今回は原作3巻の途中までです。ちゃんと続きもしっかりと書く気なのでご安心ください!
多くの買い物客がごった返すこの駅前のショッピングモール『レゾナンス』はたくさんの店が立ち並んでいる。おおよその物はここで手に入り、さながら目で見て手に取れるネットショッピングのようだ。共鳴の名のとおり他の店とも提携しているのでポイントも貯まりやすく学生や主婦もよく訪れる。
なのでどうしても人の目が気になる。音楽プレイヤーを持ってきていてよかったと心の底から思う。お気に入りのバンドであるSiMさんの曲をイヤホンを付けて大音量で聞いて目を閉じる。こんなことになるなら時間通りに来れば良かったと少し後悔した。
(さすがに1時間前は早かったかなぁ……)
曲と曲の間になると周りの声が聞こえてくる。やっぱりフードを被っていても世界中に顔が知られているとなるとすぐにバレるのか僕の名前がチラホラと聞こえる。さらに深くフードを被ろうとした時、目の前で携帯端末を片手に右往左往している少女が見えた。青いフレームの眼鏡とキャスケットで分かりづらくはなっているが間違いなく橘さんだろう。
音楽プレイヤーを一旦止めてイヤホンを外すとなんだかいつもと違う聞こえ方に感じる。
「あの……、橘さん」
「宍戸くん……。良かった、人が多くてどこにいるか分からなかったから」
週末ということもあり人の過密度は平常時の比ではない。今でも道行く人の体が当たりそうだ。
「立ち止まっていると邪魔になりそうですし行きましょうか」
「ええ、そうね」
たしか今日は臨海学校の水着選びだったはずだ。そういえば海なんて全然行ったことがないから水着は持っていなかったのでちょうど良かったかもしれない。
しかしメインは橘さんの用事だ。ひとまず不安なので貯金を下ろしてきたが女子との買い物は初めてなので少し不安は残る。
「宍戸くんはどんなの選ぶつもり?」
「そうですね、あまり泳ぐ気はないのでサイズが合えば何でもいいですね」
「そっか……、実は私も髪が痛むからあんまり海に入りたくなかったのよね」
さすがに女子ともなると気にすることが多くなるのだろう。そうなるとやっぱり日焼けとかも気になるはずだし、あまり光の反射がキツい海面には近づけないとなると少しもったいない気もする。僕が言えたことではないけれど。
「そういえば橘さん、タッグマッチ勝利おめでとうございます」
「ありがとう……でも、なんとか勝てたけどいつもより動きが硬くなってた気がするわ」
1回戦だけとはいえやっぱり観客もいたし緊張するのだろう。見ている側からするとそういうのは感じられないのでいつか自分もと思うとうんざりする。
第一自分の手で人を傷つけることへの耐性が未だに付いてない。それに相手が女性である可能性の方が高い環境であるならなおさら戦おうと思えない。
「宍戸くん、この店でいいかしら?」
「僕は構いませんけど、もう少し見て回らなくてもいいんですか?」
「早く終わらせて他のも見たいの。持っていくのは水着だけじゃないし」
「ここなら大抵のものは揃っていますし、必要なものは今日だけでも買い揃えれそうですね」
僕が必要なものは替えの下着と部屋着くらいだろうか。最近までは春用の物で良かったけど夏も近づいて少し熱くなってきた。相部屋で暮らしているので寝汗や寝苦しさからのうめき声などで迷惑をかけたくはない。
ちなみに僕は以前と同じく一夏君と同じ部屋になった。実はシャルル君はシャルロットさんだったらしく、男装をしてIS学園に編入してきたそうだ。なぜそんなことをしていたのかは知らないが、そこは個人のプライバシーを尊重し執拗に知りたがるのはやめよう。
回想はこの辺りで一旦止めて店に入る。やはり女尊男卑社会の影響か、それともファッションに対する意欲の高い女性は元からターゲットになるのか水着の男女率は圧倒的に女性物の方が多い。しかしこの中から選ぶのもなかなか骨が折れそうな作業ではあった。
「ねえ、宍戸くん。こういうのはどう思う?」
