Summer/Shrine/Sweets   作:TTP

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幕外五/神代小蒔/夢の続きに

東京/東京大神宮

 

 庭先で戯れた花火を手早く片付け終えると、子供たちは就寝の準備を進める。

 神代小蒔、八歳。普段の鹿児島とは異なる環境、普段は触れない遊戯に、彼女は興奮冷めやらぬ様子でお風呂を出た。

 

 ――楽しかった。

 

 いつも傍に控えてくれる霞、初美、巴、春。

 

 彼女たちの存在はもちろん、ここで出会った二人の存在が、この東京旅行を鮮やかに彩ってくれた。

 

 明日のことを、考えたくなかった。帰りたくなかった。いや、二人を霧島神境に連れて帰りたいと思った。子供らしい、叶わぬ望みであった。

 

 昨日までなら、布団を敷き終えればすぐに眠るよう霞からの指示が飛んだ。守っていたかどうかは、さておいて。

 

 しかし今日に至っては、霞も口を挟むことはなかった。彼女もまた、名残惜しいのだろう。結果、一同は各々の布団の上に座って、雑談に興じていた。

 

 一際元気なのは、やはり憧と初美、それから京太郎だった。初美の冗談に大笑いする彼の横顔をそっと覗き見て、されど見つめ続けられず、小蒔は視線を自分の膝に落とす。先ほどからこれを繰り返していることに小蒔自身気付いていたが、どうしても止められなかった。そうしているだけで、充分胸が一杯になった。

 

 一人小蒔が黙りこくっている内に、話題は別のものに移っていた。

 

「将来の夢、ねぇ」

 

 ふんふむ、と霞が頷く。

 

「あんまり考えたことなかったわ。このまま霧島神境に残るつもりでいるもの」

 

 それは、昨日小蒔が京太郎と二人きりで交わした会話と同じ類であった。なりたいもの、希望。彼との会話を思い出し、小蒔はどきりとする。

 

「霞ちゃんは寂しいですねー。もっと大きな野望を持つのですよー」

 

 初美が挑発するように人差し指を振る。

 

「じゃあ、はっちゃんは何か夢があるの?」

「もちろんなのですよー!」

 

 京太郎の問いに、初美は拳を握った。

 

「ないすばでぃな巫女さんになって、もっと霧島神境をアピールして盛り立てるのですよー! この世知辛い不景気な情勢、引きこもったままこれまで通りとはいかないのですよー。変わらないためには変わり続けるしかないのですねー」

「現実的なのか俗物的なのかよく分かりませんね」

 

 初美の野望に巴が苦笑する。そんな彼女に向けて、今度は憧が訊ねた。

 

「巴さんは何かないの?」

「そうですね。将来の夢……とはちょっと違いますけど、世界中を旅して回ってみたいです。知識としては本を読んで貯め込んでいるつもりなんですけど、実体験してみたいですね」

「おー、なんだか大人な意見」

「はっちゃんとは違うな」

「聞き捨てならないのですよー、京太郎!」

 

 初美に飛びかかられて、京太郎が布団に倒れ伏せる。じゃれあう二人の姿は最早見慣れていて、みんな笑っていた。

 

「じゃ、次……春は?」

「……ん」

 

 しばしの間、春は考え込む素振りを見せて。

 きらりと、目を輝かせ、答えた。これまでにない真剣な声色だった。

 

「究極の黒糖を、作る」

「…………つまり、お菓子メーカーに就職ってこと?」

「ん」

「ぶれないなぁ、春は」

 

 初美を引き剥がし、京太郎が呆れたように、それでいて感心したように言った。春は全く意に介さず、自分の鞄から黒糖の袋を取り出そうとして、霞に手をはたき落とされた。お菓子を食べてはいけない時間だ。

 

「でも、京も気に入ったでしょ?」

「ああ、春のくれた黒糖ほんっと美味しかった! もっと食べたい!」

「なら、良かった」

 

 春がゆったりと微笑む。あまり見せない彼女の表情の変化に、京太郎が見惚れているのが小蒔にも分かった。京太郎を挟んで隣に座る憧と共に、「むむ」と小蒔は小さく唸った。その声は、誰にも届かなかった。

 

「霞ちゃんはほんとに何もないのですかー?」

「そうねぇ……うーん、私はやっぱり、みんなの夢が叶えば良いわ。見守って、お手伝いできたらそれが一番」

「優等生すぎるのですよー」

 

 口を尖らせる初美の頭を撫でながら、今度は霞が憧に訊いた。

 

「憧ちゃんはなにかあるの? 参考に聞いてみたいわ」

「夢、夢、夢ねー……。国語の授業でも作文を書けって言われて一番困ってるから。やりたいこととか、一杯あって決めきれないもん」

 

 憧は苦笑する。

 

「でも、ちょっとした希望みたいなものは、あるかな」

「なになに?」

 

 京太郎が身を乗り出し、憧は恥ずかしそうに少し俯く。

 

「……麻雀に、関われる仕事がいいかなって」

「あら、それはいいわね」

「具体的には何一つ決まってないんだけど」

「それじゃ、プロ希望だったり?」

「そこまで簡単になれるものじゃないわよ。たぶん、叶ってもきっと別の形になるかな」

 

 頬をかきながら、憧は言う。小蒔は感心してしまった。漠然とした自分の夢よりも、ずっとしっかりしている気がした。

 

「京太郎はどうなの?」

「俺は、神社継ぐか、スポーツ選手かな」

 

 その答えを、小蒔は既に聞いていた。自分だけが知っていること、なんて思い上がりはしていないつもりだったが、こうして周知されてしまうと彼女は何だかもの寂しくなる。正確に言えば、拗ねていた。

