「…ハァ、絶体絶命ってやつ…かな?」
しばらくぶりに舞い込んできた新しい依頼。
依頼主によると、突如夫がいなくなり何日も戻っていないという。
心当たりは、疾走する前に夫と共にいたというガタイのいい大男。
坊主頭に筋骨粒々…思い当たる節が一つだけあった。
「皇拳寺の修行僧?」
「坊主に手練れ…心当たりといえばその辺りかな。」
「でも、どうしてそんな人が一般市民を?」
「ここ最近、失踪以外にもいろんな事件が起こってる。盗みや恐喝なんてカワイイもんで、酷い時じゃ強盗殺人。その事件の後に必ず見つかっているのが、失踪者なんだ。」
「待って、失踪者の発見って確か…。」
「そう、死体。世間的には罪に耐えかねての自殺ってことで片付けられてるけど、黒幕が噛んでいることは確かだ。」
「それが、今回目撃された男…。」
「私利私欲の為に、力で逆らえない一般人を利用してるってことだろうね。」
ことの経緯を説明しながら、ラバックとリンは目撃情報のあった場所へと向かっていた。
リンがナイトレイドの一員となってから数ヶ月。仕事にも慣れたようで、当初よりかは顔つきも変わっていた。
これまでに色々な街を周っていた経験からか、場に溶け込む能力が高い。ナジェンダからはその点を買われて、ラバックと同じく偵察や潜入を主に任されていた。
「ところでさ…」
「?」
「そろそろ"ラバ"って呼んでくれてもいいのよ〜ん?」
「…ハイ?」
急にオカマ口調になるラバックに、目が点になる。
「いや、ペア組むようになってだいぶ経つけど、"ラバックさん"じゃよそよそしいじゃない。」
「…私は、しっくりきているわ。」
「あ、ソウデスカ…。」
まるでフられたかのようにガックリと肩を落とす。
そんな自分をよそにクスクスと笑うリンを見て、ちぇーっと口を尖らせてみせた。
着いた場所は、帝都中心街と比べると閑散とした町。
同じ帝都内といえど、まるで違う国に来たかのような錯覚に陥るほどだ。
「ここが目撃情報のあった最後の町なのね。」
「あぁ。2人でいた…ね。標的の男だけは、その後も姿を見せることがあったらしいけど。」
「じゃあ、この町が男の行動の起点になっているということ?」
「そ。ここを張ってて捕まえられれば上出来だけど…あちらさんも、尻尾を掴まれてることには気付いてるはずだ。」
なにか罠を仕掛けているかもしれない、と付け加えた。
ラバックの何手も先を読む力は、ナイトレイドの中でも定評がある。リンも数々の仕事を共にこなし、その回転の早さは称賛している。
罠があるかもしれない…彼がそういうのであれば、きっとそうなんだろう。そしてそうであるならば、こちらの動きも変わってくる。
「あまり大手を振って歩き回らない方がいいってことね。」
「まぁでも、慎重すぎても怪しまれちゃうからね。旅をしてるカップルってことで、普通通りにすればいいよ。」
「カ…カップル?」
「そ!だから"ラバ"って呼んでくれた方が自然でしょ〜?」
この人は、なんだってこんな時におふざけモードに入れるのか…ある意味感心するほどだった。
「大丈夫です。カップル以外にも、親戚とか師弟とかただの知人とか、いろいろあります。」
やっとなくなってきた敬語をあえて織り交ぜ、ニッコリと反論した。
ラバックは本日二度目の撃沈に、下げた頭を上げるのに、少し時間がいるようだった。
別に、呼びたくないわけじゃない。
でもそう呼ぶことで、今よりも距離が近くなることに戸惑いがある。
みんなもそう呼んでいるのだから、私が呼んだところで、彼にとっては何も変わらないのだろうけど…
チラっとラバックを見ると、活力を取り戻したのか、ガバッと起き上がった。
先ほどまでの落ち込んだ姿など見る影もない。スパッと切り替えられるところも彼の持ち味なんだろうと、頭のメモに書き留めておくことにした。
