「……つまんないなぁ」
とある館の地下の一室、殺風景なその部屋でフランドールスカーレットは一人呟いた。
つまんない、つまんないーーここにはお友達は居ないし、変化も何にもない。生まれてからどのくらいここにいるんだっけ?確かそろそろ四百年位になるような気がするけど、別にどうだっていい。それで何かが起きるわけでもないだろう。
「……お腹空いてきたなぁ」
壁に掛けてある古ぼけて傷の目立つ柱時計は、三時を指していた。そろそろおやつの時間で、それが終わればおやすみの時間だ。
「……ちょっと誰かー!ご飯ちょーだいー!」
とりあえず叫んでみた。別に食べなければ死ぬわけではないけど、なんとなく今日はもうご飯を食べて寝たい気分だった。
「……?」
ギイ、と何処かでドアの開く音が聞こえた。続いてスタスタと階段を降りる足音。それはドアの目の前で止まると、コンコン、とノックの音が響き渡る。
「失礼します、妹様」
ドアを開けて入ってきたのはこの館のメイド。丁寧にお辞儀したのちに連絡事項を告げた。
「おやつのブラッドケーキでございます」
「わー、ありがとう!」
「それと……」
「?」
メイドの後ろから、拘束された少年が他のメイドに連れられて降りてきた。
「“おもちゃ“をお持ちしました」
「わーっ♪」
手を叩き、無邪気に喜ぶフラン。対して少年は不安そうな表情を浮かべている。まあそれも当然だが。突然攫われてこんな場所に連れてこられたのだから、怖いに決まっている。
「それではおやすみなさいませ、妹様」
「うん、ばいばーい」
お辞儀をしたメイド達はスタスタと部屋を出ていく。残されたのは少年とフランドールのみ。
「…………」
フランは少年を舐め回すように見ている。髪はストレート、顔付きは少し中性的で服装は泥だらけ。山の中を逃げ回ったりでもしたのだろう。口には猿轡を嵌められ、喋ることすらさせてもらえない。腕は手錠で拘束され、自由なのは足くらいだ。
「うーん……」
どうしよう、何をして遊ぼう?ダーツはもう何回も他のでやったし、鬼ごっこはすぐ捕まっちゃうからつまんない。かくれんぼは隠れる場所が無いし……うーん、悩みどころだ。
思い浮かばないので、おもちゃに聞いてみることにした。
「……ぷ…はぁっ!」
口の拘束具を外され、少しの自由を得た少年に少女は問う。
「ねえ、貴方。私は貴方でどうやって遊べば良いと思う?」
「…………あ」
「え、なに?」
「うわぁぁああぁぁあぁあぁんっ!!」
狭い地下室に響き渡る、絶叫。耳を劈く悲鳴にフランも顔を顰め、
「うるさぁぁぁああぁいっ!!!」
悲鳴を打ち消す一喝。突然のことに少年は驚いて目を見開く。その瞳には僅かに潤んでいるように見えた。
「あーもう、うるさいなら壊しちゃうよ?」
「……え、壊……す……!?」
その言葉をきっかけに、ダムが決壊したように少年は泣き始めた。うるさいと言われたからか、泣き声は静かだったが。
「……もう、知らない」
疲れたのか眠くなったのか、フランは大きく欠伸をして部屋の端のベッドへ足を運んだ。とりあえず寝て、起きてからその後のことは考えよう。
「……おやすみ」
「……ん」
フランはゆっくりと目を開いた。ベッドから出て立ち上がり、大きく伸びをする。壁の柱時計を見ると、時刻はまだ午後六時のようだった。
「ちょっと早起きだったかなぁ……?」
さーて、今日は何をしよう……っと、あれ?
フランは部屋の中に異物が紛れていることに気づく。
「これは……ああ、昨日来た新しいおもちゃだったっけ?」
泣き疲れて眠ってしまったのか目は少し腫れぼったかったが、気持ち良さそうにスースーと寝息を立てていた。
「ねえ、起きて?」
「……ん…?」
体を揺すると少年はゆっくりと目を開く。キョロキョロと部屋の中を見渡し自分の今置かれている状況を思い出すことで、顔を青ざめながらフランから離れ部屋の端まで逃げた。
「く……来るなぁ!!」
「もう……そんな怖がらなくても良いのに」
そこそこ本気でショックだったのか、悲しそうな表情を浮かべながら先程まで少年が座っていた辺りに、頭を抱えるように体育座りで座り込んだ。
「あ……うー……」
その様子を見た少年は戸惑うように立ち上がろうとしたり座り直したりしていたが、意を決して立ち上がり、少女に近寄る。
「あ、あの……ご、ごめんね……?」
「…………」
何故だか分からないけど、フランの体は小刻みに震えていた。
「……あの………大丈夫…?」
「わっ!!!」
「うわっ!?」
「わーい、引っかかったー♪」
大声を出して少年を驚かせたフランは、楽しそうに無邪気にはしゃぎ笑っていた。
「ひ……酷いよ……!」
「それはこっちのセリフよ!」
打って変わってフランは悲しそうな表情を浮かべた。
「泣き喚くだけで何にも遊んでくれないなんて……そんなのつまんない!」
「そんなこと言われてもこっちが困るよ!」
少年と少女は二人、暗い密室の中で泣き喚いた。
落ち着いた二人はやがてお互い自分のことを話し始めた。
「僕は人里で暮らしてて……それで、ダメって言われてたのに夜に森に出かけちゃって………それで」
「うちの館の者に捕まった、と」
コクリ、と頷く。
「……君は?」
「私?私は……」
私は――あれ?私は、なんでずっとこの地下室に一人でいるんだっけ……?