そう言って橘さんが手に取ったのはトランクスタイプの水着だった。一見普通のボトムスのようにも見えるが、これは更衣室での着替えを嫌う人たちの要望に答えた『車から出てすぐに海に行ける』水着だそうだ。トップは裾が短いタンクトップのような形状で胸囲的な意味でかなり人を選ぶ物と言えた。
ただ、なんだか普通に似合うという印象しか持てない。別にそれがベストで買い物としては早く決まるし良い事づくめなのだけど、ここで肯定的な意見を出すと橘さんは真っ先にレジに向かってしまいそうだ。臨海学校という1度しかない思い出を作るのだから、ここはやっぱりいっぱい時間を使って選んでもらうのもいいかもしれない。
「良いとは思うのですが、無難という感じがしますね」
「そうなの?結構露出も多いと思ったんだけど、もう少し攻めたほうがいいかしら?」
そう言うと橘さんは手に取った水着を元の場所に戻した。意外と気に入っていたデザインだったのか次の水着に手を伸ばそうとしてはまた悩むことを繰り返していた。なんとなく僕も傍に立って水着を見てみる。たしかに種類が多くてなかなか決められそうにない。
「宍戸くん、時間かかるかもしれないから向こうで待っててもらっていい?」
「じゃあ30分ぐらいたったら戻ってきますね」
「うん、そのくらいには決まってると思うから」
誰かに見られていると選びづらいからか、橘さんは1人で選ぶことにしたようだ。とりあえず僕も適当に男性用水着売り場に向かうことにした。
しかし目当ての場所までが遠い。やはりこれも女尊男卑の影響なのか大抵男物は奥まって目立たない場所に置かれている。
「ちょっとそこの男」
随分と高圧的な女性の声だ。聞き覚えもないしおそらく知らない人だろうから呼ばれたのは僕ではないだろう。
「そこの眼鏡とフードの地味な男、あんたに決まってるでしょ!」
「えっと……、もしかして僕ですか?」
振り返ってみるがやはり見覚えがない。多分年齢的にも20過ぎに見えるしIS学園の生徒というわけでもなさそうだ。
「そう言ってるでしょ。あ、これ元の場所に戻しといて」
「は、はぁ……」
流れるような動作で試着済みと思われる水着を渡されそのまま見知らぬ女性は去っていった。残された僕は渡された水着片手に立ち尽くしていたが、別にそう遠くない場所にあるカゴに入れに行くだけなのでそれくらいのことなら頼まれておこう。断ろうにも相手はもういないのだけれど。
「仕方ないか、今はそういう時代だし」
ハンガーは外すということなので水着だけをカゴに入れる。ハンガーはその横にあるハンガーラックに適当にかけておく。
ひとまず頼まれ事は終わったので次は自分の分を選びに行こう。
「あのぉ、この水着の他のサイズありますか?かけてある所になかったんですけど……」
店員さんも大変だなあ。夏になるとこういう店は忙しくなってくるのだろう。若い女性客が尋ねている声が聞こえる。
――しかしどうしてその女性は僕の前に立っているのだろう?もしかして僕を店員と勘違いしているのだろうか……、いやそんなはずはないだろう。
「この店の特徴として色と流行で分けているので黄色の水着が集まっている場所にあると思いますよ。多分他のお客様が違う場所に置いたのでしょうね」
「そうだったんですか、ありがとうございます!」
事前に調べておいたことが役に立った。橘さんと水着選びをすることは知っていたのでこのショッピングモールにある店はあらかた調べておいた知識をこんなところで使うことになるとは。
「今度こそ自分の用事に――」
「店員さん、少しいいですか?」
「ははは……」
「宍戸さん……どうしてここに?」
「何してるのよセシリア。早くしないと一夏見失っちゃうわよ」
一夏さんがシャルロットさんとお出かけをしているところを追跡している途中、わたくしは店内に宍戸さんがいるのを見かけた。隣にいるのはたしか同じクラスの橘さんだった気がする。
宍戸さんはわたくしの手伝いをしてくれていると言っても他の誰かと話すこともある。今更わたくし以外の人といても何ら問題はないはずなのに……。
(どうしてこんなに胸がざわつきますの?)