 

「どちらも素敵な夢ね」

 

 霞が朗らかに言うが、京太郎は首を捻る。

 

「スポーツ選手はともかく、神社を継ぐのは素敵かな」

「私からすればとても素敵よ。宮司さんって格好良いと思うし」

「それなら霞ちゃんは京太郎のお嫁さんになれば良いのですよー! 夢がないのなら丁度良いのですよー!」

 

 初美が、名案と言わんばかりに膝を叩く。あらあら、と霞はおっとり笑って、憧があわあわと口を開閉させる。

 

 ――堪らず、と言った様子で。

 

 ずっと黙っていた小蒔は、両手を胸に組んで目を閉じたまま、叫んでいた。

 

 

「だめですーっ!」

 

 

 叫んでから、はっと小蒔は我に返る。

ぐるりと辺りを見渡せば、京太郎と憧はぽかんとして、六女仙たちは――春までもうっすらと――からかい混じりの笑みを浮かべていた。

 

 かぁ、と顔が熱くなる。あの、その、この、と声が言葉にならない。

 初美が、ゆっくりと問うてきた。

 

「それじゃあ姫様の夢は、なんなのですかー?」

「……………………っ」

 

 答えられるはずもなかった。京太郎と二人きりのときでも、半分誤魔化したのだ。

 そもそも、初美とは同じ会話をした記憶があった。そのときには、何も意識せず話していた覚えがある。分かっていて、訊いてきている。

 

 追い詰められた小蒔は、

 

「お……」

 

 その一音目を口にする。

 

「お?」

「お……お……おょ……」

 

 ぐるりと視線に取り囲まれ、彼女は追い詰められ――

 しかし、結局。

 

「……おやすみなさいーっ!」

 

 がばりと布団の中に、小蒔は逃げ込んだ。暗闇の中で、耳と目を塞ぐ。心臓が痛いくらいに鼓動する。

 

 あの流れで、正直に「お嫁さん」と宣言するのは至難の業であった。しかも、京太郎の目もある。翌日六女仙たちからは謝られるのだが、珍しく彼女はしばらく拗ねることになる。

 

 それはともかくとして、小蒔ははっきりと自分の夢を自覚する。もちろん京太郎に語った話も嘘ではない。しかし、なりたいものと問われれば、やはりこちらであった。

 しかも彼女の中では、自覚なく、「誰の」まで決まっていた。

 布団の中で、小蒔は想像を巡らせる。

 

 お嫁さんになったら、長野に住むことになるのだろうか。霧島神境は、父は許してくれるだろうか。

 

 京くん、という呼び方は気に入っている。一番に心に出てきた言葉ではないが、充分しっくりきていた。

 

 しかし大人になったら少し子供っぽすぎやしないだろうか。特に夫婦だとなおさら。京太郎様も京様も却下されている。ならば――京太郎さん、だろうか。自分で思い描く夢に、恥ずかしさから小蒔は布団の中で身悶える。

 

 そっと耳を塞いでいた手を離すと、部屋の中は静かになっていた。どうやら他のみんなも床についたようだった。顔だけ布団から出すと、京太郎も既に横になっている。隣の憧と、小声で何やら話していた。

 

 ――ああ、もう。

 

 小蒔はそろりと腕を、彼の布団へと伸ばした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

東京/東京大神宮

 

 髪に触れられる指の感触に、小蒔は目覚めた。

 

「あ……わり、起こしたか」

「いいえ……」

 

 瞼を開けた視界に広がるのは、暗い室内。時刻は午前四時半。太陽はまだ完全に顔を見せていないようだった。

 

 小蒔は体を起こして、隣の彼に微笑みかけた。

 

「――夢を、見ていました」

「夢? なんの?」

「はい。幼い頃の夢です。ここでみんなで、過ごした夢」

 

 あのときに比べたら、色々と変わった。自分の体は大きくなった。彼の声は低くなった。心は――どうだろうか。いくらかは、成長できたのだろうか。

 

「あのときも、こうしてみんなで眠りましたね」

「そうだったっけか」

 

 とぼける彼に、小蒔は追求する。

 

「もしかして、あまり眠れませんでした?」

「……だって、あのときから変わらず、みんな、同じ部屋だからな。そりゃ、緊張するよ。部屋は充分あるのに、これだもんな」

 

 正直に答える彼に向けて、小蒔はくすくすと笑った。――みんなはまだ、静かな寝息を立てている。二人だけで悪巧みをしているみたいで、小蒔はどきどきした。とても緊張して、とても楽しくて。あの日、彼女たちが自分をからかった気持ちが、少しだけ分かった。

 

 だからもう少しだけ、小蒔は大胆になる。悪戯を企む子供のように、大胆になった。夢の中の自分では、決してできかったこと。

 

 これは、成長なのだろうか、変化なのだろうか。いずれにしても小蒔は止まらない。誰にも、止められない。

 

「京太郎さん」

「なんだ?」

「愛しています」

「知ってる」

 

 二人は微笑み合って――

 どちらからともなく、唇を重ねた。

 

 

 神代小蒔は、夢の続きに夢を見る。

 

 

 

                              夢の続きに おわり

 




これにてSummer/Shrine/Sweets、全編終了です。


私が考えていたよりもずっと多くのアクセス、お気に入り、
感想、評価、コメントを頂き、本当にありがとうございました。
全てに返信できておらず心苦しくはありますが、
この場を借りてお礼申し上げます。

ここまでお付き合い頂いたこと、重ねてお礼申し上げます。

それではまたどこか別の機会にお目にかかれることを、
そして咲SSがもっと増えることを祈って。

2015/05/18 TTP

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