比叡と提督   作:雨守学

2 / 3
比叡編

何をしても、怒られる事はなかった。

私と司令は、仲が良かったから。

信頼しあっていたから。

でも、踏み込みすぎた。

相手は司令官なんだ。

私は艦娘。

失礼だったよね。

 

 

 

「今後、ノックするというのを守れなければ、お前が執務室に出入りする事を禁止する」

そう言った時の司令の目は、怒りと言うより、呆れた顔をしていた。

鳳翔と作戦会議をしている司令に、謝ることも出来なくて、静かに、執務室を出てきた。

 

「はぁ…」

 

「比叡」

 

「お姉様…」

 

「どうした~?ため息なんてついて。比叡らしくないデース」

 

「実は…司令を怒らせてしまったんです…」

 

「提督を?それはまたどうしたのヨ」

 

お姉様に包み隠さず話した。

 

「なるほど~。でも、今更ネ」

 

「我慢していたのかも…」

 

「提督がそんな事で怒るとは思えないけどネ。他に何かしたんじゃないノ?」

 

「他ですか…?うーん…特にないけどなぁ…」

 

「っていうか、提督に謝ったノ?謝ってないなら、早く謝って、仲直りした方がイイヨ」

 

「でも…」

 

「ウジウジしてないで、早く行くデース!」

 

「は、はい…」

 

 

 

執務室の扉。

いつもは、軽く、開けていたけれど、今は、扉に手をかけるのも、躊躇してしまう。

 

「あ…ノック…」

 

扉をノックしようとした時、急に扉が開いた。

 

「あ…」

 

「鳳翔さん…」

 

「比叡さん?提督に御用ですか?」

 

「え…あ…な、なんでもないです!ごめんなさい~!」

 

 

 

「それで、帰ってきたという訳なのネ…」

 

「…」

 

「ま、時間が解決してくれるヨ。比叡も、しばらくは…じ…じ…自…重…した方がいいデース」

 

「はい…」

 

「…元気出しなヨ。そうデース!昨日、買って来てくれたお土産のお菓子、一緒に食べるヨ!ホラ、いい紅茶も」

 

「…ありがとうございます」

 

お姉様とお茶。

嬉しいはずなのに、どうしても、司令の事が引っかかる。

このまま、ずっと、仲直りできなかったらどうしよう。

そんなことばかりが気になって、お菓子も、紅茶も、味が分からなかった。

 

 

 

時間が解決してくれる。

お姉様はそういったけど、あれから、もう数日。

私は、司令と一言も口を利く事がなかった。

よくよく考えれば、今までずっと、私から一方的に、司令に話しかけていた。

他の艦娘は、司令を尊敬していたし、話しかけるなんておこがましいと聞いた事がある。

私は、そんな司令に、おこがましく話しかけ、失礼を働いた。

そりゃ、怒るよね。

少し考えれば分かる事なのに、どうして、あんな事してしまったんだろう。

後悔しか残らない。

悔いても悔いても、関係が回復する事なんか、なかった。

 

 

 

「ねえ、知ってる?司令官、違う鎮守府へ配属になるかも知れないんだって」

 

駆逐艦たちの話し声。

いつもなら、聞き流しているのに、今日に限って、ハッキリと、私の耳に届いた。

 

「そうなの?」

 

「うん。司令官の実績が認められて、もっと難しい海域に配属になるかもしれないって」

 

「あまり話したこと無いけど、ちょっと寂しくなるね」

 

嘘…。

司令が…この鎮守府を…?

 

 

 

今でもハッキリと覚えている。

私が、初めて配属されたあの日の事を…。

 

「比叡です!」

 

「よろしく比叡。お前は我が鎮守府で初めての戦艦だ。期待しているぞ」

 

「はい!」

 

今思えば、司令は、私の機嫌を損ねないように、私のすることに怒らなかったのかな。

私が、初めての戦艦だったから。

もし、私が初めてじゃなかったら、今みたいな感じに、なっていたかも知れない。

 

初めてだから。

 

「比叡、食事にでも行こうか」

 

「比叡、良くやったな」

 

「比叡」

 

司令はいつも笑顔だった。

すべては、私の機嫌を、損ねないようにするため…。

初めてだから。

初めて…だから…。

 

「私は…純粋に…嬉しかったのに…。純粋に…司令と…仲良くしたかったのに…」

 

司令は、ずっと、私とは違って、気を遣っていただけだったんだ。

何一つ、司令にとって、楽しい事が無かったんだ。

私は…司令の大切な時間を…奪ったんだ…。

 

 

 

どんなに遠くに離れても、司令が生きてさえ居れば、それでよかった。

でも、死んでしまっては、会う事も、謝ることも、出来ない。

新たに配属される鎮守府は、激戦区だという。

もし、司令が死んでしまったら、私は、ずっと、この気持ちを、引きずり続け、生きて行く事になるだろう。

 

「さようなら、比叡」

 

