「此方西門!柵が残り4つとなりました!」
「矢を厚く展開して敵を寄せ付けるな!全て打ち尽くす気構えで敵に矢を射れ!」
「は!」
徐晃が東門へと歩いていった姿を見送りながら夏候淵は、後方部隊と全体の統制に力をそそいでいた。
次々にくる情報に的確に指示を出し捌いていく。
「此方東門!徐晃様が賊と交戦し、賊の数が瞬く間に減っております!」
徐晃が消えた東門から早速徐晃が暴れている報告が届いた
「ふ…では、様子を見てから于禁に『兵を割いて、他の門へ増援として回すように』と伝えてくれ」
「は!」
小さく笑みを零し、東門へとかけていく伝令を見る。
しかし、安心してはいられない。夏候淵は徐晃を死なすつもりは無い。しかし、確実には保障できない。
が、その確立を少しでも高くする為、曹操軍本体へ向けて伝令を飛ばしている。
「北門!200名の兵士が負傷、許緒将軍の判断で一旦後ろへと引かせますとのこと!」
「分かった。東門の兵士が増援で行くから、持ちこたえてくれ!」
「は!」
各方向から怒声が聞こえ、金属の音、断末魔。それらが街に響き渡る。
濃厚な死の気配は、いくら夏候淵といえど慣れるものではない。
しかし、将が弱気を見せるわけにはいかない。自分達の肩には民の命が掛かっているのだ。
それにと夏候淵は思う。
徐晃を一人突貫させたこの最低な策。本来であればこのまま篭城して敵を迎え撃ったほうが被害は多くなるが、徐晃は失わないで済むのは確実である。
しかし、あえてそうさせたのは、それでは万が一がありえるからだ。夏候淵は主君である曹操は絶対に直ぐに駆けつけていると確信している。
距離的に考えて昼過ぎ…しかし、曹操はその上を確実に行くであろうと理解している。
それまでの時間は約3刻。6時間もの時間がある。
確かに各方面賊が散らばっており、持ちこたえられるかもしれない。しかし、確実ではない。
その万が一を取り除いてくれるのが徐晃只一人であった。
夏候淵はその事を若干後悔していた。いくら一刻…2時間待機させて行かせたが、実質4時間も場外で暴れられる筈が無いと。
しかし、心のどこかで徐晃を信頼していた。昨夜見せた真摯な対応。夏候淵は徐晃の評価を改めたのだ。
彼女は恐らく純粋なのだ。自分の欲求にまっすぐなのだ。
そしてそれしか喜びをしらなかったのだ。確かに殺人快楽者なのだろう。しかし、彼女はそれだけではない。
ちゃんと人と話せてちゃんと感情があって、ちゃんと自身の非を認められる人間性も持っている。
そんな徐晃に夏候淵は何だと思った。
何だ、そんな表情も出来るのか。と。
今まで不審に思っていた非礼と、自分達の命を預ける徐晃に対して夏候淵は、真名を預けた。
そして、徐晃も真名を夏候淵に預けたのだ。絶対に負けるわけにはいかないと、夏候淵は空を見上げながら決心したのだ。
「西門から火矢が!?」
「現場へ急ぎ、すぐさま消火活動を行うぞ!」
すぐさま楽進が指示をだして、その現場へと体を引きずりながらだが駆け足で去っていった。
「ふ…流石だな」
昨日の傷を引きずっても尚、民を思う心に感銘を覚える夏候淵。彼女は、いや、彼女達は絶対に曹操の覇業に役に立つと確信している。
だからこそ部隊を率いることを任せているのだ。
「皆、生き残ってくれ……」
夏候淵はそう呟き、走ってきた伝令の報告を聞き、すぐさま指示を出した。
「おりゃー!!」
柵に取り付こうとしていた賊をその鉄球でなぎ払い、門を死守する北門の許緒。
隊列は門いっぱいを埋め尽くせるように槍を配置し、後ろに弓隊を配置し、ありったけの矢を消費して賊を近づけさせない。
「甘菜ちゃんが、頑張ってるんだ!ボクも一歩も引くわけには行かないよ!!」
その奮戦を目にした兵士の士気は極限まで高まる。絶対に後ろを通してなるかと。
「皆!一人たりとも門へと取り付かせないで!その力で敵をやっつけるよ!!」
「「「「おおおおおおお!!」」」」
門から入ってくる矢に怯むことなく、目の前の敵をその槍で突いていく。
「いかせるかあああ!」
「おらあああ!!」
一斉に槍を突き出しては、すぐさま一歩下がり、新しい列の槍隊が隙間無く槍を突きだし、賊を撃退していく。
