ローリング☆ガールズ+ボーイ   作:夏からの扉

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純真と信用と

 

 

 

 

 

「私、森友望未です。よろず平和請負人であるマッチャグリーンの代理人として所沢から来ました」

 

 望未ちゃんがぺこりとお辞儀をする。四人の中で一番特徴が薄い気がするが、この娘が四人の中でも一番の常識人でリーダー格と見た。

 そして、平和請負人か。確か、紛争地帯に突撃して状況の鎮圧と和平交渉をするモサのことだったと思う。

 そして、なるほど、やっぱり彼女たちもモサだったか、と少しだけ安心した。初対面のお人好し成分少ない人にまで心配をさせるそれはある意味才能なのかもしれないけどさ。

 

「所沢……えっと、確か元埼玉で……ださいた」

「お、おああ、ださくないです。埼玉じゃないんで、独立してるんで」

「そ、一番小さな独立国家!……ってこれ前にもやったな。関所ゲートの窓口のお姉さんのとこで……流行ってんのか?……あ、あたしは響逢衣、よろしくな!」

 

 露出狂めいた格好であまり正面に立たないで欲しい彼女が響逢衣。言動と格好で忘れようにも忘れられないほど記憶にへばり付いてしまった。

 人の目とか気にならないんだろうか……。

 

 あくまでも紳士的に、彼女を真正面から見ないように心がけつつ僕も自己紹介をしようと口を開いた瞬間、狙い澄ましたように銀髪の娘が自己紹介を始めた。

 

「えと、私……小坂結季奈、です……。よ、よろしくお願いします……」

「…………」

 

 あまりにもタイミングが神がかっていたので、しばし口が塞がらない。酸素欠乏症に罹った金魚の物真似をする僕を結季奈ちゃんが不思議そうに首を傾げつつ見て、

 

「……わ、私、何かおかしなこと……?」

「いや、うん。何でもないよ。気にしなくていいから……」

 

 タイミングが悪かっただけだ。出鼻を挫かれてガーンとなっただけだ。

 望未ちゃんと逢衣ちゃんはばつが悪そうに「あははは……」と湿度の低そうな笑いを浮かべているところを見ると、結季奈ちゃんの間が悪いのはいつものことなのかもしれない。合唱。

 

 もう一人いたかな、と後ろに目を向けてみると、金髪の小柄な少女がぶかぶかのコートを布団代わりに眠っていた。わざわざ起こすのも悪いし、だからといって初対面の男が少女に触れて寝室に連れて行くのはもっと悪い。

 三人娘にアイコンタクトで聞いてみるも、アイコンタクトで伝わるほど彼女たちとの仲は成熟していなかったようで、伝わらなかった。

 が、中途半端には伝わったようで、寝ている彼女の紹介をしてくれた。

 

「ん、ああ、この娘はちーちゃん……御園千綾(みそのちあや)って言うんですけど……ふふ、もう寝ちゃってる。気持ち良さそー」

 

 望未ちゃんが千綾ちゃんの柔らかそうな髪の毛を優しく撫でて、微笑む。そこはかとなく母性を思わせる仕草に、思わず自分の母親を思い出し、気持ちを降下させた。鉛でもへばり付いているような心臓は重く響くようにゆっくりと鼓動をして、耳や手首などの各地に小さく分散されながら勢力を拡大していく。

 

 自分でもこんなことで、とは思う。どんだけ豆腐メンタルなんだか、僕。

 

「そっか、じゃあ、この娘を寝室に案内したいんだけど……やっぱり男が女の子の体に触れるのはまずいし、誰か一緒にお願いできないかな」

「あ、じゃあ私が……」

 

 結季奈ちゃんが控えめに手を挙げる。

 

「……結季奈、流石に迷わないよな……?」

「わ、私っ、方向音痴とかじゃありませんから……」

 

 方向音痴なのか。

 幸い、寝室は僕たちが今いるリビングからすぐ近くなので、迷いはしないだろう。それよりも、寝具が足りるかどうかが不安だ。足りなかったら僕の部屋のベッドでも使ってもらうか、僕はソファで寝ればいいな。そうすればいいって本に書いてあった。

 

 方向音痴な彼女を慰めようと手を頭に伸ばしかけたが、セクハラになると思い留まった。宙ぶらりんの手はとりあえず脇腹を掻くことで誤魔化す。気恥ずかしさに三人娘から目を逸らした。そしたら凝視された。何故だ。

 

「どっこらしょっと」とおおよそ少女には似つかわしくない掛け声と共に結季奈ちゃんが千綾ちゃんを背負う。一応すぐそこだということは望未ちゃんと逢衣ちゃんにも説明したのだが、彼女たちの視線は猜疑に溢れていた。

 

 逢衣ちゃんが「不安だからやっぱり着いていく」と言うのを断り、結季奈ちゃんはふんすと鼻で息を吐く。

 

 ……迷わないよな?