「……私は、まあこの館の主の妹なの。だからここで一人で暮らしてるの」
「へー、そうなんだ。でも、一人で淋しくないの?」
「一人で居るのはつまんないけど、淋しくは無いかなぁ」
「……君は強いんだね」
「へ?」
思わぬ言葉に面食らうフラン。
「だって僕だったら絶対に一人じゃ淋しくて悲しくなっちゃうもん。だから、君は強いんだね」
向けられたのは純粋な心からの笑顔。調子が狂わされるというか……。フランは何となくコホンと咳払いをして(とはいっても何となくすごくわざとらしかったが)話題を変えた。
「……あなた、名前は?」
「僕は――――。君は?」
「私はフラン。フランドール・スカーレットよ」
よろしくね、と差し出された手を少女は優しく握り返した。
フランの体感時間としては、それはとても短い物だった。
――と日々遊んだり喋ったり、ご飯を食べたり飲み物を飲んだり、そのうちにいつの間にか――の身長はフランの身長を追い越し、体つきや顔つきも男らしくなっていき、思考や言動も大人と言えるそれに変わっていった。時々メイドに本などを持ってきてもらうので、知識もそこそこ増えた。
「……ねえ」
「なんだよ?」
二人、同じベッドの中。手を繋ぎながら、ふと思い出したことをフランは問うた。
「――は……前に一人じゃ淋しくて生きていけないって言ってたよね?」
「うん」
「……私も、今はそうかもしれないの」
「…………」
「――が居なかったときは一人でも別に平気だったのに、――が来てからは私…………」
その先の言葉は紡げなかった。紡ぐ前に、口を塞がれてしまったから。
それが何秒続いたのか、その後にフランは話を続けた。
「……ねえ、里に帰りたいんでしょう?私知ってるんだよ……?アナタが昼間に壁を削って、抜け道を作ろうとしてたの」
「……………」
青年は答えない。しかしその無言が何よりの肯定だった。
「――が帰りたいならそれでも良いと思う……でも、私は………」
「……馬鹿」
青年は少女にデコピンをした。面食らい、その後に少女は涙目になった。
「別に僕も帰りたくて掘ってた訳じゃないよ……ただ、暇だったからさ」
「……本当?」
ああ、と笑顔で答える彼の顔に偽りは無いとフランは思った。
「僕は一人で生きていくのは淋しくて無理だけど……フランが居ない場所で生きていく方が、悲しくて苦しい気持ちになると思うんだ」
「……――」
握る手の力を、ぎゅっと強めた。自分の力を思い出し、慌てて緩めたが。
「あははは、別に緩めなくても良いよ。体は丈夫なつもりだし……フランのおもちゃにされても、これだけ生きてたんだからねー」
「……うん」
フランは手を一度離し、寝返りを打つように彼の方に転がり、腰に手を回してぎゅっと抱き締めた。
「……ゴメンね、眠くなっちゃった………」
「いいよ、お休み……」
――ただ、もしも僕が消えた時はそれはただおもちゃを無くしてしまっただけ
―――僕の居た日々は夢のような物だったのだから
――――大丈夫、君は強いんだから……一人でも大丈夫だよ
――――ゴメンね
意識が消える間際、何かが聞こえた気がしたのだけれど、それは少女には届かなかった。
「貴方達、もしかして人間?」
「ええ」
「そうだぜ」
紅魔館、地下――相対する巫女と魔法使いに悪魔の妹は問う。
「そうなんだ。私、人間は飲み物の形でしか見たことがないの」
「箱入り娘なのね」
「過保護なんだな」
「どちらでもないと思うけどね」
何処か遠い目をしながらフランは答えた。
「人間は紅茶よりは複雑よ?」
「じゃあおもちゃはどうなのかな……単純なのかな?濃厚なのかな?」
「さあ……?それは分からないけど、きっと明快ではあるんだろうな」
……あの時壊さなくて、きっと良かったんだ。あの時壊れなくて、きっと良かったんだ。
「一緒に遊んでくれるの?」
「いくら出す?」
「コイン一個」
「一個じゃ人命も買えないわよ?」
――それでも、きっとおもちゃぐらいなら買えるんだろうな。
「あんたがコンティニュー出来ないのさ!」
吸血鬼は、もう一人じゃない。何処かに無くしてしまったおもちゃの事を想いながら、少女は弾幕を放つのだった。