しかし、倒せば倒すほど賊が柵を破る為の足場が出来ていく、そう、死体である。
積み重なっている死体を昇り、その柵を壊していく。
「く!?柵を一つ放棄して隊列を組んで!その間弓隊は休むことなく敵に矢を放って!」
「「「了解!!」」」
やはり数は力である。このままではジリ貧であるのは誰の目からでも明らかであった。
しかし、諦めない。曹操の本体が援軍に来るまではこの柵を全て突破させてはならないのだ。
「ここが踏ん張り所だよ!皆!」
「「「「おお!!」」」」
そうして、隊列を組みなおし、柵を盾にして、取り付いてきた賊達をその槍で真っ赤に染め上げていく
「ぎゃあああ!?」
「くそが!」
罵声、怒声。断末魔。怯んでしまいそうな声を上げて絶命していく賊。しかし、一歩も引けないのだ。
「許緒将軍!我ら東門の兵300、援軍に参りました!」
「援軍!ありがとう!じゃあ隊列を組んで、槍の人は後ろへ、弓隊の人は混ざって厚く矢を展開して!!」
「「「は!!」」」
まだまだ戦えそうだと、許緒は自身を鼓舞して前線へと立つ
「とりゃー!民を脅かすお前達はこの、許仲康が相手だ!!」
その言葉と共に、賊へ対して攻撃を仕掛けていった。
「夏候淵様ー!!」
「于禁!どうした!?」
息を切らせて走ってきた于禁の姿に何かあったのかと声を荒げる。
既に1刻半位時間は過ぎ去っていて、もう少しで曹操本体が到着するという伝令も既に届いている。
だからこそ、焦ったのだ。もしかして、徐晃の身に何かあったのではないかと。
そしてそれは的中する
「東門は取り付いていた賊を全て殲滅して既に徐晃さんが残りを殲滅しているのー!けど」
「けど、どうした?」
「姿が見えた徐晃さんは血だらけで矢も何本か刺さっているのー…夏候淵様!加勢しにいってもいいのですかー!?」
「!?」
予感は的中した。矢が刺さったまま行動する徐晃は夏候淵の予想では既に手が付けられないであろう。
于禁のこの行動は正しい。夏候淵に指示を仰いだのはそう、正しいのだ。もしそのまま加勢しに行っていたら恐らく徐晃は全てを切り捨てていたであろう。
「く…」
そして、夏候淵は自身が加勢に行きたいと思った。この弓であれば徐晃の戦闘に支障をきたすことなく敵を殲滅できる。
しかし、自分はこの作戦の情報の要なのだ。動くわけには行かないと既に判断している。
それが徐晃の死に繋がってもだ。
夏候淵が渋ったのを見て于禁は昨日徐晃が発言した殺人快楽について思い出した。だから
「夏候淵様!夏候淵様の弓であれば援護できますのー!」
いくら徐晃でもあのまま放置していたら死んでしまうし、既に全身真っ赤に染まっている。
于禁は楽進の件があったとしても、味方の死はいいと思わない。だからこそ、進言する。夏候淵の弓なら彼女を救えると。
「それは…そうだが、私がここを離れるわけには…」
そう、夏候淵がここを離れたら誰が情報を統括して指示を出すのだ。
「いかな」
「私がその任、引き継ぎます」
夏候淵がそう言い切ろうとした時に、その言葉を遮った人物が居た。
楽進である。
「徐晃様のお陰でここまで粘れているのです。救ってあげてください」
「……」
まっすぐな目で夏候惇を射抜く楽進の目に宿る意志は強い。
「大丈夫です。私は兵を率いるのだけは得意です。夏候淵様が抜ける時間の穴は私が責任を持って塞ぎます」
「…事によっては斬首になるぞ」
夏候淵の眼光が礼を取っている楽進を射抜く。
「もとより、この命。戦一つ一つに掛けております故」
だが、それに怯まず、顔を上げて夏候淵の眼光を真正面から受け止める楽進。
「……うむ。…任せたぞ!」
「「は!(はいなのー!)」」
そうしてその場を楽進と于禁に任せて夏候淵は東門へと走っていった。
東門には最低限の兵士がそこにいた。その兵士は将の指示が無ければ動けない。だから見守るしかない。
徐晃の働きを。そも、門よりかなり離れているので弓での援護も出来ないし、何より逆に足手まといになる。
兵はこの世のものを見ていないと錯覚した。
遠目から見ても群がる賊を紙くずのように切り裂き、血路を切り開き、荊の道に踏み込み続ける。
