人は神様に手は出さないっショ……
日本が夏の暑さに包まれていたあの日。インハイが終わって、自分の誕生日を翌日に控えたあの日…。東堂は自分の気持ちを言葉にして、巻島に伝えた。
何故、誕生日の前日を選んだのか、その理由は単純で明快だ。「誕生日」と云う記念日に別の「記念日」を重ねたくなかったから。巻島の返答がどうであれ、藤堂にとって新たな記念日の追加になるのだ。良くも悪くも…。
茹だるような真夏の太陽の下で、思いを告げた東堂に巻島が紡いだ言葉は東堂の鼓膜にいつまでも響き、消えなかった。それはどんなに時間を重ねても、消えなかった。
人は神様に手は出せないっショ。
巻島のその言葉に自分はどんな反応をしたのか、覚えていない。勿論、否定される可能性を考えていなかった訳ではない。が…自分の「山神」と云う立場を逆手に取られ、断られる状況を東堂は考えていなかった。だから…
では、俺が山神をやめれば良いのか?
と、切り返せば。どんな返事をしたのだろうと考え至ったのは、誕生日をかなり過ぎた頃だった。
真波に譲る、と。そう告げれば…。だがあの日、東堂は巻島の予想外の言葉に動揺し、ようやく口から出た言葉は、その場を取り繕うだけの簡単な言葉だった。
「そう、か…そう、で、あろう、な…」
俯き、下を向いたまま。顔を上げる事は出来なかった。更に声も、震えていたかもしれない。
心の中はズタズタのボロボロで。立っているのがやっとだった。
好きだったのは、自分だけだった。互いの背中を追い、追わせていたあの瞬間に。恋に落ちていたのは自分だけだった、と云う事実。その事実を残酷なまでに突き付けられて。考えをまとめるだけの余裕はなかった。ただ、目の前にいる巻島の視線がいつもと変らない、穏やかで静かだった事が、唯一の救いだった。
早く、立ち去らねば……
このまま、向かい合って突っ立っていたら、自分は…泣いてしまうかもしれない。
「悪かったな、巻ちゃん。こんな事の為だけに呼び出して」
話はそれだけなのだよ。
そう云い置いて東堂は顔を上げる事無く踵を返し巻島の前から、逃げるように立ち去った。俯いた瞳から、涙の雫が零れ落ちないように。
だから東堂は知らない。自分の前から立ち去る東堂の背中を、巻島がどんな目で見送っていたのか。震えるまで両足に力を入れて踏み止まり、東堂の背中に向かって歩き出さないようにしていた事を。
東堂の思いを、受け止める事が出来たら。どんなに良かっただろう。東堂も自分と同じ気持ちでいてくれた事を、正直に、素直に受け止め、分かち合う事が出来たら。どんなに良かっただろう。
でも…それは出来なかった。自分が、東堂の傍にいられる時間はあと僅かでしかない。どうせ離れ離れになるのなら。どうせ終わってしまうのなら、始めなければ良い。確証のない約束で、東堂を縛りたくなかった。待たせたくなかった。大体、始まらなければ、終わる事もないのだから。
だから東堂の立場を利用して突き放した。心を、鬼にして。
もしも東堂が山神の名を捨ててまで、自分を求めたら。その時は受け止めるつもりでいた。そこまでの覚悟を持って自分を求めてくれたなら。自分もその思いに答えるべきだろう、と。東堂を待たせても。縛り付ける事になっても。
でも名を捨てる、と云う事はプライドを捨てる、と云う事だ。あの東堂が自分の為にそこまでするとは考えにくい。だから…突き放した。自分も東堂の事を、愛していたのに。愛しているから…縛りたくなかった。東堂の未来を。好きだから、壊したくなかった。自分のせいで、東堂の心を。例えそれが、自分勝手なエゴだとしても。
あいつなら…東堂も上手く運ぶっショ
箱学の運び屋が、東堂を幸せと云う名の、未来に。
それか、あの箱学一年のクライマーか……
