剣士さんとドラクエⅧ 番外編集   作:四ヶ谷波浪

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トウカ三歳(エルトに会う前)→ククール加入時→ドルマゲス戦前、海竜探し


もしも幼い時に出会っていたら

「はじめ、まして」

 

 お父さんに出来るなら友達になりなさいと言われた。周りの使用人にはあの方を怒らせてはならないと言われた。それも、言い聞かせるように、何度も言われた。必死に、何度も言われた。

 

 だからぼくはその子の名前を知っていた。知ろうとしたんじゃなくて、聞かされて、知った。その子の噂も、本当かわからない、遠い異国でのあれこれも。

 

 剣が強くて、頭が良くって、それで、大人をこてんぱんにしちゃうんだって。そして偉い人の子供だから、怒らせたらどうなるか分からないって。

 

 興味があったらすぐに挑んで、何人も倒しちゃったんだって。変なことをしたらぼくもぼこぼこにされちゃうかもって言われた。痛いのは嫌ですよね、と何度も言われた。その子のこてんぱんは痛いんだと思ったけど、どうなんだろう。そんなことをしたら……良くないってことは分かるんだよ。でも、偉いなら出来るのかな?

 

 だから、お父さんにあぁ言われた時は本当は怖くて、とっても逃げたかった。……その子に、本当に会うまでは。

 

「はじめまして、ククール・××××。ボクはトウカ=モノトリア、よろしくね」

 

 その子は、周りが言うみたいな、すぐに人をこてんぱんにする怖い子じゃなくて。ぼくを見てぱっと笑顔になって、読んでいた本をぱたんと閉じた。そして手を差し出して、握手もした。ぼくと同じ普通の手だった。言われたみたいにぼくの手を握りつぶしたりもしなかった。むしろ、優しくそっと握手してくれた。

 

 その子はちょっと背がぼくより高くて、でも年は下に見えた。

 

 髪の毛がふわふわで、それで目が片方隠れて見えなくて、せっかく良い笑顔なのにもったいなかった。

 

 怖くなくなったから、ぼくもその子に笑いかけた。その子はズボンを履いていたけれど、笑顔が可愛いなって思った。服にリボンが付いていたし、可愛いから女の子かと思ったけれど、履いているのはズボンだし、どっちかわからなかった。その時はまだ、ズボンを履いた女の子がいることを知らなかったんだ。

 

 お母さんやメイドや、たまに見かけるお客さんしか、女の人を知らなかったから。

 

「あのね、ボク、友達、あんまりいなかったんだ。みんな子供は逃げちゃうの。だからキミも逃げていいよ、怖くなったらね」

「……怖くないよ?」

「ありがとう。でも、逃げていいんだからね」

 

 その子は嬉しそうにぽんぽんってぼくの頭を撫でる。大人がやるみたいに。年下なのに変だなぁって思ったけれど、でも、逆らうのはだめだって言われたからされるがままになってた。別に嫌じゃなかったし。

 

 それからお菓子を食べながらお話した。たくさん喋ったのはぼくの方で、その子は聞いて、頷いたりして、そしてたくさん笑った。その子はあんまり外を知らないって言っていた。トロデーンでもあまり出歩かないからって。

 

 それはぼくもそうだけどなぁって言ったら、ならキミは話が上手いんだね、だから全然退屈しないよって言って、また笑った。

 

 甘いものが好きで、本が好きで、穏やかで、大人の人を相手にしてるみたいだって思った。大人しくって、でもどんなことにでも目をキラキラさせて聞いてくれる。嬉しくってどんどん話した。

 

 多分、ううん、絶対、その笑顔が好きになったから。

 

「またね。次はいつになるか分からないけど。トロデーンに来たら寄っていってね。歓迎するから」

 

 その子のお父さんとお母さんの間でその子は言った。その子のお母さんの魔法でびゅーんと消えていった姿を目で追いかけて、ぼくもあの魔法が使えたら何時でもあの子に会えるかなって思って、その魔法を知りたいって周りに言ったら教えてくれた。

