世果埜春祈代とエンカウントしてから一週間。
世界は割と平和だった。その裏で”かっこう”やら亜梨子が命懸けで頑張っているのは知っていても遠くで笑っている事にした。
ともあれ、床に座らせた摩理の背後に今、座っている。
男の自分とは違って、摩理は女だ。欠落者となるとそこらへんの手入れを自分では出来なくなるため、誰かが代わりにやらなくてはならない。出来る事なら美容室へと連れて行って面倒を見てもらいたい所だが、欠落者をそんなところへ連れて行くのは割と無理な事だ。だから摩理の髪の手入れ等は日課だったりする。一ヶ月目は本を読んだりして、色々と覚える事もあったが、そこらへんはしっかりと学ぶ気さえあれば問題はない、簡単になれる。あまり難しい事は出来ないが、それでも髪を整えるぐらいは出来る様になっている。ブラシなどを使った手入れで自分の良く知っている摩理の髪型をそうやって維持する。
「飽きないなぁ、大将」
「好きな子の髪はずっと弄っていたいもんよ。あぁ、それはそれとして汚い思い人の姿を見たくはないというのはあるじゃん? まぁ、そういう事だよ。それに少しはこの状況に関する責任感を感じては―――ないなぁ、まぁ、好きだからやってんだよ」
「ほー、あ、テレビつけるな」
「あいよー」
鼻歌を浮かばせながら無反応無表情の摩理の髪を梳いていると、”傭兵”のつけたテレビの音が陽の光が差し込むホテルの一室に響いてくる。偽装IDで借りる事の出来たスイートルーム、そこで”出番”と思える時までを適当に交流しながら時間を潰している。今日もまた、特に特環にちょっかいをかける事もなく、平和に時間が過ぎて行くなぁ、と楽しく摩理の髪を弄っていると、
スマートフォンにメールが来る。摩理の髪を弄る手の動きを止めてスマートフォンに手を伸ばし、メールを開く。メールの差出人は世果埜春祈代だった。メールの件名が”ニュースを見ろ”で内容が”やったぜ”という実にシンプルな内容だった。いったい何をやったのだ、と思いながらスマートフォンから視線を持ち上げ、視線をテレビの方へと向ける。
「おっさーん、ちょっとニュースかけてー」
「今ニチアサ―――あ、うん、真面目な話なのね。はいはい」
”傭兵”がリモコンでニュースチャンネルへと変えると、そこには燃え盛る東京ドームの姿が映し出されていた。両手を手錠に拘束され、それでいて笑顔の世果埜春祈代がダブルピースを見せながら吠える様な達成感満々の表情を見せていた。その姿を見て、本能的に東京ドームの放火犯が世果埜春祈代である事を確信し、ショックからスマートフォンを手から落とす。
『―――犯人は本人を世果埜春祈代と名乗った青年であり、先程から”蛮ちゃん見てるー?”とメッセージを送っている模様―――』
「あ、アイツは、派手にやるじゃねぇーか!」
「インタビューが来たら何時か絶対にやると思っていました、って言えばいいのかなこれ」
どんな答え方をしてもネタいしかならないし、掲示板の晒し者になるルートしか思いつかない気がする。それはそれで非常に楽しそうだけど、なんだか負けた気がするのが非常にムカつく。今、ハルキヨはDQN度という謎ステータスにおいて本能寺ファイヤーに匹敵するレベルに到達したのだ。これは実に許しがたい自体である。虫憑き一の蛮族にしてDQNという自負が、プライドがぼろぼろである。
「これは負けてられない」
「負けてもいいから」
”傭兵”からの鋭いツッコミを受け流しながらどうしようかなぁ、と思っていると、スマートフォンに電話が入ってくる。この電話番号を教えている相手は本当に少ないため、大体誰から電話がかかってきているかは予想が出来る。スマートフォンを持ち上げて呼び出しに出る。
「はい、もしもし此方友達が警察に連行される姿をニュースで見て大爆笑している蛮ちゃんですよ」
『あ、どうも”蛮族”さん、梅です。ニュースを見ているなら解ると思いますけどハルキヨが中央本部へ潜り込むためにわざと掴まりました。個人的にはもっと小さな感じに納めるべきだと言ったんですけどね。”アザラシに勝つにはこれしかない”とか本人が言ってたので』
「アザラシに関しては不可抗力なんで」
『いったい何が不可抗力なんですかね……。まぁ、とりあえずウチの馬鹿が”煽れるだけ煽っておけ、愉しいから”って言ってたのでこうやって丁寧に報告しておきますね。なんというか、二人そろって平成の森可になる事でも狙ってるんですか』
「それも悪くないかも」
『素直に”ハンター”の事を教えてくれないかなぁー……』
