夏というのはどうしてこう暑い物なのかと十六夜咲夜は無駄だと知りつつも思考する。まあ暑いのがどうしても嫌なら北極とか南極とかその辺にでも行けば良いのだけれど、生憎そんな暇はない。いや、一瞬だけなら行けないことも無いのだが。それこそ瞬きする間に。しかしそこまで意味を感じられないし、出来るだけ無駄な行動は取りたくない。今の自分には、この紅の館と主がいれば、十分に満足なのだから。ちなみに門番や博識な魔女、それに妹様が居てくれれば十二分に満足。
「……でも、そんな私の細やかな幸せが脅かされつつある」
チラリと目の前で横になっている人物を覗き見る。如何にも馬鹿そうな面をして寝ているその男は――――。幻想入りして右も左も分からない所を、お嬢様がこの紅魔館に住まわせたのだ。それならまだいい。それだけならいいのだが、どうにもこの男、何をやらせても上手くいかない。皿を洗わせれば洗わせた分割るし、料理を作らせればその分の食材が炭と化すし、掃除をさせようとすれば現状の倍汚す。文面にすると何ともシュールだが、本当にそうなる。巫山戯てるのかと問い詰めたことも何度もあるが、あはははと笑って誤魔化されるばかりだ。
「……………」
こんな男、この場で消しておいた方が良いのではないかと咲夜は思う。しかしどうも、何というか放っておけないのだ。
「はぁ……」
「……ん、咲夜さん!?」
咲夜のため息に反応して、彼が飛び起きた。何を思ったのか慌ただしく服装や髪型を整え、ソファーの上で正座した。
「おはようございます、咲夜さん」
「こんにちはの時間だけれどね」
その言葉を受け彼は素早い動きで壁の時計を確認する。時計の短針は3、長針は6の部分を指し示している。
「咲夜さん、おやつとか要ります?」
「別にいらないけど」
何故だか分からないけどこの青年に接する時には少しツンケンとした態度をとってしまっているな、と咲夜は思う。まあ別に特に気にはしないが。
「というか貴方が食べたいだけじゃないの?」
「否定は出来ませんね」
いや少しぐらいはしろよ。この青年の唯一の取り柄と言えそうな物は、正直で誠実であるという点だけだった。それで素行が優秀なら言うことなしなのに、余りにも無駄が多過ぎる。
と、ここで咲夜は彼が自分の顔をジッと見つめていることに気づく。その瞳の内を少し想像してみたが、何を思い何を考えているのかなどとんと見当がつかない。
「どうかしたの?」
「いやー、咲夜さんってメイド服似合ってるなぁ、って」
……意味が分からない。聞いた自分が馬鹿だった。
「はあ?」
「ほら、なんかその人に似合う髪型とか服装とかってあるじゃないですか。それで言ったら今の咲夜さんは最高だなぁって」
そこで自分自身が褒められていることに気づき、少し動揺する。
「な、なにをくだらないことを……」
自分の顔が赤くなってないか不安になり、一度時を止めて落ち着く。ふう、と一呼吸。全く、真顔でそんなことを言うのはこの人くらいだ。顔は悪くないんだから素行を直せば良いのに。そう思うが、口には出さない。
「まあ褒め言葉として受け取っておきましょう」
「っていうか褒め言葉ですよ?」
「うるさい」
反射的に彼の首元にナイフを突きつけてしまう。しかしそれでもニコニコとしているのだからこの男、肝が据わってるというか余程の阿呆というか……
「ふう。ていうか貴方もうそろそろ時間じゃないの?」
「え?何のですか?」
「庭掃除のよ。っていうか本来この時間も洗濯物を取り込んでる筈じゃなかったの?」
「あー、そうでしたね……忘れてました」
あははは、と誤魔化すように笑う彼を見て、またもや反射的に時を止めナイフを突きつけるが、そこで気づく。
――この男、何かを誤魔化している。何となく、表情からそんな風に思えた。
「……――――。」
「はい?」
「貴方、なにか隠してるでしょう」
聞いた途端、彼の視線が宙を泳ぐ。
「な、何のことやらさっぱりわかりません」
咲夜と目を合わせない様にひたすら部屋中の物に視線を飛ばす。が、その度に彼の視線の先に咲夜が現れるので、言うほど意味はない。
「正直に言いなさい。さもないと…………アレよ」
「え、アレですか!?」
アレ、という単語を聞いた途端に彼の顔が青ざめ、ガクガクと震え出す。
「ま、待ってください……アレだけは……アレだけはやめてください!!」
「じゃあ正直に話す?」
「話します!」
よろしい、と満足げに頷き、彼の言葉を待つ。が、彼は髪をわしゃわしゃと掻き回したり、うろちょろと部屋の中を歩き回るばかりでちっとも要領を得ない。
「どうしたのよ、さっさと言いなさい」
「……あーうー、じゃあ言いますよ……言いますからね!」
ふう、と一呼吸。そして――――は衝撃的な一言を放つ。
「あのですね……実はずっと、咲夜さんを見てました」
「………?」
予期せぬ答えに、クエスチョンマークしか浮かばない。
「え、私?」
「はい、貴女です。ほらこの部屋って門の方が良く見えるじゃないですか。だから咲夜さんが居眠りしてる美鈴さんを起こしに行く2時に、それを眺める為にここに来るのが俺の日課なんです」
「……日課?」
あ、色んな意味でヤバイなこれは。と彼は思った。基本無表情な咲夜さんから明らかに苛々としてる様なオーラが滲み出てる。下手するとアレされるかも……
「……そんなくだらないことをしてる暇があったら、もっと仕事に励みなさい」
「………は?」
てっきりもっと怒る物だと思っていたから、○○は拍子抜けしてしまい思わず疑問の声が漏れてしまった。が、それを何とか取り繕い、
「あ、いや、分かりました。以降気をつけます。それじゃ持ち場に戻るのでこれで!」
何処ぞの天狗もかくや、といった速度で走っていく彼。
「全く、騒がしい人ね……」
そう呟く咲夜の頬は緩み、優しい微笑みを浮かべていた。
彼と彼女の未来に保証なんてないけれど、今は……今くらいは、こののんびりとした日常の中で。