今朝だって早い時間からわたくしと味噌汁作りを教えてくださったし、一夏さんとの食事の時間を合わせてくれたりしてくれた。本当にわたくしのフォローに抜かりがないところはさすがとしか言い様がないし、宍戸さんのおかげで一夏さんと2人っきりになれたこともたくさんあった。
感謝してもしきれない恩が知らぬ間に積み重なって、まるでわたくしを捕らえる檻のように、わたくしを誘う花園のように、逃れられなくて求めてしまう掴み所のない感覚がいつまでたっても消えない。
一夏さんが遠ざかっているのにわたくしは宍戸さんがいる店へと足を踏み入れていた。
「ちょ、ちょっとセシリア!?」
(たしかこの辺りに……。あら?橘さんしかいませんわね)
その橘さんも1着の水着を手に取ると試着室に向かってしまった。しかし宍戸さんはいったいどこへ行ったのだろうか?
そう思っていると奥の方で宍戸さんが他の女性と話しているのが見えた。女性はショートパンツにシャツという動きやすそうな格好をしている。見た目からしておそらく年下だろう。気づかれないように近づくと会話の内容が聞き取れた。
「こ、この辺りにあるのがいわゆる勝負水着です……」
「結構際どいですね……」
「やっぱりやめておきますか?」
まるで店員のような対応の仕方の宍戸さんは布地の少ない水着を見て前に立つ客と共に顔が蒸気していた。
『おいあれ、宍戸朔夜じゃねえの?』
『IS学園ってバイト許可下りるのか?』
『近くで見ると案外かっこいいかも』
知らない間に人が集まり始めて店の人口密度が高くなってきたので店の外に出た。すでに一夏さんを共に尾行していた鈴さんとボーデヴィッヒさんは先に行ってしまった。
(わたくしももう行きましょうか……)
おそらく一夏さんが向かったであろう方向にわたくしは足を進めた。
「あの、それともう1つ聞きたいことがあるんですけど、もしかして宍戸朔夜さんですか?」
「ええ、まあ……」
声をかけてくるなり意中の相手を虜にする勝負水着を聞かれて自分なりに答えた後、僕はそんな質問をされた。
「え、えっと、私織斑一夏さんの知人なんですけど、宍戸さんのことは聞いてます!」
「あ、もしかして五反田蘭さんですか?一夏君がよく話してますよ」
そういえば一夏君が友人の妹として話していた気がする。まだ心を開いてくれないのだと嘆いていたのだが確実に一夏君に好意があるように見える。
「本当ですか!?」
「はい。……もしかして勝負水着も一夏君に見せるためですか?」
「いや、そのぉ……はい」
まあそうでもしないと一夏君は女性を意識しないし、合理的で思い切った判断と言える。ちなみにオルコットさんもそれは知っていて体を密着させたりしている。一夏君のマニュアルでもあれば特記事項だろう。
「そういうことでしたらあえて落ち着いた色で露出が多い方がいいですね。あまり狙いすぎると引かれてしまうかもしれないので」
「なるほど……。すごく詳しいですね」
「まあ、一夏君のことを調べる機会があるので」
口に出した後、一人の女性の姿が頭に浮かんだ。彼女の努力の礎となった情報を今ここで誰かに使っているのだ、姿が思い浮かぶのは当然と言えば当然なのだが。
「調べる機会?」
「一夏君に好意を寄せる人は多いですから」
「それって私にアドバイスしても良いんですか?」
「問題がありますかね?」
ここで水着を選ぶことで五反田さんが有利になることがあってもオルコットさんが不利になることはないはずだ。それに今日は一夏君がデュノアさんと買い物に出かけるということなのでオルコットさんもきっとここに訪れているだろう。
「僕がここで水着を選んでも行動を起こすのはあなたですからね」
「うっ……」
「今は会える機会も少ないとは思いますけど、頑張ってくださいね」
そう言って僕は五反田さんから離れた。さて、と……。まずは周りにいる客に店員と誤解されている状況をなんとかしないと……。
「すみません!橘さん!!」
「……」
店前のベンチで背筋を伸ばして不機嫌そうに座っている橘さんに僕は手を合わせて頭を下げた。いや、僕もあの場から離れようとはしたんだけど野次馬に囲まれてしまい知らぬ間にサイン会までも開かれる羽目になってしまった。そしてこの時間になってしまったわけである。
「そ、その……、いつから待ってました?」
