Dies irae ーcredo quia absurdumー 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
公開意見陳述会が始まる直前、フェイトはヴィヴィオを載せてミッド市街地を車で走っていた。先日の戦闘での経過観察の為だった。あの時の傷は不自然なまで急速で回復したが、不自然過ぎるからと退院した後も過度な訓練や勤務は控えて病院通いを続けていた。
異常はないが――ないということが異常だろうとフェイトは感じていた。
けれど現実的日常生活には問題ない。少なくとも車を運転するくらいには。その運転もバルディッシュによる自律走行で病院から六課隊舎までの道のりを任せきりにしている。だから運転手と言ってもフェイトに負担は少なく、
「フェイトママもなのはママも歌が上手だね!」
「ふふ、ありがとうヴィヴィオ」
車の中でヴィヴィオに歌を聞かせていた。
歌は密かなフェイトの特技だ。本格的に習ったわけでもないし、特にこだわりがあるわけでもないが鼻歌程度ならばよく歌うことがある。エリオやキャロが小さかった頃は子守唄としてよく歌っていた。だから彼女にも同じように。自分を母と慕ってくれる彼女にもまたフェイトは歌を聞かせていた。朝から病院で待たせていたので疲れていると思ったからだったのだけれど、逆にヴィヴィオはテンションを上げてしまったらしい。
「どーやったらママたちみたいにお歌が上手になれるの?」
「あはは、どうかな。自分で意識したことはないけど……やっぱり聞いてくれる人のことを想うことかな」
「聞いてくれる人?」
「そう。今はヴィヴィオだね」
「ありがとうフェイトママ!」
「くすっ、どういたしまして」
元気だなぁと思う。保護した直後はかなり警戒されていたけれどここ最近はかなり打ち解けていた。人造魔導士という生まれ故に他者との繋がりのない彼女をなのはが保護責任者となり自分は後見人になった。それでまさかママと呼ばれることになるとは思わなかったけれど。
子供が好きなフェイトからすれば大歓迎だ。
母の愛というものには複雑な想いがあっても。
ちなみに父親枠は絶対的にユーノであり、なのはとどちらが妻枠を担うかは未だに決まっていない。
それはまぁそのうち決めるとして。
『サー、まもなく始まります』
『ん。ありがとうバルディッシュ』
念話で愛機が教えてくれたのは今日行われる公開意見陳述会の開始。本来ならばフェイトも警備に参加するべきだったがシャマルになのは共々禁止された。なのはは隊舎にて待機し、自分はこうして検査だ。現場にいないというのは落ち着かないがそれでも、こうしてヴィヴィオとの時間があるというのは素直に嬉しい。少なくとも戦闘行為を禁じられたフェイトに今できることは現場に出ている仲間の無事を願うだけだ。
「フェイトママ! 他の歌も歌って!」
「うん、いいよ」
頷いて、何を歌うかを考える。レパートリーはそれほど多いわけではない。ここ最近のミッドの音楽事情は仕事の忙しさのあまりについていけないので、子供時代に地球で見たテレビ番組の主題歌等くらいが主なものだ。数年前の記憶を掘り起し、ヴィヴィオに利かせるのがなにがいいかと選んで、
『Sir!』
「!?」
車が爆散した。
●
『Protection&Holding Net』
突然爆発し、運転席から投げ出されたフェイトを護るように反応したのはバルディッシュだった。爆心から生まれた炎や衝撃を自己判断によって発動した防御魔法と衝撃吸収魔法。防御魔法のほうは衝撃を受け止めた瞬間に亀裂が入り、吹き飛ばされながら砕けていったがフェイト自身へのダメージは免れていた。吹き飛びコンクリートの道路に勢いよく激突しそうになったもののその衝撃も魔力の網が緩和した。幾らかの火傷があったが問題があるレベルではない。
「っ……」
理解が追い付かず、うつぶせに倒れていた体を起こして見た愛車は炎に包まれていた。咄嗟に口から洩れた絶叫は後部座席にいたはずの少女の名前。
「ヴィヴィオッッーーー!」
「安心しなよ、彼女は無事さ」
真横から声があった。
振り向き、
「――!?」
「邪魔、捕縛する」
フェイトの身体を光の鎖が巻き付いた。バインドのようであり――違う。自動でバルディッシュがプログラムの読み取りと破壊を行おうとしたが結果は
そして身動き取れない体の中で唯一動く頭を上げ、
「貴方は……!」
「初めましてフェイト・T・ハラオウン執務官。妹が世話になっています」
赤いコートの茶髪の男。フードから覗く顔はティアナによく似ている。ティーダ・ランスター。死んだはずのティアナの兄。自分がレヴィに蹂躙されていた時にティアナに銃口を向けていた男だ。そしてそれだけではない。
「……ティーダ」
見えはなしない。けれど気配はある。無視できない異質な、レヴィのような圧倒的な存在感。背後にそんな絶対的な存在がいると無理やり悟らされる。声からすれば幼い少女だが感情が欠片も感じられず不気味なことこの上ない。おそらく今自分を取り押さえているのはこの少女の力。レヴィたちのそれとは別の感覚ではあるが、今の自分に対象不可能のなのは変わらない。
「早く終わらせよう」
「解ってるよ。というか、いちいち車爆発させる必要あったのかい? 六課についてからナンバーズの娘たちと一緒に捕まえれば」
「ナハトに巻き込まれるのは御免」