 

 ルーラって言うんだって。でも、あの魔法だと行ったところじゃないと行けないんだって。なら、ぼくもトロデーンに行かなくちゃ。でもそれはまだ出来ないや。もっと大きくならないと。大人になったら……向こうは忘れてるかな?忘れてなかったらいいなぁ。忘れてたらまたお話して、そしてまたあの笑顔が見たい。

 

 出来れば子供のうちにあの魔法を覚えて、びゅーんって飛んでいきたいな。

 

 その子と仲良くなったことに満足したお父さんは、ちょっと嬉しそうに見えたけど、あの子のお父さんがしていたみたいにぼくを抱き上げてはくれなかった。

 

 寂しいなって思ったけれど、あの子がする笑顔を思い出したらちょっとマシになった。

 

・・・・

・・・

・・

 

 懐かしい茶色の髪の毛が風にすくわれてさらさら揺れる。やっぱりあの時髪の毛が銀色だったから別人じゃないかとひやひやしたが、ただ緊急事態に目がイカレていただけみたいだな。俺の前に立っていっそじろじろと言って良いほど凝視している姿は少し想定していなかったが。昔よりも無遠慮に見えて、無礼を働いているというよりは……何もそう思われる行動をしているとは考えていないんだろうな、と思うが。

 

 年を重ねるごとに我ながらよく相手にできたと思うからな。特にあの子がわがままだとは聞かなかったが、ふるまおうと思えば小さな暴君くらいにはなれたはずだった。まあ、それも家も覆い隠す勢いで有名なのは……あの背中にあるものの方だったが。

 

「ボクはトウカ。よろしくね……? で、ククール、見覚えないかい、ボクの顔」

「あぁ、それは俺も思ってたところだ」

 

 にしても小さい。幼い日の思い出の友達が。こんなに小さかったか?どうも、見上げてた記憶があるんだが。

 

 俺の言葉を聞くやいなやあの子はぱぁっと笑顔になった。途端、胸のうちからひどく懐かしい感情が湧き上がってくる。

 

「やっぱり? あのちっちゃいククールくんがこんなに背丈が伸びてるなんてボク、びっくり。少しは身長寄越してよ?」

「やなこった。せっかく抜いたのにまた見下ろされなきゃいけないのか?」

 

 あの記憶の子はそれを聞いてまたにっこり笑う。この笑顔だけはちっとも変わりやしない。ただ、なんとなく、あの時よりもなんとなく笑顔が幼く見えた。単に背を追い抜いたからか? もともと年下だったらしいが、もっと大人びていたような……。

 

 大人しくて穏やかな様子はすっかりなりを潜め、どちらかと言うと無邪気で……お転婆、としかいいようのない姿に変わっていた。ついでに別れからしばらく経ってから、やっぱりあの子は女の子だったんだと断定し、密かに初恋と認定していたのだが少し声が低くなっていることから心が砕け散りそうだ。

 

 いや待て、あれはハスキーボイスの範疇だ。声が低めのレディとして充分ありえる範疇だろ。貴族の令嬢でありながらも子供の時にズボンの出で立ちをしていたほどに男勝りならありえるだろ? ほら、昔もあんなに落ち着いていたことだし、声が落ち着いてくるのも……今、全然そのあたりは面影ないな。好奇心でいっぱいという顔だ。

 

 現に今も……やっぱりズボンだな。いや待て、服がひらひらしている。背中側から見ればスカートにも見えなくもない。それも燕尾服よりもかなりスカートっぽいひらひらだ。

 

 エルトとかいうあの子の幼馴染みの方がよほどひらひらした服を着ている事実には目をつぶる。こいつは見間違えようもなく男だが。待て、こいつも声も……そこまで低くもないし、結構可愛い顔……待てよ、あの子と比べてみろ。ほら間違いなくエルトは男だろ、間違いない。血迷うな。それで、あの子は……おん……微妙……。

