吸」

「は、はいっ。す~~は~~、す~~は~~」

「はい、そこで止めて」

「うっ」

 多分冗談で言ったのだろうけど山田先生は本当に息を止めていた。段々と顔が赤くなっていく山田先生を一夏君も困った顔で見つめていた。

「……ぶはあっ!ま、まだですかあ?」

「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者」

「千冬姉……」

「織斑先生」

 一夏君の間違いを指摘するように続けて口にする。それが功をなしたのか今回は出席簿が火を噴くことはなかった。

「そ、そ、それでですねっ!来たんですっ専用機が!……1機だけですが」

「え?」

「1機だけ?」

 僕と一夏君が揃って驚きの声をあげて聞き返すと山田先生は気まずそうに視線を逸らした。

「急なことだったからな。研究用に使っていたISを戦闘用にするのにもそれなりに時間も資金も掛かる。1週間では1機が限界だったということだ」

 代わりに織斑先生がわかりやすく説明してくれた。まあ仕方のないことだろうと思う。

「なのでどちらかは訓練機を使うことになる。構わないな」

「――織斑先生」

「なんだ?」

 口にする言葉を頭の中で繰り返す。ここしかない。そう分かっていても怖くて手が震えていた。

「なら、僕が辞退します」

「まだ言うか。それは許されん、戦え」

「僕は戦ってまで誰かの期待に応える気はありません」

 右の頬が痛んだ。出席簿ではなく平手で織斑先生に殴られたのだ。

「……さっさと消えろ。今から戦おうとする人間の前にお前のような臆病者が立つな」

 返事をせずにその場から離れるために歩き出す。足取りは重みがなく、まるで生きている心地がしなかった。

「朔夜!」

 背中に一夏君の声が投げかけられる。それに答える資格は今の僕にはない。

「俺は確かに、朔夜の考えを理解はできなかった!それでも、お前の夢は、希望は誇っていいものだ!だから……、諦めんなよ!」

 控え室から出て、1人で廊下を歩いていく。僕にはこんな生き方しかできなかった。一夏君ならきっと訓練機であろうとオルコットさんと戦っていただろう。僕とは違う……。

 1組の生徒がいる観客席の入口に入る。ここに来た僕をみんなは目を丸くして見ていた。

「宍戸君どうしたの?」

「もしかして次に戦うからここで待機?」

「いいえ。申し訳ありませんが辞退させてもらいました。ごめんなさい」

 深々と頭を下げて謝る。フードが少しずれて首にかかった。

「そ、そんな謝らないでよ!私たちもノリでやっちゃた感じだったし、こっちが謝らなきゃいけないくらいだよ」

「そうそう!宍戸君の方が正しいって!」

 ゆっくりと顔を上げるとホッとしたようなクラスメイトの顔があった。促されるように一番前の席に座る。両脇には当たり前だけど女子が座った。

 少しして一夏君がその身に白いISを纏って飛び出てきた。対峙するオルコットさんは蒼いISを纏い、空を穿たんばかりの大きなライフルを持っていた。そのさまはまさに弓の代わりに銃を持った現代の天使のような神々しさがあった。

「あれがオルコットさん……」

『あら、最初の相手はあなたですのね』

 防護壁越しに声が聞こえてくる。その声は天使のような慈悲ではなく、暗躍する狙撃手のような体が強張るような声だった。

『いいや、俺が最初で最後の相手だ』

『ああ……、結局辞退しましたのね。まあ無様に負けるくらいなら逃げたほうがマシですわね。あなたも今なら間に合いますわよ?』

『そんなわけねえだろ……!』

 拳を握り、オルコットさんに鋭い眼差しを向ける一夏君は確かな闘志を燃やしている。あれが僕の持てないものの中でも一際大きなもの。

『分かってるんだよ、朔夜だって。負けるよりも、逃げることの方が惨めで格好悪いことぐらい!それでも、それがあいつの道なんだよ』

『でしたら……、あなたも負けて無様で惨めな気分になればいいのですわ!』

 放たれた初弾が一夏君に当たる。その一撃は肉眼では追うことができないほどに速い。間髪入れずに次々と放たれる攻撃に一夏君は逃げるばかりで反撃に移ることができずにいた。

 そんな状況を打破するべく一夏君が出したのは近接ブレード、相性は最悪と言ってもいい武器だ。まして相手が遠距離戦を得意とする代表候補生であるならなおさら。

『さあ、踊りなさい。わたくしとブルー・ティアーズが奏でる円舞曲で!』

『くっ!』

 刻々と時間が経っているが戦局はオルコットさんが有利。揺るがない自信と強さで一夏君を一蹴していた。

『負けて、られっかよ!』

『見苦しいですわね……。もうシールドエネルギーも残りが少ないのではなくて?』

『俺は絶対に勝たなきゃいけないんだよ』

『あらあら、そんなにクラス代表に興味がありますのね』

 悠然と微笑むオルコットさんに一夏君は未だに屈することなく立ち向かっている。装甲は傷つき見るも無残なものだ。

『違う』

『では何のために戦うのかしら?』

『俺は千冬姉の弟だ。そして朔夜の友達だ!』

『それが、どうしましたの!』

 放たれた自立式のフィン状の武器が4機同時に一夏君に襲いかかる。紙一重で避けながら、一夏君はその1つを切り伏せた。

『あいつは望んでるんだよ!優しい世界を!そのために傷つく道を通らなきゃいけないなら、俺が切り開く!』

『よくもまあ臆病な心をそうまで美化できますわね。……そういうの嫌いですわ!』

『俺は誰がなんと言おうと応援する、あいつの夢を。そのためなら俺は何回だって手を貸してやる。だから胸を張れ、朔夜!お前の夢に!』

 その言葉を聞いて僕は席を立った。

「あれ?宍戸君、最後まで見ないの?」

「ええ。だって一夏君が負けるはずないとたった今分かりましたから」

 温かな気持ちになって、僕はアリーナを後にした。

 一夏君が負けたと聞かされたのはその30分後の自室だった。

 

 

 

 

 シャワーを浴びながら僕はボーっとしていた。

 一夏君に激励された時とは別に何だか胸が熱くなっていたのを感じて僕は落ち着かなくなった。その正体はあの時を思い返せば明らかになっていく。

 友人が苦戦を強いられているそれでも僕は、魅了されていたのだ。繊細で美しく、どこか挑発的でこちらの心を昂ぶらせてくるようなオルコットさんの姿に。

 心では一夏君を応援しようとしているのに、目で彼女の姿を追うばかりだった。

(……美しい)

 僕はきっと、誰よりも戦いを拒んでいる。それなのに僕は彼女の戦う姿だけは美しいと感じてしまったのだ。

 自分を否定する気にはならない。それでも、あの時から抱いたことのないこの感情の正体を知るまで僕はまた悩むのだろう。

 胸にある古傷を撫でる。病室のベットで目を覚ます前、2年前以降の記憶が僕にはない。だからその晩、僕は不安に駆られて眠れなかった。

 そんな不安を取り除いてくれたのは僕の優しいクラスメイトたちだった。記憶をなくした僕を気にせずに親しく接してくれた。その時僕は確信した。この世界は優しさに溢れている。紛争や戦争もきっと何かの行き違いによるものだ。誰も争わない世界はきっと創れるのだと。

 そんな平和を望んだ僕が戦う姿に心を奪われた。酷く混乱する頭を振り切るためにシャワーの水圧を強くした。

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