一通り町をまわり、地形や周囲の環境は掴んだ。…が、男の素性は掴めずにいた。
"見たことのない大柄の男がいた。"それ以上の情報はでてこない。
これ以上追求すると、町の人間に不信感を持たれる上に、標的にこちらの動きが感づかれる危険性が高まる。
今回の調査はここで中断することにした。
「今回の相手は、なかなか手強そうね。」
「カンタンには尻尾を掴ませてくれないからね。頭のキレるやつだよ。しかも、帝国最強の拳法寺の修行僧…戦闘能力もかなりのものだ。」
「いざとなったら…逃げるんでしょう?」
意地悪そうにラバックを見る。
「あったりまえでしょ!こと戦闘力に関しては、ナイトレイドの中では下から数えた方が早いからね!そして逃げ足ではトップクラスだ!」
グッと拳をつくりながら、これ以上ないくらい自身に満ち溢れた顔をしていた。ここまで潔くされると感心する。
「了解です。私も精一杯逃げることにします。」
笑いながら、"先輩"であるラバックに従うことにした。
調査を終えてから二日後、会議室にラバックが呼ばれた。
「お前たちが追っていた標的に、動きがあったらしい。」
「やっとお出ましか。」
「やつは皇拳寺の元修行僧で間違いない。稽古はまじめにこなしていたが、裏では私欲にまみれていたようでな。その悪事がばれ、破門された。」
「そんで、今はやりたい放題やってるってわけか。こりゃあお灸を据えなきゃ治んないだろうね。」
「それと、依頼者の夫も見つかったそうだ。…これまでの事件と例外なくな。」
「…。」
ナジェンダは、吸っていたタバコの火を擦り消した。
「1人で向かわせるのは少々厳しいところだが…あいにく全員出払ってしまっていてな。」
「ハハっ、なおさら俺が適任でしょ。やばくなったらすぐ撤退するし。」
「今夜、やつは次のターゲットと接触を図る可能性が高い。そこを抑えてくれ。他のメンバーも戻り次第、援軍に向かわせる。」
「了解、任せてよ。」
「…とは言ったものの、動きそうにねーな…。」
以前リンと訪れた町。
町の裏手には岩肌の露出した山々がそびえているが、あまり人が立ち入らない区域だ。
だがそのふもとで、夜な夜な人の気配がするとの噂があった。情報を元に張っていたが、標的とそのターゲットは一向に現れない。
自分が狙われていることに感づき、計画を中止したのかもしれない。もうしばらく様子をみて、今夜は引き上げることにしよう。
そう思っていた矢先だった。
「あれが、ヤツのターゲットか…?」
ひょろっとした男が、辺りをキョロキョロと見渡しながら現れた。
男とは少し離れた木の上に隠れていたため、ハッキリと顔を見ることができない。
「もう少し近づくか…。」
次の木に移るため、立ち上がろうとした瞬間だった。
「その必要はねェよ。」
「!!」
ドゴォ!!
「ぐっ!」
突如背後に現れた大男によって、地面に叩きつけられる。
その大きな音に驚き、ターゲットであろうひょろい男は、情けない声を出しながら逃げて行く。
「くそっ…やっぱ罠かよ…」
「お前、ナイトレイドだろう?俺様を狙っていることくらい気付いていたさ。」
ニタリと不敵な笑みを浮かべる。
近距離まで気配を感知できなかったほどのやり手だ。まともに戦ったらヤバイだろうということは瞬時に察知した。
「くらえッ!」
目くらましに、近くの木という木を薙ぎ払った。
糸によって切断された断片が、標的に向かって飛んでいく。
そのスキに、隠れられそうな場所へと走りだす。
「…ムダなことを。」
その声は、ラバックの耳にも届いていた。
振り返ると、列車のような猛スピードで突進してくる男。
「くっ!」
あまりの速さに、ギリギリでかわすのが精一杯だった。
ガッ!