「ごもっとも。じゃあどうぞ」
「ん」
背後少女が頷き風切り音。腕を振った音だった。直後に眼前にて炎上していた車の炎が晴れ、
虹色を纏うヴィヴィオが無傷で気を失っていた。
「――」
理解が追い付かない。あれだけの爆散。勢いよく炎が上がっていたのにも関わらずヴィヴィオも、さらには彼女の周囲すらも損傷は一つもない。在りえないと思いながらも原因は明らかだ。
「虹色の、魔力光……?」
――虹色。
それの意味がなんであるかはフェイトも知っている。だが過った考えを理性は否定する。あるはずがない。碌に知識もない自分がふと思ったことなどあるはずがない。
あぁ、だから自分が考えたことは夢物語で――
「
「――ッ」
乖離した意識はティーダの呟きで引き戻された。彼の言葉の意味は理解できない。けれど彼らの目標がヴィヴィオであることは言うまでもなかった。
「させる、訳が……!」
『Sir!』
バルディッシュの制止の声は聞こえなかった。彼が自分の身体のことを考えてくれていることは解っていた。けれどそんなことはどうでもいい。今使わないでいつ使うというのか。誰かを護るために、誰かの力になりたいからこそフェイトは魔法を覚えた。
プレシアの悲願に応えるために。
リニスの教えをまっとうするために。
なのはやユーノと出会い力を合わせるために。
そして今では――教え子や子供のような子らのために。
だから己を母と呼ぶ少女の助けられずして自分が存在する意味がどこにあるというのだ。
鎖は砕けない。自分の力では全く足りない。
「――」
だから手を伸ばす。負荷を省みずにリンカーコアを稼働させて魔力を精製する。リミッターは先日の一件から作用せず、生み出せる魔力は常に不安定だった。それはなのはも同じでありだからこその謹慎だ。精製する魔力の大小差が激しければそれだけ肉体への負荷が大きいのだから。
けれど今そんなことはどうでもいいことだ。
自分の身を犠牲にする程度でヴィヴィオを救えるのならばそれでいい。
だから――、
「はいごめんねー。今君はお呼びじゃない」
決死の覚悟はしかし頭に走った衝撃で霧散する。
「――」
彼女が覚えていたのはそこまでだった。
●
それがあの日のフェイト・T・ハラオウンの総てだった。
「……無様な」
目が覚めた時なにもかも終わっていた。
自分は病院のベッドの上。そして聞かされた公開意見陳述会の顛末。崩落した地上本部とクラナガン都市部。多大な量の死者行方不明者。単に死んだり行方しれずなだけではなく、四肢の欠損や後遺症を濃く残した者も数えきれないほどいる。
口伝えに聞いただけで、実際に記録を見ればもっと細かく惨劇の事情が知ることができるだろう。
機動六課もまた。
隊舎の防衛を担ったシャマルやザフィーラの重体と戦闘機人と交戦したフォワード陣の軽傷。
そして、
カイト・S・クォルトリーズの
地上本部の屋上にてナハトという名の魔人と戦い始めたとこまでは解っている。けれどそこまで。屋上部をぶち抜いてから先は完全に記録に残っていない。結果的に見れば司法の塔が崩れ落ち、腐滅の炎が街を蹂躙した。不可解なのは黒炎が街に生じた直後に消滅したこと。いや黒炎だけでなく、一切の魔力魔法レアスキルが一瞬使用不可能になった。広範囲における魔力消失現象。あのタイミングで自然現象なわけがなく、人為的なものであるはずだが原因は一切解明されていない。
未曾有の災害とも言える被害である、最悪なことに主犯すら解っていないのだ。テレビを付ければ管理局へのバッシングが嫌になるほど見れる。
「……」
けれど今のフェイトにはそんなことはどうでもいいことだった。
勿論話を聞いた時は驚いたし、胸を痛めた。けれどフェイトにとってどうしようもなく胸を締め付けたのは、
「――ヴィヴィオ」
護れなかった少女のことに他ならない。
死んでもいいと思った。彼女を護れるならば自分の命すら構わなかった。発した魔力は生涯において最大規模。
それにも関わらずあんな軽い言葉と共に自分の決死は砕かれた。
「……!」
壁に拳を叩き付ける。
病院の屋上。周囲に人の気配はない。あの時殴られたのか銃で撃たれたのかは定かではないが、頭部に傷があった。下手をすれば頭部破砕で死んでいてもおかしくなかったが
生かされただけだろうけど。
護れず。
殺されもされず。
敵として相手にされることもなかった。
「無様だ」
繰り返す。そうとしか言いようがない。それ以外にあの時の自分を表す言葉は存在しなかった。
叩き付けた拳に滲んでいたはずの血はいつの間にか止まっていた。いや、血が止まったどころではなく傷が消え去っていた。
「……」
それの意味は――最早語るまでもない。フェイトだって自己の改変に気付いている。既にエリオやティアナたちに見られていたものだし、自分やなのはは表面化していなかっただけで廃都市での戦いのからそうだった。
目を背けていただけで、自覚すればあとは一瞬だ。
決していいものではない、というより都合が良すぎる。これだけの力量の上昇など本来あるはずがないのだ。
それでも、
「私は」
間に合わなかった。
「だから、何に頼っても――」
今度こそ。
「手を届かせてみせる」
それがフェイト・T・ハラオウンの誓いだった。
大分飽きましたが、前回のエピローグ的な?
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