その姿は何と美しいことなのか、その姿は何と儚いことなのか。
斥候が報告した数の6000。これは少し間違っている。しかしおおよその数はあっていた。
正確な数は6310という数である。しかし一刻でその数を800以上は減らし、残り5500以下となっていた。
それでも門の外を埋め尽くすような大群であったのは間違いない。
その中徐晃は飛び込み、紅い軌跡を作りながら賊を殺していったのだ。
しらずに兵はその姿に見惚れていたのだ。
しかし、それも終焉に近づいていく、真っ赤に染まった体を限界を超えながら動かす彼女の姿
「…おい」
「ああ、分かってる」
兵士は決断していた。恐らく自分達は死ぬだろう。しかし、あの女性を見殺しにしておめおめ生き残れるのか?と。
答えは否
自分達は何の為に兵士になった、女にもてるためか?金を得る為か?…そうでも確かにある。
しかし、最もその思いのウェイトを締めていたのは、守りたいからだ。
「もう我慢ならねぇ…俺は行」
一人の兵士が徐晃の姿を見て言葉を最後まで口にしようとしたが、それは遮られる
「待て!」
兵士が後ろを向くと走ってくる夏候淵の姿が見えた。
その姿に直ぐに簡易な礼をとった。
「今、お前達は何しようとしていた?」
兵士の前に来て、徐晃を見ながらそう口にする。
しかしその怒気は兵士に向けられていた
「そ、それは…徐晃将軍へ助太刀にと……」
「馬鹿者!!!」
それを一喝。夏候淵は徐晃から視線を外して兵士達を睨みつける。
「確かに、お前達の心構えは立派だ、しかしそれは許されない。…ここを守る人間がいなくなったら誰がここを守る?」
睨みつけながら、されど内心兵士達の気持ちを汲みながら、将として彼らを諭す
「お前達の肩には、この街の運命が乗っている。勝手な真似は許されん」
「「「……」」」
だが、兵士は納得の声を中々上げない。それはそうだ、この一瞬でも徐晃が討たれる可能性があるのだ。
しかし、それを夏候淵は理解している
「ふ…安心しろ、お前達では徐晃に殺されるかもしれないからな。……私が行く」
「しょ、将軍!?」
たじろく兵士をその決意を秘めた瞳で射抜く。
その姿勢に兵士は全員自然に臣下の礼をとっていた。
「いいか!この東門には敵一匹たりとも通すな!!その命で死守しろ!!」
「「「は!!!」」」
そうして、残り少ない柵が兵によってどかされて夏候淵は駆け出していった。
しかし、夏候淵の目の前には既に賊の姿は無く、崩れ去る徐晃の姿が映るだけであった。
「甘菜ぁあああああああああ!!」
叫び走る。まだ生きている筈だと。他の門から流れてきたのだろうか、少数の賊が徐晃目掛けて走ってくるが、それを許す夏候淵ではない
「し!」
一息で二本の矢を放ち、賊を次々と絶命させていく。
辺りは凄まじい事になっていた。賊はすべて何処かしら切断されてとめどなく血を流し、槍は綺麗に切れているもの、剣は刀身だけが地に突き刺さっていたり
腕ごと剣が地に転がっていたり、そして何より異様なのが、地面が何かで切り裂かれている事である。
それらを認識しながら徐晃の下へ駆けつけた夏候淵
「甘菜!甘菜!しっかりするんだ!」
全身真っ赤に染め上げた徐晃の体は夏候淵が始めてみる徐晃の血も傷口から流れていた。
同じ人間
そう、同じ人間なのだ。徐晃も。こうやってしっかりと街と義勇兵と夏候淵たちを守ったのだ。
その感傷に浸るのを直ぐ振り切って、脈を確認する。
「…生きてる」
そう確認して、徐晃の体をゆっくりと抱き上げた。その体重を感じて夏候淵は軽いと、そう思った。
「ふ、借りができてしまったな…」
そうして、徐晃に衝撃が行かないようにされど急いで東門へと向けて徐晃をお姫様抱っこで運んでいった。
しかし夏候淵が運ぶ行く手を賊の数人が遮る。彼らは他の門へと行っていた賊だった。
「へへ…ここからさき……は…」
そこから言葉は続かなかった。瀕死の女性を…徐晃を抱えている夏候淵の表情は賊から窺い知る事は出来ない。
しかし、彼女から発せられるその威圧は賊が今まで経験したことが無いような冷たく、凍えそうなものであった
「…行く手を阻むなら……殺す」
俯いていた顔を上げた。その瞳は瞳孔が開ききっていた。
