レオーネ「ちーっす!」
リン「あら、レオーネ。今日はマッサージ屋さんはお休み?」
レオーネ「常連さん出払っちゃってるみたいだからねぇ。今日は羽伸ばそうかなって!」
リン「で、その荷物ってわけね。」
レオーネに引けを取らないくらいに目立つ大きな買い物袋。
白いビニールからは、"酒"の文字が薄っすらと透けて見える。
リン「ここ、一応貸本屋なんだけどなぁ。」
レオーネ「まぁまぁ!リンも手伝い終わったらおいでよ〜!」
買い物袋をチラチラと振りながら、テンション高く隠れ家へと降りて行った。
そんなレオーネを見送り、持っていた数冊の本を置いてふぅと一息つく。
リン「今日は天気いいものね。マインも買い物に行ってるみたいだし…。」
店先から見上げた空は、青々と広がっていた。
私が長期任務から戻って早数日。以前と同じように、ラバの貸本屋を手伝っている。
今は情報収集に出ているラバの代わりに店番をしていた。
リン「いらっしゃいませ。」
天気も良くみんな外に出歩いてるのか、客足のない店内。
そんな中、久しぶりに一人の女が来店した。
女「…。」
女は店奥の棚へと一直線に進む。
目当ての物がもう決まっているのだろう。特に珍しくもない光景を、気に留めていなかった。
すぐ借りに来るかもしれないと、レジ付近で本の整理をしていたが、女はレジをスッと通り過ぎ店を出て行った。
女の姿を見ても、女が向かって行った本棚を見ても、何か盗られた様子はない。
探していた本がなかったのだろうか?その時は、その程度にしか思っていなかった。
店内のあらかたの整理を終えると、今日のこの日にしては珍しく、再び客が入ってきた。
リン「いらっしゃいませ。」
店員らしくにこやかに迎える。
2人組で入ってきた男達は私をチラッと見た後、各々店内をフラつき始めた。
読みたい本を探しているような素振りをしている…が、彼らが探しているのが本ではないことは一目瞭然。
そんな私の視線を気どられないように、店員としての仕事を進めた。
少し経ったころ、店の奥の棚から男の1人が一冊の本を持ちカウンターへと差し出す。
通常通りの貸し出し処理を終え男に手渡すと、もう一人の男を連れて出て行った。
カモフラージュで借りて行ったのか、それともあの本に何かがあるのか…
私は、男達の後ろ姿を脳裏に焼き付けた。
レオーネ「今の客、なに?」
店内に再び静寂が戻ると、レオーネが鋭い目付きで下から登ってくる。
リン「この店の客ではないことは確かね。」
レオーネ「さっきのと同じ、嫌なニオイがした。」
リン「さっきって…。」
レオーネ「あいつらの前に、もう一人来てただろ。」
リン「…そういうことね。」
レオーネ「よーし!アタシ達の隠れ家でおイタをした罪、きっちり払ってもらおうか!」
ラバック「あの〜、一応俺の店でもあるんだけどね…。」
振り向くと、帝都を回っていたラバがいつの間にか戻ってきていた。
ラバック「標的は4人。遊郭界隈でクスリを流してる大元のスカムと、その手下の男二人。それに、運び屋の女だ。」
レオーネ「スカムは、直接クスリに触れずに手下の男共に受け渡しをさせ、その金銭だけを受け取って豪遊している。」
ラバック「手下と運び屋を複数使って目くらまし。それで警備からは逃れられてるみたいだね。」
ナジェンダ「新しい国に悪事を斡旋するやつなどいらん。即刻、排除に向かえ!」
ラバック、レオーネ、リン「了解しました!」
遊郭の近辺に拠点を構えるスカム一味。帝都中心街と比べると、まるで昼夜逆転。夜だというのに怪しい色を放つ遊郭の明かりで眩い。
眼前に拠点を見据えお互いの行動を再確認すると、レオーネは「じゃ、後で!」と言って、さっそうとスカムの元へと走っていく。そんなレオーネの背中に続き、私とラバは手下の男の元へと向かった。
リン「ラバ、運び屋の女の人って…。」
ラバック「あの女も元は遊郭で働いていたんだけど、スカムに見染められてクスリを売られたみたいだね。で、その深みにハマって運び屋として一味を手伝いつつ、今は遊郭の仲間にまでクスリを流そうとしている。」
