カーテンの開けられた窓から差し込む光で僕は目を覚ました。部屋を見渡せば実に静かで再び寝ようとも誰にも邪魔されることがないのは明白だ。しかしそろそろ起きなければならない。すでに3度寝しているわけだし昼も近いということもあり一旦ベッドとはお別れだ。休日だからといって少し怠けすぎたかもしれない。
洗面所で顔を洗い、髪も伸びてきたなーとぼんやりと考えながら櫛を通していく。
黒デニムにフードジャケットというラフな格好で廊下に出る。同じく昼食に向かうのか複数人の女子が歩いて、各々が僕に軽く挨拶をしてくる。
「やっほー宍戸くん。今日は織斑君と一緒に食べないの?」
「一夏君は今日は中学時代の友人と会うって言ってましたけど」
「そっかぁ私も今度久しぶりにあって遊ぼうかなー」
「じゃあさ、私たちと一緒に昼ご飯食べない?」
断る理由もないので共に学食に向かう。ちなみにこの4人とは何かと気があって親しくしている。
右側で髪を1つ括りにしているのが瑞園海子(みずぞのみこ)さん。少し抜けているところがあるが優しくてこのメンバーでは中心的な人物だ。今日は膝上のワンピースという部屋着全開のラフさだ。
黒髪を無造作に垂らしているのが橘六花(たちばなりっか)さん。本人はコンプレックスだと言っている釣り目と冷静な言動からドライな人に見られがちだが、大体その通りなので特にギャップもなく安心して接することができる。橘さんの落ち着いた雰囲気は瑞園さんと相性がいいのか冗談を言い合うところをたまに見かける。
肩ぐらいの長さの髪に上品な蝶のバレッタをつけているのが美空結花(みそらゆうか)さん。背丈が低く、この中でも一番人見知りでいつも上目遣いになっているためマスコット的ポジションを確立していた。
眼鏡をかけている三つ編みの子が東城麻衣(とうじょうまい)さんだ。見た目通り真面目な人だが冗談を交えたりと意外と茶目っ気もある人で実は僕も何度かからかわれたことがある。でもその後の笑顔を見ると許してしまうのが人というものなのか、それとも僕が単純なのか……。
結構明るく話しているように見えるけど、実はみんな内弁慶で初対面の時は僕を含めてみんなオドオドしていたのだが、それのおかげで気があう仲になれたのだと思う。
「そういえば瑞園さん、ISの実習はどうでしたか?」
「うん、なんとか合格できたよー。授業中にできないと放課後か土日だから朝からヘトヘトだよ」
「海子は休みの日は起きるの遅いから……」
「だよねー。顔合わせるのもいつも昼間からだし」
「遅くまで起きているから当然と言えば当然でしょうけどね」
5人で話しながら学食に向かう。さすがにこの人数だと普通に往来の邪魔になるので2列で歩く。
最初の方は他の人と仲良くなれるか心配だったけど、2人しかいない男子というのがプラスに働いたのか気にかけてくれる人が多くて助かった。瑞園さんたちは学食で偶然相席した時に話したのが始まりだ。
そして話にも出てきたがISを実際に使っての授業が本格的に始まる。ちなみに僕たち1組は月曜日からだ。話を聞くところには歩行訓練、武装の呼び出しをするだけではあるらしいのだが、PICを使わずに行わなければならないのでバランスを取るのが難しいらしい。僕の場合は放課後に補習もあるので授業内で終わらせておきたい。
(うまくいくといいけどなぁ……)
「そういえば宍戸くんは休日どこか行かないの?」
「もし暇だったら私たちと一緒に買い物いかない?」
瑞園さんと東城さんの誘いは嬉しいがもう昼時だし今から出てもさほど遊べない。果たして彼女たちがそれで満足してくれるだろうか。
「何か予定が入ってたりするのかしら?」
橘さんが心配そうにこちらを見ているので慌てて何か言おうとするが、こういう時はなぜか深く考えてしまう。
「その……、今からでも大丈夫かなと」
「多分、みんな気にしないと思う……」
美空さんがそう言うなら問題はないだろう。中でも一番周りに気を使っている子だから。
「じゃあ、行きましょうか」
昼食を食べ終わってから僕たちは駅前の商店街に出かけることになった。ここで僕は初めて女子の買い物の付き添いという恐ろしさを知ったわけだけど……。
「えーと、実は皆さんにお知らせがあります。なんとこのクラスに転校生が来ます。しかも2人も!」
買い物でどっぷり疲れて体力的に少し不安になって迎えた月曜日。SHRで山田先生からそんな知らせが伝えられた。というかいっぺんに2人という点もそうだけどどうして片方だけではなく両方がこのクラスに入ることになったのだろうか?
「では入ってください!」
山田先生に促されて教室に入ってきた2人はどちらもズボンを履いていた。1人は金色の髪を後ろで結った愛玩動物のように可愛気がある見た目で、もう1人は銀髪で片目に眼帯をつけていて背が小さいのになぜか存在感と威圧感がある。しかしなんだろうかこの妙な違和感は……。
「初めましてシャルル・デュノアです。ここには僕と同じ境遇の方が2人もいると聞いてやってまいりました。至らない点も多いですが皆さんよろしくお願いします」
すごい、僕の時の自己紹介とは大違いだ。顔も緊張で強ばったり下を向いたりすることがなく口調もはっきりしている。だからもしかすると先ほど言ってたことは本当なのだろうか?だとしたかこの人は――
「……3人目の、男子?」
「はい。そういうことになりますね」
僕が漏らした呟きに彼がそう返した瞬間、教室が色めき立った。教室が揺れたのかと錯覚するほどの奇声ならぬ喜声がそこら中から発せられて久しぶりに驚いてしまった。
「男子!3人目の!しかもここに来てかわいい系の!」
「金髪の超絶美少年!地球に生まれてよかったあああ!」
「この教室に男子3人なんて!クラス割りの職員さん分かってる人だ!」
なにこの少し怖い空間。というかもう1人いるけど、あの子はどんな挨拶をするんだろ?
