空都ラインで、運営主催のお祭りが開催された。大きな通りには多くの屋台が並び、大勢のプレイヤーがその時にしか売られていない食べ物などを購入していく。その中には当然のようにカップルもいて、周囲からリア充爆発しろという怨嗟の声がちらほらと聞こえてくる。見ていて少し滑稽だ。朝方から始まったそれは、夜になった今でもまだ続いている。
レインはそれを、道の脇で飲み物を片手に眺めていた。側には誰もいない。本当なら誰かを誘いたいところだったのだが、生憎と皆用事があるようだった。もっとも、レインが直接聞いたわけではない。数日前、エギルの店で集まった時の会話からだ。レインはちびちびとジュースを飲みながら、その時の会話を思い出していた。
定期的に行われるエギルの店での集まり。最近はセブンも時折顔を出すようになったそれで、その話題を出したのはセブンだった。
「もうすぐお祭りだけど、誰か行くの?」
少しだけ期待のこもった目で問うセブン。その祭りの終盤にライブを行うことはすでに知っている。それを聞いた皆は誰もが目を逸らしていた。
「学校が……ね……」
セブンが肩を落とし、誰もがごめんと謝っていく。そこでクラインが飛びつきそうなものだが、
「俺も仕事なんだよなあ……」
どうやら全員見事に出られないらしい。ちなみにエギルは屋台を出店することになっている。
「お姉ちゃんは……?」
上目遣いでこちらを見るセブン。レインは苦笑しながら、
「うん。見に行くね」
セブンが顔を輝かせ、抱きついてくる。慌てふためくレインと嬉しそうなセブンを、誰もが温かく見守っていた。
誰も行かないならレインも来るつもりはなかった。最初こそ一人で食べ歩きなどしてみたが、それも途中で飽きてしまっている。セブンのライブまでまだ時間がある。こんなことならもう少し遅く来るべきだったと後悔しているところだ。
ジュースを飲み終わり、空になったコップがポリゴンとなって消えていく。レインがそれをぼんやりと見ていると、
「そこの姉ちゃん、俺らと一緒に回らないか?」
レインに声をかけてくる男、三人衆。レインはそれを一瞥して、作り笑いで答える。
「人を待っているので……」
「一時間前もここにいただろ? 女の子を待たせるような奴なんて放っておいて、俺らと遊ぼうぜ」
レインは思わず顔をしかめ、どう断ろうかと考える。この世界ではハラスメント警告もあるので無理矢理連れて行かれる心配はないが、それでもいつまでもつきまとわれるのは面倒だ。どうやって断ろうかと考えたところで、
「ああ、ごめん。その子、俺の友達なんだ」
男たちの奥からまた別の声。聞き慣れた声。
「はあ? 誰だよ、邪魔すんな……」
言いながら振り返った男が言葉に詰まり、そして、
「げえ! 黒の剣士!」
男たちはすぐにその場を退散した。後に残されたのは、声をかけた体勢で固まるキリトと、呆然としているレイン。やがてキリトが、ぽつりと、
「げえって……。さすがに傷つく……」
レインは思わず噴き出してしまった。
「き、気を取り直して……。やあ、レイン。探したよ」
レインは未だ笑いが漏れそうになるのを必死に堪え、改めてキリトを見る。いつもの姿。どうやらログインしてすぐに来たらしい。
「キリト君、学校は?」
「ああ……。先に課題が終わったから俺だけ来たんだ。手伝える課題だったらアスナたちを手伝って、皆で来れたんだろうけど……。俺だけでごめんな」
「そ、そんなことないよ! さっきはちょっと嬉しかったし!」
「え?」
「あ、えと……。何でもない。あはは……」
レインは誤魔化すように笑う。
「レイン。セブンのライブまではまだ時間あるし、一緒に回らないか?」
「いいの?」
「ん? 当たり前だろ?」
不思議そうにキリトが首を傾げる。この少年に他意などないと分かっている。それでも、こうして声をかけてもらえると、やはり嬉しいものがある。レインはキリトから顔を逸らし、早口で言った。
「じゃ、じゃあちょっと着替えてくるよ!」
そうしてその場から走り去る。キリトが戸惑ったような声を上げていたが、それに返事をする余裕はなかった。
少しして。レインは浴衣姿でキリトの前に立った。レインを見たキリトはわずかに驚いたように目を丸くして、
「浴衣なんてあったんだな……」
「ど、どうかな?」
「うん。似合ってるよ」
飾り気のない言葉。それ故にキリトが本心で言っているとわかり、レインは素直に嬉しく思った。それじゃあ改めて、とキリトが続ける。
「行こうか」
「うん」
歩き始めたキリトの隣に、レインも並んだ。
「すごいな……。祭りの食べ物が忠実に再現されている……」
焼きそばを食べながらキリトが言って、レインは苦笑した。言っていることは真面目なことなのに、焼きそばを持っているせいで少し滑稽に見える。キリトもすぐに気づいたのが、少し恥ずかしそうに咳払いをした。
「混んできたね」
レインが言って、キリトが頷く。セブンのライブも近いためか、なかなかの人口密度だ。現実でのお祭りを想起させる。少し歩くだけで人とぶつかってしまうが、もう誰も気にしなくなっていた。
「多分、ライブの後は花火が控えてるから余計になんだろうな。それを目当てで来てる人もいるんだと思う」
