私、更識楯無が二人目の男、兵藤一誠という男の子に出会ったのは入学式でのことだ。
第一印象は大人しそうな子だなと思った。
例えるなら穏やかな流れの小さな川のよう。
一人目の男、織斑一夏には流石に劣るが顔も悪くない。
なかなかいじりがいがありそうね。
……あの時の私は緊張して固まっている彼を見てそんなことを思っていた。
まさかあんなことになるなんて。
「おかえりなさい、あなた。 わたしにします? わたしにします? それともわ・た・し?」
私が水着エプロンでお出迎えすると兵藤君は固まっていた。
やった、大成功。
そう思って私が油断していると――
「無論あなたで」
「へ?」
今度はこちらが固まってしまった。
私は大人しそうな兵藤くんなら動揺したりしてくれるんじゃないかと思っていたのだが、実際は全然違った。
さらに彼は油断し隙だらけだった私を持ち上げた。
「え? ちょっとこれって――」
人生初のお姫様だっこだった。
そのまま私はベッドに運ばれた。
「据え膳食わぬは男の恥、会長さんあなたをいただきます」
彼にそう言われた。
彼にベッドドンをされながら私は抵抗した。
「ち、ちょっと、待って、ほ、本気?」
彼のことを穏やかな流れの小さな川のようだと思っていたが全く違った。
彼は激流だ。
全てを飲み込んで破壊する、激流。
「本気もなにもあなたの方から言ってきたんでしょう? 大丈夫ですよ、お互いに初めてみたいだし、なるべく優しくしますから」
飲み込まれる。
犯されてしまう。
そう思った私は――
「や、やだ……やだよぅ」
更識家17代目当主更識楯無からただの十七歳の女の子である更識刀奈に戻っていた。
楯無の名を継ぎ、更識家17代目当主になったあの日から絶対に泣かない、強い女に、楯無の名に相応しい人間になる。
何よりも簪ちゃんを守るためには私は泣かない、泣いちゃいけない。
そう決めて刀奈の名前を捨てたつもりでいたのに、あっさり私は楯無から刀奈に戻っていた。
「なんてね」
へ?
「冗談ですよ、会長さん」
「冗談……? 本当に?」
彼は激流から穏やかな小川に戻っていた。
「そちらも冗談なら、こちらも冗談ですよ」
そう言って彼はいたずらっぽく笑った。
……彼を意識するようになったのはこの笑顔からだったと思う。
「俺はシャワーを浴びますから、俺がシャワーを浴びている間にまともな格好に着替えておいてくださいね、もし着替えていなかったら……」
「なかったら……?」
「今度こそ本当に犯す」
「着替えさせていただきます!」
彼は本当に私を犯すつもりはないのだろうけど、ちょっと不安だったので私は大急ぎで制服に着替えた。
そのあとでセクハラされてまた泣きかけることになるとは思っていなかったけど……
ある日のこと、私はいつもより少し早起きをした。
ちょっとした仕返しにいたずらを……と思ったからだ。
いつも兵藤くんは布団を深くかぶって寝ている。
ちょっとめくって、額に肉とでも書こう、そう思って私が布団をめくると……
「なに……これ」
つい口に出てしまった。
慌てて口を閉じたが……兵藤君は起きなかったようだ。
頬に赤い鱗のようなものがあった。
見間違えかもしれない、そう思ってもう一度見てみると……
なかった。
鱗なんてなかったのだ。
至って普通の人間の肌だった。
なんだったのだろう……?
