多くの兵器が飛び交い、飛び散るように人が浪費される。
思惑が不可視の宙を舞い、命は壊れた蛇口のように浪費される。
彼らは地に叩きつけられて跳ね返る水滴の一つ一つだ。
勝者は掬い取られ、敗者は地にしみわたり、誰とも知れず時が経つ。
「傭兵、起きろ。そろそろ現場だ」
ファットマン。戦場でこの名前を知らないというなら、新米かモグリか。
極めて有能な運び屋。かつてはミグラント、今では俗称ストーカーか。汚染地帯を渡る技能は、この時代にはそれほど希求されていない。百年やそこらの昔は知らないが、今では汚染は収まりつつあり、だからこそ「タワー」の存在と、三大勢力の竦み合いの構図が生まれている。
この男が有能と言われる由縁は、そのパートナーを選ぶ嗅覚にあると言っていい。糞だまりのような傭兵どもの有象無象から自らを活かし、相互に利益を保証しうる腕を持つ本物を見抜く技能。かつてと今で内実が変わったとはいえ、彼ら運び屋の優劣を決める方法はその生き残り方の優劣から見て取れる。
果たして俺は彼に見いだされるほどの腕を持っているのか。この腕は、自身の目的を叶うるに足るのだろうか。
疑問は、絶えない。
「・。・。・。」
通信をオンにして、三拍。ザーっと雑音のようなものが流れて、すぐ消えた。
「だんまりか。本当に寝てたのか起きてたのかくらい教えてくれてもいいんじゃないかね」
何にもならないとわかっていても悪態が漏れるのは、こんな稼業の常だろう。事実として、俺の一人称も喋り方も頭の中で大きく変革を余儀なくされた。
どいつもこいつもただ会話の内容と現実で精一杯だ。俺も生きるので精一杯で、だからこそ一人で放り出されたときは、目の前の藁に飛びついてしまったりもした。
「起きてはいた」
通信の回線は開かずに、狭いコクピットで呟いた。
俺は人前ではあまり喋らない。昔は良く喋っていたが、それも戦場に出る前の話。あまりに昔とかけ離れた頭の中身。口に出ることばも、あまりに汚らしくて、聞くに堪えないだろうと思う。
だから、必要最低限のコミュニケーションがとれればそれでいい。
多くの言葉より、一つの行動で示すべきだ。
「目標地点上空。依頼内容は事前に確認したとおりだ。ひとまず例の機動部隊を眼下1キロ先のポイントAからポイントBまで誘引する」
実に、面倒な依頼だ。いつもどおりの。
「この部隊は、何でもとある密命を抱いた特殊な部隊らしい。見てくれはボロいが、同伴するACも相当なもんとのことだ。目的はあくまで撃破ではなく誘引。用意した武装も、牽制用でばら撒き重視のガラクタだ。無理はしないでくれよ」
「・。・。・。」
「わかったならいいさ。この依頼は、お前さんのようやく広まってきた風聞の真偽を確かめる試金石でもある。今後につながる大事な依頼だ。気張れとは言わないが、普段通りの結果は出してもらうぞ」
結局、気張れと言うことか。普段から、気張らないでいられる依頼は無い。それにずっと付き合わせてきたこの男も、承知の上だろうに。この新米に無茶を言ってくれないでほしい。
そんな内心すら口に出さない俺には、現実はどうしようもない、か。
中古品かつ廃棄品の不良品である二丁のガトリング。機体にそなえられた武装らしい武装はこの二つだけ。このレベルの依頼にしては何もかも足りていないが、その性能すら依頼の一部だ。我慢する。そもそも機体すら拾い物である俺には過ぎたものかもしれない。その機体すら、都合上ジャンク同然の特殊ペイントに仕立て上げられている。賞賛したくない類の、いい仕事である。愛機に乗りたくなくなる日が来るとは思いもよらなかった。
機体も武装も不安はあるが、ガトリングの射程だけは確保できるように弾頭と薬室には金と修理と諸々の相談を重ねてくれたそうだ、仲介人が。
局所的とはいえ、こんな優遇は滅多にない。その「風聞」とやらがそこまでのものなのか。
我がことながら感嘆して、むぅむ、と唸る。
「降ろすぞ、準備はいいな」
「・。・。・・・・・・んむ」
唸りが続いて、回線を接続する音と混じった。ファットマンは呆れたように、久方ぶりにお前のことを聞いたよ、と言って俺の機体を投下した。
