或る少女の為のレクイエム
「…………」
時折吹く風が心地良い初夏の午後。湖畔で弾幕を撃ち合う妖精たちをテラスから見下ろしながら、手元の紅茶に口を付ける。
午後のこの時間は自分にとってとても大切な一時だ。主であり恋人でもあるレミリア・スカーレットとの、紅茶を啜りながらの何気ない会話。話の種が無かろうと、なんとなく微笑ましく嬉しい気持ちになってしまう。
まだ来ない彼女のことを思い浮かべながら、もう一口紅茶を啜る。
「……ん…?」
俺は大体紅茶を飲む時は一口目は香りを楽しみ二口目は味を楽しむことにしているのだが、今日の紅茶は何処か味が違う……というか変な気がした。
「……気のせいか」
カップを傾け、一気に飲み干す。それをテーブルに置き直し、立ち上がって暫しここから幻想郷を見渡すことにした。
「……この世界は広いな」
「私には狭いかしら」
隣から聞こえてきたのは可愛らしく、それでいて凛とした恋人の声。見ずとも誰だか分かるので振り向くことはしない。
「まあ、狭いくらいが丁度いいんだけどね……大切な何かが、見つからなくなるかもしれないし」
「見つからなくなった物を探すのも、また一興だと思うんだけどな」
踵を返し、もう一度椅子に座る。いつの間にか注がれていた紅茶を手に取る。
「……あ、そういえばレミリア」
「なーに?」
「この紅茶、ちょっと変な味がしないか?」
「………ふふっ」
正面の主は、何処か遠くを見るような目をしながらクスリと微笑んだ。
……良く見ると、レミリアの服は今日は紅魔館と同じ鮮やかな真紅だ。でも、それ自体は昨日までと同じ服に見えるのだが……染めたのだろうか?
視線に気づいたようで、レミリアがそれにエクスキューズを加えた。
「ああ、これ?ほら、赤って私の勝負カラーじゃない?だから染めたの」
ふふっ、と自信げに笑うレミリア。あれ、でも良く見ると………
「……レミィ、顔色悪くないか?」
「え、そう?」
「ああ」
「……まあ、献血以上の出血だったもんね」
何を呟いているのか良く聞こえなかったが、レミリアは自分の真紅に染まった服を見ながら、立ち上がりくるりと優雅に一回転。そして俺の方を見たかと思えば、不敵に微笑んだ。
「ねえ貴方。私のこと好き?」
「言うまでもないけど」
「じゃあ私のお願い、聞いてくれる?」
そう言ったレミリアは普段の様な少し巫山戯た茶化すような声音ではなく、真剣な眼差しで、真剣な声だった。
「……何だよ」
「私と……私と同じ時を歩んでくれない?」
……それは、つまり。
「俺に……吸血鬼になれと?」
「ええ」
こちらを見据える真っ直ぐな瞳。しかし、答えは決まっていた。
「……ゴメン、でも俺は人間として生きていきたい」
「……どうして?」
「使い切れない程の無限の時間があるよりも、駆け回らなきゃ間に合わない程忙しい、有限の時間がある方が良いからだ」
「……そう」
納得したように頷くレミリア。
「……ねえ、――、目を閉じてくれない?」
「え?」
良く分からないけど、言われるままに目を閉じる。
「――、目を開けて?」
「うん……」
ゆっくりと目を開く。最初に目に映ったのは、満足気に微笑む暗い目をしたレミリアだった。
「――、貴方吸血鬼になりなさい」
「え……?」
先程までとは違う、強い口調。断らなきゃ、断らなきゃいけないんだけど……あれ、何で断らなきゃいけないんだ……?
「えっと……あれ………?」
繋がる台詞が見つからない。そもそも何で吸血鬼にならない方が良いと思ったんだっけ……?そっちの方が、絶対に良いはずなのに。
「いや……でも………」
「――、紅茶を飲んで」
「……え?」
「紅茶を飲みなさい」
「……うん…」
言われるがままに紅茶を口に運ぶ。あれ、でもさっきと比べて美味しく感じるような……?
一気に飲み干し、カップを置いた。
「――、吸血鬼になってくれるわね?」
「え……ああ、うん………」
それはきっと正しい選択なんだろう。レミリアが言うのならきっと間違いない。
「ふふふ、じゃあ誓いの口づけを……」
テラスに押し倒され、口を塞がれる。不意に感じる口内の鋭い痛みも、すぐに快楽へと変わっていく。離れた彼女の口元からどちらかの体液が、ツーと艶やかに糸を引いていた。
「……ねえ――、眠くなっちゃった」
「そうだな……俺もちょっと疲れたかも」
今は昼。吸血鬼的にはキツイ時間帯なのだろう。
「――……一緒に寝てくれない?」
「貴女がそれを望むなら」
溶けていくような優しい感覚を感じた。それが自我が薄れていっているということだと気づくのにも、そう時間はかからなかった。ただ、そんな思考もすぐに溶けていく。溶かされていく。
それでも振り絞って、最後に少し足掻いてみることにした。
「……好きだったよ、レミリア」
「え?――、何か言った?」
「……ん、いや何も………」
何か言ったような……何かを考えていたような気はするんだけど、思い出せない。まあでも、思い出せないなら大したことでは無いんだろう。
「ちょっと聞きたいんだけど、いいかしら?」
「何でしょうか」
「使い切れない程の無限の時間と駆け回らなきゃ間に合わない程忙しい時間、貴方はどっちが良いと思う?」
「……貴女は?」
「当然前者よ」
「……ならきっと、そっちの方が正しいんでしょう」
瞼が重い。ちょっと、疲れてしまったみたいだ。
レミリアは無邪気に、嬉しそうに笑みを浮かべている。
ああ、もう眠たくなって来ちゃったな…………
「ばいばい、最愛の人」