「ボーデヴィッヒ。挨拶くらいしろ」
「はい、教官」
織斑先生に促されてボーデヴィッヒさんは綺麗な敬礼をしてからこちらを向いた。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「えっと……、以上ですか?」
「以上だ」
いや、待ってほしい。その言葉で叩かれた人がいる以上容認はできない。しっかりとした自己紹介を――
乾いた音だった。砂漠の砂の上に落ちたゴムがしなったような習性に従っただけだと言わんばかりの感情を読み取れない音。しかし当事者である彼女、ラウラ・ボーデヴィッヒの表情は確かに怒りを表していた。突然平手打ちをされた一夏君が状況を把握できずにいた。
「な、何するんだ!」
我に返った一夏君が立ち上がりボーデヴィッヒさんを睨みつけたが、当の本人はなに食わぬ顔で空いている席に着席する。教室の空気が重くなり先ほどの興奮が嘘のように誰も口を開かない。
「では、今日の授業は事前に伝えていた通りISの可動実習をする。授業開始前にアリーナに集まっておくように。織斑と宍戸はデュノアの面倒をみてやれ」
「あ、ああ……」
「はい」
やはり釈然としないのか一夏君はしっかりとした返事をせずにボーデヴィッヒさんの方を見ていた。
「えっと、君たちが織斑君と宍戸君だよね。僕は――」
「あー、今は急いだほうがいいぞ。女子も着替え始めるし」
そう言って一夏君はデュノア君の手を握って廊下を走り始めた。僕もその後をISスーツが入ったバッグを持って追う。一夏君みたいにロッカーに置きに行けばよかったけど朝はどうにも頭が回らないのかすっかり忘れてしまっていた。
「は、初めましてデュノア君……でいいですかね?宍戸朔夜です」
「うん、よろしく。僕のことはシャルルでいいよ」
「懐かしいな、一夏君にも最初同じことを言われましたよ」
「そりゃあ苗字で呼び合うなんて仰々しいだろ。それと俺のことも一夏でいいぜ」
「じゃあ、よろしく一夏、朔夜」
ナチュラルに下の名前で呼ばれると落ち着かないのはあの時と変わっていない。僕は全然成長してないなぁ……。
走りながら話していると前から多数の足音が響いてきた。まああんなにうちのクラスが騒げば他クラスの子が来るとは思ってたけどこの早さは予想外だ。
「本当にいた!3人目の男子で金髪好青年!!」
「肌白い!いいなあー羨ましい」
「そんなことより一夏君と手繋いでる!私はこの瞬間をデジカメで抑えられた喜びを忘れないわ!」
デジカメまで用意してたんだ……。いやそれよりもう撮ったの!?いつの間に!?
そんな授業前の予期せぬ運動(推定120メートル走全力疾走型)のおかげでアリーナに着く頃には僕の息はきれていた。シャルル君は全然息が乱れてないところを見るとこの学園の男子で体力がないのは僕だけのようだ。
「うわっ、結構時間押してるな。急がないと千冬姉……じゃなかった織斑先生に怒られちまうからな」
「へ?って、うわぁ!?」
僕と一夏君が着替え始めるとなぜかシャルル君は素っ頓狂な声を上げた。
「どうかしましたか?」
「いや、大丈夫、大丈夫だけど向こう向いててほしいな……」
確かに見た感じ男性的な筋肉質な体には見えないけど恥ずかしがることではないと思う。むしろ今の時代で男性が筋トレをしても『何に使うの?重いものならISで運べばいいじゃん。あ、男性には無理だね』というジョークのネタになるのが関の山だ。筋肉はそこまでないので実体験ではないけど男性の嘆きを特集した番組でそんな話がわりと上がっていた。
「そんなに気にすることか?まあ男の体を眺めるような趣味はねえけど」
そう言って一夏君はシャルルくんに背を向ける。それに習って僕も違う方向を向いた。と言っても僕は胸の傷を見られないためにもいつもしていることなので普段と変わらない。
ボタンを外していると誰かの視線を感じた。誰かわからない分余計にくすぐったい。やけに落ち着かない時間を過ごしながら着替え終わりアリーナに行くとすでに女子のみんなは集合し終わっていた。
「あんた何してたのよ?」
「何って着替えだよ。それ以外ないだろ」
「どうだかね。いつもならこんなに遅くないでしょ」
自分たちの場所に並ぶと一夏君は早速凰さんに話しかけられていた。2組は1組の後ろに並んでいるので会話はしやすい。
「そういえば鈴さん。一夏さんったら朝から転校生に殴られていましたのよ」
「はあ!?あんた何してんの!馬鹿じゃないの!」
「安心しろ、馬鹿なら私の前に2人もいる」
オルコットさんと凰さんの顔が血の気が引いたように蒼白になった。なまじ視界に入る場所で起こっている惨劇ゆえに僕まで怖くなってしまう。
2打連続で響いた打撃音を隣で聞きながら視線を泳がせる。涙目になって頭を押さえている2人に声をかけようにもこの状況では僕もあの出席簿にやられるだろう。ひとまず織斑先生が離れるまでは動かないでおこう。
「ではまずはISの稼働時における手本を見せよう。幸い血気盛んな女子が2人もいることだからな。オルコット、凰」
「ええ!?」
「ど、どうしてわたくしまで……!」
突然の抜擢に困惑と不満を顕にしている2人に織斑先生が小声で話しかけた。
「まったく……。少しはやる気になったらどうだ。あいつにいいところが見せられるぞ」
それを聞いて2人の目がギラリとした輝きを宿した。闘志というのだろうか、そんなものが垣間見えた気がする。というか織斑先生もオルコットさんたちが一夏君を好きなのは把握してたんだ……。
「そうですわね!ここはイギリスの代表候補生であるわたくしの出番ですわ!」
「ま、ここらで私の実力を見せておくのもいいかもね!」
「なんであの2人はいきなりやる気になったんだ?」
「一夏君は相変わらず鈍いね……」
当の本人がこれでは恋が成就するのはかなり難しそうだ。
「それで、相手は誰ですの?わたくしは鈴さんでも構いませんわよ」
「こっちこそ、返りに討ちにしてあげるわよ」
「そう焦るな。相手なら今に来る」
視線を交差させて火花を散らす2人を呆れながら見て織斑先生がそう言った時、空から金属を打ち合わせたような甲高い音が響きこの場にいた全員がそちらを見上げた。そこには人型の影が――
『わあああああ!と、止まらない、皆さんどいてくださあああああい!!』
その影の正体はなんと山田先生だった。驚いて目を見開いているうちにその影はみるみる大きくなっていく。直感的に逃げ遅れたと悟ったが体の反応が遅れてしまった。
「危ないっ!!」
そんな声が聞こえ、右腕が掴まれたかと思うと宙に浮いたような浮遊感が体を包んでから瞬刻遅れて背中に軽い痛みが走った。
「大丈夫、朔夜?」
「でゅ――シャルル君……」
僕の目の前になぜかシャルル君の顔があった。間近で見るとなぜか顔が熱くなってしまうのが不思議だ。いや、それよりもこの状況はいったい?
