ローリング☆ガールズ+ボーイ 作:夏からの扉
「……………………」
「……………………」
視線を感じる。
「……………………」
「……………………」
背中に突き刺さっている視線は柔らかい肉を抉って突き進み、若干のやりにくさを僕の体内に残して貫通する。
「……………………」
「……………………なに、してるの?」
やっと話しかけられた。
背中に気配を感じてかれこれ十分ほど、居心地の悪さを肩に乗せて重力の強さを堪能していた。後ろにいるのが誰なのかはわからなかったが、彼女ら四人が今日出発するのなら僕が今している作業は早い方が良いと思って、相手が話しかけてこない限りは作業を続けていた。
これほど凝視してきてむしろ効率が悪くなるのは予想外だったが。
昨日はほぼ聞かなかった声……おそらくは千綾ちゃんだ。
「ちょっと作りたい物があってね、それを作ってるんだ」
「作りたい、物……?……おもしろい物?」
「面白くはないけど、役立つ物」
庇護欲を程よく刺激するような、少しだけ舌っ足らずの幼い口調。例え彼女自身が世渡りが上手くなくとも、他の誰かの力を活用して生きて行けそうだという印象を受ける。本人にその気があるかどうかはともかく。
……いや、本人にその気があったらこの絶妙とも言えるバランスは作れないか。一歩間違えたらあざといとか言われて嫌われそうだからなあ、これ。
何も残っていなかった胃が空気だけをかき混ぜながらきゅるるると情けない音を発する。
千綾ちゃんが僕の背中から視線のロックを外して僕の隣にやって来た。
金色の三つ編みは僕のしている作業を覗き込もうとする上半身に釣られてゆらゆらと不安定に揺れる。視界の端に移ったそれが気になって顔を向けると、半透明で青色の花形の髪飾りが光を反射して、そこそこの時間暗い中で作業をしていた目に眩しかった。 格好は昨日と変わらず、たくさんあるポケットが便利そうな服の上に緑色のぶかぶかのジャケット。服を洗おうかと提案をしてみたかったがセクハラになるかと思い二の足を踏んだ。
「……タツミ、飴、食べる?」僕の腹の虫の鳴き声を聞いた千綾ちゃんが、三人娘から名前を聞いたのか、僕の名前を呼び捨てにして苺味らしき飴を差し出してきた。「頂くよ、ありがとう」お礼は素直に言う。社交辞令に近いからさして忌避感はない。「ん、どういたしまして」満足げだ。
飴を口の中に放り込んで味を堪能する。苺じゃなくて桃味だった。どちらにせよ、甘党の僕には問題がなかった。
……とか思って油断して噛み砕いたら中に塩キャラメルが入っている二段構えだった。どこで売ってんだこれ。思わぬ口内への刺激に咽せて、溶けた飴が混じった甘い唾液が鼻へと逆流する。
「大丈夫?」
「だいじょばないかも……」
ツンとくるような眉間の痛みを取り除くべくティッシュで鼻をかむが、さして効果は見受けられない。むしろ悪化しているような気さえする。
「ノンスケが、ご飯……作ってる、から、そろそろ、できると思う……」
「ノンスケ?」
くいくいと袖を引っ張る千綾ちゃんの言葉に聞き慣れないものを発見して首を傾げた。
「ノンスケは、ノンスケ」千綾ちゃんにしては強い口調────とか断じれるほど彼女のことを知っているわけではないが、表面上をさらっと流すように見た御園千綾という人間にはあまり似つかわしくない声色。そこには、僕にはまるっきり無い、強い意思が感じられる。
……とは言うけれども、ノンスケって何だ。
強い意思で断じられようとも、僕にわからないものはわからないのだ。
「ノン、ノンスケ……の、望未ちゃんのこと?」一文字しか合ってないけど。でも、結季奈ちゃんや逢衣ちゃんじゃないだろうしなあ。
「ん、ノンスケ。お料理上手なんだよ。…………そこそこ」
「そこそこなんだ……」
「通信簿も、全部3だったんだって」
「それ、逆に凄くないか……?」
「あ、やっぱノンスケ凄いんだ」
「ベクトルは明後日の方向だけどね……」
……え、オール3?体育も?何、モサじゃないの?どれだけ筆記が悪かったんだよ、とか考えるのはやっぱり不自然で、彼女はモサではないと考えるべきか。
いや、でもモサじゃない身で平和請負人をするとか、無謀を通り越して軽く地球くらいなら一周してしまいそうな蛮勇である。引力とかも発生するかも。
平和なんて、武力があってお互いが拮抗して牽制し合い初めて成立する概念だ。
二つの大きな力がぶつかっている場合なんかは、その調停をするのなら二つの力を両方敵に回しても相手できるほどの大きな武力がなければ難しい。
だから彼女たちにも当然の如く力が備わっているのだとばかり考えていたが。
「……どしたの?」
「いや、何でもない。……ちょっと、髪にゴミが付いてるように見えてね」
