【習作・ネタ】狂気無双   作:モーリン

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15話

 

 

街を死守した義勇軍の将達を曹操軍に迎えて、敵の重要拠点を叩こうと軍儀を進めていた。

 

「さて、敵の拠点を見つけたというけど…桂花、その中に張角らしき人物はいたかしら?」

「は!…張角らしき人物は見当たりませんでした」

「そう。…まぁ情報が情報だから、焦らず、正確に見極めるのよ」

「はい。必ずや華琳様に張角の情報を献上致します」

 

一部逃げ帰った黄巾の賊。彼らを追うように斥候を放ち、その拠点の所在を掴んだ。

数は多く20000以上もの賊が陣を敷いているとの事である。だからこそ、未だこの街を拠点として兵士の編成、糧食の補充。武具の補充などの準備。

街の補修や、片付け等の復興。そして将兵の休憩を行っている。20000もの大群を動かすのはそれは骨が折れることである。

 

膨大な数の意志を統一して動かすのは至難。そこに、元々賊だったものと農民だったものが混ざっているのだ。

一級の将軍でなければその統率は困難である。そして黄巾の賊には目立った将の情報は出ていない。

十中八九曹操軍の方が行軍速度が速い。しかもその拠点は物資の流れを担っている拠点であり、近日中に動きを見せても準備で手間取ることは必須だ。

 

「秋蘭。街の復興状況は?」

「は!進捗状況は現在6割と町民との連携もあり、予想以上の速度で復興しております」

「流石ね。足りない物資があったら直ぐに報告を上げなさい」

「はは!」

 

街の復興状況は予想以上の早さである。町民の強力があり、さらに防衛戦での被害がさほど出ていなかった為である。

勿論、被害は出た。が、予想以上の少なさで守りきれたのだ。よって家屋は殆ど復興の目処が立っている。

また、流通も回復してきており、商人の姿も見かけるようになった。

 

「春蘭、軍編成の状況はどう?」

「は!部隊編成は大方終わり、後は糧食、武具の手配が終われば黄巾賊の拠点に直ぐにでも攻めいれられます」

「流石は春蘭ね、でも今はまだ手配しなくていいわ。そうね…明日の昼前後に発てるように仕向けてちょうだい」

「はは!そのように手配します!」

 

部隊の編成は概ね終わっている。本拠地陳留が近いことと、街にて兵士が駐屯できるからだ。

後は物資だけである。曹操はそこまで聞いて、数日たった陳留に荀彧を配置して政務を回そうかと一考している。

 

あとは目の前の重要拠点を守っている賊だけである。策が確かに欲しいが、数ではこちらが有利。

であれば、荀彧を戻して政務を回すほうが、今後の為にもなるだろう。

 

しかしと考え直す。

 

現在の政務は主に農地の開拓や、産業の発展。市場の開拓など、長期的な物が主であるしそも、実行に移していない案件が多々ある。

よってそこまで急を要する案件ではないと悟り、このまま荀彧を連れて行くことを内心決定する。

 

義勇軍の三人については現在夏候惇の下に付いて軍編成や調練の教育などを施している。

一角の将を名乗るのであれば、軍事に精通していなければならない。それが苦手分野だとしてもだ。

ただ、夏候惇の内政の進捗の遅さは流石に長年付き合っているだけあって、既に諦めの境地に達しているがその分、軍事方面では曹操軍屈指の実力である。

 

ゆらゆらと揺らめく蝋燭の火を見ながら今後の展開を予測していく。

 

そんな中、一人の人物が曹操が待機している大きな部屋のドアを木がきしむ音と共に開けた。

その音と共に曹操はその金色のツインテールを揺らしながら音が出た方向へと目を向ける。

 

「あら、徐晃じゃない。…体はもう大丈夫なのかしら?」

 

目に映ったのは包帯をまだ巻いている徐晃である。

首から下は包帯で全身ぐるぐる巻きであるが、顔から上は幸いにも傷跡が残っておらず、曹操は密かに安堵する。

 

「ええ…心配掛けちゃったかな?」

「ふふ、まさか。…ただ、貴方が倒れたという情報は未だに信じられないけどね」

 

そう、曹操をもってしても徐晃がたかが賊に重症を負わされて倒れるなど、劉邦が項羽に一騎打ちして勝ったという嘘と同じくらい、嘘だと思っていた。

 

「私も人間ですよ、流石に今回は死ぬかと思いました」

 

やれやれといった具合にため息交じりで曹操の言葉に返事を返す。

 

「実質貴方が倒した数は4500以上らしいわ。正確な数は4781人よ」

 

4500以上。ここまで数の情報を絞り込ませられた理由は単純だ。

死体を全て埋葬したからだ。各門に兵士を派遣して死体を処理させていたが、その中で東門だけは数を数えさせていた。

それは徐晃の働きを正確に見る為である。

 

正確に表すと4781

 