でもそれだけじゃない、とラバが付け足す。
ラバック「遊女の運び屋はこれまでにもいたんだよ。でもみんなクスリに溺れて使い物にならなくなった。」
リン「…まさか。」
ラバック「そ。その処理をあの女がやっていたってわけ。スカムに指示されていたんだろうけどね。」
リン「クスリに堕ちた女…か。レオーネ、こちらじゃなくて良かったのかも…ね。」
ラバック「?」
リン「友人を重ねてしまうかもしれないから。仕事とはいえ、悲しい思いなんてしたくないでしょ。」
ラバック「…だね。」
集めたクスリを保管している倉庫代わりの一室。私たちはその屋根裏に潜み、標的を待っていた。
ラバック「にしても、さすがだねぇ。咄嗟に薬品塗るなんて。」
リン「一冊ダメにしちゃったのは申し訳ないと思ってるわ。」
やつらが本を借りる時、こっそりと持っていた薬品を染み込ませておいた。レオーネに臭いで追跡してもらうためだ。
ラバック「でもそのおかげでアジトも楽にわかったわけだし。」
リン「ラバの情報あってのものだけどね。…!」
部屋のドアが開き、男が2人現れる。
リン「昼間来たやつらと一緒よ。」
ラバック「てことは、クスリの売買を任されてるのはあいつらだけってことで間違いなさそうだ。」
リン「行きましょう。」
男達が私たちの下を通過してクスリに手をかけたのを見計らい、背後へと降り立った。
手下1「…かはっ!」
リン「少し痛むけど…我慢して下さいね。」
シュッ!
殺意の精神エネルギーを込めたメスで、喉笛を滑らかに切り裂いた。
男は吹き出した自身の血の上に倒れこみ、こと切れる。
手下2「ぐぅ…」
ラバック「悪事に女の子使うのはいただけないねぇ。」
ギリッ!
糸で締め上げた首を、さらに一引きする。
手下2「がっ…!」
もう一人の男も、ガクンと力なく崩れ落ち絶命した。
部屋を見渡すと、テーブルの上に、貸し出した本が無造作に置かれている。手に取りページをめくると、しおりのように一つの薬草が挟まっていた。
リン「これ…違法のハーブよ。」
ラバック「そこに挟んであるってことは、女がこれをやつらに渡してたってことで確定か。」
リン「こんなもの、ここ界隈では手に入れられないはず。一体どこから…?」
言い終わって、一つの可能性を思い浮かべる。ラバを見ると、同じことを考えているようだ。
ラバック「女のバックに、もう一人誰かいる…。」
リン「レオーネ!」
レオーネ「おぉ?そっちも終わったのか。」
レオーネの元に駆け寄ると、至る所から血を流したスカムが転がっていた。その姿は、生前の威厳をこれっぽっちも残していない哀れなものであった。
リン「あとは運び屋の女だけど、どうやら1人だけでは済まなそうよ。」
レオーネ「どうゆうこと?」
きょとんとするレオーネに、持っていたハーブを差し出した。
リン「これ…ある地域でしか生息していない珍しいものなの。」
私の手の中にあるものを見てハッとする。
リン「…あなたは、見覚えがあるでしょう?」
レオーネ「違っていて欲しいとは思ってたんだけどな。」
帝都から離れた、あるスラム街。
運び屋の女とそのバックについている女が、先日スカムのアジトで発見した特殊なハーブの受け渡しをするという情報を掴み、レオーネと私はその場所へと潜伏していた。
ラバの情報通り、指定の場所に2人の女が現れると取り引きが始まる。
リン「知り合いなのね。」
レオーネ「ハハッ…ただの"知り合い"の方がまだいくらか楽さ。」
リン「…。」
ハーブを運び屋に流していた女は、レオーネと深く面識があるようだった。
レオーネ「…あいつは、私がやる。」
リン「レオーネ…。」
レオーネ「それが友人としてのケジメってやつだろ。」
リン「…任せたわ。」
受け渡しが無事に済み、若干の安心感が出たところを狙う。
予定通り、私は運び屋の女の前に立った。
運び屋「!!…誰!?」
リン「自分が何をしているのか…よく考えることね。」
運び屋「なんのことかしら…?」
リン「スカムにもっと近づくため、ある地域でしか生息しないハーブを手に入れて、取り入ろうとしたってことかしら?」