敵方の部隊の練度は大したものだった。強襲の成果もあって補足と初撃はこちらがもらったが、二撃目以降は即座に断念せざるを得ない見事な反転迎撃であった。
強襲タイミングは旧中心市街の通過と同時だった。向こうも警戒していただろうが、こちらはそれも織り込み済みだ。乱立する建物、かつての都市の廃墟に紛れつつ、追撃を誘発するように距離を保つ。
しかし、予想より立て直しが早すぎる。頭を張っているのはあの情報にあったACか。
襲撃してきたこちらをACが補足しつつ、常に部隊と此方の中間ほどの位置を譲らない。向こう側の野良有人機体(入念なオンボロペイント工作によって、形容が難しい)も全方位を警戒する陣形で、他の敵が現われても問題ないように移動している。
その移動先はかつての市街の中心部。広すぎる空地である。周辺の構造と不自然なほどに開けたその様相から、都市の中心機能を有する巨大な建造物が、圧倒的な何かで吹っ飛ばされた、と予測されている。中途半端に鉄塊が散乱し、残骸の撤去が若干ながら行われていたと見られているが、謎ばかりが多い。
これら市街はここまで綺麗に形を残しているのに、人だけが忽然と姿を消した。まるで、かつての世界を滅ぼした汚染が、ここだけ小規模に起こったとしか考えられない不自然さ。それでいて、汚染の気配はさっぱり。むしろ、他の土地より周辺の土壌は肥沃ですらあるとのことだ。
今は保存された市街を資材の回収に新たなホームにとちょっとした規模の集団(黄色いエンブレムの連中もちらほら見られる)が行ったり来たりと忙しいが、勢力の影響もあるちょっとした火薬庫でもある。この騒ぎで、そこらにいるハイエナどもも自慢の足で逃げ出していることだろう。
ともかく、この部隊はそこに向かって壁蹴り、ブーストドライブを巧みにこなした強襲を見せたAC、つまり俺の機体の攪乱を制限しようということらしい。
少なくとも、こんな辺境に少数で出張ってきただけはある動き。正規の部隊とは思えない風貌と相まって異様な怪しさを醸し出す集団である。旧市街の遺産の私有を企むハイエナどもを装ったボロボロの機体。恐らくは、俺の機体同様のデチューンじみた特殊ペイントか。
加えて、玉石混合の不可思議な「ショベル付き」に、資材運搬用の「でかいの」。
前者は、カモフラージュ用に雇った雑魚がほとんどだろう。ポイントAに置き去りにされ、わたわたしている。逆にいうなら、役に立ちそうもないのに部隊への同伴と極まった連携を続ける一部の「ショベル付き」が気になるところだ。よくよく見ると、形も不自然か。
後者の中身は、恐らく作戦に用いる爆薬か何か。爆薬というのは、俺の幸福な妄想である。ただの玉砕部隊がこれほどの動きを見せるはずもないし、嫌な汗も止まらない。どうせろくでもないものであろう。
ここであの「でかいの」にありったけの弾をぶち込んでオシャカにしてしまった方が世のため人のためであろうが、俺は傭兵で、あちらさんは推定正規兵である。放っておいてミッションを遂行するのが互いのためだ。
向こうさんは、こちらを特務を嗅ぎ付けて妨害を行なおうとする他所の「糞に集る蝿」程度に思っているかもしれないが、果たしてそうだろうか。俺の嫌な予感が正しいなら、この依頼の大本には勢力のお偉いさんが居座っている気がするのだ。
俺は喋りはしないが、依頼に関わる中で耳に入る範囲は限りなく広くするよう努めている。
藁につかまるように流されてきたこの業界だが、飯を食う以上のちょっとした余裕が出来てからは、自身の目的というやつを考えるようになってきた。
餓えた狼のままであれば餌に飛びつく生き方でよかったが、今や金魚の「糞」の腰ぎんちゃくだ。それなりに懐も潤い、傭兵としての生きる理由が要求された。俺にとってはそれが、この自身、傭兵が生まれた根本を知るということと同義であった。それは情報でもあり、復讐でもあったのかもしれない。情動はあれど、もはやそれが怒りとも悲しみとも知れないから。せめて知ろうと努めた。