「怪我とかしてないかな?」
「え、ええ。なんともないです」
視線を動かしてみると僕たちから少し離れたところに一夏君と山田先生がいた。間一髪で白式を展開したのか一夏君も怪我はなさそうだ。ただその姿勢が一夏君が山田先生の胸を強引に揉んでいるように見えるのは目の錯覚だろうか。
「ああ!デュノアくんが宍戸くんに覆いかぶさってる!」
「大人しそうに見えてグイグイ行ってるそのギャップがたまんない!」
「やっぱり宍戸くんは受け映えするよねぇー」
周りのみんなの声に気づいて今の自分を見つめ直すと確かに僕がシャルル君に押し倒されているようにも……見えるだろうか?というか受け映えって何!?
「い、いえ!そういうのじゃなくて……」
顔を真っ赤にして否定するシャルル君は気が動転しているのか一向に僕から離れようとしない。まあでも助けてくれたわけだしここは僕も誤解をとくのを手伝おう。
「ありがとうございます、シャルル君。あのままだと山田先生にぶつかって大怪我をしていたかもしれません。本当に感謝します」
「え?あ、うん。どういたしまして」
こういうちょっとしたところで笑顔を向けてくるのはずるい。これは今後のシャルル君の女子人気が急上昇しそうな予感がする。
「なーんだ、草食系2人のイケナイ関係とか楽しみにしてたのに……」
「一夏くんが嫉妬して3人でってとこまで行けたのに……」
なんで残念がっている人がいるんだろ。いや、多分僕が聞こえてないだけで普通の反応をしている人もいるはずだ。さすがにオルコットさん達以外そっち趣味とかになると女学という分野に偏見を持ってしまいそうだ。
――それよりも
「あら、残念ですわね。外してしまいましたわ」
「せ、セシリア……」
「……」
「って、あぶねえ!今の当たってたら本気で死んでたぞ!!」
なんか向こうはもっと酷いことになってるけど、大丈夫だろうか。そこに織斑先生が入り込みよく通る声で説明した。
「もう分かったとは思うがお前たちの相手は山田先生だ」
「それって2対1でですの?」
「さすがにそれはちょっと……」
代表候補生2人でというのは抵抗があるのかオルコットさんたちは難色を示した。
「安心しろ。お前たちならすぐに負ける」
その言葉を聞いて2人の顔が引き締まった。さすがにそんなことを言われたらプライドの高いオルコットさんに限らず黙ってはいられないのだろう。
「いいですわ。負けて後悔しても知りませんわよ!」
「セシリアなんかいなくったって私1人でも余裕だけどね!」
同時に飛翔した2人は空高くに上がり、山田先生を待ち受けた。同じ高さまで飛び上がった山田先生がアサルトライフルを構えてオルコットさん達に対峙した。
「さて、ではデュノア。さっさと宍戸から離れてラファール・リヴァイブの説明をしろ」
「へ?ああ!ごめん朔夜!」
「気にしないでください。それよりも早く説明を始めた方がいいですよ?」
「あ、うん。そうだね」
そう言うとシャルル君は僕から離れてみんなの方を向いて説明を始めた。僕もISスーツに付いた土を払って聞く姿勢になる。
「山田先生が使用されているISはデュノア社製の『ラファール・リヴァイブ』です。第2世代最後発でありながらそのスペックは初期の第3世代型にも劣らないもので、安定した性能と戦闘方法、操縦者の適応のどちらにも見られる汎用性の高さ、後付武装の充実を兼ね備えた機体です。現在量産されているISの中では開発が最後期でありながら世界シェアは第3位であり、このIS学園にも配備されています」
「一旦そこで終わらせていい。そろそろ決着がつくぞ」
織斑先生はそう言うと空に浮かぶ2人と山田先生の戦いに目を移した。つられて僕も見るとオルコットさんがビットで山田先生に攻撃を仕掛けているところだった。その射撃を避けつつ山田先生はアサルトライフルで牽制射撃を行い、オルコットさんを射程範囲外へと追い出した。
次に斬りかかってくる凰さんとの距離を置いて側面からの射撃に切り替える。龍砲を打ちながら後退する凰さんはビットの有効範囲内に戻ろうとするオルコットさんと衝突した。
その瞬間を逃すことなく山田先生は新しく呼び出したグレネードを投擲した。濛々と立ち上がる煙の中からオルコットさん達が地面に落ちていった。慌てて僕は傍に駆け寄った。
「大丈夫ですかオルコットさん!?」
「別になんともありませんわ……。それよりも鈴さん!あなた少し前線に出すぎではありませんの!衝撃砲で相手を制圧することに気を取られすぎですわ!」
「セシリアこそ何上手いこと釘付けにされちゃってんのよ!射線固定しすぎだから他の動きが見えてないんじゃないの!」
お互いで言い合ってはいるが見ている感じではどちらも言っていることは正しいので片方に肩入れするというのはできない。この戦いは2人の欠点を上手くついた山田先生が一枚上手だったということだろう。
「その辺りにしておけ見苦しい。さて、これでこの学園の教員の実力が分かっただろう。以後、軽率な態度を取ることはないように」
織斑先生に言われて2人は言い争いをやめた。周りの生徒の視線にも気づき気まずそうに視線を泳がせ、ISを解いて立ち上がった2人はなんとも不機嫌そうだ。
「では事前に予告していた班組に分かれろ。デュノアは4班、ボーデヴィッヒは5班に入れ」
「はい」
「了解しました、教官」
そういえば2人は転校生だったから班員が誰か分からないよね。1つ教えてあげられることがあるなら僕は5班のメンバーだということくらいかな……。あぁ、他の班のみんなはすぐに並び始めてる。
「さっさとしろ宍戸。グダグダしているようなら走らせるぞ」