実に5000近い人間を2刻という長い時間動きながら斬っていたのだ。まさに化け物である。

フルマラソンを往復している中、ずっと剣や槍、弓を携えた人間から攻撃に晒されてかつ、自身も攻撃していくという現代風に例えればこうなる。

 

「4781人ですか…そのくらいの数ならもう少し余裕を持って倒さないとなぁ」

 

その戦績を聞いて余り満足をしていない徐晃。夏候淵にあの言葉を言った手前、5000は倒したかったのだ。

が、現実は200以上も足りない。よって徐晃はもう少し自身を鍛えないといけないであろうと、決断を下したのだ

 

「…それはさて置き。徐晃。あなた義勇軍の将に手を出したんだってね?」

 

にやりと、笑みを作る曹操。その表情をみて徐晃は碌な事ではないなと確信する。

事実、罰を受けた荀彧や夏候惇、夏候淵はその翌日には妙に艶がいいのだ。何が起こっているのかは簡単に想像が付く。

 

「…その件については申し訳ないと思っていますし、当人からも許しを得ましたので、曹操さんには関係ないはずです」

「いいえ、あるわ」

 

ばっさりと切り捨てるその言葉。尤もである。

まずこの被害があった街は曹操の管轄内の街であった、その街を守っていた義勇兵を攻撃したのであれば罰則は必要である。

しかし、その義勇兵の実態を掴めていなかったのは事実だが、その事については今は問題ではない。

 

義勇兵を攻撃したという事だけが問題なのだ。

 

徐晃もその事は理解しているが、何とかして罰を脱したかったので先の言葉を発言したのだ。

……そう。徐晃の恋愛等の価値観は至って普通とここで宣言しておこう。

 

「ふふ、観念しなさい。それに別に取って食おうとする訳じゃないわ」

「……その情欲に満ちた目を向けないで下さい。殺したくなります」

「…はぁー……そうだったわね」

 

殺人快楽者。夏候淵の言葉ですっかりその事を失念していた曹操はがっくりとため息を付いた。

罰で徐晃の体を味わい、そのテクニックで悦ばせよう思っていたが、彼女の性癖がそれを邪魔していた。

流石に曹操も殺しに来る徐晃に勝てないことは百も承知である。

 

実際無手の徐晃相手でも負けると確信している。

 

曹操は驕らない。自身を客観的に見て正当な判断を下していると自負している。

だからこそ、徐晃には下手なちょっかいは命取りになる事を今、改めて再認識したのである。

 

しかし、曹操は罰を与えると徐晃に宣言している。

故にその事は何が起こっても罰を与えなければならない。そうしなければ曹操の秩序に傷が付いてしまうからだ

 

「先の暴言も含めて罰を与えるわ、徐晃。貴方には部隊を持ってもらうわよ」

 

徐晃に部隊を持ってもらう。このことは曹操の中で既に決定していたことであった。

これから先、徐晃を絶対に手放すことは無い。しかし、徐晃から曹操の手の中から飛び立つことは十分にありうるのだ

幸い、打算的な考えだが許緒と夏候淵が真名を交換しており、飛び立つことが出来ないような楔はある。

 

だが、いくら真名を交換したとしても敵対同士になるのはこの乱世の掟である。

現に曹操も真名を交換した袁紹とは確実に敵対同士になると確信している。何故なら曹操はこの大陸を制覇するから。

そして袁紹は上に立ちたがる人物だから。

 

だから一つでも多く真名以外の楔を打つ必要がある。

よって部隊をよこして曹操軍の中での地位を確固たるものにしようとしているのだ。

といっても徐晃はその程度のことで楔とも何とも思わないのは重々承知であるが。

 

「……え?」

 

部隊を付ける。予想外であったのか、鳩が豆鉄砲食らったような表情で曹操の方を見やる。

 

「え?じゃないわ。確かに貴方は強い。でも、一人では限度がある。これからの戦は此れよりもっと大きな戦いとなるのは必須」

 

何時ものように挑戦的な視線を徐晃へと流す。

一人では限度がある。それは今回の防衛戦で分かったこと。対集団戦より対個人戦の方が力を出すであろう徐晃の戦闘スタイルで

ここまでの戦果を上げるのは凄まじいが、恐らく4000か5000のラインが徐晃の限界であろうと曹操は睨んでいる。

 

だからこそ、部隊を付けるよう仕向けるのだ。

 

徐晃ももっと大きな戦の所で表情を戻し、期待に胸を膨らませた。

 

「だから貴方には罰を下す。部隊を持ってこれからの戦を指揮し、見事私へその戦果を捧げよ」

 

腕を組んで徐晃をまっすぐ見据える曹操の覇気は凄まじい。

此れほどまでの覇気を持つ者はこの先も曹操只一人であろう。

その覇気に当てられて徐晃は眉を動かした。

 

「…わかりました」

 

この罰という提案は断るつもりは毛頭無い。徐晃自身、この曹操軍という大きな組織に心惹かれつつあったからだ。

何より、この軍隊からは大きな戦の臭いがしてならない。徐晃の勘が叫んでいる。この軍が一番戦えると

よって徐晃はそれに従っている。他の諸侯は遠目でしか見ていないが、曹操を間近で見たときに、そんな予感がしていたのだ。

 