「ごめん、面白くないからそれは無理。頑張ってね」
通話を終えながらスマートフォンを投げ捨てる。テレビに最後、数秒だけ視線を向けてから再びブラシを握り直し、摩理の髪を梳く作業に戻る。そうしながらさて、と小さくつぶやく。色々とやる事は―――そんなにはない。だけど世果埜春祈代が派手に動くというのなら、此方もある程度は存在をチラ、っと見せた方がいいのかもしれない。
少なくとも此方がこのモルフォチョウの件に関わっている、というスタンスを見せれば”不死”が警戒し、動きを鈍らせてくれるかもしれない。現状敵対者の中で明確に此方を殺せるのは”かっこう”と”不死”ぐらいの存在だろうし。そう考えると、悪くはないかもしれない。
「あ、昼間なのに夜の様な表情し始めた」
「スイッチ入れたハルキヨが悪い」
摩理の髪を整え終わる。軽く確認して満足した所で立ち上がり、軽く体を捻ったりして動かし、調子を確かめる。最近、あまり体を動かしていなかったから少々運動不足という部分もあるのだ。世果埜春祈代が動くのであれば、それに乗じるのも悪くはない事だろうと思う。とりあえず摩理に椅子に座ってて、と命令をすると機械的に命令に従い、適当な椅子に座って肉体を休ませる。
「そんじゃ”傭兵”のオッサンは摩理ちゃんの面倒を頼むわ。俺はちょっくら中央本部を本能寺してくるわ。ハルキヨのやつが間違いなく本能寺して局員を信長するから、獲物たちが松永されちまう前に俺もサクっと中央本部に潜入して本能寺タイムに便乗して来る」
「どうでもいいけど歴史家に助走つけて昇竜くらわされる様な言い方やめない?」
そこらへんは楽しんでいるのだからしょうがない。色々と考え始めると割とテンションが上がってくる。特に最近は色々と備えて大きな動きを見せていない。こういう悪巧み、いたずらを考えると段々とエンジンがかかってくる。よし、と呟き、準備運動を完了させる。それを見ていた”傭兵”が諦めたかのような溜息を吐く。
「いや、まあ、おじさんは傭兵さんだからお給料さえちゃんと貰えていればそれで満足なんだけどさ、最近リナとかいう強い虫憑きが脱走して中央本部の警戒度上がっているらしいよ? おじさん割とこのゆるーい感じの部下の関係好きだからあんまり無茶しないでくれると助かるんだけど」
「安心しろ、ブラックマーケットで入手したサセックス草案をネットに流してテロよりも容易い潜入方法がある」
ポーズを決めながらそう言うと、”傭兵”は課金ガチャを回す指の動きを見ないでつづけたまま、溜息を吐く。心配されているようだが、全くの無用の心配だ。自分の限界は良く知っている。自分の能力は一番最初に把握する為に努力した。出来ること以上の事は自分に要求しない様にしている。だから中央本部への潜入は難しくはない。
―――自分限定、ではあるが。
◆
同化型虫憑き超同化特化個体”蛮族”それが自分のアイデンティティーになる。摩理を救う為、そして自分の強さを一番よく利用する為に臨んで、そして引き当てた能力。何故、虫憑きという能力がランダムで決定される虫と能力、その中から望んだ能力を引き当てたか―――それにはもちろんからくりが存在する。
そもそも虫憑きの能力とは”夢”から来るものだ。夢を食べるはじまりの三匹の傾向、そして虫憑きとなる個体の持っている夢。それが組み合わさる事によって虫と能力が決定される。故にまず最初にやる事は”夢の調整”だった。既に夢から能力や虫の方向性が生まれるという事はアリア・ヴァレィ、そして摩理から知っていた。
信念はあっても、明確な夢はない。だったらそういう風に自分を信じさせればいい。
―――悲劇を蹂躙するぐらいの理不尽な怪物になりたい。そう願い、夢見た。
その結果、予想通り、同化型として理不尽な姿を、怪物としての能力を得る事が出来た。自分を暗示で洗脳する様なやり方―――正道な訳がない。アリア自身、不味い夢だと評価したそれは、酷く燃費が悪く、そして夢の残量、上限とも言えるものが恐ろしく低い。それこそ強敵と全力で戦おうとすれば五分も戦い続ける事が出来ない程に燃費が悪い。五分以上戦おうとすれば絶対に、何処からか一般人か虫憑きの夢を食って、夢を補充しなくてはいけない程に。
だがその反面能力は恐ろしいほど凶悪で、そして応用性が聞く。
それが怪物―――超同化特化型個体という存在の正体。
望んで生まれた理不尽。
理不尽じゃなきゃ理不尽を殺せない、という考え。
◆