自分と同じ目で東堂を見ていたあの一年。長い箱学の歴史の中で、一年でインハイのメンバーに選ばれたのはあいつが初めてだ、と訊いた。が、まぁどっちにしろ、自分がいなくても東堂は大丈夫だ。1人で立って、歩いて行ける。
互いに切磋琢磨し合い、求め合った自分と、東堂の夏は…終わったのだ。
茹だるような暑さに全身を包まれ、蝉の大合唱を訊きながら巻島は立ち去った東堂の背中の残像をいつまでも見詰めていた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
良く時間が悲しみを忘れさせてくれる、と云うが、流石に昨日の今日では時間が癒してくれる悲しみも、たかがしれている。
それでも、巻島に振られた翌日。東堂は朝から多忙だった。自分を祝う、ファンに朝から囲まれ、山のようなプレゼントを貰い、やっと開放された…と、一息つく間もなく今度はインハイメンバーに捕まった。とは云え、自分が生まれた日を祝ってくれる仲間の気持ちはありがたい。傷付いた東堂の心を柔らかく包んだ。
個人的には酒が飲みたいのだが…
実家が旅館となれば、アルコールは子供の頃から身近に転がっている。
子供の好奇心は猫より勝る。東堂も好奇心には勝てずに、何となく手を延ばした水と見まごうその液体を嚥下したのは、いつの事だったか。最初は喉を焼くような痛みに、何故大人はこんなものを好むのか理解に苦しんだ。が、老舗旅館にはその名に恥じない、上等な酒がある。喉を焼くような痛みが癖になった訳ではないが、飲む酒によって口当たりが違う事に気付いた東堂は気付いた時にはすっかり酒の味を覚えていた。が、スポーツに飲酒は良くない。だから高校入学と同時に禁酒していた。年が来ればおおっぴらに飲める。それに、有名校ともなると、不祥事は何より怖い。影響は自転車競技部だけに止まらず、学校全体に迷惑をかける事になる。
まぁ、尤も真面目な福富が酒の持ち込みなど許す筈もなく。乾杯、と掲げられたグラスに満たされた液体は茶色い炭酸水。恐らくべプシだろう。…荒北の好きな。
掲げたグラスを口元に寄せ、グラスに満たされた液体を一口、嚥下する。喉を伝い落ちたその液体は、やはりペプシだった。
炭酸のシュワシュワした感覚が喉を刺激する。嫌な事、全てを一緒に押流してくれれば良い、そんな事を考え本の僅かな間。東堂は半分ほどに減ったグラスをしげしげと見詰めていたのかもしれない。フッと我に返ったのと同時に視線を感じ、何気なくその視線の先に自分の視線を流すと、真波の笑顔にぶつかった。
「どうしたんですか? 東堂さん。何だか元気がないですね」
減ったグラスの中身を物欲しそうに見ていた、と思ったのか。べプシのボトルを片手に自分に近付いてくる同じクライマーの後輩に東堂はつい、癖で自分のグラスを手に持ち、真波が注ぎやすいようにグラスを傾けていた。
オヤジか、俺は……
宴会場で勺をし合う大人の姿を不思議に思って見ていた子供の頃。子供は何でも真似したがる。夜毎繰り返される宴会場での様々なやり取りは東堂の好奇心を嫌と云うほど、満たしてくれた。
「誕生日が嫌、って年でもないですよね」
自分のグラスに注がれる液体を何となく見詰めつつ、東堂は曖昧に微笑んで誤魔化した。自分が何を考えていたかなど、誰にも云えない。…云える訳がない。
ずっと暖めていた恋心を打ち明け、玉砕した。その傷を癒すにはどうしたら良いか…考える事を拒む頭に鞭打ち、東堂が出した答えは安易なものだった。
巻ちゃんの代わりを、見付ければ良い……
巻島のように思える、別人を。
可愛いファンの子に声を掛けようかとも思った。でも、自分の傷心した心を癒す為の道具にファンの子を利用するのは流石に気が咎めた。だったら…
そう、か。一番が駄目なら。