「……はい」
ご丁寧に右から班番号順に並んでいるのでボーデヴィッヒさんも5班の最後尾に立っていた。僕もその後ろに並んで小さく溜息をついた。
(転校早々の行動がアレだからなぁ……。ボーデヴィッヒさんは何を考えてるんだろ)
「それでは各班1機ずつISを取りに行ってくださーい。打鉄が3機とラファール・リヴァイブ2機です。早い者勝ちですよー」
山田先生に言われて生徒たちが動き出す。僕たち5班も駆け足でIS格納庫に向かう。狙うはラファール・リヴァイブだ。別に打鉄でもいいのだけれど、話し合った結果なんとなくフォルムがシャープなラファール・リヴァイブの方が好みだとのこと。ちなみに僕は実戦なら打鉄を使う。理由は銃を上手く扱う自信がないから。
「うわ、結構重いですね……」
ISが乗せられているカートを格納庫から引っ張り出しながら僕の漏らした声に女子一同も揃って頷く。こういう時に男子として頼りになるところを見せたいけど残念だけど筋力に関してはお手上げ状態だ。
「あ、宍戸くん。右に曲がりたいから少し強く引っ張って」
「分かりまし、……た!」
ちょっと角度をつけるだけでもかなり力がいる。体重をかけてなんとか曲がることができて、僕たちは5班が訓練する指定の場所にISを運び終えた。そこにはすでにボーデヴィッヒさんが腕組をして佇んでいる。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
――まずい。すっごく空気が重い。専用機を持っているボーデヴィッヒさんを主体に進めるのだろうけど本人には全くその気がないから何からすればいいのかすら分からない。しかし授業内で終わらなければ放課後に残って訓練をしなければならない。事前に何をするかは聞いているので一応できることにはできるが問題点などを指摘できる人がいないと訓練が成立するのか不安だ。
「……じゃ、じゃあ最初にやりたい人、いますか?」
緊張しつつも班員に参加を促す。少し目配せがあった後右端にいた橘さんからすることになった。
訓練の内容は歩行、装備の展開、近接戦闘、射撃だけだが僕も含めて7人がやるとなると効率的に進めなければ時間内に終われない。特に射撃は的に狙いを定めるためにかなり時間を消費するのでそこも考慮しなければならない。
「えっと……、まずは歩行っと……」
PICを使っていないためバランスを崩すと転けてしまう。集中して歩を進める橘さんは真剣な目つきで足元と前を交互に見比べていた。なにか気が利いたアドバイスが言えたらいいのだけど僕は皆より下手なのでそういったコツというのを全く知らない。というか逆に教えて欲しい。
次に装備の展開だが、こういう時はラファール・リヴァイブは使いやすい。イメージの具現化とでもいうのだろうか。装備を展開する際に必要なそれが比較的容易に行えるのが強みなのだ。特に銃系統というのは見慣れていないので細部のイメージがしづらいのだが、それが曖昧なものでもある程度までなら意外とすんなり展開できる。
橘さんは1度小型のブレードを出して、それをまた粒子分解してからライトマシンガンを展開した。思ったとおりスムーズに進められたからかその顔に安堵と自信が見て取れる。次に射撃用の的に銃口を向けてレットドットサイトを合わせる。初弾は見事に的の端を打ち抜いた。冷静な橘さんなだけあってこういった緊張にはかなり強いらしい。ISの補整も助力してはいるが2発目、3発目と次々と的を打ち抜いていく。12発撃ったところで射撃は終わり、橘さんはISから降りた。
「お疲れ様です。とても上手でしたよ」
「ええ、放課後にも自主的に練習してるからこれくらいならなんとかできるわ」
そうだったのか。放課後は補習で潰れているから全く知らなかった。なんか知識面の差を縮めたぶん技術ではかなり差をつけられていそうだ。
その後も順調に進んで全員の訓練が終わった。ちょうど終業のチャイムが鳴って織斑先生が『そこまで』と声を上げた。
「まあ授業最初のISの稼働訓練としては上々と言ったところだな。時間内に終わらなかった馬鹿者は通告通り放課後に私の監視下で不足した分を行ってもらう。分かったな宍戸」
「え……?って、しまった!」
うっかり自分も訓練をしなければいけないのを忘れていた。名指しされたところを見るとどうやらまだなのは僕だけのようだ。
「そういえば宍戸は放課後補習もあったな。山田先生、今日の補習は少し遅い時間にしておいてくれ」
「お、織斑先生?補習はお休みにしてあげても……」
「いや、これは僕の落ち度なので……、どっちも受けます」
多分今回ばかりはいくら山田先生が説得してくれてもどうにもならないだろう。それにしてもいったいいつになったら僕の放課後は自由になるのだろう……。
「では、各班使用したISを片付けろ。訓練の後だからとダラダラしていると昼休みがなくなるぞ」
昼休みが始まるのはちょうど10分後だ。それまでにISを格納庫に運んでから着替えないと時間がすぐになくなってしまう。
「それでは運びましょうか」
「そうだね。他の班に先越されると並ぶ時間も増えちゃうし」
「こういう時織斑くんとかが持ってる専用機で運んじゃダメなのかなぁ?」
「さすがにそれは、ねえ……」
「織斑先生が見てたらまずいだろうし」
「だよねー……」
小言を言いながらも体はしっかりと動かしている。しかしISって何kgあるんだろ?7人がかりでこの苦戦っぷりだから400は軽く超えてるだろうか。
横目で一夏君を見ると男子ということもあってか中心になって運んでいた。デュノア君の方は運動系の部活動に入っている女子が代わりに運んでいるようだ。美形だからだろうか?美形だからなのだろう。