 

 どんなに方向音痴だろうとほんの数メートル程度で迷うはずがないとは思っているが、ここまでフラグを建てたら逆に迷わない方が不自然だと考えている僕もいる。

 いや、フラグだなんて創作物の中の概念だから本気にはしてないけどさ。

 

「じゃあ、着いてきて。……寝室はリビングを出て右方向だからね?右だよ?」

「はい。……いえ、あの、私方向音痴とかじゃないんで……」

「そうだねー」

 

 廊下を渡って部屋を数個過ぎると、すぐに寝室に着いた。

 問題はしばらく使ってなかったのでハウスダストが気になる所だが、ぱっと見そうでもなかったので安心して布団を出す。

 畳を踏みしめながら押し入れを開けて布団を取り出すと、東京に多くあるおそうじロボの亜種みたいな奴がぽてりと落ちてきた。昔貰ったやつだっけ、懐かしい。

 こいつのおかげでハウスダストが少なかったのか。

 

 数分後、布団を敷き終えて入り口で待機している結季奈ちゃんに声をかけた。

 

「結季奈ちゃん、敷き終えたから千綾ちゃんを寝かせても大丈夫だよ」

「ありがとうございます。……どっこいせっと」

 

 やはり少女が出す掛け声ではなかった。

 

「……?な、何ですか……?」

「いや、僕はお手洗いに行ってるから、先に戻ってて」

 

 なんとなく居たたまれなくなって逃げ出すように部屋を去る。トイレに行きたかったのも嘘ではないが、今行かなくてはと言うほどでもなかった。

 何だろう、彼女に奇異の視線を向けてた自分を恥に思ったとか、そんな理由にしておこう。理由は後付け、確固たる理由なんてなかったのだ。本当になんとなくだった。

 

 自分の心の中さえはっきりと言語化できないのにはもう慣れた。

 理由付けもできなければ意志もわからない、完全なるモブ。

 

 別段これに不満がないのも問題があるのかもしれない。

 

 

 

   ☆

 

 

 

「……目印が何もなかったので……」

「へぇ」

「……いえ、違うんです。私、方向音痴じゃありませんから」

「ふぅん」

「…………ま、迷ってもいませんでしたし!」

「そうかい」

 

 結季奈ちゃんの必死の言い訳を望未ちゃん、逢衣ちゃん、僕の三人は生暖かい笑顔で聞き流す。顔面を紅潮させて手をばたばたと動かす結季奈ちゃん。

 そうは言っても、千綾ちゃんを部屋に置いた後二十分も風呂場~トイレまでを徘徊していて迷ってないというのは無理がある。血に塗れたナイフを持って死体と密室で二人きりだというのに犯人ではないと言うのと同じだ。

 あれ、この例えだと本当は犯人じゃない感じだ。もしや、彼女も本当は迷っていない……?

 

 結季奈ちゃんの言葉を鼓膜に透過させながらとち狂った思考へと脳細胞を移していると、望未ちゃんが僕に質問をしてきた。

 

「あの、このあたりでテントを直せる所ってありますか?予算は、あんまり出せないんですけど、これくらいで……」

 

 そういえば、強風でテントが壊れたとか言ってたな。というかテントが壊れるほどの強風なのか、外は。外出したくないなあとか思いつつそもそも僕は引きこもり型の人間だったことに気付いた。

 外に出る機会なんざ一ヶ月に一回くらいの買い出ししかない。でも働いてるからニートではない。やったね!