「3時間前から」
そんなに前から待たせてしまったという事実に胸が痛くなる。夏場の暑い環境も辛かっただろう。こうして不機嫌なだけで苦情を言われないのが不思議なくらいだ。
「えっと、水着選びはどうしましょうか?」
「もう選んだからいいわ」
「じゃ、じゃあカフェにでも行きませんか?学校の門限まではまだ時間がありますし」
「うん」
ひとまず時間をかけて機嫌を直してもらうしかないだろう。デザート代くらいは覚悟しておこう。
「ね、ねえ、宍戸くん……」
「はい、なんでしょうか?」
「手、繋いでもいい?」
「はい?」
突然の提案に驚いていると橘さんの細い指が僕の手に触れた。しっとりと指にかいた汗はサラサラとしたもので僕が知っているものとは違うもののように思えた。壊れ物のように優しく握ると橘さんはゆっくりとした動きで立ち上がった。
「で、では行きましょうか……」
「え、ええ……」
お互い緊張したままカフェまで歩き始めた。そういえば橘さんはいったいどんな水着にしたのだろうか?結果的に何も相談に乗れなかったし申し訳ないことをしてしまった。
体格が似ているからか僕と橘さんの歩調はピッタリとあっていた。気を使ったり気を使わせたりするよりは楽でいい……と、思ったのだが緊張で口を開けないこの時間はなかなか耐え難くなんとも言えない。
「宍戸くん」
「は、はい!なんでしょう?」
緊張している中で話しかけられたので驚いてしまった。そんな僕を一目見てから言葉を紡いだ。
「……名前」
「はい?」
小さくて聞き取れなかったので距離を詰めようとすると同時に橘さんも一歩踏み出してきた。
「名前で呼んでくれたら、今日のことは……いいよ。まだ気にしているんでしょ?」
「それはまあ、今日はあんなに待たせてしまいましたし……」
しかしそれと名前で呼ぶことに何か意味があるのだろうか?別にそれくらいなら頼まれればいつでもやるけど。
「六花さん……」
「できれば『さん』はなしで呼んでもらえる?」
多分敬語もやめたほうがいいのだろう。なんだか思ったよりハードルが高くなっているが乗りかかった船だ、意を決して言うしかない。
「じゃ、じゃあ行こうか、六花」
「う、うん……朔夜」
後半部分は小さくて聞き取りづらかったが、夕刻で人通りも少ないのが幸いして自分の名前が呼ばれたのが分かった。心なしか脈拍が早くなった気がした。
ムズムズした心境のままカフェで少しくつろいだ後、僕たちはIS学園に戻った。臨海学校はすぐそこまで近づいている。
「いい天気になって良かったなぁ……」
真上に昇った太陽の光が反射して輝く海は見ているだけで肌が焼けそうだ。まさしく夏真っ盛りと言った感じだろうか。
体を伸ばして軽い準備運動をする。泳ぐ気はないけど海に来たらなぜか体を動かす準備をしておきたくなる。
「お、お待たせ、朔夜……」
「いや、そんなに待ってないよ」
振り返って六花を見た僕は呆気にとられた。制服に隠されていた白い肌が露になったことで初めて気づいたが結構着痩せするタイプらしい。かなり露出度の高い水着を着てはいるが恥ずかしくなったのか僕と同じようにパーカーをジッパーを開けて着ている。
「そ、その、似合うかしら……」
「うん……、とっても」
似合うどころかかなり魅力的だ。今自分の顔が赤くなっていないか心配になってくる。どうにかして話題を変えないと気持ちが悟られてしまいそうだ。
視線を泳がせていると向こう側で一夏君と凰さんがなぜか肩車をしていた。ひとまずあそこに行ってみようか。
「い、行こうか、六花」
「……ええ」
熱い砂浜の上を慎重に歩いて一夏君の元に行く。肩車は目立つのか多くの女子が集まっていた。
「すごい人だかりだね、一夏君」
「お、朔夜。いやーなんか目立っちゃったみたいでさ」
それはまあ学園に2人しかいない男子だから仕方ないだろう。一挙手一投足に注目が集まってしまうわけだし。
しかし肩車はまずいんじゃないだろうか?周りの女子が待機列を作っているのを見るとただ事では済まない気がする。
「あれ?もしかして宍戸くんも肩車してくれるの!?」
「いえ、そんな気はありませんけど……」
「ていうか俺はもう肩車決定なのか?」
即座に生じた誤解を解いておく。一夏君については仕方ないとしか言いようがないだろう。それに、僕よりは体力もあるしね?