「くうぅ……。ランチの前だから体力が……」
「ちょっと言わないでよぉ!」
「でも食後は食後で辛いし……」
女子というのも大変だな、と思う。ISができたのも歴史的には随分最近なのだ。基本的に体力面では男性が勝ることの方が多い。
「あと宍戸くんが5人は欲しいよ」
「すみません、1人分しか働けそうにないです……」
「だよねー。でも私は宍戸くん6人欲しいかな」
「いいねぇ、1人1宍戸くん。毎日が充実しそうだよ」
「別に何も役にたちませんよ?」
しいて言うなら部屋の掃除くらいだろうか。料理も上手なわけでもないし肩たたきは上手い下手の基準が分からない。
「そういうのじゃなくて、普通に話したりするだけでも楽しいのっと、到着!」
「よかった、一番乗りだったねー」
「それじゃ宍戸くん、また後でね」
「あ、はい。それでは……」
話したりするだけで楽しい……。そういうものだろうか?僕はそんなに面白い話ができるわけではないし、聞き上手かと言われても違う気がする。
「ねえ朔夜」
「シャルル君。どうかしました?」
「実は手持ち無沙汰だから他の班のところを手伝おうと思ったんだけどみんな『大丈夫』って気を使ってくれてなかなか手伝わせてくれなくて」
待遇がいいのか悪いのかよく分からなくなってきたなぁ。しかし、本人が手伝いたいならどうにかできるかもしれない。
「ひとまず一夏君のところを手伝いに行きましょう。受け入れてくれるでしょうから」
「うん。分かった」
この会話の終わりに添えられる笑顔はいったいどうやって作っているのか今度聞いてみたい。実践できるかはさておきかなり印象がよく映る。
「一夏君、手伝うよ」
「僕も」
「おお、2人ともありがとな。結構重くて大変だったんだよ」
両端を担当していた女子に変わってもらい僕とシャルル君もカートを押すのを手伝う。
しかしこれがきっかけになり他の班の手伝いもすることになるとはこの時思いもしなかった。一夏君は篠ノ之さんとの約束があったらしくかなり急いでの作業になり終わる頃には僕たち3人は疲労からグッタリとしていた。
「そういえばシャルルの部屋はどこになったんだ?」
「実はまだ決まってなくて……。なるべく相部屋がいいって要望を出したんだけどね」
僕の補習と居残り訓練も終わり夕食を摂るために3人で訪れた食堂。一夏君の質問に答えるシャルル君は困った顔を作っていた。確かに基本は女子だけの学園だし話し相手が近くにいるというのは心強くもあるし気も楽だろう。
「でも3人で1部屋ってのは難しそうだな。1人は床に布団敷くことになるし」
「だよねぇ……」
「……よければ先生に掛け合ってみましょうか?」
突然口を挟んだためか、僕の提案を聞いたシャルル君はすぐに返事をせずに少し間を置いた。
「え?いや、でも悪いよ……。わざわざ僕の我がままで朔夜まで巻き込むのは」
「ですが転入して早々1人っきりの部屋で過ごすというのはなんだか寂しいじゃないですか。それに僕自身、数少ない同じ男子が困ってるのは見過ごせませんし……」
「それはそうだけど」
シャルル君の性格なのか、なかなか僕の申し出を受けようとしない。しかしこういう人物の扱いは心得ている。なぜなら僕も人の善意を最初は断ってしまうタイプだからだ。
「じゃあ、授業の時に危ないところを助けてくれたお礼でというのはどうでしょう」
「あー、えっと……、うん。じゃあご厚意に甘えて……」
そう。僕みたいな人間はそこに自分の行動が絡むとなかなか断れなくなる。それは善意であっても悪意であっても変わらない。
「なあ朔夜。掛け合ってみるって言ってもどうする気なんだ?」
「まあ妥当に僕が出て行って一夏君とシャルルくんが相部屋じゃないかな」
「いいのか?朔夜が1人で。別に俺が出て行ってもいいんだぞ?」
「いやいや、僕よりは一夏君の方が適任だよ。僕じゃ気を使ってばっかりでシャルル君も落ち着かないだろうし」
「そこまで言うなら……。シャルル、それでいいか?」
「うん。2人ともありがとう」
やっと意見がまとまり僕たちは一旦中断させていた食事を再開させた後、職員室に向かうことにした。
「それで、宍戸とデュノアを交代したいわけか?」
「はい」
「な、なんとかなりそうですか……?」
「僕からもお願いします!」
3人で一斉に職員室に押しかけ寮長である織斑先生に交渉に来たのだが別に怒られているわけでもないのに怖くて仕方ない。担任の教師なんだしそろそろ慣れてもいいとは思うんだけどこれは卒業するまでに解決するとは思えない。
「ま、出来んこともないがその場合は宍戸、お前は女子と同じ部屋ということになる」
「え?」
頭の中でもう1回織斑先生の言葉を再生させて整理する。シャルル君を一夏君と相部屋にするためには僕が女子と一緒の部屋で暮らすということか。なんだ、全然複雑な話じゃないじゃないか、僕の頭の中以外は。
「なあちふ――織斑先生、その女子ってもう決まってるんですか?」
また家族間の呼び方になってしまいそうになりながら一夏君は織斑先生に質問した。
「ああ、今日転入してきたラウラ・ボーデヴィッヒだ」
一夏君はその名を聞いた瞬間にとても嫌そうな顔をした。そりゃあ出会って早々頬を叩かれたら誰だっていい印象は持たないだろう。
「宍戸がそれでいいならデュノアと織斑の相部屋を認めてやろう」
せっかくここまで来て最後の難関が待ち受けているとは思いもしなかった。しかし協力すると言ったのだから最後まで力になってあげたい。……あれ?前にも似たようなことを考えていたような気がする。気のせいかな?