感知能力と言うものを同化特化型であるが故に持たない。だから特環を探すには自分の足、そして情報屋からの情報が頼りになる。中央本部に潜り込む為には絶対に、まだ出会ったことのない特別環境保全事務局の虫憑きの存在が必要になる。故に半日程時間をかけて探せば、此方を追いかけている虫憑きの一人を探し出す事が出来る。
元々特別環境保全事務局のブラックリストのトップに入っているのだ、追いかけてくる虫憑きなんて腐るほどいる。隠れるのをやめて探しに行けば、見つかるのも見つけるのもさほど苦労はいらない。そうやって接触するかのように適当な街の裏路地へと相手を誘い込み、逃げ場のない行き止まりまで移動する。
そこで同化していない状態で壁を背に、視線を虫憑きへと向ける。そこにいるのは一人の虫憑き。ゴーグルと白コートを装備してはいるが、その背丈、服の下から見える胸のふくらみ、そして長い黒髪から女である事が解る。それを確認し、軽く舌打ちしながらまぁいい、と口に出す事なく呟く。どうせどっちでもいいのだから、と。
「……何故戦わないんだ”蛮族”。お前なら私程度、直ぐに殺して逃げれるだろう。それとも例の炎使いの様に掴まりに来たのか?」
「悪いけど逮捕歴を作るつもりはないんだ。全部終わって就職する時履歴書に掴まった経験があるって言ったら物凄い不利じゃん? で、応援はいいのか? 誰もこないの? 大体何時もチームで追いに来てたけど」
「……」
答えはない。しかし視線は感じない。つまりはもうそろそろ来る、という事だろう。相手としては会話か何かで時間を稼ぐの最善……という感じだろうと判断し、警戒する相手の懐へと一気に踏み込む。反応する様に口を開き、虫を呼ぼうとするその口を手で塞ぎ、そのまま体を頭から壁に叩きつけ、
「ファイトォ! いっぱぁーつ!」
左手で腹パンをし、息を吐かせて集中力を奪う。
「うし、これでノルマ達成だなー、っと……さて」
脆い体だなぁ、なんて評価をしつつ、少女―――おそらく十五前後程の相手の体を首で掴み、壁に押さえつける様に持ち上げる。その眼を覗き込むように、顔を近づけて、そして口を開く、
「さて、質問です―――俺はお前でお前は俺で俺は俺―――さて、君はだぁれだ?」
「―――ぁ」
「こい、トビバッタ」
ひたすら喰う事を止められない虫が肩の上に降りる。それは一瞬で姿を触手へと変えると、此方の体だけではなく、相手の体を喰らう様にその触手を伸ばして掴み、
そして同化して行く。
◆
「―――おい、”きり”、無事か? 返事をしろ!」
「ん……」
白コートの存在―――特別環境保全事務局の虫憑きが体を揺らし、”きり”と呼ばれた虫憑きを起こす。壁に寄り掛かる様に倒れていた”きり”は虫憑きの声に目を開き、そして腹を抑える様に立ち上がる。”きり”が視線を起こした虫憑きへと向ける。
「くっ……”くれは”か。油断した、逃げられてしまったよ」
「大丈夫か? ……生きている事に感謝しておいた方がいい、”蛮族”を相手にして喰われない奴の方が珍しい。今は生き残れた事だけを感謝しよう。……ほら、手だ」
”くれは”が伸ばす手を”きり”が掴み、立ち上がる。”くれは”の背後にいる他の虫憑き数名がその姿を見て安堵の息を吐いている―――任務とは言え、誰も好んで戦った場合の欠落率が百パーセントの敵とは戦いたくはない。
安堵したのか、一人が口を開く。
「しかしあの”蛮族”の野郎を相手に生き残ったのか。運が良かったのか、機嫌が良かったのか」
「どっちにしろクソ理不尽な奴だよ。ったく、一回本部へ戻るか」
「そうだな」
言葉を放ちながら虫憑き達が背を向けながら戻り始める。彼らは経験上、このまま相手を探しても絶対に見つけられない事を把握しているのだ。故にそのまま諦めて今は戻り、また特定する様な情報を探し始めなければならない。その事に若干憂鬱になりながらも生きていることに感謝している。
そうやって戻る者達の中で、”きり”だけは足を止めていた。それを”くれは”が足を止め、ふりかえって確かめる。
「どうしたんだ”きり”」
「いや―――」
”きり”が笑みを浮かべながら歩き始める。
「実に理不尽だな、と思っていただけだ。”行こう”、中央本部へ」
ハルキヨくん
本能寺タイムに大満足現在のDQN王。
蛮ちゃん
怪物的な主人公が書きたいと思った結果生まれた出禁級の怪物。なお怪物属性を願った結果、ヒーロー属性には永遠に変えない運命らしい。
身内と話し合った結果、どう足掻いてもモンスターという認識で確定した。ここまで怪物的な奴も初めてかもしれない。