この必死に架空のゴミを払おうと髪の毛をくしくしする彼女がそんな力を振るっているところが想像できない。モサを外見で判断するのは正しくないというのは十分にも知っているのだが、それでも、彼女がモサかどうかは疑わしい。
逢衣ちゃんならイメージはぴったりなのだが……ぴったりすぎて逆に彼女はモサじゃない気がする。
とりあえず、僕の精神は拗くれて捻くれているということがわかっただけでも良しとしよう。何が良いのかはさっぱりだし、前々から知っていたことなのだが。
望未ちゃんが朝ご飯を作っていると言うが、家の冷蔵庫にはどれほどの食材があっただろうかと静かに肝を冷やす。冷蔵庫にしまい込んである野菜が液体になってないかと不安になってくる。
懸念は疑心に変わり、作業の手を止める。
「……そろそろ、行こうか。うん」きっと、大惨事にはなってないはず。感じていた不安は僕の中で勝手に確信へ進化している。「……大丈夫、うん、大丈夫」そう言いながらも思考の中身は既に言い訳をどうしようかという段階へ移行していた。
不安から、少しでも時間を稼ぎたいとリビングへと向かう足が自動的に止まった。
「行こ、みんな、待ってるかも」千綾ちゃんが僕の袖を引く。
「ああ、うん……」
力もねえ、意思もねえ、残り時間も与えられねえ。
僕ってなんだか大決戦以前に流行った歌の村みたいだなと思いました。
☆
望未ちゃんの作った朝ご飯は普通に美味しかった。
そして、僕の心配していた冷蔵庫の中身についてはノータッチだったために大丈夫だったのかと冷蔵庫を開けてみると、別にそんなことはなく溶けたキャベツが異臭を放っていた。
僕は冷蔵庫の引き出しをそっと閉じた。
☆
「……石?」
「そ、石。ハートの形してて……ピンクいやつ。それ探してるんだけど……持ってない?」
「ハートでピンク……ああ、『動力石』。残念だけど今手元にはないかな」
「『動力石』……ですか?」
「あれ、内部に明らかに質量に見合わないエネルギー秘めててさ、例えば東京タワーロボとかスカイツリーロボの動力源になってたりするんだぜ」
「ええっ!?あのロボってあの石で動いてたんですか!?」
逢魔ヶ時。
斜陽がレースカーテンを透過して部屋内に侵入、僕の眼球の内側を焼こうと躍起になっている時間帯でも、彼女たちはまだ出発していなかった。
テントは昨日のうちに修理し終わった。彼女たちの中にモサではない人物がいると仮定して、役立つ物も作ってみた。玄関に放置してあるバイクも少し見てみたが、壊れている様子は見受けられなかった。
だからと言って、「そろそろ出発しないのか」とは小心者であるところの僕としては言い難い。優しさではなく、自己保身からくる選択。
いくら彼女たちに絆されて協力的になってみたり信用してみたりしていても、別に僕が善人になったわけでもなく、僕の本質は結局利己に行き着く。
勘違いしては、いけない。
穴が開いているのではないかと疑うほど乾いた眼球をに瞼で蓋をすると、涙が出てくるようにじんわりと表面に異物感が漂う。鼻の奥がもどかしくて上唇を動かした。おそらく、涙腺あたりがなんやかんやでなんやかんやしてるのだろう。いや、説明になってねえし。
そして僕はセルフボケ、及びツッコミは虚しいということを憶えた。ついでに賢さと素早さと心の強さが3くらいずつ上がった。特技も魔法も憶える余地は僕にはなかった。
「というか、巽ってあの石について詳しいのか?教えてくれよ、なあなあ、お礼は……望未がするからさぁ」
「ええっ!?わ、私!?」
逢衣ちゃんが何の躊躇いもなく望未ちゃんを売る。まあ、逢衣ちゃんが望未ちゃんの肩に手を回してにひひっと笑っているところを見ると、先ほどの言葉は冗談の成分が多めで構成されているのだろうけど。
今まで皆無だった、十代の男と一つ屋根の下という状況に対しての危機感が発露してきたのか、望未ちゃんは顔を紅潮させて頬を両手で押さえる。
「落ち着いて、何も要求しないからさ。……それに、僕も知ってる情報は限られてるし、そんなに役に立つとは思い難いよ?」
質量保存を無視する、切り分けるなどの加工をしてもある程度までは出力に変化無し、飛行石よろしく空から降ってくる、硬度はあまりあるわけではないが、融点が極めて高いのか高熱に晒しても変形しない。
僕が知ってる情報としては、こんなもんだ。
僕がそのことを説明すると、
「へー、すげえっちゃすげえけど、あたしたちが知ってもどうにもならなさそうだよな」
と逢衣ちゃんが笑った。「あ、見つけたらちょうだいな!」そして嫌味を感じさせないまま流れるように不躾な要求をした。これで相手に悪感情を抱かせないのだから驚きのコミュ力である。
「逢衣ちゃん……」
「逢衣さん……」
「うーたん、ちょっとあれ」