その目を見た瞬間ぞわっと一瞬で賊達を襲う何か。そしてそのまま歩き出す夏候淵
賊はその姿に対して何も出来なかった
「ひゅー…ひゅー…」
脂汗が全身から吹き出る。腰が砕けて、その場で座り込んだ。
その次の瞬間に、自分達がきた門の方から雄たけびが上がり、此方にも少数の旗印が迫ってきたのを確認する。
そこで彼らの記憶は途絶えたのであった。
「秋蘭、季衣!無事か?」
周りの賊を殲滅して街へと入った曹操軍本体。
曹操を先頭にその両隣に夏候惇と荀彧を引き連れて夏候淵と許緒の所へ赴いた
「春蘭様!助かりましたー!」
許緒は夏候惇に返事をし、夏候淵は三人の姿を確認すると、すぐさま臣下の礼を取り曹操と夏候惇に報告をした。
「まあ、見ての通りさ。…華琳様、援軍ありがとうございます」
「気にする必要は無いわ。それより貴方達が無事だったほうが私にとっては重要なの」
そうして、夏候淵と許緒の無事を確認し、曹操の胸のつっかえが取れた。
「…徐晃は?」
しかし、曹操の客人として招いていた将の姿が見当たらなかった
「甘菜は現在重症故に、療養しております」
「何!?あの徐晃がか!?」
それに驚くのは夏候惇。彼女も徐晃の強さを知っている一人であった。
この街に入る際に防柵が見えて篭城して戦っていたのだと直ぐに判断できた、故に徐晃は傷一つ無くぴんぴんしていたかと思っていたのだ。
「へぇ…徐晃の真名ね。秋蘭。信を置くに足る人物だったの?」
「はい、華琳様。甘菜は命を預けるに足る相手でした」
そうして、にやりと夏候淵を見る曹操。その目は面白いと語っていた。
「それで、私が来るまでに何が起こったのか報告しなさい」
「は!」
そうして夏候淵は報告を始めた。まず義勇軍についてだ。そして、夏候淵は彼女達を曹操へと推薦する。
「この街を守っていた義勇軍を率いていた将三人を我が陣営に推挙いたしたいです」
「そう…その後ろにいる三人かしら?」
「は!楽進と申します」
「李典いいます」
「于禁なのー」
そうして夏候淵の後ろにいた三人はそれぞれ自己紹介する。
「この者たちは本当に我が軍へ入りたいのか、貴方達の意見を聞かせてくれないかしら?」
そこで三人が前に出てきて臣下の礼を取る。
そして語りだした。義勇軍を引いているのはこの時世を憂い、賊に対して立ち上がる為であったこと。
そして、夏候淵から聞いた曹操の覇道のこと、その尊い志。それに着いて行きたいと、純粋に思ったこと。
「成る程ね……我が名は曹操。真名は華琳よ。貴方達に我が真名、預けるわ」
「は!ありがとうございます!私の名は楽進。真名は凪と申します!」
「うちは李典。真名は真桜や」
「于禁なのー。真名は沙和っていうのー」
「そう、凪、真桜、沙和。その命、この曹孟徳が預かった!!」
そうして全員が真名を交換した。
曹操はこの戦で大きなものを得たと実感していた。夏候淵の話通りであれば鍛えれば一角の将となり得る力の持ち主であるのだ。
人材収集に熱を入れている曹操にとってこれほど嬉しいことは無い。
「それで、秋蘭」
「は!」
その後、明朝から始まった戦を事細かく夏候淵は報告する。
まず、此方の戦力は3800うち200は後方待機。残りの1200は各門へと配置し、柵を利用しながらの戦法で時間を稼ぐという作戦。
そこで相手がどう戦力を割くかは分からなかったので、斥候をだし大体の数でいいので兎に角無事に此方へ戻ってくるように仕向けた。
そうして報告された数は分散されても数は此方の軍より多かった。
その中で徐晃は6000の方面へと単機で切り込んで、正確な数は分からないが4500以上もの賊を殲滅。残りは逃げたり矢で打ち抜かれたり、徐晃を無視して門へ行った者たちだ
その後徐晃を救出した直後に曹操軍本体が来てこの戦を切り抜けたという話である。
此方の死者は500は出たが相手の死者は7000以上に昇りその半数を徐晃が討ち取ったと言うことになる。
「…飛将軍呂布となんら謙遜無い程の武勇ね」
そうコメントを残した曹操。
「な、何その軍師泣かせの強さは」
頬を引きつらせながらそう言う荀彧は冷や汗をたらしている。
「甘菜のお陰でボク達も凄い負担が減ったし、生きていて良かったよー」