他に理由があるとすれば、当然長生きしたいからだろうか。バックについている運び屋ほど、好きには生きられない。俺自身の理由は目的であって生き方ではない。なら、何も考えず長生きを選ぶものだろう。
この「藁」からは未だに手を離せない。もし生きることが叶わずとも、、行き着いて死に果てる岸くらいは選びたくもある。俺は徹底的に耳と勘を鍛えた。
それらを駆使して出した今回の依頼の結論が、これだ。
出来れば関わりたくないものだ。表向き冷え切っていると言い張りたいが、現状ですら目に見えて地雷で続行中のデカい争い。
その再燃の大義名分たる尖兵の槍。その矛先を解りやすく、ぶちまける。
部隊の移動先、広々とした空地。スキャンモードの視界に移る、ポイントBのビーコンサイン。
そこには、シリウスの征伐部隊が整然と並んでいた。
「我々は、賊どもを討たねばならない。
我々は追われた。追われて追われて、この場所に、連星シリウスに行きついた。
我々は伴星かもしれない。取るに足らぬ屑星であったかもしれない。
しかし、この市街。我々の還るべき土地は今なおここにあったのだ。
諸君、これまでの苦悩は無駄ではなかった。
この土地に跋扈する賊どもを打ち払い、かつての輝きを取り戻す。
連星シリウスの中でも一等を張るように。連星シリウスの輝きを増すように。
我々は、この都市を奪還する」
シリウス指揮官の演説は未だに続いている。少々早くなってしまったが、それほど拘ることでもあるまい。そもそもからして、演説の終了とほぼ同時に事を起こせと言うのも無茶なサブターゲットといった趣だ。
ここから、任務の本懐を遂げるとしよう。
本来、俺の襲撃が無ければ特務部隊――――ヴェニデの精鋭たちはポイントAから散開し、工作を開始。順次指揮官殿の言う賊どもの征伐部隊を取り囲んで蜂の巣か今そこらに転がる鉄塊にでも変える腹積もりだったのだろう。
とはいえ、強襲が行なわれた時点で隠密行動は限界がある。ヴェニデの部隊は俺をどうにかして撃破、あるいは撃退した後にメインターゲット、征伐部隊指揮機能の破壊へと迅速に向かったはずだろう。
この乱雑な都市区画で正確な情報の網をシリウスの奴らが掴んでいるかは不明だが、向こうも此処に詳しい情報屋くらいは雇っているだろう。
とはいえ、驚きだ。演説の内容を聞くに、指揮官殿はこの謎多きゴーストタウンの住民を先祖に持つらしい。事実かどうかはともかく、動機はバッチリか。言い聞かせるような手法から、似たような系譜を持つものも征伐部隊にはそこそこいるのだろう。
そこそこ、としか言えない理由はその数にある。
空地はパッと見て2キロ以上の広さを持つ。確かにここなら、十分にちっぽけなACを相手取れる。
しかし、今や多くのAC部隊が四方に詰め、中央の指揮官側近とみられる部隊を守るように配置されていた。中央の部隊はシリウスの正規部隊にふさわしく、これとわかるカラーリングとエンブレムの様だったが、周辺の部隊は混成で、急造の感が否めない。
これは、情報通りか。接近もいい度合だ。ヴェニデの部隊は予想外に素早く市街の中央まで詰めているシリウスの部隊に目を丸くし、動きが鈍くなった。
頃合いだ。
周辺警戒の穴をついて一気に広場に飛び出し、破損ガトリングをばら撒く。
グライドブーストを絶やさず運用可能なEN効率特化の特殊機体。僅かばかりに残る鉄塊、硬直するガラクタACどもを盾にしつつ出来る限り周辺の警護部隊の目に留まるように飛び交う。しかし、銃口は指揮部隊の方へ。混乱を煽るのは、あそこだけでいい。
致命傷は狙わない。どこまでもこの依頼は誘引役であり、引き立て役だ。
「賊か。傭兵ども!仕事だ!小うるさい蝿を追い立てろ。
この為に高い金を支払った!」
指揮官の沁み渡るような声は一転して、鋭く侮蔑を含んだ声に変わった。
「ハッハッハ、偉そうなことを言っておいて、肝心な部分は他人任せか
傭兵、急げよ。迂回しつつ、ポイントへ急げ。」
ファットマンが指揮官を笑い、用意が完了したことを告げる。彼にしては珍しく、任務中にあまり喋らなかったのは、撤退の準備を整えていたからだ。