 

「なんなら、僕が直そうか?こう見えても修理屋をやっててね。趣味の延長みたいなものだから、別にロハでもいいし」

「本当ですか!?ありがとうございます!」と、望未ちゃん。

「泊めて貰った上にテントまで……ご迷惑をお掛けします」と、結季奈ちゃん。

「ありがとなー!……あれ、そういやあんた名前は何で言うんだ?聞いてなかったな」

 

 敬礼するようなジェスチャーで、にゅっと僕の横から顔を出してきた逢衣ちゃんの胸元から目を逸らした。この娘は自分の格好と異性の家にいるという状況を理解して欲しいと思う。早急に。

 

 本名を教えてもいいものか、と妙な警戒心がまた立ち上がり始めたけど、今更だ。警戒する意味も理由も既に無く、僕の奥に潜む人間不信が表に出ただけのもの。特に理由もないのなら後生大事に取っておく必要もないだろうと、溜息と一緒に空気中に霧散させた。

 

桐生巽(きりゅうたつみ)。歳は今年で十九だったかな」

「へえ、巽って呼んでもいいか?」

 

 逢衣ちゃんがにかっとシニカルに笑う。「ああ、いいよ」以外の返答をすると単なる嫌がらせにしかならないので、望む通りの返答をした。

 ここですぐに承諾せず、嫌がらせへと思考が偏るところを見ると、実は僕は性格が悪いのかもしれない。

 というか悪い。僕が一番良く知っていることだ。

 多分これまでの僕の経歴のせい、だと思いたい。きっと生来のものではないはず。

 

「じゃあ、私は巽君で」「私は巽さん……で」

 

 彼女らにとって名前呼びは基本のことらしい。

 若干の恥ずかしさが僕の眼球をぐるぐると回す。何故ほぼ初対面だというのにここまで距離を詰められるのか。

 コミュニケーションの化け物か何かだろうか。

 

 十数分もすると、客人全員が寝室に行って眠りについた。

 

 結季奈ちゃんも他の二人と一緒に行ったからきっと迷ってないはずだ。これで迷っていたら世界の意思か何かが働いてると見ていいだろう。

 

 誰かとまともに話したのは久しぶりだった気がするし、話す相手を録に警戒しなかったのはもっと久しぶりだった。

 これは別に僕が特別警戒心が強い、というわけではないだろう。

 隣の国は敵同士で、同じ国でも内乱は起きる。日々を享楽的に過ごす盗賊じみた連中にも気を払わなくてはならなければ、常に誰かは誰かを騙している。

 こんな世界では、きっと当たり前のことだ。

 

 だからこそ、彼女たちは――――ちょっと、違う気がする。

 能天気と言うか、警戒する方が間違っているという気を抱かせると言うか、あまりの不用心さに心配になってくると言うか……。純真ってやつか。

 おそらくはモサだろうに、「毒にも薬にもなりゃしねえ」感がする。失礼かな。

 まあ、多分、こういうのを人は信用とか呼ぶんだろうけど。

 

 自分でも他人にこんな気持ちを持つとは思わなかった。洗脳でもされているとか言われた方がまだ納得ができる。自分でも、もっとドライだと思っていた。

 

 ……ああ、何だろ、これが……変。

 恋ではない。

 恋をしたいと思ったことは人並みにはあるが、恋とかどうやったらできるんだろうか。

 いや、結構どうでもいいけどさ。

 

 溜息は無限に湧いて出てくる。

 きっと、一つの溜息に付き一つ幸せが逃げて行ったら、今頃僕には一欠片の幸福も残されてはいないだろう。そんなことを暢気に考えることができるくらいには、まだ僕にも幸福はきっと残っていた。

 

「…………やっぱ眠れないな」

 

 テントを直すのにはこっちの方が都合が良いけど。でも、数カ所外れただけだって言ってたから多分すぐに直るんだろうな。原因が強風だから複雑に壊れてるとも思えないし。

 

 ありもしない眠気を覚ますためとか適当に理由を付けて、冷蔵庫から取り出したお茶を喉まで一気に流し込む。

 喉が渇いていたせいか、水分が喉に異様に染みる。その染み様といったら、炎症を起こしてるのではと疑うくらいだ。咳も出てきた。

 あれ、これ本当に炎症起こしてる?

 

「…………」

 

 一人で、しかも声に出さずにするコントは異様に空しかった。

 

 やるせなくなって、せめて四人の寝顔を見るくらいは、と自分に言い訳をしつつ寝室に向かう。自分でも疲れているのか、と疑いたくなる判断だが、きっと僕は正気なんだと無根拠に妄信してみた。唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。

 寝顔を見るだけだというのに妙に緊張して、喉に心臓が移動しているような錯覚を憶えた。

 

 この家の中で唯一の和室である寝室の、襖を開けた。

 

 黄色いタコさんウインナーがあった。

 

 襖を閉めた。

 

 ……きっと、疲れてるんだ。

 

 僕はテントの修理を終えたら、昔使用していた睡眠薬を使ってでも寝ることを決意して玄関へと向かった。

 ああ、頭が痛い……。

 

 

 

 

 

 

 

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