司令が、遠くにある光の中に、消えて行く。

私は、手を伸ばして、司令を掴もうとしたけれど、もう遅く、完全に消えてしまった。

さようならも、言えなかった。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

暗い闇の中、司令に届くわけも無いのに、ひたすら謝り続けた。

 

 

 

「はっ…!」

 

「大丈夫?魘されてたヨ?」

 

「…夢」

 

「…今日はお休みするデース。提督には、私から言っておくネ」

 

「…ごめんなさい」

 

このままではいけない。

ああなっては、もう遅い。

司令が遠くに行ってしまう前に、謝らなきゃ…。

 

 

 

執務室の扉をノックしようとしたとき、中から、司令と鳳翔の話し声が聞こえた。

 

「本当に、向こうの鎮守府へ?」

 

「ああ、戦闘が激化しているらしい。部隊をまとめる者が、足りないとの事だ」

 

「そうですか…。どうか、ご無事で…」

 

「ありがとう」

 

執務室の扉が開いた。

 

「比叡さん」

 

鳳翔は、私の顔を見ると、何かを察したように、私を扉の中へいれた。

 

「…比叡」

 

「司令…」

 

長い沈黙。

時計の針の音を、何度も何度も聞いた。

 

「…どうした?」

 

久しぶりの会話。

私に投げかけているものだと信じられず、数秒だけど、硬直した。

 

「…あの…移動に…なるって…」

 

「ああ…」

 

「…帰って…これない…の…ですか…?」

 

「…かも知れぬな」

 

司令の口から聞いて、やっと、実感が湧いた。

死んでしまうかもしれない。

その言葉が、私の中で、何度も何度も、響いた。

 

「…話はそれだけか?」

 

「…ヤダ」

 

「え?」

 

「ヤダ…」

 

謝るよりも先に出た言葉。

何度も、何度も、司令に言ってきた我が儘。

でも、これほど、妥協できないものは、今までになかった。

 

「行かないで…」

 

「比叡…」

 

「私…ちゃんとするから…もう…我が儘言わないし…ノックだってする…。だから…」

 

「もう決まったことだ…。今のは…次に来る新しい提督の為にするんだ…」

 

「ヤダ…!」

 

「比叡!」

 

司令の怒鳴り声を、初めて聞いた。

静かな執務室が、揺れた気がした。

 

「いい加減にしろ…!」

 

初めて、本気で怒られた。

この前のが、本気でないと、確信した。

でも、嬉しかった。

気を遣われてないんだって。

 

「比叡…」

 

「はい…」

 

「悪かったな…」

 

「え…?」

 

そう言うと、司令は、涙を流した。

それも、初めて見た。

 

「司令…?」

 

「この数日…私は…お前に対して…冷たい態度を取ってしまった…」

 

「それは…私が…ノックしなかったから…」

 

「違う…」

 

「え…?」

 

「そんな事は…どうでもよかった…。私は…イラついていたのだ…。お前が…私に…振り向いてくれない事に…」

 

「私が…司令に…?」

 

「お前は…私を友達か何かと思っているようだが…私はな…比叡…」

 

司令の目が、私を向いた。

涙のせいもあるけれど、とても、綺麗に見えた。

 

「お前を…女として…見ていたのだ…」

 

驚きで、何も返せなかった。

司令はずっと、司令と艦娘としてしか、見ていないと思っていた。

恋愛など、おこがましい。

そう、思っていると、思っていた。

 

「最後だから言おう。比叡、私はお前が好きだ」

 

「え…う…えと…」

 

なんだろう。

胸の方から、段々と、熱い何かがこみ上げてきて、顔を火照らせている。

恥ずかしい時と、似てはいるけれど、それとも違う。

 

「これで…悔いなく散る事が出来る。ありがとう。比叡」

 

「司令…」

 

「お土産…お守りにさせてもらうよ。最後に…話せてよかった…」

 

さっきとは違って、今度は、胸が締め付けられて、それが、段々と、顔の方まであがってきた。

 

「ヤダ…」

 

そして、また、同じように、その言葉を繰り返した。

頬を伝う涙は、途切れなく流れ続けた。

 

「最後の我が儘は聞けない。次の提督に、私と同じように接しられたら、困るからな」

 

「司令…」

 

「楽しかったよ。さようなら、比叡」

 

 

 

 

 

 

あれから何年経っただろう。

私は、この鎮守府で一番の錬度となった。

礼儀もちゃんとしているし、秘書艦としても活躍できるようになった。

一日たりとも、司令を忘れたことはない。

あの人が帰る事を信じて、ずっと、頑張ってきた。

 

「比叡」

 

「お姉様」

 

「仕事の方は順調?」

 

「はい。ばっちりです!」

 

「…あまり頑張り過ぎるのも、体に良くないヨ?」

 

お姉様が心配しているのは、私の体なんかじゃない。

司令は帰ってくる。

そう信じている事に対しての言葉だ。

私の事を思って、司令を忘れるように、遠めに、心配してくれているんだ。

 