交わした瞬間に男の腕と自身の左足がぶつかり合い、その衝撃に顔を歪める。
かろうじて受け身をとったものの、左足はかなりのダメージを受けたようで、立ち上がるのがやっとだ。
だが、そんなことはお構いなしと、男は次の一手に打って出る。
クローステールを使い、なんとか攻撃を防ぎつつ距離を取るものの、追い詰められていると言っていいこの状況。気付けば山道の中腹まで登ってきていた。
荒んだ町のそばにあるこの山は、もちろん整備などされているはずもなく、道と言える道はない。
遠くから見ると、岩肌が露出しゴツゴツとした山に見えるが、実際には草木が伸びっぱなしの無法地帯。通常ならラバックの得意なエリアだが、初めにくらった攻撃がかなり響いているようだった。
「ちっ…思ったように体が動かねーぜ。」
あらゆる目くらましでなんとか男から自身の姿を消し、木の上に身を隠している。
「このまま巻ければいいけど…。」
男から受けた傷が、体のいたるところに刻まれていた。
男を巻けたとしても、この体で山を無事降りれるかどうかが問題だ。
今夜は木の上で野宿かもしれないと、天を仰いだ時だった。
「こ、こちらです!」
「?」
聞き覚えのある声が響く。と同時に、周囲に張っていた糸が激しく軋んだ。
「ヤバイ!」
バキバキバキ!!!
激しい音と共に、ラバックのいた木もろとも周囲の木々は薙ぎ倒され、
そこは見晴らしのいい丘になった。
「オトリだったってのかよ。」
目の前に現れたのは、標的と、そのターゲットと思われていたひょろい男だった。
最初に逃げ出したと見せかけて、逃げられないよう遠くからラバックを見張っていたのだ。
「ククク、よくやった。」
「こ、これで、見逃してもら…」
バキッ
必死の懇願も受け入れられることなく、首の曲がったターゲットの男は地面に倒れた。
「てめェ…!」
「そうだ。コイツはナイトレイドをおびき出すための、ただのエサだ。もう用済みなんでな。」
拳から血を垂らしながらニタニタと笑う。
「クククッ!力があれば思いのままだ。己の欲するモノを手に入れることも、他人を蹂躙することもなァ!」
じりじりと距離を詰められる。
「お前も楽しませてくれよ!!」
ラバック目掛けて、大きな拳を振るう。
「くっ!」
応戦するも、体力はかなり消耗している。
やがて、男のスピードに対応しきれなくなっていった。
ドサッ
強烈な突きを腹に受け、仰向けに倒れこむ。
痛みに耐えながら薄っすらと目を開けると、狂気に満ちた男の目が、ラバックを捉えていた。
「あっけなかったなァ…ナイトレイド…」
トドメを食らわさんと、ニヤリと歪んだ笑みを見せる。
立ち上がろうとしても、もう対抗する力が残っていない。
「…ハァ、絶体絶命ってやつ…かな?」
覚悟を決め、固く目を閉じた。
「死ねェ!!!!」
ドシュッ!!
「ぐぅ…!」
男のものと思われるうめき声が聞こえ、ゆっくり瞼を開く。
「させないわ…!」
膝をつく男の後ろに、肩で息をした女性の姿があった。
「リン…」
男は首筋に注射器を突き刺され、膝をつく。そのスキに、リンはラバックの元へ駆け寄った。
「よかった、間に合った…」
瞬時に応急処置を済ませる。
「よくここがわかったね。」
「糸と戦闘の後を追ってきたわ。」
ラバックの張ったトラップを見極めるのは、仲間内でも難しい。
それを瞬時に把握するのは、ペアを組んできたリンだからこそ出来たことだった。
「ハハッ…さすが。」
「!!」
殺気に振り向くと、禍々しいオーラに包まれた男が立ち上がっていた。
「よくぞこの俺に膝をつかせてくれた…。このお礼はたっぷりしてやろう、ナイトレイド!!」
ドオォォン!!
