ジャラジャラと鎖の音だけが暗い部屋の中に響いていた。もう無意味だと分かってはいるけど、それでも自分を縛りつけるそれを、どうにか外そうと暴れてみる。
「無駄な抵抗、だけれどそれもまた一興ね」
透き通った綺麗な声のした方を向くと、そこにいたのは黒髪の見目麗しい美人。
蓬莱山輝夜、その人だった。
「……いい加減、離してくれないか?そうしてくれると助かる」
「良い加減で、話してくれると助かるわ。面白いこととか、泣ける話とか――私をどれだけ想っているか、とか」
そうしてくれると、少しは救われるわね。と、微笑みながら呟く輝夜。
しかしその微笑みは、どこか作り物に思えてしまえて。その瞳は、何処か深い闇の様に感じられて。
「断る」
「なら、それまで待つわ」
「俺が死ぬまでか?」
「分かっているでしょう?貴方も。自分がもう、普通の人間ではないって」
怪我をしてもすぐに治るし、死んでもたちまち生き返る。輪廻の檻から外れた存在――蓬来人。
ここ、永遠亭に来て数年経った頃に、気がついたらそうなっていた。
「だとしたら、地球が終わるその時までずっとここで無様に足掻いてやるさ」
「嬉しいわ。その時まで、貴方と一緒に居られるなんて……」
そう言いながら、輝夜は徐々に近寄ってきて俺の指に自分の指を絡め始める。
不思議と、憎い筈なのに。憎まなければならない筈なのに、はね除ける気にはならなかった。
そして、沈黙が数秒続いた後、輝夜が口を開いた。
「貴方は、私の何が嫌なの?」
「傲慢なところ。我儘なところ。自分勝手なところ。」
――なのに、それなのに嫌いになれないところ。
「…ふ、ふふ……ふふふふ」
「……輝夜?」
「やっと素直になってくれたわね。嬉しいわ――」
妖艶な笑みを浮かべる輝夜。着物の谷間から鍵を取り出し、俺の手錠と柱に繋げられた足の拘束具を外し始める。
「長かったわね」
「そうだな」
「ざっくり四、五十年くらいかしら……巫女や魔法使いにも、そろそろ孫がいてもおかしくないわね。まあ、どうでもいいんだけど」
貴方以外はね。耳元で、優しく、誘惑するように囁く輝夜。
「それは男冥利に尽きるな」
「でしょう?ふう、それにしても一仕事したら疲れたわ…」
そう言いながら、その豪奢な着物をはだけさせた。
「……誘ってるのか?」
「そう思うなら、来て確かめてみたら?」
長い間拘束されていてなまった足腰を軽く伸ばして、一歩一歩輝夜の元に足を進める。
だが、途中で急な頭痛に襲われその場に倒れこむ。
「……痛ッ………」
「そうね、今回も中々暇潰しになったかな――じゃあ、一先ずお休みなさい」
「ん……?」
目覚めた時には布団の中。押し退けてみると隣には輝夜。お互いにしっかり服は着ているので、どうやら過ちは無かったようで何より。
「……んんー…――ー………」
幸せそうな顔で眠る輝夜を見て、少し笑みが溢れる。俺ももう一眠りしようかと思ったところで、襖が開き銀髪の女性が入ってきた。
「おはよう。寝覚めは如何?」
「まあ、上々ってところかな」
チラッと隣の輝夜を見る。幸せそうな寝顔に、こちらの頬まで綻ぶ。
「今回も、良い夢は見られた?」
「うん、面白い悪夢だったよ」
「あらそう……私も一回試してみようかしら」
そう言って永琳が懐から出した丸薬。それこそ、胡蝶夢丸だった。
『ねえ、○○は胡蝶の話を知っているかしら?』
『あー、あれだろ。自分が蝶になる夢を見た男が夢から覚め、自分は蝶が見ている夢で、先程までのが現実なのか、今が現実なのかを悩む――的な?』
『まあ、大体はそんな感じよ。もうひとつ聞くけど、明晰夢って分かる?』
『夢の中で、これは夢だって自覚して自由に動ける――的な?』
『それは大分違う』
『じゃあ何だよ』
『明晰夢っていうのはね、夢と現実の境界が薄い状態なのよ。だから夢の中を現実だと信じきれる――まあ、現実感のある夢を見れるってこと何だけどね』
『で、それがどうかしたのか?』
『ええ。好きな夢を見られる様になる、胡蝶夢丸っていうのを作ってみたんだけど……』
『おいおい、大発明じゃないか』
『ええ。そんなわけで、実験台をお願いしたいのだけれど?』
『やっぱりか……そんな気がしてた』
『どうせ暇だし、別に良いでしょう?もし失敗作でも、飲めば五体満足で居られるんだから』
『飲まなければ五体不満足になるのか!?』
『その話、ちょっと待った!』
『『あ、姫様』』
『永琳、私の○○をモルモット扱いなんて許さないわよ?』
『そういう姫様はペット扱いしてますよね』
『ああ、全くだな』
『○○は私の物だからいいのよ』
『『………』』
『で、永琳薬は?二人分作ってくれるなら、実験を許すわよ』
『はあ……まあいいですけど』
『で、本心は?』
『夢の中で○○に浮気されたくない』
『正直な輝夜の方が可愛いなやっぱり』
『そこのバカップル惚気ないでくれる?』
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そして実験後。分かった結果は、その薬は思い通りの夢を見られるというつまらない結果だけだった。
「あー、幸せな結果だったな」
「そう?平凡過ぎてつまらなかったんだけど」
「まあ輝夜はそうだろうな。欲しい物なんて、もうほとんど無いだろ?」
「そんなことも無いわよ?例えば……――からの愛情、とか」
「それならもう満ち足りてるな」
「えー、そうかしら?なら、一つ試してみたいことがあるんだけど……」
「なんだ?」
そして輝夜は、ニヤリと口元を吊り上げて言った。
「貴方が、例え私がどんな人間でも好きになってくれるかどうか……っていう実験」
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結果としては、ご覧の通り。三回目となる今回も、俺は輝夜を受け入れた。
「ねえ、――はどうすれは私のことを嫌いになってくれるのかしら?」
「なんだその謎の質問。お前俺のこと嫌いになったのか?」
「そんなことは無いけれど……でも」
「……分かってるよ」
お前は、俺に本当に愛されてるかどうか不安なんだろう?
「ならーー何度でも付き合ってやるさ。幸い、時間はたっぷりあるしな」
「ええ、そうね」
そうして、永遠亭の時はゆっくりと優しく、緩やかに流れていく。二人を包み込みながら。