Dies irae ーcredo quia absurdumー 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
推奨BGM:Juggernaut
「なっ――!」
目の前で、スバルが糸が切れたようにぶっ倒れた。ティアナの目には何をしたのか理解できなかったが、それでもスバルに命を救われたという事は理解できた。何故スバルがそんなことが出来たのかは今は頭から外す。それよりも何故スバルが突然倒れたかが問題だ。弾丸全てを打撃した彼女は確かに疲労困憊だった。それでも今のように唐突に意識を失うのはいくらなんでも不自然だ。
故に考えるべきことは、
「何をーー!?」
「さあて。敵がそんなに簡単に手の内を晒すとでも思うのかい?」
最もだ。だから考える必要があるが、目の前のこの男に対し考える時間があるとは思えない。咄嗟に思いつくのは弾丸の付与効果か何かだろう。どっちにしろ弾丸そのものの威力からして当たればティアナもキャロも終わりだ。
だから、選択できる手段は――、
「ああ、逃げるのかい? それも悪くない。これもできるかどうかは別だけどね」
手段が封殺されていく。
言外に、逃がさないと言っているのだ。ティアナにはその言葉に抗えない。
「っ……!」
拙い拙いマズイマズイマズイまずいまずいまずい――――。敗北以外のヴィジョンが見えない。今のティアナでもキャロでも戦闘になった場合は数秒とて持たない。
「ひっ……」」
思わず喉から引きつった音が漏れ、
「ティアナ」
「――――」
呼ばれた名前に動きが止まる。名前を呼ばれた。そう、それだけのことだ。だけれど、今この男は普通に呼んだのではなかった。まるで親しい友か家族――そう、家族の名前でも呼んだかのような親しみを感じさせられた。
家族。
そんな人は――もういない。なのに――
男がフードを取る。
「……あ、あ」
茶色の髪に整ったティアナに似た顔立ち。見憶えがあるとかいうレベルではない。例え六年間直接見なくても、忘れられるわけがないのだ。
「今は
ティアナ・ランスターとその実兄、ティーダ・ランスターは六年振りの再開を果たした。
●
ティアナは、自分の人生をそれほど不幸を嘆いたことはなかった。
幼い頃に両親は死なれたが、10年上の兄に育てられながら、二人で懸命に生きてきたつもりだった。
勿論、辛いことがなかったわけではない。両親がおらず、たった二人だけの家族のことをからかってくるような輩も少なからずいた。それが苦にならなかったというのは嘘になるけれど、それでも。
優しい兄と二人で過ごす時間は、なによりも大切な刹那だった。
武装隊に入った兄は心配だったけど、彼に憧れたのもまた事実だ。本人に言ったら、女の子なんだからもっと安全な夢を見ろ、と言われたけれど。
ともあれ、ティアナ・ランスターにとってティーダ・ランスターは憧れだった。カッコいい兄のようになりたいとも、優しい兄のようになりたいとも思った。
幼い頃、ティアナの原風景。なによりも大切で、かけがえのない宝石のような時間。
兄と自分の二人で完結していたけれど、それで十分だった。
大好きな兄とこれからも生きていく。そう、幼いながらに願っていた。
なのに――兄は死に、ティアナの刹那は砕かれた。
武装隊としての職務中に違法魔導師に殺された。
言葉にすれば、たったそれだけのことでティアナの日常は崩壊した。
何が悪かったというのか。確かに文句の付けようのない子供だったとは言えなかっただろう。迷惑を掛けた事も、怒らせた事もあった。でも、家族ってそういうものだろう。迷惑かけたり、かけられたり。怒ったり怒られたり。許したり、許されたり。そういう関係は家族だったら当然のはずだ。
未だに、六年たった今でもあの頃何が悪かったかはわからない。
だから、なにが悪かったという話ではないのだろう。
『こんなはずじゃなかった』
そういう風にこの世界ができているというだけなのだ。ただそれだけのこと。
その思いが、ティアナの魂に傷を生む。理不尽な喪失は消えることのない切創として今も尚彼女の胸の中に残っている。
その傷を隠すように。
死して、無能と陥れられた兄の無念を晴らすために。
執務官などという分相応の夢まで願い管理局に入ったのだ。
士官学校に入って、スバルと言う腐れ縁やギンガ、なのはやフェイトという尊敬できる人たちとの出会いがあった。
それは素晴らしいことだけれど。
それでもかつての切創は消えない。無くならない。砕けてしまった宝石は二度と元に戻らないのだ。
未だに、兄を侮辱された怒りも憤りも消えていない。
