泣き終えた一夏は眠ってしまった。
「まるで赤ちゃんみたいだな」
箒は慈母のような笑みを浮かべていた。
「あれは私には出来ないわねー」
鈴が自分と箒の胸を見比べてそう言った。
「……うん! 確かにそうだな!」
「はっ!」
「グボァ!」
鈴の拳が腹に……
『大丈夫か? 相棒』
大丈夫だけど、びっくりした俺の腹のあたりの細胞が鱗に変わったぞ……
相当な衝撃でもないと鱗に変わったりはしないはずなのに……
戻れー戻れー、よし戻ってきた。
「全く失礼ね……女の魅力は胸だけじゃないのよ」
「でも一番はやっぱり胸だと思っ……たわば!」
「漫才をするのは構わないが一夏を動かすのを手伝ってくれ、このままだと風邪を引いてしまう」
「ああ、手伝う、手伝う、とりあえず一夏は箒の部屋に連れていけばいいか?」
流石に俺の部屋に寝かすわけにもいかないしな。
「そうだな、私は一夏が起きるまで一緒にいるつもりだし、私と一夏の部屋まで連れて行ってくれ」
一夏をベットの上に移動させ終わったとき、セシリアがポツリとつぶやいた。
「一夏さんにもこういうところがあったのですね……」
「意外か? セシリア。 一夏に幻滅でもしたか?」
「幻滅したわけではないのですが……一夏さんは今時珍しい強い男性だと思っていたので……」
そんな一夏の意外な姿を見てびっくり! と言ったところか。
「人間誰しも強いところと弱いところがあるものさ、そうだろう?」
「確かに、そうですわね。 一夏さんがわたくしたちにこのような姿を見せてくれたのはわたくしたちを信頼しているからなのでしょう、わたくし、絶対に一夏さんを惚れさせてみせますわ!」
セシリアはそう強く宣言していた。
強い女の顔だ。
「でも……一夏さんは本当に女心が分からなかったのですね」
「本当よ、何度なんで分からないのよ! って言いたくなったことか」
「だがそれも仕方のないことだった、一夏はなにも知らなかった、だから女心が分からなかったのだな」
「ねえ……ここは一時休戦にしない? 私たちがいがみ合っていたら、一夏に愛を教えることなんて出来ないと思う」
そう、鈴が提案した。
「そうですわね……わたくしは一人で一夏の心を手にするつもりでしたが、鈴さんのその案に賛成ですわ、まずは一夏さんに愛を教えていく……そこから始めましょう」
セシリアは賛成のようだ。
「私も賛成だ。 今の一夏では恋の駆け引きなど絶対に出来ん、まずは土台を作ってからだろう」
三人の意見はまとまったようだ。
「いい? この三人のうち誰が一夏に惚れられても恨みっこなしよ!」
「分かりましたわ」
「ああ、わかった。 だが二人はどうするつもりだ? 私はとりあえずあのやり方でやっていくつもりだが……」
あのやり方……あれか。
俺もあの胸に飛び込みたい。
『やめてくれ、本当にやめてくれ、せめて俺が神器の奥に行くまで待ってくれ』
……すまんドライグ。
「というか、箒、あんたよくあんなこと出来たわね」
「無我夢中だったんだ。 一夏が『やっぱり俺、分からないや』と言ったときの本当に分からなくて辛そうな顔を見たときから抱きしめたくなってはいたが、そのときは恥ずくて動けなかった……だが一夏が震えだしたときはもう恥ずかしさなんかどこかへ行っていた」
箒はまたあの慈母のような笑顔を浮かべていた。
「自然と体が動いたんだ、そしたら不思議とあの言葉が出ていた」
「なんか負けたわ、この分野では箒に勝てない気がする」
「そうですね……鈴さんの言う通りこの分野で箒さんに勝てるビジョンが浮かびませんわ」
原作の箒はすぐに怒る娘だったのに……
なんという包容力だ。
「私は……その前にクラス対抗戦があったわね、とりあえず本気で一夏とぶつかってみることにするわ、あとのことはあとで考えればいいのよ」
「わたくしは……今まで通り、一夏さんにISのことを教えて行きますわ、まずは鈴さんを倒せるくらいに強くなってもらわないと……」
「おいおい、近接戦闘の担当は私だぞ? そこを譲るつもりはないからな」
そこは変わらないのね。
箒、鈴、セシリアの三人と別れたあと……
「あれ? 会長さん? ……もしかして聞いてました?」
「ええ、なんだか話し合っている声が聞こえたから……」
「盗み聞きですか、趣味の悪い」
「暗部のお仕事なんていつもそんなものよ」
会長さん曰く暗部と言ってもテロリストじゃないので毎日派手にドンパチやっているわけではないらしい。
諜報活動が主とのこと。
「じゃあ大体の事情がわかっている会長さんにお願いがあるんですけど」
「何かしら? 更識家に依頼するのはなかなかお値が張るわよ?」
「いや……そう言うのじゃなくて、兵藤一誠が更識楯無に個人的にお願いしたいんです……一夏の両親のことを調べてくれませんか?」
「! 両親のことを……でもどうして?」
「どんな人間であれ一夏の親は一夏の両親以外あり得ませんから、それにいつか両親に直接会うことでけりをつける日がくるかもしれない」
いつの日になるかはまだ分からないが……
「分かったわ……織斑先生に聞いても教えてくれるとは思えないし、そもそも織斑先生も知らないかもしれないしね……調べておくわ」
「いいんですか!?」
「いいよ、でも貸し1ね」
扇子には「出血大サービス!」と書いてある。
だからどうなっているんだ、あの扇子は。
「個人的にも気になるし……」
こうして会長さんに調べてもらうことになった。
「でも兵藤くんはなんで織斑くんのためにここまでしているの? 女の子たちは分かるのよ、織斑君が好きだから、でもあなたは?」
「なぜ一夏のためにここまでするのか? ですか? それはやっぱり……一夏には幸せになってほしいからですかね」
それと、一夏を取り巻く色恋沙汰のトラブルを解消しておきたいというのもある。
絶対、俺巻き込まれるもん。
「それはどういう……?」
「俺と違って一夏はこの学園を卒業してもどこぞの研究所に行かされてモルモットになることはないでしょう、あの織斑先生の弟ですもの、でも俺にはそんな後ろ盾はない」
俺の両親は一般人だからな。
「俺はまともな人生を送ることは出来ないでしょう、だからせめて、一夏はちゃんと人間としての幸せを手にしてほしいんです」
俺はこんな体だ、結婚など出来まい。
俺に彼女なんていなくていいんだ。
私にはそう言った兵藤君の顔がとても寂しそうに見えた。
……私に出来ることはないかな?