男の拳で地面が大きくヒビ割れ、巻き上がる土埃によって視界を奪われた。
ギュン!
立ち込める土埃の中から、電光石火のごとく男が向かってくる。
「そう何度も食らうかよ!」
間一髪のところで防御網を張り、食い止める。
「ホゥ、さっきまでは立つことすらままならなかったハズなのになァ。
差し詰め、この女が回復役ってワケか。」
ギラリとリンの方へ視線を向けると、再び地面を叩き割った。
「くそっ!」
「きゃっ!」
砂や石つぶてが、防御網をすり抜けてラバックとリンを襲う。
その一瞬の隙をつかれた。
「お前から先に逝っちまいなァ!!」
防御網を越えた男が、リンに拳を放つ。
「くっ…!!」
咄嗟に包帯でカバーするも、男の圧倒的なパワーに、容赦無く吹き飛ばされた。
拳の風圧によって土埃が吹き飛ばされ、視界がクリアになる。
「!」
リンが吹き飛ばされていく先は、崖だった。
「リン!!」
咄嗟に走りだし、糸を飛ばす。
ガッ
間一髪のところで、リンの右腕に糸が巻きついた。
「ぐっ…」
落下するリンを掴んだ反動で、応急処置を施した傷口が開く。
ラバックの異変と、不穏な気配をいち早く感じたのはリンだった。
「!」
これほど無防備な相手を狙わないわけがない。リンの視線の先…ラバックの背後には、トドメをささんと、男がユラリと近づいてくる。
「ラバ!!逃げて!!」
ドゴォ!!!
地鳴りのような音が一面に轟いた。
舞い上がった砂埃がゆっくりと晴れていく。
目を開けると、リンの瞳には、血を吐きながらも糸を離さないラバックが映った。
「ど…して…」
痛みに耐えながら、笑って答える。
「…初めて呼んでくれたんだぜ?なおさら離すわけにはいかないでしょ…。」
「…!」
身を呈してまで自分を守ろうとするラバックに、今まで抑えてきたなにかが、少しずつ溢れ出した。
「あれだけの攻撃を食らって生きてるとは…しぶといヤツだぜ。」
男は一瞬たじろぐも、次こそトドメをささんと、右手を振りかざした。
「…サンキュー、リン。」
「!?」
キュルルル!
無数の糸が男を絡め取る。
男の体は、ラバックの右手一つで捉えられていた。
「いつの間に…!」
「お前がリンの注射器で怯んでる間に、仕込ませてもらったぜ。」
「俺の動きを封じ込めるだけのパワーが残っていたというのか!?」
「それは…」
左手の糸を引き、リンを引き上げた。
「私の帝具は、物を媒介して力を送ることができる。右腕に絡んだ糸から、回復のエネルギーを送りこんだのよ。」
地面に降り立ち、ポンポンとスカートを払いながらニッコリと答えた。
「お前の敗因は、相手が俺たちだったってことだ。」
空いた左手でクローステールの槍を作ると、男の心臓へと突き刺した。
「へへっ。今回はいつにも増して、ナイスコンビネーションだったんじゃない?」
任務を終えた帰り道。
リンの施しを受け、ダメージを受けた左足も、歩けるくらいに回復していた。
「離れていても力を送り込めるのは、糸の帝具であるクローステールだけだものね。」
「やーっと呼び方も変えてくれたし、これでペアが完成したって感じかなぁ〜。」
名前のことを思い出し、赤面するリン。
カラカラと笑い浮かれているラバックを、改めて見据えた。
「そうね、これからもどうぞよろしく。"ラバックさん"。」
「ちょ!そりゃないでしょ〜!」
慌てるラバックを追いて、スタスタと先を歩く足取りは、とても軽かった。
月が天高く登る、澄んだ夜空。
二人の距離が、また一歩近づいた。