「いや、ボーデヴィッヒさんとは同じクラスなわけですし……、これを機に親睦を深めてみます」
「良い意気込みだ。ならデュノアの件は何とかしてやろう。宍戸、荷物をまとめておけ。消灯までに済ませるぞ」
「は、はい!」
話が付いたので職員室を後にする。しかしボーデヴィッヒさんか……。仲良くできるといいけどなぁ、難しそうだな……。
「ありがとう、朔夜。ここまでしてもらって」
「いえ……、気にしなくてもいいですよこのくらい」
そんなに何度もお礼を言われると落ち着かない。さすがに女子と相部屋っていう状況がずっと続くわけではないだろうし、そのうち新しい部屋が用意される、……はず。
「朔夜がボーデヴィッヒと同じ部屋になるってことはシャルルは元はあいつと同じ部屋割りになってたってことか。部屋が足りなかったのか?」
「IS学園の募集人数も年々増えているからね。それに今年は一夏や朔夜みたいに男子も入ってきたわけだし」
「あとシャルル君もですね。そのうち3人部屋とかになるかもしれませんね」
「あ、うん……。そっちの方が賑やかでいいかもね」
やけに歯切れの悪いシャルル君の返事に違和感を覚えながらも、僕たちは部屋に戻って荷物をまとめ始めた。と言っても持ってきたのは音楽プレイヤーと少量の小説と着替えと身だしなみに使うための小物くらいなものなので荷物はさほど多くない。
シャルル君の荷物は後々送られてくるとのことでハンドバック1つに収まっていたので特にやることもなく実質僕の荷物まとめだけだった。
「結構早く終わったな」
「2人が手伝ってくれたからね」
「朔夜の荷物が少なかったってのもあるけどね」
荷物を抱えてドアの方に足を向ける。確か新しい部屋はここからちょっと遠い場所らしいから教室に向かう時間をはやめたほうが良さそうだ。
「それじゃ、また明日」
「おう、またな」
「おやすみ、朔夜」
2人に見送られて僕は部屋を後にする。さて、これからどうやってボーデヴィッヒさんと仲良くなろうかな……。そういえば一夏君の話によれば彼女はドイツ軍の人間らしい。その辺の話はさすがにできないだろうけど、体術だとかそういうことは聞けるだろうか?
「あら、宍戸さん。どうしましたの?荷物などまとめて」
「オルコットさん。実は部屋を変わることに――」
そこで僕は大きな誤ちに気づいた。しかし今更悔やんでもどうにもならない重大事項。
「……すみませんオルコットさん!」
「ええ!?どうしていきなり謝ってますの?」
「いつも一夏君と一緒にISのことを補習の後に教わっていたのをすっかり忘れて部屋替えを進めてしまいました……」
「つまり放課後に一夏さんに会いにいく口実が1つ減ったということですわね。それなら気にすることはありませんわ」
「え?」
予想だにしてなかった答えに驚いた。あれほど他の女子と差をつけようとしていたオルコットさんが余裕の笑みを浮かべている。いったい何があったのだろうか。
「今回もわたくしの料理が一夏さんに好評でしたの。炊事のできる淑女は日本の殿方が古来から求める妻の条件なのでしょう?」
「……言われてみれば一夏君は多少古臭――文化を重んじるところがありますし、料理ができるのはかなりポイントが高いかもしれません」
「ふふっ、そうでしょう。わたくしが一夏さんの心を射止めるのは時間の問題かもしれませんわ」
「さすがです、オルコットさん!」
「当然ですわ!」
僕はオルコットさんをどこかで見くびっていたのだろうか。彼女のような女性は他にいないというのに、幼馴染みという情報だけで不安になってしまっていたようだ。
「ですがわたくしもまだ日本の料理には詳しくありませんの。朔夜さん、なにか作り方を知っている料理はありませんこと?」
「そうですね……」
僕もそこまで料理に詳しいわけではない。せいぜい家庭科で習ったことがあるものくらいなものだけど――
「味噌汁、なんてどうでしょうか?」
「みそしる?それは一体何ですの?」
「一夏君がいつも食べている日替わり定食に付いているスープです。日本では女性が嫁ぐ際に結果を左右するのが味噌汁だそうです。味が濃すぎれば姑から嫌味を言われ薄すぎれば旦那が満足しない、相手の家庭の味に近づければ母親と比較される、作り方からは想像のできない難度と聞いています」
「それがみそしる、ですの……?日本の女性というのはそんな試練を乗り越えて殿方と結ばれますのね……」
「はい。女尊男卑社会になる以前は」
「って、驚かせないでくださいまし!!」
焦りが安堵に変わったのと同時に少し不機嫌になったその表情にまた魅入られてしまう。慌てて気を取り直して話を続ける。
「ですが一夏君はその女尊男卑社会でも自分を曲げない、まさに失われつつある強き日本男児の魂の後継者と言えます」
「な、なるほど……。つまり今の社会がどうかなど関係ありませんのね。ではみそしるの攻略は絶対……」
口元に手を当てて思考に耽るオルコットさんの横顔は真剣そのものだ。この表情を見るたびに僕は力になりたいと思ってしまうのだ。
「では宍戸さん。是非とも明日からみそしるの作り方を教えていただきます?」
「はい!僕でよければ、微力ながら力添えします」
その後僕とオルコットさんは早朝に味噌汁をより美味しく作る練習を明日から始めることを決めた。
「宍戸さん、どうして調理室ではなく食堂ですの?」
そして迎えた翌日の早朝。僕とオルコットさんは食堂に来ていた。
ちなみに昨日部屋に行ったら思いっきりボーデヴィッヒさんに無視された。というか話題が全く思い浮かばないから会話が続く以前に生まれない。
閑話休題終わり。話を戻してどうして食堂に来たかというとそれは一夏君の食事に関係する。
「先日一夏君が日替わり定食を毎日食べているのは話しましたよね」
「覚えてますけどそれがどうしましたの?」
「いつも食べている味噌汁が食堂のものということはそれがボーダーラインになるということなんです」
「な、なんですって……!?」
国税で運営されているこのIS学園の食べ物が合格のラインになっているのはかなり手強い。
「なのでまずは敵から知っていくことから始めましょう」
「あら、敵だなんてひどいねー」
オルコットさんと話していると後ろから声をかけられた。振り向くとそこには食堂のおばちゃんがいた。
「あ、おはようございます……。早速ですが味噌汁のレシピを教えてくれませんか?」
「随分正直に打ち明けるねぇ。そういうところ嫌いじゃないけどほどほどにしなよ」
「あの、わたくしからもお願いします!ぜひともみそしるの道を極めたいのです!」
2人で一緒に頭を下げて頼み込む。おばちゃんは少し顎に手を当ててから口角を挙げてニカッと笑った。
「よし!それじゃあ教えてあげようじゃないか」
「本当ですか!?」
「ありがとうございます!」
これで攻略の糸口が見えてきた。あとは食堂のおばちゃんを超えるだけだ!