「大丈夫です!」

 

「そう…」

 

情報を手に入れようと動けば、司令の状況が分かるかも知れない。

でも、それが怖くて、出来なかった。

今の私は、司令の無事を信じて、生きる事しか出来なかった。

 

 

 

「私が…ですか…?」

 

「ああ、上からの命令でな。お前の活躍が上層部に届いたようでな。是非、秘書艦にしたいと言うんだ」

 

「はあ…。しかし…この鎮守府は…」

 

「それなら大丈夫デース」

 

「お姉様?」

 

「私は金剛型の一番艦だヨ?比叡に守られてばっかじゃ、一番艦の名が廃るってものヨ!」

 

「でも…」

 

「問題Nothing!心配には及ばないネ!」

 

「そう言うことだ。比叡、向こうでの活躍、期待しているぞ」

 

「はい」

 

 

 

「ひえ~…大きな鎮守府…。流石、上層部は違うなぁ…」

 

今まで居た鎮守府の何十倍と大きな敷地。

建造ドック、入渠ドック、何処を取っても、規模が違う。

 

「こんなところで秘書艦をするなんて…大変だ…」

 

でも、いつか司令にあった時、自慢してやるんだ。

ここまで頑張ったんだって。

きっと、司令、腰抜かすかも。

 

 

 

執務室の扉は、他のどの扉よりも、高級感ただよっていた。

ノックの音さえも、どこか高級だ。

 

「入れ」

 

「失礼します!」

 

緊張する。

扉に手をかけ、恐る恐る開けた。

執務室もまた、大きく、広かった。

奥に、これまた大きな机。

その奥に座る、立派な制服を着た、後姿の司令官。

 

「本日から配属になりました!比叡です!」

 

「ほう、ちゃんとノックを出来るようになったのか。挨拶もしっかりしている」

 

「え…?」

 

何度となく、繰り返し思い返していた、あの声。

その声が、目の前で聞こえる。

 

「立派になったな。比叡」

 

「…!」

 

驚き、固まった。

声にならない驚き。

 

「ハハハ、驚いたか?あの海域が終戦したのは知っているだろう?その後、功績を称えられ、ここに配属になったのだ」

 

「…」

 

「お前が活躍していると聞いてな。私が無理を言って、お前を秘書艦に連れてくるよう、頼んでおいたのだ」

 

「…」

 

「しかし、お前も立派になったな。………比叡?」

 

「うあああああああああ…!」

 

「うわ!?」

 

司令はさぞかし、驚いただろう。

急に、私が泣きだすものだから。

 

「どどど、どうした?」

 

「うああああああ…うああああああ…!」

 

色んな感情が、急に押し寄せてきて、静まる事が無かった。

ずっと、ずっと、我慢していた涙。

しっかりしようと、押さえつけていた本当の自分が、涙となって溢れだした。

 

「比叡…」

 

司令の胸の中で、声が枯れるくらい泣いた。

一生分の涙を流したんじゃないかってくらいに。

 

「ただいま…比叡…」

 

 

 

 

 

 

「司令~…映画~…映画行きたい~…」

 

「またあの映画か?もう何回見れば気が済むのだ…」

 

「10回は見たい…」

 

「10回?馬鹿言え」

 

「ぶー…」

 

「それより、ドックの管理状況はどうなっている?」

 

「全部空いてます」

 

「…何故だ?先ほど、赤城が中破で入渠しているはずだろう?」

 

「…」

 

「…バケツを使ったのか?」

 

「だって、早く映画に行きたくて…。赤城…遅いし…」

 

「はあ…お前な…」

 

「むぅ…」

 

「…分かった。今回だけだぞ」

 

「本当!?実はもう準備出来てるんですよー!」

 

「お前…」

 

 

 

「いい天気で良かったぁ~」

 

「そうだな」

 

「司令、映画まで時間あるし、ご飯食べましょう!」

 

「お昼には早いが…」

 

「美味しいから大丈夫!こっちこっち!」

 

「あ、こら、走るな!」

 

「あははは」

 

「全く…」

 

あの日と同じ。

いくら時間が経てど、鎮守府が変わっても、私達は変わらない。

ただ、一つ違う事がある。

 

「えへへ~」

 

「いつまでそうしてるんだ」

 

「司令は見なさ過ぎです!だって、これは愛の誓いの形ですよ!」

 

「カッコカリだがな」

 

「むぅ…冷めてますねぇ…」

 

「だが…」

 

「?」

 

「お前を好きな事にかわりはない」

 

「う、うん…は、恥ずかしい~…」

 

「ハハハ」

 

人間と艦娘。

いつか、私達は、その壁を越えることが出来るのだろうか。

 

「司令」

 

「ん?」

 

「ううん、なんでもありません。さ、早く食べて次に行きましょう!」

 

「ああ」

 

いつか、司令と…。

心から愛している、この人と…。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。