ランスターの弾丸は全て貫く。
それを証明することが、ティアナ・ランスターの存在理由なのだ。
なのに――――
「兄、さん……?」
「ああ、そうだね。ティーダ・ランスラー、君の兄だよ。大きくなったね、ティアナ」
死んだはずの彼はティアナの目の前で、かつてと変わらぬ笑みを浮かべている。六年も経っているのにまったく変わっていない。ティアナ自身は十年もたって随分成長したのに。
死んだはずの兄はかつてと全く変わらずに目の前にいた。
「兄さ……ん? え……なんで、嘘……」
「え、お兄さんて……」
「……っ」
キャロもエリオもティアナの過去の概要は知っている。彼女の兄が十年前に死んでしまったという事も。だからキャロは狼狽し、エリオは愕然とする。キャロはなにをすればいいかわからないし、エリオは未だの腕の衝撃が抜け切れておらず、力が入らない。
「兄さん……兄さん……兄さん……兄さん……?」
「ああ、そうだよティアナ」
「あ、あ、あ……」
今目の前にいるのが、誰か、ようやく理解していく。視覚も聴覚も、目の前の青年が自分の兄だということを告げている。それでも頭と感情が付いていかなかったけれど。
それでも、ようやく実感が追いついてくる。
何よりも愛していた、大切だった人が目の前にいる。
幻覚でも錯覚でもない。現実として、ここにいるのだ。
身体が震え、涙が溢れてくる。
「兄さん――――!」
握りしめていたクロスミラージュが地面に落ちて、自動で待機状態になるがそれすらも気付かない。ティーダへと駆けより、腕を広げて抱擁しようとする。
どうして、なぜ、なんで、ありえない。そんな思いは全て消え、ただあるはずの無い邂逅に歓喜し――、
「――さぁ、構えるんだティアナ」
「――――――――」
眼前に突きつけらた銃口という現実を受け入れられなかった。
「え――――?」
「俺の担当はお前なんだ」
だから、
「ティアナ、お前の魂を見せてくれ」
*
兄に銃口を突き付けられた。
その事実をティアナの意識は到底受け入れることができなかった。当然だろう。きちんと葬式まで行い弔ったはずの兄が、今目の前に存在していて、さらには銃口を向けられている。理解しろというのは酷というもだろう。
未だ十六歳の少女に、それら全てを受け入れて平然としていろなどと誰が言えるのか。
故にティアナの思考が完全に停止し、
直後、地面から鎖が湧き上がった。
「――――!!」
ティアナとティーダを別つように真下からだ。咄嗟にティーダかティアナの肩を突き飛ばして距離を開ける。
伸びあがる鎖は一本と十数本。一本のは尖端に蛇のアギトのような装飾があり、他は通常のソレだ。
蛇顎が兄妹を別ち、それに追随し囲う様にさらに鎖が伸び、
「オオオッッーーーー!」
「フハハハハーーーー!」
二人の青年が崩れた地面から飛び出してきた。
一人は両手の銃剣に紅いコートに黒と白の斑の髪のカイト。
もう一人は――――右手には異形の逆手剣、左腕の袖口からは鎖が伸びていて、黒いコートに黒い髪、
二人は叫びながら、
「オラァ!」
「ハァッ!」
銃剣と逆手剣を激突させる。
その余波で、全く動かないスバルや呆然としていたティアナやキャロは吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。エリオやティーダでさえ思わずたたらをふむほどの衝撃。
そして、それすらどうでもよくなるほどの濃密な殺意。
気持ち悪いほどの殺意。吐き気どころか今すぐ胃の中身をぶちまけたくなるようなほどの死の塊。実際にキャロとティアナ、エリオでさえ意志と無関係に胃液を吐き出している。
カイトが獣なら――あれは死神だ。
死と言う概念が人の形をしたのではないかと思わせるほど。
「――――ナハト」
ティーダが呟いたそれが死神の名前か。
それに構わずに、
「ふん!」
ナハトがカイトに前蹴りを叩きこむ。それは威力そのものはそれほど高くない。無論常人が当たれば弾けるような威力ではあるが聖遺物の使徒相手では足りない。にもかかわらずその一撃に怖気が走る。命中すれば霊的装甲がぶち破られる確信がある。
それは単純な物理的な威力の問題ではなく、
霊的な質が高められた一撃だった。
それをカイトは受ける。
「がっ、あ……!」
避けずにそのままモロにナハトの蹴りが直撃し、
「ぬ」
カイトに触れた瞬間に威力が失せる。減衰しているかのように、消失しているかのように、或いはそのどれでもなく。ナハトの一撃は威力を失う。それゆえにカイトの肋骨にひびを入れる程度に抑えられ、
「デジャブるんだよ……!」