 

「あれ、二人って知り合いだったの?」

「うん、三歳くらいかな、マイエラに来た時にククールの実家に預けられてね。あの時話し相手になってくれたのがククールだったんだ。あれから会えなかったからどうしてるかと思ったけど……うん、健康そうでそこはなりよりだよ」

「そっちもな。にしても……その」

「あ、剣のこと? 聞いてなかったっけ、あの時点でもボク、剣士してたんだけど……ああ、人様の家で暴れるなんてことはしてなかったから見てないか。」

 

 軽々とあの子……トウカが身長ほどもある剣を引き抜いて見せた。思わず腕を凝視するも、どう見てもヤンガスのような隆々の筋肉があるようにはみえない。ついでに言うと魔法で強化しているようにも感じられない。

 

 どうなってるんだ。

 

 エルトがなんとなく苦笑し、周りもどこか生暖かい目で見ているのはどういうことだろうか。

 

「ボクは兵士でさ。でもって、剣士さ。だからメインウェポンは剣だよ。これでも無敗でね、ボクが騎士として陛下と姫だけでなく君もしっかり守ることを約束しようか。あの日の私は我ながら大人しくって軟弱そうだったけど安心してね?」

 

 ウインク付きで言われ、心の中のなにかが砕け散る音が聞こえた。今度は間違いなく。にもかかわらずウインクした顔が卑怯な程に少女めいていて頭が勘違いを起こす。あの日の面影をしっかり残して成長し、なのに言動が男そのもの。どっちだ。どっちにしたって……神は残酷だ。

 

 その後、間違いなく「あの子」が女の子で間違いなく、致し方ないと言って差し支えない事情で男装していたと知った俺は再びフリーズを起こす頭を再起動させるべく思いっきり振りつつ、ガッツポーズをした。

 

 同時にそれまでの十二分に濃く長い旅の中で幾度となく騎士らしく守ってくれたあの頼れるが小さい背中を思い出し、情けなさがこみ上げてきたのだが……それよりも俺より長い間一緒にいたのにも関わらず、先入観ですっかり信じ込んで気づかなかったエルトを励ます方が先か。

 

・・

・・・

・・・・

・・・

・・

 

 ゆらゆら揺れる船の一室で、ベッドの上で三角座りをしてひたすららしくもなくぼそぼそ言うのを、あたしはあきれつつ聞いていた。

 

「小さい時に可愛いなって思ってた年上だけど弟のように思っていた存在が、成長したら完全に年上の風格を持つイケメンになっていて実は目のやり場に困っている? 実は目で追ってる? そうしたらよく目が合う? それで? 照れ隠しについ割増しで騎士しちゃうって?」

「うん……それに私、昔の方が落ち着いてた自覚もあるし、行動だけなら年齢退行してると思うからね……分かってるんだけど恥ずかしくて、それで余計、その」

「あぁ、抑圧からの解放とか?」

「そこら辺は聞かないでもらえると……その、まぁ、気を張ってたからさぁ、色々と」

 

 もじもじしたトウカが少し頬を染める。それも恥ずかしがって。……その可愛げはククールに見せなさいよ。あたしじゃくて。そしてその相談もなによ。それを直接伝えなさいよ。持ち前の豪胆さで。向こうは女ったらしのプレイボーイを気取ってるだけで実際本命を相手にするとヘタレになってるのよ。見てるこっちがやきもきするんだから。

 

 まあ、無理なのが恋心ってやつなのよ、きっと。お互いにね。面倒よね。

 

「持ち前の思い切りの良さで先鋒で突っ込むごとく言っちゃえばいいんじゃないかしら。好きなんでしょ?」

「すっ……?! いやいやいやいや、あんな世界が羨むイケメンに私みたいな可愛げのない男女が言ったって駄目だよ、見てるだけで十分さ。ただドキドキのせいで……戦闘中とかに手元が狂ったりしたら困るって話で」