「ですが、その前に楽進と約束をしました篭手の修理と、それと同時に私の剣も修理させてください」

 

確かに部隊を率いる為には必要…とまでは行かないが、無いとかなり不便でもあるしなにより腰がさびしい。

 

「あら、楽進が修理を渋っていた理由がまさか貴方との約束だとはね。…いいでしょう。許可するわ」

 

楽進の篭手が壊れていたのは既に把握していた。その為直ぐにでも修理に出そうとしたところ、楽進はなにやら約束があるため渋っていた。

その約束の相手が徐晃だとは思いもよらなかった曹操。しかし直ぐに納得して許可を出す。二人とも武器が無ければ戦闘は出来ない。

明後日の朝仕掛ける予定の戦には到底間に合わないが、その分他の将達を使うので問題は無いし、その為の準備が着々と進んでいる。

 

「それで、何処の鍛冶師の所まで行くのかしら?」

 

あれほどの品。篭手も刀もその二つとも特注の一級品であるのは曹操の目利きで既に理解していた。

恐らくどちらも違う人間が仕上げたのだろう。特に徐晃の刀はあれほど人を切りながらも最後まで形を保っていたのは驚愕である。

いくら気を纏っていたとしてもだ。そう、気を纏っていたとしても楽進の篭手のように絶対に壊れないわけではないのだ。

 

「江陵の所ですね。楽進さんのはその道すがらの汝南にいる鍛冶師なのでさっと行って来ますよ」

「それは兵士に頼むわけには行かないのかしら?」

 

ここから江陵は往復でも4日は掛かる。更に武器の補修となればその鍛冶師がどの程度の腕前かは分からないが、かなり時間が掛かると見ていい。

よって全て兵士に任せられないのかと問う。流石に文官の仕事はもうできる筈であるし、調練も可能である筈だ。

と言ってもまだ無理をさせないつもりなので、本人が無理といえば休息を与える心算だ。まだ徐晃は客将だからだ。

 

「それはいいですけど、私としては江陵の鍛冶師から修理が出来るまでの間、代えの刀剣を預かりたいのと、休息を兼ねて行きたいですね」

 

徐晃の言葉を吟味しながら考える。

あれほどの戦果を上げたのだ、休養を与えるのは吝かではない

 

「成る程…であれば、徐晃に任せるわ。今の所貴方にやって欲しい仕事も無いし、息抜きにでもいってきなさい」

「ありがとうございます」

「それと、帰還する場所はこの街にしなさい。4日後の昼に伝令を送るから。恐らく戦後の後片付けを行っているわ」

 

にやりと徐晃に向けて笑みを向ける。

そう、明後日仕掛けて二日にはその陣を落とすと明言しているのだ。

 

「了解」

 

それをさも当然とばかりに軽く返して、扉を開けて室外へと退出した。

 

その扉を少し見つめて視線を窓へと向ける。そこから街の一部が見えて兵士達がせっせと街の民達と一緒に作業を行っている姿が見受けられる。

それを見て曹操は満足そうに頷く。この時代、兵士が普通に略奪行為を行うからだ。特に兵士の教育が行き届いてないと目も当てられない。

今はまだ大丈夫だ。しかし曹操はこの程度の規模で納まる器じゃないと自覚している。

 

(…もっと、もっと大きくして我が覇道を切り開いてみせる)

 

そう決意を新たにし、机に残っていた書類を処理し始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、私の閻王を宜しくお願いします」

「わかりました。では汝南の鍛冶師へと届けてまいりますので、お体をお大事に」

「はい。お気遣いありがとうございます」

 

徐晃は直ぐに出立の準備を整えて街の門の所へと馬と共に足を運んだ。

門はまだ戦闘の傷跡が生々しく残っており、血痕が落ちきれないのか、所々付着している。

徐晃も昨日の夜に眼が覚めたところであったが、五斗米道の技術を垣間見てから自己治癒能力が飛躍的に高くなっている。

 

よって動けないほどでもないし、100人程度の賊であったら普通に対応できると確信している。

それに体を動かさないと、流石に筋肉が落ちてきてしまう時期であった為丁度良かったのだ。

 

楽進の閻王を欠片残さず袋に入れて、自身の刀も綺麗に磨き、その鞘へと納刀し腰に携えている。

さらに別の袋には往復分の食糧と依頼する為の金。

 

「それでは、さっといってさっと帰ってきますね」

「徐晃殿こそ、お気をつけて」

 

そうして徐晃は門の外へと馬で駆け出して行った。

何処までも続く地平線。この大陸は相当大きい。しかし、8年も旅をしていたのだ

しかも江陵となればその周辺の地理も明るいし、曹操軍内で地図を見て脳内での地理の補正も掛かった。

 

迷うことは無い。

 

蒼穹の空の下、一頭の馬に跨り、何処までも駆けて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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