「まさか合わせ味噌だなんて……」
「何を落ち込んでいますの?」
場所を移して調理室。膝を折った僕を見下ろしているオルコットさんはどうやらまだ気づいていないようだ。この由々しき事態に……。
「味噌汁というのはその名の通り味噌というものを元に豆腐や蒲などを入れて作られています。その味噌は大抵の家庭では赤味噌か白味噌を使っているのですが……、食堂のおばちゃんは合わせ味噌、ブレンドでしたっっっ!!」
「そ、それはつまり……」
オルコットさんもこの自体の大きさを理解してしまったようだ。
「このハードルはかなり高いですよ」
2人で戦慄しながらとりあえず今日は解散ということを決めた。
「今日は補習がないなんて思いもしなかったけど、こういう自由な日もいいかな」
近々行われる個人戦の準備で忙しいらしく僕の補習は当分の間ないらしい。
(そういえば今日はなんだか教室が騒がしかったけどなにかあったのかな?)
少し聞き耳を立てているといわゆる女子の恋ばなというやつだったけどIS学園は今のところ男女のカップルがいるという話は聞かないし、どういうことなのだろうか?
「ひとまずどこか行ってみようかな。例えばアリーナとかで人の戦い方を参考にするとか……」
考えてから冷静になる。なぜ僕が戦いについて学ぼうとしているんだ。僕は拒んでいたはずなのにどうして……。
『向こうで代表候補生同士の模擬戦やってるらしいよ』
『うそっ、終わる前に見に行こうよ!』
僕の横を通り過ぎる女子の会話が妙に耳に残った。胸がざわつくような変な靄が思考をかすめて不安になる。不思議と足が先ほどの女子を追うようにアリーナの方向へと向いていた。
ギャラリーが多い場所に来たので多分ここが例の代表候補生が戦っているという……。
「あ、宍戸くん。どうしたの?」
ギャラリーの一人が僕に気づいて声をかけてきた。ちょうど良かったのでその人に聞いた見ることにした。
「ここで代表候補生の方同士が模擬戦をやっていると聞いたのですが……、その代表候補生って誰なんですか?」
「ん?オルコットさんと凰さんのペアとボーデヴィッヒさんが戦ってるよ」
言われて僕はモニターに目を移す。そこには3人の姿が映っているがなにか様子が変だ。
オルコットさんが操るブルー・ティアーズを壊すこともなく挑発するように避ける。衝撃砲を放つ凰さんに向かって腕を向けると何事もなかったようにまたオルコットさんの相手に戻る。凰さんの顔には明らかな焦燥が見て取れた。
それもそのはずだ。不可視の衝撃砲が腕を上げただけでかき消されたのだから。
それでも諦めないのは代表候補生らしい。近接戦闘を仕掛け始めるがワイヤーブレードで足を取り、動きを封じるとそのまま凰さんをオルコットさんにぶつけた。その光景はあの時の授業に似ている。
大型のレールカノンを構えて引き金を引くその動作には一切の躊躇がない。地面に叩きつけられた2人にボーデヴィッヒさんは一瞬で距離を詰めた。あれはどこかで見た、そうだ一夏君の瞬時加速と全く同じだ。
至近距離に立ったボーデヴィッヒさんは交互に2人に拳を下ろしていく。見る間に装甲が砕け、始めの綺麗なフォルムは見るも無残なものとなっていた。
拳を振り下ろすその表情が愉悦に変わった瞬間、僕はアリーナのゲート前に走った。本人が言っていた通りそこには橘さんが放課後の自主練習のためにアリーナに来ていると言っていたがちょうど今日はここだったらしい。
「橘さん!僕にその打鉄を貸していただけませんか!?」
「何を言っているの?申請を出してない生徒が訓練機を使うのは禁止されているのよ」
「お願いします。今度何かいうことを聞きますから!」
「え……?それって……、うん。どうぞ」
「ありがとうございます」
橘さんの隣で待機状態になっている打鉄に乗り込み、近接ブレードを展開してアリーナの扉に突き刺す。そのまま力任せにねじりゲートに隙間を作り、そのまま蹴り開ける。
「やめろおおおおおおおおおお!」
何度目か分からないその相手を傷つけるためだけの拳が振り下ろされる途中で捨て身の体当たりをする。予期せぬ闖入者の妨害にボーデヴィッヒさんは体勢を崩したが、一瞬で立て直すと流れる動作で僕の腹部に膝蹴りをお見舞いした。専用機と訓練機の差が出ているのかかなりの痛みが僕を襲った。
「誰かと思えば影の薄い方の男か」
「覚えてもらっていて光栄です……。それと、今すぐこの模擬戦を終わりにしてください。もう決着はついてるはずです」
「なら止めてみせることだ……、できるものならな!」
プラズマ手刀を発動させて接近してくるボーデヴィッヒさんに対処することもできず、咄嗟に腕で自分を守るように身構えたがそんなものは意味をなさずそのまま切りつけられた。攻撃を受けた両腕が熱を持ったように熱い。
「そういえば、そこで寝ている雌も相手にしなくてはな」
「くっ……!」
1度下げたレールカノンを再び構えたボーデヴィッヒさんが引き金を引く前にその射線場に向かって飛翔する。しかしそれは僕の浅はかな選択だと思い知らされる。
首にワイヤーブレードが巻き付き締め上げてくる。始めから僕の取る行動を見透かしていたのか順に腕や脚といった具合に拘束される。腕が動かせないため首に巻かれたワイヤーを取ることもできず意識が落ちかけた時、上空から銃声が聞こえ、僕を苦しめていたワイヤーを断ち切った。
「朔夜!早くそこから離れて!」
「はあああああああっ!!」