笑みを飛ばしながら、右手でナハトの足を掴み、左肘を叩きこみ砕きに行く。
「ハッ――!」
ナハトもまた、笑みを浮かべながら動く。数舜後に刃砕かれるであろう膝には目もくれず、指の動きで鎖を飛ばす。まるでそれ自身が意志を持っているかのように跳ねあがり、カイトの頭部へと喰らいつく。
それを五本も束ねられたカイトの鎖が弾く。その拍子にカイトの意識が僅かに逸れて、ナハトが逆の足で蹴りつけながら距離を取る。
二人は共に空けた穴を間にし、対峙しあい、
「フ、フフ、フハハハハ」
ナハトは変わらず笑い声を上げる。
「ハハハハ――儘ならないな、貴様のような餓狼一匹殺しきれないとは」
「ああ、そうかい」
楽しげなナハトに対し、カイトは煙草を咥えて火をつけながら、
「こっちこそテメェみたいな化け物とっとと退治してぇんだよ。なぁ、おい。さっさと死んでくンね?」
「できるものならな」
軽口を叩きつつも、物理的な感触にまで濃縮された殺意は衰えることはない。
獣と死神。
カイトは未だ形成位階であり、ナハトは聖遺物の気配すらない。発せられる魔力自体は管理局の測定器でもギリギリ測れる程度だ。
それでも、極限にまで昇華された殺意がある。どうすればこのレベルの殺意が出せるのか疑問を覚えるほどであり、実際この領域は黒円卓でも双首領を除けばカイトしか至っていない。
そんな二人に、
「おいおい、いきなり出て来て二人だけで盛り上がるの止めてくれない?」
臆することなくティーダは割りこんだ。
「というか、ガウス。何で君がいるんだい? 上の大隊長殿たちがやりすぎないように監視するって聞いてたんだけどな」
「はあ? 俺が何処にいようが勝手だろうが」
「――そっちの人たちをこっそり見守っていたら、ナハトに見つかったんだよね」
「あ?」
「ルーテシア?」
何時の間にか、ティーダの隣にその少女はいた。キャロやエリオとそう変わらぬほどの年齢。紫の長髪に黒のワンピース。
幼い少女だが――見れば分る。この少女もまた人を外れている。
ルーテシアと呼ばれた彼女は無表情でカイトを指さし、
「地下水路走りだしてからずーと追いかけて来てたよね。危なくなったらいつでも飛び出せるようにして、特にそっちの青髪の人に注意してて」
「……」
「……」
「……」
「……んだよ」
「……君あれかい? ツンデレってやつ」
「と言うより道化だな」
「やかましい、つかお前ツンデレなんて単語知ってのかよ」
微妙に空気が弛緩し――それでもティアナたちは未だに復帰していない――カイトが髪をくしゃくしゃ掻きながら言う、
「はぁ……白けたなおい。悪ぃけどコレで帰っていいか? ホラ、そこのアホとか回収しないといけないし」
普段の軽薄な気配を取り戻し言うが、
「言っただろう――できるのならば」
「まだなにもしてないしね」
「……」
三人の魔人は許さない。
ルーテシアが黒の手袋に包まれた手を掲げ周囲に薄紫の光弾が生まれ、ティーダは拳銃を構える。
ナハトもまた、異形の逆手剣と蛇顎の鎖を揺らす。逆手剣、それはまさしく処刑の鎌、デスサイス。殺すことに特化した刃が狼の血を求める。
聖遺物を持たぬ三人だが――別の
特に――ナハトは格が違うのが分かる。
それを前にしながらも、
「……」
カイトは相好を崩さない。それを前にしても、既に解いた戦闘状態を戻さない。この三人に対してはそれが致命的だということはカイト自身とて理解している。
それでも、
「……デジャブるなぁ……」
煙草を指で挟みながら吐き棄てて、
「とっとと連れてけよ」
「独断専行もほどほどにしなさいよ」
●
「ほう」
「!」
「あ? あの砲撃主はどうした?」
「逃がしてあげたわよ、あなたがウチの妹ストーカーしてる間にね」
「うっせ」
突如として現れたギンガは――カイトと軽口を叩いてる間にスバルたち四人を回収し終えていた。
『銀河静寂・光輝変生』の効果にて、零タイムで四人を回収し、
「じゃ。そういうことで」
四人を肩に担ぎ、カイトの背後に現れて背に触れる。最早誰の制止も間に合わない。
しかしそれでもナハトは歯をむき出しに口元を歪ませ、
「貴様は俺だ――その傲慢を見せてみろ」
「アウフヴィーターゼーエン――
残された三人は突如として通常の数百倍にまで強められた重力の“闇”が地下水路ごと押しつぶした。
まぁ、なんというか。あの三人ぽいの出てますけど。
基本別人ですね、基本は。
次話で休暇編おわりかと。
あとマテリアルが大隊長なわけですが、前世で大隊長だったシグナムとかは黒円卓所属してないので関係ないです。一言感想で聞かれたので一応
感想、評価いただけると幸いです