二番目にすれば良い。
まだ自分に何かを話しかけている真波の言葉を何となく聞き流しつつ、唐突にそう思った。一番が駄目なら、二番目…。
少し前、ある政治家が「二位じゃ駄目なんですか?」と云って話題になった事がある。確か日本のスーパーコンピューターの事業仕分けの時にそう云ったのだ。コンピューター開発には予算がかかる。その予算を削減する為に。世界一である理由があるのか? と。二位では駄目なのか、と。
当事者であれば駄目だ、と思うだろう。順位が存在する戦いであれば、トップでなければビリと同じだ。一位以外に意味はない。だから皆、一番を狙う。頂点を。
それでも、どうしても一番が駄目なら…
二位、二番目、でも……
良いのかもしれない。二番で、いつか一番になる日を虎視眈々と狙えば。二番目に、好きな人間が一番好きな人に変えれば…
一番に、なる。
無茶苦茶な考えだと思う。が、でもその時の東堂には妙案だった。自分の心を癒し、自分の心を誤魔化す、二番目と云う位置が。
俺が二番目に好きな奴、か……
そして出来れば相手も東堂を二番目に好きな人が良い。そうすれば、同じだ。身代わり、と云う後ろめたさを自分だけが背負う必要はない。
「ホントに元気ないですね、東堂さん。そー云えば坂道くんも元気なかったなぁ…」
「えっ?」
真波の言葉に東堂はフッと我に返った。そして、やっと。真波が自分の傍らにいる、事実に気付いた。
そうだ、真波、は…
総北のネガネくんが一番好き、なのだろう。でも、思いはきっと届いていない。そして恐らく真波は…
俺の事も……
憎からず思っている。だったら<、揺さぶれば良い。真波との距離はずっと、総北のメガネくんより近い。
でも真波より、俺は…
巻島が東堂にとって一番好きな人だとしたら。真波は多分、三番目だろう。東堂が二番目に好きなのは…
目の前でグラスに満たされた琥珀色の炭酸水がシュワシュワと微かな音と共に炭酸が弾けている。この
飲み物が好きな…。
荒北…
「なぁなぁ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃねぇ?」
声を追って視線を流すと、福富に何かをさかんにせがむ荒北の姿が飛び込んでくる。何となく2人のやり取りを
見るとはなく眺めていたら、自分の視線に勘付いたのか荒北がこちらを見た。一瞬、視線が絡んだ。が、すぐに荒北の視線は逸らされ、再び福富に戻された。
そうだ、荒北は…
恐らく福富が一番、なのだ。同じポジションで、傍から見ても荒北が福富に心酔しているのは一目瞭然だ。
似た者同士、と云う事だろう。お互いに手の届かない相手を追い求めている。
荒北、か、真波、か……
どちらでも良かった。どちらも、一番ではないのだから。誰でも、同じだ。いつか一番になれるかもしれない、
そう思いつつ、思いを重ねていけば良い。どうせ、お互い…
二番目に、好きな人…なのだから、な……
はい。如何でしたでしょうか? プロローグと銘打ちましたが、実は続くかどうかは…解りません(p・Д・;)アセアセ 東堂ではないけど腐人(あっ、自分の事をネット上で表記する時、私「腐人」と書くのでよろしくです(笑))自身も相手を誰にするべきか思案してまして…。それに原作で東堂のその後が全く出てないこの状況で動けない…(ちなみに原作はコミックのみです)
なので万が一、これをお読み頂いた方で東堂の相手は
「荒北が良い」
「真波が良い」
やっぱり「巻ちゃんが良い」
のご意見がございましたらご一報頂けると嬉しいです。もしかしたら…続くかも?(笑)
あっ、でも腐人はあくまで「東堂 受」ですので…。ご了承下さい。最近は鏑木が好きです(//∇//) テレテレ
ではお付き合い、ありがとうございましたm(_ _)m