「一夏さん、何をしていますの?」
「ああ、セシリア。別に何もしてないぞ?」
「オルコットさん――」
声のした方向に視線を向けて僕は息を呑んだ。一瞬呼吸を忘れてしまうほどに美しい少女の肢体に目を奪われ、僕は肺の中に溜まった空気を恋慕とともに絞り出した。まるでこの世に現れた女神のような美貌に言葉は途中で途切れてしまった。
「どうかしましたの宍戸さん?」
「いえ……、その、すごく可愛いですオルコットさん……」
「あら、ありがとうございます」
「本当に似合ってるなセシリア」
「そ、そんな……照れてしまいますわ」
一夏君にそう言われて頬を染めるオルコットさんは少しした後に我に返ったように咳ばらいをした。
「と、ところで一夏さん。約束は覚えていまして?」
「ああ、でも俺でいいのか?別に他の女子でも――」
「男に二言はないのですわよね?」
「冗談だよ」
「では、お願いしますわ」
そう言ってオルコットさんは腰に巻いていたパレオをほどいた。隠されていた艶めかしい脚が露わになり、僕はなぜか出てきた生唾を呑んだ。
シートを敷きパラソルを地面に立てるとオルコットさんはうつ伏せになった。背中に手を回し水着の上を外す仕草で僕は限界を迎えて視線をそらした。しかしそれを見ていられる一夏君はすごいと思う。
それにしてもオルコットさんの肌は白くて綺麗だな、と思い出す。アジア系の黄色人種しか見たことがなかった僕はIS学園に来てからいろんな国の人を見たが、オルコットさんは群を抜いて綺麗な肌をしていた。
「きゃっ!?い、一夏さん、オイルは手で温めてから塗ってくださいな!」
「わ、悪い。こういうのは初めてだから」
「そう、ですの……。初めてでしたのね」
オルコットさんの声は少し高い。確かに経験が豊富な一夏君が初めてのことがあるのは少し意外な気がした。大抵のことは織斑先生がかっさらっていると思ってた。
「なんで嬉しそうなのよあんた」
凰さんも気付いたらしく目を細めていた。ここはオルコットさんが一夏君へのアプローチに軍配が上がったと言っていいだろう。
「な、なあセシリア。背中終わったけどもういいか?」
「いえ、一夏さんがよろしければ前もお願いします……」
「はぁ!?」
これには唐変木の一夏君も狼狽していた。なんだろう、今日はオルコットさんがいつにもまして積極的だ。しかし、それを許すほど他の女子は甘くはない。中でも凰さんはすぐさま行動に移っていた。
「はいはーい、私がやったげるわよセシリア!」
「ちょ、ちょっと鈴さん!何をしていますの!?」
オルコットさんの言葉を聞く前に凰さんは手にオイルをつけて塗り始めた。冷たさとくすぐったさでオルコットさんはシートの上で体をくゆらして笑っていた。すごく振り返りたいけど我慢しておこう。最近になると気を抜いたら恋心がまた復活してしまいそうになるからなるべくときめきポイントは回避しなければならない。
「もう!いい加減にしてくださいな!」
警告を含んだオルコットさんの声が響いた。なぜだろうか場の空気が変わった気がする。そう思って僕は後ろを振り返った――振り返ってしまった。
その姿がとても美しくて、魅惑的で、艶やかで、誘惑的で――、視界が幸せだった。ただその幸せはまるで神の怒りと隣り合わせのように危険で……。
「きゃああああああああああああっ!?」
シートに落ちた水着を拾い上げてオルコットさんはその場から走り去ってしまった。残された僕はひとまず誰にも気づかれないうちに少量流れた鼻血を拭った。
(眼福なんだけど刺激が……。ていうか一夏君は何も言う暇なく凰さんに強制退却させられてたけど大丈夫だろうか?)
