比叡と提督   作:雨守学

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蛇足のようなものです。


先生編

とても暑い日だった。

駅から何本もバスを乗り継ぎ、先生の家に着いたのは夕方過ぎだった。

 

「こんばんは」

 

「あらあら、連絡をくれれば迎えを出したのに」

 

「お久しぶりです。これ、東京のお土産です」

 

「遠いところからすみません。お疲れでしょう?」

 

「いえ。先生は?」

 

「案内します。貴方が来るからと言って、先生、一睡もしていないのですよ」

 

「それはいけない」

 

「最近は調子がいいって、強がっているの。だから、お元気そうでって言ってあげてちょうだいな」

 

「わかりました」

 

ギシギシと音を立てる廊下。

東京に出てから、もうしばらく厄介になっていない。

だけれど、そんな時の流れなど忘れてしまうくらいに、何も変わっていない。

家政婦さんも綺麗なままだ。

 

「先生、いらっしゃいましたよ」

 

「先生、お久しぶりです」

 

「よく来たな。随分痩せたではないか」

 

「先生はお変わりなく、お元気そうで」

 

「最近は薬も減った。死期が近くなった証拠だ」

 

「何を仰る」

 

「腹、減ったろう。今、作らせている」

 

「久しぶりです。手作り料理」

 

「君ももういい歳だろう。料理を作ってくれる女はいないのか?」

 

「実は、結婚しまして」

 

「結婚! いつだね」

 

「先週です」

 

「そりゃめでたい。ああ、そんなめでたい時に、すまないな」

 

「いえ」

 

「今日はお祝いだな。おい、もうちょっと手間をかけてくれないか。それと、祝い金を包んでくれ」

 

「かしこまりました。では、失礼します」

 

そう言うと、家政婦さんは席を外した。

 

「困ります」

 

「いいんだ。どうせ短い。こういう時しか、金など使わないしな。相続する子供も、私にはいない」

 

「……先生」

 

「なんだね」

 

「先生はどうして、独身を貫いたのですか? 女性からのアプローチだって、あったではありませんか」

 

「……私はね、妻をもらったことがあるのだ」

 

「初耳です」

 

「誰にも言ったことなどない」

 

「どうして」

 

「艦娘を知っているかね」

 

「はい。戦争で活躍したという……」

 

「私は海軍だった」

 

「先生がですか……?」

 

「私はそこで、ある艦娘に出会った。名は……比叡」

 

「比叡といえば、戦艦の中でも優秀な艦娘ではありませんか」

 

「私たちは戦争の最中、互いに恋をした」

 

「艦娘と人間が……」

 

「ベースは普通の人間だ。終戦した後、比叡は普通の人間となった。そして、私と結婚したのだ」

 

「驚きです。先生が海軍だったことも、艦娘……それも比叡と結婚したとは」

 

「幸せだった。このまま、ずっと、暮らせたらと、思っていた」

 

「……何か、あったのですか?」

 

「短命なのだ」

 

「え?」

 

「艦娘として活躍した分、人間としては弱いのだ」

 

「では……」

 

「若くして死んだよ。最後まで、我が儘な奴だった。映画を見たいと言ってな、最期を映画館で迎えたのだ。どれだけ映画が好きだったのやら」

 

「だから先生は……」

 

「私が遅刻して来るのを、君は怠慢だと言ったね」

 

「私と先生の初めてのコンタクトでしたね」

 

「あれはね、毎朝、比叡の墓に行っていたのだ」

 

そう言うと、先生は遠くの山を指した。

 

「あの山の向こうに出ると、海の見える丘がある。そこに比叡の墓がある」

 

「……そんな遠くまで毎朝」

 

「あの時は寝坊癖があると茶けたがね」

 

「そんな事情も知らずに、お恥ずかしい」

 

「なに。あれがあったからこそ、君とこうして交流できているのだ」

 

「しかし、どうして私に」

 

「君に頼みたいのだ」

 

「はい」

 

「私が死んだら、比叡と同じ墓に埋葬してくれないか」

 

「私がですか」

 

「私には身寄りがない。君にしか頼めないのだ」

 

「先生……。分かりました」

 

その時、襖が開いた。

 

「先生、お食事の用意が出来ましたよ」

 

「さ、湿っぽい話はおしまいだ。祝おう」

 

「ありがとうございます」

 

それから数日。

先生は亡くなった。

 

 

 