"スカム"の名を聞き、サッと顔色が変わる。
リン「貴女は闇に染まり過ぎた。もう戻ることは出来ないわ。」
全てのやりとりがバレていることを察したらしく、女の頬を一筋の汗が流れる。
運び屋「…ハッ。だからなんだっていうのよ?」
そして、取り繕うことがなんの意味もなさないことを悟ったようだ。
運び屋「コレがあれば、いくらでも働けるの!遊女は稼ぐだけ稼げて、お客さんもいい気分になれる!!それってイイことじゃない!?」
いかにも正論を述べているかのように開き直る。
…哀れな人。薬物がヒトにどんな結果を及ぼすか、私は痛いほど目にしてきた。
リン「それを摂取し続けることによって何が起こるか、貴女もわかっているはずよね?」
運び屋は無意識に髪の毛や肌に触れる。
リン「髪が抜け始め、視力は徐々に落ちる。肌には赤みがかった斑点が無数に現れ、その斑点が紫に変色した時…貴女の体は、外も中も取り返しのつかない廃人になっているわ。」
唇や足を震わせながらも、受け取ったハーブを離そうとはしない。
少しの間地面を見つめた後、薄っすらと口を開いた。
運び屋「…フフ、あんたはこのハーブの気持ち良さを知らないからそんなことばかり言うのよ。」
リン「…。」
運び屋「廃人!?だからなに!!?普通にしてたって、ヨボヨボのババアになって死ぬだけじゃない!!みすぼらしい姿を晒して生き続けるくらいなら、この若さのまま死ぬ方が本望だわ!!!」
ピタ…
運び屋の背後に回り、首元に冷たく光る刃を当てる。
運び屋「ヒッ!!」
リン「私を政府の役人かなにかと思っていたのなら、残念ね。」
運び屋「や…やめ…」
リン「一度坂道を転がった石が落ち続けるように、あなたが堕ちていくことは止められなかったことかもしれない。」
運び屋「ま、待って!アンタにも分け前ならいくらでもあげるわ!だから…助け…」
リン「でも、他人を巻き込むのは許されないことよ。」
シュッ!
メスを持った手を横に引くと、大量の鮮血が飛び散った。
約束した場所でレオーネを待つ。
やりきれない稼業だなんてことは身に沁みてわかっていたはずなのに、なんて声をかけるべきか答えが見つかっていない。
そんなモヤモヤした気持ちを拭い去れずにいると、背後からカサッと音がした。
レオーネ「これで…良かったんだよな。」
リン「…」
レオーネ「悪事を働いてるやつは外道!この世界に必要のないクズだ!って思ってこの仕事をやってきた。…初めてだよ、こんな気持ちになったのは。」
レオーネの苦い笑みに胸が苦しくなる。
レオーネ「なぁ、リンならどうした?」
リン「…」
彼女の問いかけに答えることが出来ない。
レオーネはフッと笑うと、天を仰いだ。
レオーネ「…なんて、聞いても不毛だよな。」
正しい答えなんてきっとない。
レオーネもきっと、私の答えを望んでいるわけじゃない。
…それでも、拠り所になる言葉を欲するほど、やり切れない思いを抱えているのだろう。
リン「"そうだ"と信じて動いたなら、それはあなたにとって為すべきことだったのよ。…自分だけは、自分のこと信じてあげなくちゃ。」
月並みな言葉しかかけられないことが悔しかったけど、それでもレオーネは「ありがとう」と呟いた。
レオーネ「ちーっす!」
リン「あら、今日もお休み?」
レオーネ「天気がいいからねぇ〜!こんな日は昼から呑むに限る!」
大きな買い物袋を引っさげ、陽気に店内に入ってくる。
ラバック「だからここ一応本屋なんだって…。」
そんなレオーネに向かって呆れた声を出すラバ。
レオーネ「ん?私と勝負したいって?」
ラバック「へっ!?」
レオーネ「よーし!いい度胸じゃんかラバ!」
ぐいっとラバの肩を抱え込むと、そのまま地下へと引きずりこむ。
ラバック「ちょっ!俺まだ仕事中なんだって!」
レオーネ「悪いリン!あとはよろしくな〜!」
リン「はいはい。」
ラバの悲痛な訴えはアッサリと遮断される。
そんな二人の後ろ姿を微笑ましく見送り、仕事へと戻った。
誰が信じなくても、私がみんなを信じるよ。
私は、みんなの笑顔を守るためにここにいるんだから。
【完】