とりあえず僕だけでも謝りに行った方がいいだろう。そう思って僕は橘さんに一言かけてからオルコットさんの後を追うことにした。
「うぅ……。最悪ですわ……」
オルコットさんの後を追うと膝を抱えて木の下に座っていた。緊張するけどしっかりと言うことは言わないと。
「あの、オルコットさん……」
「宍戸さん……。今は放っておいてくださいな」
「えっと、とりあえずこれ忘れていましたよ」
持ってきたパレオを渡すとオルコットさんは静かに受け取った。さて、本題はここからだ。
「さっきはすみませんでした……。まさかあんな事態になっているとは思っていなくて」
オルコットさんは黙ったままだった。好きな人と他の男にも乳房を見られたことでプライドの高いオルコットさんの気が沈んでいるのだろう。
「その……、今回のことは何かしらの償いをしたいと思ってるのですが」
「そんなことはしなくていいですわ」
「ですが……」
そうでもしないと僕の気が済まない。そう思って僕はもう一度頭を下げようとするとオルコットさんに止められた。頬を両手で挟まれ、強制的に目を合わせる形になった。
「わたくしの、……を見ましたの?」
「……はい」
大事なところが聞き取れなかったが多分さっきのことだろう、と思い素直に認めた。落ち込んだ顔をほんの少し僕からそらすとオルコットさんは意を決したように口を開いた。
「その……、どうでした?殿方の目から見て」
「えっ!?」
突然のことに動転しているとオルコットさんも自分の言葉を思い直したのか顔を赤くした。ただ取り消したりしないところを見ると、気になるところではあるのだろう。
乾いた唇を舌で濡らす。もちろんこんなことを聞かれたのは初めてだから妙に落ち着かない。
「す、すごく綺麗でした……。バストトップの色もよくて張りがあって大きすぎない膨らみも魅力的で肌も白くて恥ずかしがってる顔も可愛かったですしええっと……」
「も、もういいですわ!分かりました、分かりましたからっ!」
その言葉を聞いて内心ホッとする。正直気ばかり動転してあれ以上思いつきそうになかったから。頬からオルコットさんの手が離れ、やっと目が離せるようになったので早くなった鼓動を抑えるように静かに深呼吸をする。横目でオルコットさんを見ると自分の胸元に視線を下していた。さすがにストレートに言い過ぎただろうか?