大方、猟犬役を雇った傭兵にさせて、止めは自分たちが掻っ攫おうというのだろう。躱すにたやすいほど、此方から向かった周辺警戒部隊の武器の殺傷力と追撃性能は低かった。実に容易く、躱しながら思考する余裕があるほどだ。思考して、全く笑いが出る依頼だと自嘲した。
この広々とした空地にいるのは誰もが大根役者である。自分が演じる事柄は把握して、正確に演じられる。しかし、その演技が示す意味も、他人が演じる行動も正確に把握できていない。
それでも、舞台は完遂される。脚本家兼演出家が、よくよくそれぞれの役者に言い聞かせたのだろう。
曰く、周りは気にせず、自分の仕事を。
十分に誘引が完了したことを確認した俺は、機体を翻してシステムをスキャンモードへ移行。新たなビーコンがセットされ、ポイントCが出現していることを確認する。
ファットマンの言う通り、追撃の部隊を攪乱するように縦横無尽に壁を蹴る、蹴る、蹴る。ブーストドライブを繰り返し、棒立ちの機体が居れば時折壁のついでに蹴り飛ばす。
ブーストチャージ、少ない武装であっても可能な強力な近接攻撃手段。加速の乗った強靭な蹴りに、脆い機体はそれだけで幾つかショートを起こした。耐える機体も、十全には動かず、ポイントへ到着する頃にはRECONに敵影は無い。
「ちゃっちゃと乗っけてくれ。多少は誤魔化しも必要だ」
珍しく、陸上のAC運搬用車両に乗ったファットマンが顔を出した。音声は流石に回線からだが。
迅速に機体を車両に格納し、システムをオフ。熱源を車両のものと同一になるよう欺瞞。後は作戦エリアから離脱するだけだ。タイヤが回る。市街が遠ざかる。
「おまえといると、少々有りえないほどに厄介で胸糞の悪そうな依頼に出くわすな。運が悪いのは、俺かね。お前かね」
回線を繋げる必要も普段なら無い。ファットマンのそれは回答がほしいものではない、いつもどおりに。それでも言葉を繋げるなら。
「お互いに」
珍しく、狼狽えたようなファットマンの様子が察せた。
こちらとて、いつまでもこんな依頼ばかりで鬱屈としていたのだ。いい加減限界で、それだけに今のファットマンの様子には溜飲が下がると思えた。
そんな瞬間だった。
突風。それが車両を襲った。ファットマンのテクニックと、ACを搬入したことによる重量と安定性の確保によって転倒は免れたが、大きく車体は揺らいだ。
「痛てて、おい!無事か!」
「・。・。・。」
「こんな時にこそ喋ってほしいもんだよ、クソ!」
嫌な、感じだった。原因は恐らく先ほどまでの依頼。まさかあの「でかいの」が積んでいたのは本当に爆弾か何かだったのだろうか。それにしたって、広範に影響を及ぼし過ぎである。
「ファットマン、これは」
「喋るのか。今日は汚染物質でも降りそうだ」
「ふざけている暇じゃない、この爆発はあの時の」
「そうさな、恐らく核だろう」
酷い火を覚えている。もちろん、目に焼き付いたわけでもない。身に降りかかったわけではない。そうであったなら、俺はここには居られない。
しかし、それでも藁につかまらねばならないような災厄。俺が一人ぼっちになったあの日は、大きな火が地上に咲いたのだ。多くの命を、散らしたのだ。
「奇妙なシャベルみたいなものがついた機体があったんだ。あれはもしかして」
「昔、話だけは聞いたかもしれん。ACのブラックボックスである制御システムに接続するための出来損ないの試作機。それ以外はまともな武装すら装着できない自爆用の機体。技術だけなら、お前が関わったアレの、プロトタイプの一つともいえる代物だ」
それは、補足範囲外からあっという間に飛来した。20を超える多薬室を搭載、それらを以て弾頭を高速で射出。一瞬で安全圏から対象範囲を焼き尽くす。
それで、焼き尽くされたのだ。何もかも。
「ヒュージ、キャノンの・・・・・・」
書いてないだけで言ってもいいことは幾つかあるので、質問があればどうぞ。
設定が無いだけのこともあるから何とも言えないですが、ゲームに沿うなら10話で終わるでしょう。閑話のミッションを許容するならその何倍も。