艦娘に中でも、彼女ほど私に懐いてくれる艦娘はいなかった。
駆逐艦ですら、私を提督として見ているせいか、中々声をかけてくれないのに。
「司令!お邪魔しますね!」
「比叡、部屋に入るときはノックしろと言っているだろう」
「そうでしたっけ?それより聞いてください!ほら!」
そう言うと、比叡は何かのチケットを私の前に叩きつけた。
「この前話してた映画のチケット!取れたんですよ!」
「おお、あれか」
「司令、一緒に行きましょう!」
「わ、私とか?」
「えぇ!」
比叡は私をなんだと思っているのだ。
「構わんが、金剛はどうなんだ?」
「ん~…誘ったんですけどねぇ…。「提督と行ってくるといいデース!」って聞かないんですよ。なんでですかねぇ…」
金剛の馬鹿…。
余計な事を…。
だが…。
「そうか。なら、一緒に行こう」
「そうと決まれば、これから行きますよ!」
「…待て待て、お前…これからって…」
「どうせ、今日の出撃はもうないんでしょう?それに、第二艦隊が頑張ってくれますって!」
こいつは…。
「ほらほら、早く早く!」
「分かった分かった。準備するから待ってろ」
「はぁ~楽しみだなぁ~」
それは、どっちの意味なんだ。
なんて、意識しすぎか。
「いい天気で良かったぁ~」
「そうだな」
「司令、映画まで時間あるし、買い物しましょうよ!」
「荷物がかさばるぞ」
「ロッカーあるから、そこに預ければ大丈夫!こっちこっち!」
「あ、こら、走るな!」
「あははは」
「全く…」
比叡はいつも楽しそうだ。
提督としては、こういう態度でいられるのは複雑だが、一緒に居て楽しいのは事実だ。
無邪気に笑う比叡。
でも、私は、この笑顔を裏切るような感情を、持ってしまっていた。
「お姉様、喜ぶかな~」
「随分と買ったな…」
「姉妹が多いですからね。これはお姉様、これは霧島…これは榛名…」
「お前の分はないのか?」
「はっ!忘れてました!」
「どれ、私が見繕ってやろう」
「本当ですか!?」
「これなんかどうだ?」
「え~!?司令、センス大丈夫ですか…?」
「お前に言われたくないな」
比叡、お前はどう思っているんだ?
この状況を。
そうだな…きっと、お前は、いつもみたいに、私を、友達か何かと、思っているのだろう。
それでいい。
それでいい筈なのに、私は…。
「司令?」
「ん…どうした?」
「こっちの台詞ですよ。ボーッとして」
「ああ、すまない。鎮守府が心配でな」
「大丈夫ですよ。なんてたって、お姉様が守っているんですから!」
「…そうだな」
本当、金剛LOVEだな、お前は。
金剛、気を遣ってくれたのはありがたいが、やはり、私には眩しすぎるよ。
比叡の中にいる、お前の存在が。
「いよいよですね。はぁ~ドキドキしてきた~!」
「そうだな」
「って、司令、全然じゃないですか~!どうしてそんなに落ち着いていられるんですか!?」
「お前が落ち着かなさ過ぎなんだ。それに、私はこの原作を読んでいるから、あらかた、あらすじを知っているんだよ」
「そうだったんですか。にしても…落ち着きすぎというか…」
「この物語はな、実は犯人が…」
「わわわ!駄目!駄目!ネタバレ禁止です!」
「だったら、ちょっとは落ち着け。追い出されるぞ」
「はぁい…ショボーン…」
映画は、退屈な内容だった。
原作に全くアレンジを加えず、ただ映像化しただけだった。
原作を重視する人にとっては、嬉しい事なのだろうけど。
時々、比叡の方へ目をやる。
スクリーンを、瞬きを忘れているんじゃないかというほど、じっと、大きな目を見開いて、見つめていた。
大きなBGMに驚いたり、ポップコーンを、思い出したように食べていた。
映画より、こっちの方が、退屈しなさそうだ。
「いや~面白かったですね~!後10回は見れますよ~!」
「10回は言いすぎだろう」
「次は、お姉様達と来よう!」
「…それがいいよ」
本当は、私なんかではなくて、金剛と来たかったのだろうな。
なんて、拗ねてる自分が気持ち悪い。
「もう夕方ですね。司令、これからどうします?」
「そろそろ帰るか。お土産、早く金剛達に渡したいだろう?」
「あ、うん…」
「それじゃあ、帰るか」
「あ…そうだ!司令にもお土産、買いましょうよ!」
「え?私か?」
「司令が私のを選んでくれたし、今度は私が選んであげますよ!」
「ありがとう、気持ちだけ受け取っておくよ」
「え?」
「ほら、早くしないと日が暮れてしまうぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!気持ちだけなんて駄目です!ちゃんと選ぶんだから!」
そう言うと、比叡は一人、土産屋の方へと走っていった。
「…」
空を見上げると、夜が、段々と、夕日を飲み込んでいた。
別に、早く帰りたかったわけじゃないのだ。
これ以上、私を苦しめないでほしかった。
いっその事、金剛に真っ直ぐであってほしかった。
艦娘とはいえ、男と女。
どうして、比叡、お前が、女であったのだろう。
男であれば、私も、お前を、ただの友達として、接する事が出来たのに。
「…いや、どうかしてる」
そうだ。
私と比叡は、男と女ではない。
提督と艦娘なのだ。
本当、どうかしてた。
「司令!司令にお土産、買ってきましたよ!」
「ああ、ありがとう」
「帰るまで開けちゃ駄目ですよ?」
「分かった。では帰るぞ、比叡」
「え?あ…うん…」
「…」
どうかしてた。
「司令、おはようございます!」
「比叡、入るときはノックしろと、何回言えばわかるのだ」
「それより司令、聞いてくださいよ!昨日のお土産なんですけど、お姉様が…」
「比叡」
「ん?」
「今後、ノックするというのを守れなければ、お前が執務室に出入りする事を禁止する」
「え?」
「分かったか?」
「え…あ…はい…」
「すまないが、話は後にしてくれないか?今、作戦の事で忙しいのだ」
「し、司令…?」
「鳳翔」
「はい」
「この作戦の事なんだが…」
鳳翔が、ちらりと比叡を見た。
私は、それを無視して、作戦の説明を続けた。
「以上だ。艦隊を出撃させてくれ」
「かしこまりました。では、伝えてまいりますね」
鳳翔が執務室を出た。
顔を上げると、もう比叡はいなかった。
「これでいい」
これでいい。
私は、提督だ。
この鎮守府で、艦娘をまとめる者。
艦娘にとっては、それ以上でもそれ以下でもなくていいのだ。
「これで…いい…」
自分に言い聞かせるように、何度も、そう、呟いた。