「宍戸さんの言葉を信じるなら、わたくしは自信を持っていいんですの?」
「ええ、もちろんですよ。恥ずかしがる必要なんてありませんし、一夏君だって内心見とれてたと思います」
「そ、そうですわよね……。わたくしったら小さなことで悩んでしまいましたわ」
そう言って立ち上がるとオルコットさんは優雅な所作で腰にパレオを巻いた。そんなちょっとしたことにでもため息が出るほど僕は見とれてしまった。何をしているのだろうか、僕は。僕が見とれたところでオルコットさんが喜ぶことはないのに。
「こんなことをしていては自由時間が減ってしまいますわね……。そろそろ戻りましょうか」
「ああ、本当ですね。行きましょうか」
そう思って僕は歩き出そうとすると指先になめらかなで心地のいい暖かさのものが触れた。振り返るとオルコットさんが僕の手を掴んでいた。
「よ、よければでいいのですけど……!前はまだオイルが塗れていませんから、お願いできますかしら?」
「は、はい……」
その魅力的な誘いは断ることができなかった。オルコットさんはすぐに着替えられるようにここに来ていたのか、はたまた偶然か数分で更衣室から予備のサンオイルを持ってきた。
「では、お願いしますわ」
「了解です」
動転して変な口調になってしまった。かすかに震える手でサンオイルをオルコットさんから受け取った。
しかしシートもなければ椅子もないのでどういう手順でやればいいのか分からない。そんな考えを見抜かれたのか、オルコットさんは僕に左腕を伸ばしてきた。
「ど、どうぞ……」
「失礼します……」
先ほどの一夏君のやり方も忘れて冷たいまま塗り始めてしまった。小さくオルコットさんが漏らした声でそれに気づいた。
「あ……、すみません」
「い、いえ……。さっき握った時もそうですけど宍戸さんの手は冷たいですわね」
「緊張しているので血行が悪くなっているみたいです」
「なんですのそれ」
僕の下手な言い訳を聞いてオルコットさんは微笑んだ。僕が彼女と話せるようになってこの自然な笑顔を何度見たことだろうか。その度に僕が憧れた人は本当は可憐な少女なのだと気づかされる。
指先から優しく、慎重に触れていく。手触りはまるで絹のようになめらかで女性特有の柔らかな肌はいつまでも触れていたくなる。
「し、宍戸さん?」
「美しい……」
自然とそんな言葉が出てきた。
ああ、ダメだ。今まで自分から遠くにいようとしていたから耐えられていたんだ。この恋という衝動が距離を縮めたことで僕の中で急速に膨らんでしまった。それに僕は一夏君みたいに女性に、特にオルコットさんに心の余裕を持って接することができない。
耐えなければいけない。こんな形で気持ちを伝えていいはずがないのだから。
「もしわたくしが一夏さんに嫌われたら、そのとき宍戸さんはその心の穴を埋めてくれますの」
ゆっくりと目が覚めていく感覚がした。そうだ、僕は純粋にオルコットさんに手助けをしたいと思ったはずだ。最初は確かに理由も自分のためだったしオルコットさんに真意を話すこともなかった。
だから今の僕の答えはもう決まっている。
「オルコットさんが嫌われるなんてありえません。その証拠に僕は今こうして手を握って心を奪われているんですから。そんならしくないことは言わないでください、あなたは僕の尊敬する人なんですから」
こんなに恋い焦がれた人なんだから……。もしオルコットさんを一夏君が嫌いになるようなことがあるなら僕だって怒るかもしれない。だって――
「あなたはとても素敵な人ですから」
自分の胸の中にあったものをやっと吐き出せた気がした。それと同時に目の前のオルコットさんの異変に気が付いた。
その瞳がわずかに潤んでいて、そこから零れ落ちそうになる何かをこらえるようにオルコットさんは僕を見上げていた。そんなに体格差がないからどちらかと言うと上目遣いだ。今にも零れてしまいそうなその涙に惹かれるようにオルコットさんの目の下に人差し指をそえた。いっそ熱いと思ってしまうような涙は、僕の手が冷たいせいだろうか?
「この涙はあなたのせいですわ……」
「え?」
聞き返そうにも目の前でボロボロと涙を流し始めたオルコットさんを見て動転してしまった。
「宍戸さんのこと、全然分かりませんわ。どうしてそんなに自分を隠せますの?どうして優しさだけをわたくしに向けますの!?」
「……オルコットさん?」
「申し訳ありません……、少し休んできますわ」
そう言うとオルコットさんは更衣室の方へ走り去ってしまった。残された僕はただ立ち尽くすことしかできなかった。優しさだけでは追いかけられない。真に必要なのはその場で下せる決断力なのだ。そう、一夏君のような――
やっぱり途中で投稿してよかったなと思います。これ最後まで書いてたら2万字パターンでしたw
これからは自分のスケジュールとしっかり話し合って書いていきますのでこれからもよろしくお願いします!
感想もいつでも待ってますよー