「そっかあ……。迷子になっちゃいそうだよ」
言った直後に、駆け足の人にぶつかってその場に転びそうになる。そのレインの手をキリトが掴み、転ばないように支えてくれた。大丈夫かと声をかけてくるキリトに、レインは頬を染めながら何度か頷いた。
「だ、大丈夫大丈夫。だからもう離してもいいよ」
レインが言うのは、助けられた後も繋がれた手だ。キリトはそれに視線を落とし、いや、と首を振った。
「はぐれても困るし、このままライブまで行こう」
「ええっ! いや、それはその、恥ずかしいと言いますか!」
「気にしすぎだって」
キリト君は気にしなさすぎ、という言葉は呑み込んだ。せっかくキリトからこうして手を繋いでくれたのだ。どうせなら、もう少しこのままでもいいだろう。それでも一応念のため、聞いておく。
「ほ、本当にいいの……?」
「何に遠慮してるのか知らないけど、大丈夫だよ」
屈託無くキリトが笑い、ライブ会場へと歩いて行く。レインはその手を握りながら、後に続く。
――これは、そう、はぐれないためだから。
自分に言い訳をしながら、少しだけ強くキリトの手を握った。
「どこにいるかな……」
控え室にて。セブンはこっそりと会場を盗み見ていた。どこかにいるであろう姉を探す。数え切れないほどの人がいるので普通なら見つけられないはずなのだが、
「あ、いた!」
姉妹の絆と言うべきか、運良く見つけることができた。
「あれ? 隣にいるのはキリト君……?」
隣に立つのはキリト。そのキリトの手は姉の手を握っている。その姉は、恥ずかしそうに頬を染めて、キリトから視線を逸らしていた。
「へえ……」
にまにまと意地の悪い笑みを浮かべてしまう。キリトにはアスナがいることはもちろん知っているが、それとこれとは別問題だ。ライブ中にこっそりといたずらでも仕掛けようかと考え、
「…………。やめとこ」
ちらりと見えた姉の横顔はとても嬉しそうなものだった。邪魔をしないことにして、セブンは控え室に戻った。
ライブが終わって。セブンが丁寧に頭を下げてステージを後にする。セブンのライブだけが目的のプレイヤーはその後仲間たちと共に去って行ったが、花火も見ていこうとする方が多いらしく、まだまだ人は多い。
「レイン。こっちだ」
「え?」
我慢して花火を待とうと思っていると、キリトが手を引いてきた。首を傾げながらもついていく。そうして入っていくのは、薄暗い裏路地。え、とレインの表情が凍るが、キリトはお構いなしに歩いて行く。
「き、キリト君、どこに行くの?」
レインの質問にキリトは笑うだけだ。まさかそんなキリト君に限って、と思いはするが、それでもどうしても体が強ばってしまう。だがすぐにキリトは立ち止まった。
「よし。誰もいないな」
小さな四角形の広場だ。特に何かあるわけでもなく、まるで設定でも忘れたかのようにそこだけ物が何もない。キリトは壁際まで行くと、空を指さした。
「ここからならよく見えるはずだ」
何が、というレインの言葉は、大きな音によって遮られた。首をすくめながらそちらへと視線をやる。光の花が咲いていた。
「わあ……」
「特等席、だろ?」
にやりと笑うキリトに、レインは笑顔で頷いた。
「こんな場所、よく知ってたね」
「皆で来ようと思って調べたんだよ。無駄になるところだったけど、レインと来れてよかった」
そんなことを笑顔で言ってくる。他意がないが故に少し腹立たしくも思うが、今は花火を楽しむことにした。
二人で並んで花火を眺める。大きな音が何度も続き、光の花が咲き乱れる。それを、たった二人で眺めている。
キリトと、二人きりで。
そこまで考えたところで、レインは顔を真っ赤にした。
キリトの横顔を見る。ずっと花火を見ている。
「キリト君」
呼びかけると、キリトはすぐに花火から視線を外し、レインを見た。
「どうした?」
「えっと、そのですね……。今日はありがとう、誘ってくれて」
恥ずかしさから言葉に詰まりながらも、何とかそれだけ口にする。するとキリトは笑いながら手を振った。
「今度は皆で来れたらいいな」
「うん……。そうだね」
キリトの言葉に、レインは頷く。本当は次があればその時も二人で来たいと思うが、それは口にしてはいけないことだ。レインは花火へと視線を戻し、今だけは独占できるキリトの手の温もりを感じながら、そっと目を閉じた。
許されない想い、叶わない恋。それでも今だけは、この温もりを大切にしたい。
レインは静かに、花火が終わるのを待った。
壁|w・)二つ目書いちゃったよ……。
一話きりで終わらせるつもりが、二つ目も書いちゃいました。
特に進展があるわけでもなく。
むしろ叶わない恋にレインちゃんの心のHPは0になるんじゃなかろうか。
いっそのこと、両思いのifでも書いてやろうか……!
多分今度こそもう終わりです。口調が掴めなくて若干崩れている気もしますし……。
違和感を覚えてしまったら、ごめんなさい。私の力不足です。
それでも、少しでもお楽しみいただけたのなら、幸いなのです
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。