裂帛の気合とともに零落白夜を発動させてボーデヴィッヒさんに斬りかかる一夏君の動きが止まる。それはまるで見えない鎖が巻きついているかのようだった。再び銃声が鳴り響きボーデヴィッヒさんに命中する。1度離脱する選択を取ったボーデヴィッヒさんは僕と一夏君を蹴り離すと上空に浮遊するシャルル君の対処に移った。
まさかまたシャルル君に助けてもらうとは思わなかった。しかし弾丸で細いワイヤーを打ち抜くって常人離れにも程がある。一応僕たちと同じ男子なのにISの技量が頭3つはずば抜けている。
「なんだあいつ、零落白夜も止められたし……」
その動揺も無理はない。零落白夜は非物理能力なら大抵のものは打ち消せる。だがその攻撃は見えない何かに阻まれた。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
「一夏君、オルコットさんたちを安全な場所まで運んでおいてくれないかな。それまでは僕がシャルル君と時間をかせぐ」
「素手でやる気か?」
「武器なんて戦いの元だよ。僕は平和的解決ができるならそれが1番いいと思う。今回ばかりは難しそうだけど……」
「分かった。2人は俺に任せてくれ」
そう言って僕はボーデヴィッヒさんの方へと向かう。シャルル君が驚いた顔で僕を見ていた。
「ダメだよ朔夜!君じゃ絶対に敵わない、相手が悪いよ!」
「安心してください、戦う気は露ほどもありません。ただ、こうでもしないことには――」
「あいつらを戦線から下げられない、か?」
不敵な笑みを浮かべた。動きを察したシャルル君がその場から後退する。反応が遅れた僕に瞬間的に距離を詰めたボーデヴィッヒさんが先ほどの仕返しとでも言わんばかりにレールカノンで脇腹を凪いだ。その銃口が指した先が自分の予想が当たったことを告げる。ボーデヴィッヒさんはオルコットさんたちを完膚なきまでに潰すつもりだ。
――でも、そんなことはさせない。無理やり体をひねって体勢を立て直しボーデヴィッヒさんのレールカノンを押さえつける。銃口は僕の腹部を捉え、仮に射出されようものなら僕は早々にシールドエネルギーが尽きるだろう。だがそれよりも僕は今、1つの感情によって動かされていた。
「……僕はあなたとも分かり合えると思っていました。周りの人間を寄せ付けない理由があるのかと考えもしました。だから何を考えているのか理解できなくても歩み寄ろうと思えたんです、……この瞬間までは!」
「それは随分陽気な考えだな。だが、私はお前のような雑魚など求めていない」
「朔夜、早く離れて!」
「いいのか?そうなるとお前が思いを寄せているあいつはどうなるだろうな」
「!?」
気づかれていたのか?いや、勘の鋭い人なら見抜いてもおかしくはないが、ボーデヴィッヒさんは他人に興味を示していなかったはずだ……。
「アテが外れたな。私は軍人だ、くだらない情報も重要な情報も把握している。知らずにこんなことする訳無いだろう」
「じゃあ、オルコットさんたちもそうやって焚きつけたんですか?」
「さあな。知る必要はない。死ね」
至近距離から放たれた光弾がISの装甲を抉っていく。おそらく絶対防御が発動してエネルギーが尽きてしまうだろう。
「え?」
しかし現実はその上を行っていた。僕が身に纏っていた打鉄は空中で粉々に瓦解していく、まさしく空中分解と言った表現がぴったりな様だ。口の中に広がる鉄の味に抗うこともせず吐き出す。液体よりも早く落ちていく僕は最後にオルコットさんたちを安全な場所へ運び終えた一夏君が戻ってきたところを見て安堵した。
「気がついたな」
朦朧とする意識の中で目を開けるとそこには1組担任こと織斑先生が座っていた。ここは保健室ではなさそうだがいったいどこだろうか?
「訓練機『打鉄』の破損及び無断使用をしたことでお前に訓練機の使用許可が下りることは今後一切なくなった」
「そうですか……」
分かってはいたけどやっぱり打鉄は壊れてしまったのか……。
「それと、ここからは機密事項だが……宍戸、専用機を持て」
「なぜでしょうか?」
「お前が使った打鉄だがな、使用履歴とデータベースを見てみると防御力が著しく低下していることが分かった。そこで私ととある生徒で解析したところ、お前はISの基本防御力を絶対防御並みにできることが分かった」
「あの、話を聞く限り普通逆じゃないんですか?」
低下したはずなのに上げられるというのはいささか違和感がある。
「防御力が低下したのはお前が使っていたのが訓練機だったからだ。お前が引き起こす異常な現象に耐えられる器がなかった」
「つまりは専用機なら順応できた、ということですか」
「察しがよくて助かる。宍戸、お前のこの能力はもしかすればISという未だ未知な部分の多い解析に役立つかもしれん。まあ、詳しい話はこいつに聞け」
そう言って差し出された紙には1年4組『更識簪』と書かれていた。
「手っ取り早く済ませたいなら他の人選もあるが、安全に済ませたいなら、そいつのところに行け。少し手伝うことはあるだろうがな」
そう言って織斑先生はこの部屋から出て行った。残された僕はしばらく渡された紙を見て、どうするべきか考え始めた。
思ったほど長くはないかなと編集してる時に思いましたが、やっぱり長いかもしれませんね。w
最後に、次回は原作からちょっと離れてオリジナルストーリーを展開します。なんと朔夜くんがあの人とデートです!お楽しみに!!