「それは顔を隠してるからよ。素材はいいんだから顔を出しなさい。そうしたら自信もつくし、あいつの事なんだからころっと落ちるわよ」

「うぅ、見えてない方の目は抉りとりたいぐらいうっとおしいんだけど、見えてる方がいいのかぁ……その方がいいなら……そうしよっかなぁ……うぅ。でも私、ゼシカみたいに可愛くないよ。だってゼシカのことこそククール、狙ってるじゃん。わかり易くさ」

「……」

 

 男として育てられたからなのか、トウカは鈍いのよね。あの男が最初からトウカにロックオンしてることを気づいてなかったのは……えっと。哀れね、ククール。

 

 駄目ね、みんな鈍すぎてサザンビークに来るまでもなく、マイエラの時点で既にあぁだったのに気づいていなかったわ。あの時はあたしも正直あの時はトウカを男の子だと思っていたから幼なじみの感動の再会だと思ってたんだから同罪かも。ほんと、絶妙なのよね、あの男装。声を変えてなかったらすぐに分かったのだけど。いえ、だからこそ声を変えているのよね……。

 

 そもそも顔よ、顔を半分以上も隠して声を変えてちゃ分かるわけないのよ。あぁ、でもそうね、コンプレックスなのよね、右目。それを出すことを無理強いするのも良くないわよね……。

 

「え?あ、別に目を出してるとか隠してるとかはどうでもいいんだよ?」

「あら」

「無駄だなって、要らない器官だなぁって思ってて、つい前髪を切るのも面倒になってたら伸びてただけでさ。結果的に性別がわかりにくくてよかったってだけ」

 

 なら出してもいいのよね?

 

「じゃ、ばっさりいきましょう。おでこは出さないようにすれば子供っぽくもならないと思うわ、多分」

「えぇ……私童顔じゃん、見えたらどんな髪型でも……」

「黙らっしゃい」

「うぅ」

 

 恋に奥手な女の子は可愛いわ、でも相手は特別にヘタレなのよ。少しぐらいアグレッシブな方がいいわよ。特にトウカは行動面でイケメンポイントを稼ぎすぎてるんだから女の子の可愛らしさを見せなきゃヘタレはヘタレのままよ。

 

「うぅ……」

 

 本当にトウカの方が年上なのかしら。

 

「え、トウカが前髪を切るって?」

「うわどっから来たんだ、エルト」

「いや普通に入り口から」

 

 でしょうね。

 

「切ろうか?」

「あー……その頭、自分でやってたんだっけ。じゃあ……」

「やめなさい、馬に蹴られるわよ」

「あ、そっか。やめとくよ」

「え」

 

 言われるまで気づかないなんてエルト、あなたも相当鈍いわよね。トロデーンはどんな教育方針なのかしら。お姫様は結構自覚も強めなのに。

 

「それこそククールに頼んだらどうかしら。手先も器用でしょうし」

「えー……」

 

 そんな勇気があったらトロルの群れにでも突っ込んだほうがマシって、本気で言ってるの?さすがのエルトもフォローできずに一瞬表情が消えたわよ。

 

「ちょっとククールを焚きつけるか励ますかしてくるね……」

「え、やめてよ!」

「待って、ラリアットは本気で死ぬから! トウカに当て身でもされたら当て身じゃすまないから!」

「なら受け身をとって!」

「無茶言わないで!」

 

 あまりの騒がしさに船の一室にみんなが大集合するまでじゃれあいは続き、そのあとで狩られる羽目になった海竜が有り余ったパワーで引き裂かれるのもある意味仕方なかったのかしら。

 

 そしてくだんのトウカの前髪だけが無事でせっかく伸ばした髪を失ったトウカは今度こそククールに約束を取り付けて……ククールが挙動不審になるのをこらえながら約束を取り付けて……少しは進展したのよ、多分。




ククール「なぜこうならなかった」

トウカがあまりにもむごいのでどうやったら初期から恋をするのか考えました。

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