「何だよー、いいじゃんかよー言うだけならタダなんだし」
ふてくされて唇を尖らせる逢衣ちゃんに、残りの三人の目から発せられる冷凍ビームが突き刺さる。効果はどうやら今一つのようで、僕の手を握って「よろしくな!」とか念を押していた。
「……ところで、何で動力石が必要なの?夏休みの宿題で永久機関でも作るつもりだったら話は別だけど、正直使いどころはあんまりないと思うよ?」
基本的に、革新的な何かでも作ろうと思わない限り、既存の技術でやろうと思うことはたいてい間に合う。匠座にでも依頼したら一晩で済ませてくれるだろう。
「いや、あの石って持ってたらモサになれるから」
逢衣ちゃんは言った。
あっけらかんと、気にすることでもないかのように。
爪の根本の皮を噛み千切る。一瞬にして逆剥けが僕の指に量産されて血が滲み、僕の指を赤く染めた。突然の僕の行動に望未ちゃんたちが訝しみと驚きが合成された微妙な表情をするが、気にしないで良い、と血に塗れていない左手で示す。
「いや、ちょっと癖……みたいなものだから。爪を噛む癖の亜種みたいな」
癖なのは嘘ではないが、下手くそな笑顔で無理矢理誤魔化す。
……誤魔化せた気がしないが、「関係ないんだから、踏み込まなくても良いだろう」と言外に伝えて触れさせない。
別に彼女らに敵意があるわけではないが、自然と顔が強ばって焦点が定まらなくなっていく。意識して顔を定位置に戻した。
自分でも、今の僕の顔がどうなっているのかわからない。表情筋の位置は普段と変わっていないと思うけど、どうしても顔面に違和感が拭えない。
心臓は指の出血部に異動して、発熱と振動を患部に伝える。定期的に響く音が指先の熱とは反比例するように脳味噌を冷やして、居心地の悪さだけを残した。
「…………」
ぶらりと垂れ下がった両手が手持ちぶさたで、首の後ろを掻く。
やってしまったという意識だけが、僕の身体に重力を通して重くのし掛かっていた。
「……あの」「僕、ちょっとトイレ行ってくるから」
望未ちゃんの言葉を遮って、何を言おうとしたかも聞かずに背を向けて小走りで去る。一刻も早くこの場を去りたかった。
勝手に震え出す口は叫び出さないように口内を噛みしめて、顔は羞恥か憤怒かも感情が定まらないまま熱を発する。額には汗が浮かんで、僕が正常でないことを知らせてくれた。
トイレのドアを開けて、素早く中に籠もる。
どうにかして嘔吐をしたかったが、喉に指を突っ込んでも、首を絞めてみても、妙に酸っぱい唾液が出るだけで嘔吐には至らない。ただ気持ち悪さを増長させるだけだった。
息が荒い。眼球は今にも裏返りそうだし、何で三半規管が正常なのか不思議なほど世界はぐるぐると、地球の自転を関係なしに回っている。
「…………くそ」
自分でも、何が言いたいのかはっきりしない。
自分でも、何に対して憤っているのかがわからない。
石一つ、言葉一つ。
それだけが僕の確固たる形のない心を急激に壊して、僕の中の価値観を根本から崩しているようだった。それを、上手く言語化できなくて、凄くもどかしい。
安易に力が手に入れられることに関して?それとも、それさえ知っていれば何かができたかもしれないという後悔?
自分でも自分がわからない。よくもまあ小説の主人公なんかは自分の心の内をはっきりと説明できるものだ。
僕はこんなんだというのに。
「何で逃げたんだ何が気に入らなかったんだ何で僕はこうなんだ……」
後悔は山のように溢れ出て、僕の人格を蝕んでいく。小声で呟く誰に対してでもない怨嗟の声は徐々に重みを増していき、喉を潰すように締め付けた。
自分の心が完全にわかる奴なんて、この世に本当にいるのだろうか。明確な理由付けもできず、宙ぶらりんな心で指を噛む。蛙が潰されたような鳴き声が絶えずして喉仏を揺らす。
「誰か僕の心読んで教えてくれねえかなあ……」
それに、逃げ出すように逃げ出したとか、言葉が重複するレベルで逃走をしてしまったのだから、今更彼女たちの前にも姿を現しにくかった。
できることなら一生引きこもっていたいとか、今なら本心から言えると思う。
「…………………………………………」
それでも、やっぱりそうはいかないわけで。
ここで脳裏や眼球の裏側に彼女たちがちらつくあたり、影響されやすいというか何というか……。
「……いや、うん、どうなんだろうかね、そういうの。……でもなあ、いや、……うーん……」
現状を甘受する時間はもう終わったし、そろそろ背景としてのモブから登場人物のモブへと返り咲くのも悪くない。
ざっくり言うと、いつまでも甘えているわけにはいかないということだ。
決意を固める────のにはまだ時間を要すけど、心の比重を静かに傾けた。
自分探しの旅、してみましょうか。