先生の遺書により、先生の私物はすべて、私の元に届いた。

その中に、古びた一枚の写真と、切られた映画のチケットが何枚も出てきた。

若い男女の写真。

立派な制服を纏った若い頃の先生と、砲を装備した艦娘、比叡。

 

「これが比叡か」

 

なるほど、生意気そうな顔をしている。

さぞ、先生は苦労されただろう。

荷物の中には、比叡に宛てたであろう、未開封の手紙があった。

 

 

 

丘の上からは、丸い水平線が望めた。

そこに、小さな墓が二つ。

 

「先生お久しぶりです。そして、比叡さん、初めまして」

 

花と線香を手向け、手を合わせてから、先生の手紙を取り出した。

 

「まことに勝手ながら、代読させていただきます」

 

『比叡へ

 お前が死んでしまって、ひと月が経った。

 私は、お前を失ったことを嘆く暇もないくらいに忙しくやっている。

 だがね、映画だけは欠かさず見に行っているのだ。

 あの席に座っていると、お前と一緒にいる気になれるのだ。

 それだけだ。

 私がお前を感じることが出来るのは。

 お前は短命だったから、私に残してくれたものが少ない。

 もっと、長く生きて欲しかった。』

 

手紙には長々と思い出話が書かれていた。

私は一字一句、零さずに読み切った。

まるで、自分が先生になったかのような気がして、時折、涙した。

 

「今頃、天国で映画でも見ているのかな」

 

 

 

丘の下にある町。

錆びつき、人の気配はない。

吹く風は潮を乗せ、もう何年も開けられていないであろうシャッターを叩く。

かつては栄えていたのだろう。

 

「先生も歩いたのだろうか。比叡と」

 

通りに出ると、小さな映画館が、看板を出していた。

何度も改修がなされたであろう外観。

 

「ごめんください」

 

「いらっしゃい」

 

「やってますか」

 

「客が来たら始めようと思ってたんだ。見ていくかい?」

 

「はい」

 

映画館の席は、とても古く、席がなかったり、ガムテープで補強されているものもあった。

 

「兄ちゃん、どうしてこんな映画館に?」

 

「聖地巡礼のようなものです」

 

「ほうか。実はな、今日で最後なんだ。この映画館」

 

「そうでしたか」

 

「今はこんなに寂れちまったけど、戦時中はよく栄えていてね」

 

「でしょうね」

 

古びた席を撫でた。

 

「俺はガキの頃からこの映画館で働いていたんだ。そりゃ~色んな客を見たってもんさ。その中でも、忘れられない客がいるんだ」

 

まさかと思った。

 

「艦娘とその司令官がよくこの映画館に来てね。びっくりするくらい、何度も何度も同じ映画を見るんだ」

 

先生の遺品の中にあった映画のチケット。

確かに、同じ作品のものが何枚もあった。

 

「戦後に結婚したみたいだけど、艦娘は短命でね。この映画館で最期を迎えたんだ。その席が、兄ちゃんの座っている席だ」

 

「……そうだったのか」

 

よく見ると、席の片側だけが擦れている。

きっと、比叡は先生に寄り添って映画を見ていたのだろう。

 

「その二人が何度も見たって映画、見るかい?」

 

「お願いします」

 

映画の内容は、特別面白いものではなかった。

けれど、どこか飽きなくて、見ていて疲れない。

比叡は映画が特別好きだったわけではなかったのかもしれない。

ゆったりと、先生との時間を楽しんでいたのだろう。

同じものを見て、同じ気持ちになっていたのだろう。

 

 

 

「面白くない映画だったろう」

 

「正直」

 

「だけど、この映画の上映を望む人の声は多かったんだ。不思議なことにな」

 

「あの、このフィルム、私に売ってはくれませんか?」

 

「ふふ、兄ちゃんもその一人ってわけか。ただでやるよ。大切にしてくれ」

 

「いいのですか?」

 

「最後の客だしな。ほら」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

空はすっかり暗くなっていた。

けれども、町の明かりは少しも点いていない。

 

「ずっと、こんな寂しい景色を一人で見ていたんですね」

 

でも、これからは先生と一緒だ。

あの退屈な映画を二人で楽しめたのなら、こんな寂しい景色も、二人で楽しんでいるだろう。

 

 

 

「よく飽きないな」

 

「指令と一緒なら、何でも楽しいですよ」

 

 

 

そんな声が、今にも聞こえそうだ。

 

「また来ます」

 

映画のフィルムを墓の傍に置き、沈む太陽を背に、私はバス停へと歩いた。

山からの風が、線香の煙を、海へと運んで行った。

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