やはり私の見間違えだろうか? そう思ってこの日は鱗を見たことを忘れることにした……
やっぱり、見間違えではなかった。
次の日もう一度だけ確認しようと思い、また彼の布団をめくった。
今度は頬ではなく、目の下のあたり。
よく見てわかったことだが、どうやらこの赤い鱗は彼の寝息に合わせて出たり消えたりをしているようだ。
不思議だが、魚鱗癬という皮膚の病気がある。
体の皮膚がウロコのようになる病気だ。
赤い鱗はこの病気の変種なのかもしれない。
それでも兵藤くんは兵藤くんだ、笑顔が素敵な年下の男の子であることは変わらない。
これからも今まで通りに接していこう。
私が盗み聞きをしていた日、兵藤君に織斑君の両親を探してほしいと頼まれた。
私の織斑先生の両親はどんな人なのだろう? という好奇心もあり引き受けることにした。
「でも兵藤くんはなんで織斑くんのためにここまでしているの? 女の子たちは分かるのよ、織斑君が好きだから、でもあなたは?」
兵藤くんが同性愛者ではないことはすでに日本政府からの依頼を受けたときに調べてある。
「なぜ一夏のためにここまでするのか? ですか? それはやっぱり……一夏には幸せになってほしいからですかね」
「それはどういう……?」
「俺と違って一夏はこの学園を卒業してもどこぞの研究所に行かされてモルモットになることはないでしょう、あの織斑先生の弟ですもの、でも俺にはそんな後ろ盾はない」
確か、兵藤くんの両親は一般人だったはずだ。
「俺はまともな人生を送ることは出来ないでしょう、だからせめて、一夏はちゃんと人間としての幸せを手にしてほしいんです」
私にはそう言った兵藤くんの顔がとても寂しそうに見えた。
研究所でモルモットになるかもしれない自分を愛してくれる女性などいない。
鱗が生えたこんな自分を愛してくれる女性などいない。
だから、モルモットになる可能性が低く、自分と違って普通の人間である織斑君は自分以上に幸せになってほしい。
きっと兵藤くんはこんな風に考えたのだろう。
ふざけるな。
誰だって幸せになっていいはず。
兵藤くんだけが幸せになれないだなんてそんな理不尽、私は認めない。
……だが私に出来ることがあるのだろうか?
「ねえ、虚ちゃん、私に出来ることはないかな?」
今のところ兵藤くんをモルモットにしようという話は出ていない。
だが未来のことは誰にも分からない。
もしそうなってしまったら……更識家では止められない。
だから私は最高の従者であり、最高の友人である布仏虚に知恵を借りることにした。
「僭越ながらお嬢様、更識楯無の従者、布仏虚ではなく更識刀奈の友人、布仏虚として言わせてください」
「なに?」
「刀奈、あなた兵藤君のことが好きでしょ」
へ?
私が兵藤君のことを好き……?
「えええっ! いや別にそんな私、兵藤くんのこと四六時中考えているわけじゃ……」
「兵藤君のこと四六時中考えて、いい案が浮かばなかったから私に知恵を借りに来たんでしょ?」
そう言えば……
私は最近、兵藤くんのことばっかり考えている……
「あわわわ、もう兵藤くんの顔まともに見れない……」
「今まで見たことがないくらい顔が真っ赤ね、とりあえず、兵藤君がモルモットにならない方法だけど……日本の国家代表にするのはどうかしら?」
兵藤君を国家代表に……?
「確かにそれなら大丈夫かも……兵藤くんが国家代表になれば兵藤君をモルモットにしようなんて連中の意見は通らない……! でも兵藤くんはそんなにISの操作は上手じゃないし……」
「そこはロシア代表のあなたが付きっきりで教えればいいのよ、その間に兵藤君との仲を深められば一石二鳥でしょ?」
「でも間に合わなかったらどうしよう……」
「そのときは既成事実を作って更識家の婿にしちゃいなさい」
それは流石に……
「とりあえず刀奈から、楯無に戻りなさい、そんな顔じゃ生徒会長は務まらないわよ」
そうだった。
私は楯無、私は楯無、私は楯無……
よし、もう大丈夫。
兵藤君の顔を見てもこれで平気。
「! お嬢様! 兵藤さんたち一年生がいるアリーナに謎のISが!」
謎のIS!?
いったい……?
「わかった! すぐに行くわ!」
兵藤くん……無事でいてね。
ちなみに魚鱗癬は実在する病気です。