瞳に溜まった涙を拭うように許緒が徐晃の無事を喜ぶ。
そう、この防衛線。徐晃がいたからこそこの程度の損害で済んだのだ。
「その徐晃は何処にいるのかしら?」
「曹操様、まだ甘菜は目を覚ましておりませんが、よろしいのでしょうか?」
「ええ、いいわ。この隙に徐晃の寝顔を記憶に焼け付けるのもいいわね」
どこかいたずらっぽく言いながら、夏候淵に目線を流し、暗に案内しろと促す
「では、此方です」
その目線を受けて夏候淵は曹操達を案内した。
少し歩いてとある家屋の中に入る。そして階段を上がり徐晃に宛がわれた部屋には、二人の兵士。
曹操達の姿を確認すると、敬礼を取り、その部屋の扉を開ける。
そこに眠っていたのは血化粧をすっかり落とされ、夏候淵や楽進に治療を施された徐晃の姿。
掛けられた布は規則正しく動いており、その様態は安定しているのを物語っている。
「…ふう、無事ね」
「はい。二箇所深く傷を負っておりましたが、徐晃自身の気で自己治癒能力が高まっており、傷も命に別状は無いとのことです」
「そう。良かったわ」
そして徐晃の近くへとぞろぞろと全員で近づき、その眠っている顔を覗き見る。
規則正しい寝息を立てて眠る彼女の姿は普段戦場で笑い声を上げている同一人物とは思えないほど穏やかな表情であった。
「全く。此れがあの徐晃だ何て」
「桂花、これも甘菜なのだよ」
荀彧のその反応に夏候淵が訂正する。その表情は柔らかい。
「へぇ、秋蘭。貴方は徐晃の事、どう思うのかしら?」
夏候淵の方に顔を向けて問う曹操。
「そうですね…純粋な子供……と感じました」
「子供!?冗談よしなさい」
突っ込みを入れる荀彧。それもそのはず、何回も皮肉を返されているのだ。そのような人物が子供という評価は少し信じがたいと思った。
「いや、冗談ではないさ。甘菜は自身の欲求に真っ直ぐだ。殺人というのはあまり褒められたものではないが…」
「そうね。でも、それだけではないでしょう?」
にやっと曹操は夏候淵の方を見る。
その間に李典と許緒と于禁の三人は徐晃の顔をぷにぷにと突っついていたり、胸を触っていたりと中々セクハラなことを実行している。
そしてそれをちらちら見る夏候惇と楽進。
そんな中夏候淵は語る
「はい。私は甘菜の誇りを垣間見ました」
「誇り?徐晃がか?」
そう疑問にするのは夏候惇。その表情は疑問に満ちていた。
「そうだ姉者。理由はわからないが、彼女は殆ど賊や犯罪者しか斬っていない。それは彼女の欲求と言っていましたが…確かにそれもあるのでしょう」
そこまで語り、ぷにぷにされている徐晃を見ながら微笑む
「しかし、賊と我らはその思想や性別が違えど同じ人間。なぜ殺人快楽者の彼女は私たちに害をなさないのか。…わかりません」
ですがと直ぐに言葉を紡ぐ
「それでも、私たちを守ろうとしていたのは間違いないです。門の外で賊を切り開きながら逃げることも十分可能でした。しかし、甘菜はそれをしていません」
いつの間にか全員が夏候淵の言葉を聞いていた。
「確かに私は甘菜に死地へ赴けと命令しました。しかし彼女は客将。でも我らを守ったのです。一人でも我らを守ろうとした精神に私は誇りを感じました」
そうして、寝ている徐晃の頬を撫でて
「だから、私の真名を預けるに値する人物だと判断したのです」
撫でていた手を離して曹操を見つめる。
その表情ににやりと返して
「そう、ますます我が手中に収めたくなったわ…徐晃」
全員が徐晃の寝顔を見つめた。その寝顔は少し眉が寄せられていて若干苦しそうだったが、直ぐに規則正しい寝息へと変化した。
「まぁその誇りは徐晃自身、自覚してなさそうだけどね」
その整った顔をゆっくりとなで上げる曹操。その表情は暖かい
「さて、我らはこうしてはいられない。復興作業に目処が付いたら軍儀を行うわ。各自、作業に移りなさい」
「「「「「は!(おっしゃ!)(はいなのー!)」」」」」
その言葉と共に気を引き締めた曹操はきびすを返して扉へと向かっていった。
それに続き全員がぞろぞろと出て行った。
パタンと締められたその部屋に残っていたのは、規則正しい寝息を奏でている徐晃だけであった。